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柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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 それは閉店後のスタッフルームで、来月の新作を考えている時のことだ。
 成歩堂の隣に座りながら、季節のフルーツや涼感を与える外観、盛りつけ時のカットのバリエーションなどの相談を請け負っていた御剣が、不意に漏らした疑問だった。
 「そういえば、この店ではパフェなどは作らないのだろうか」
 先程からゼリーやムースなど冷菓ばかりを考えていて、氷菓の話は全く出なかった。
 夏であれば確かにゼリー系は売れ筋になるだろう。けれどそれ同様に、イートインでは氷菓の売り上げが伸びる時期だ。
 パティスリーCHIHIROでは盛りつけにアイスを添える事はあっても、それをメインとしたものが無い。精々アフォ・ガドーくらいだろうか。が、あれはエスプレッソの風味を引き立てているのだから、主とも言い切れない。
 何か一つくらいパフェ系統のものがあってもよいのではないかと、以前からの疑問だった。
 季節での提供かと思って口には出さなかったが、初夏を迎えてなお、新メニューには上がらなかった。
 そろそろではないかと思った疑問に、成歩堂は困ったような眉の垂らし具合を晒して笑んだ。
 「んー……出来ればいいんだけどね」
 「ム、どういうことだろうか」
 煮え切らない成歩堂の返答に、自然と険しくなった顔を向け、御剣が問う。その声は無意識の内に詰問的な鋭さが含有されていた。
 やってみたいけれどという、そんな響きがありながらそれに積極的ではない、そんな態度は成歩堂らしくなかった。それがどうしてもひっかかってしまう。
 訪れる人間のために出来得る限りの努力をするのが、彼だ。良しと思いながらも手を出さない理由が解らなかった。
 「私たちの問題ではなく、ハード面……あるいは法律の問題ですよ」
 成歩堂がどう告げるべきかを考えているその隙に、するりと割って入り霧人が御剣の疑問に答えた。………若干の冷風がその声音に響いていたと感じるのは、決して気のせいではないだろう。それはあるいは当人は気づいていないのかも知れないけれど。
 先程の御剣の声音同様、おそらくは無意識の所作だ。証拠のように彼の笑みは取り繕っているのか柔らかなものだった。
 それでも本能的に察知した相手の秘められた疎みの念に眉間の皺を色濃くしながら、御剣はその声の方角に視線を向けた。
 そこには出来の悪い生徒を目の前にしたような、若干の苦味を讃えて笑んでいる霧人がいる。
 「この店にある許可は『洋生菓子製造許可証』であって、氷菓は別部門ですよ」
 「えっとね、御剣。アイスとかとケーキとかは、保健所から許可を貰う時は別々の届けなんだよ」
 噛み砕いて説明をする気が一切無い霧人の言葉に、苦笑しながら成歩堂が付け加える。
 霧人は面倒見が悪いわけではないが、時折相手を試すようにわざと言葉を削ったり専門用語を用いたりする。
 勿論それが悪いわけではなく、相手のレベルを推し量る一種の指針にはなる。が、独学で勉強をしているだけの御剣の純粋な疑問に用いるのは少々意地が悪いと、窘めるように成歩堂が軽く睨み上げた。
 もっとも、それくらいは予測の範囲だったのだろう、霧人は軽やかな笑みでそれを躱し、学生時代の問題児を眺めるように懐かしそうに目を細めるばかりだった。
 「ふム、法に触れる事は不味いな。では成歩堂、その許可を申請してはいかがだろうか」
 別個の許可が必要ならば再び申請すればいい。そう御剣が問い掛ければ、やはり困ったように成歩堂が首を振った。
 無理だと言下に示す成歩堂に、視線だけで疑問を示せば成歩堂はちらりと傍に立つ霧人を見遣る。
 「そうするにはね、さっき牙琉がいっていたハード面の問題があるんだ。………許可を貰うには、キッチンがもう一つ必要になるんだよ」
 「今あるキッチンはあくまで洋菓子用。申請するならば、氷菓のためにも同じものが必要になりますね。収納庫も、シンクも、出入口さえ。無理に決まっていますよ」
 たとえ規模を小さくするとしても、そんな事が出来るだけの場所の余裕は無かった。勿論、スタッフの人手も全く足りていないけれど。
 「ムぅ……それではお手上げではないか」
 霧人の言に頷き、成歩堂が乗り気ではない理由が理解出来た御剣は困り果てたような顔をする。もっとも、そう見えるのは隣に座る成歩堂だけで、傍に立つ霧人が見てもそれは苦渋に満ちた忌々しそうな形相だった。
 こんな表情で接客などよく出来るものだとつくづく思うほど、御剣の表情は険しい事が多い。
 ………たった一人の人間に向けられるものを除いて、だけれど。
 それを思い、霧人は成歩堂を見下ろし、呟くように唇を開いた。
 「いいえ、一つ手段はありますよ」
 「ム」
 「単純な事です。今仕入れているアイスを使用すればいいだけですよ」
 実際既に盛りつけには使っているものだ。味にはなんの問題も無いだろう。
 それでもこの店でパルフェは出ない。理由は至って簡単。単純で、明快なものだ。その原因である人物が、拗ねたように唇を尖らせて霧人を見上げる。
 「だって、僕はそれでも嫌なんだってば」
 「売り上げには貢献すると言っているでしょう」
 「でもヤダよ、………なんか、嘘吐いてるみたいだ」
 むうと顔を顰めて不貞腐れた表情で成歩堂は霧人から顔を逸らした。
 霧人のいっている事はおかしい事ではないのだ。自分で納得出来る素材を使用して作れば、それはその店の作品だろう。
 …………それでも、どうしても、躊躇う。
 「成歩堂?」
 何故駄目なのだと、不思議そうに御剣が問う。なにも含まない、純然とした疑問。
 まだ日が浅く学ぶべきものの多い御剣にとって、成歩堂の見据えるものは解らない。解らないから、知りたがる。そして乾いた砂のようにどんどんと吸収していくのだ。
 だからこそ、成歩堂も伝える事を惜しまない。教えられる事は全て教えるつもりでさえいる。
 「メインになるものを僕らが作っていないのが、嫌なんだよ」
 そうして、他愛無い子供のような、その理由さえ、告げる事に躊躇いはしなかった。
 「フルーツはいいんだ。素材の美味しさを引き出すために土台を作っていっているんだしさ。でも、パフェになると違うだろ?」
 アイスもフルーツも自分たちは作らない。ただ味を確かめ気に入ったものを使うだけだ。そうして見目のよさのために飾るものだけ、手を加える。
 ………それではあまりに、味気なさ過ぎるではないか。
 そのパフェが語るものは、この店の味なのか。この店の思いなのか。どこかが曖昧で、今まで試した幾度かの試作品も、美味しいけれどどうしても首を振れなくなってしまう。
 この手が作るもので笑顔を咲かせたい、なんて。
 きっと傲慢極まりない戯言なのだろう。解っているけれど、そこは譲りたくはなかった。
 いつだって自分たちが作ったものだと、そう胸を張って提供したいのだ。
 自分たちが気に入ったものなのだと薦めるのではなく、一から作り上げたその菓子が、何と交わりどのような変化を経て、その手に選ばれたかを、願われれば告げられるものを捧げたい。
 「だから僕は、氷菓は店ではメインにしたくないんだよ」
 捧げたいものを、知っているのだ。差し出す手に溢れるものがなんであって欲しいか、揺れる事なく真っ直ぐと、成歩堂は見据えている。
 そうしてそこから外れるものは作れないのだと、残念そうに、けれど毅然と告げる事が出来る。
 ………それはきっと、彼の中の理想が確固たるものとして存在するからなのだろう。
 「まったく、相変わらず頑固ですね、あなたは」
 「うう……だって、嫌なんだから仕方ないだろ」
 呆れたような霧人の声に、けれど成歩堂はやはり変わることのない言葉を返す。
 それを聞き届け、霧人は柔らかな笑みをその唇に浮かべた。
 「本当に、困った人ですよ」
 そう、いいながら。けれど浮かぶのはあたたかな笑み。
 それを視野に入れ、御剣は一度目蓋を落とし、頷く仕草でそれらを咀嚼した。

 願いは、受理されているのだろう。
 やわらかく優しくまろやかな、祈り。

 それはきっと、告げられた誰もが仕方が無いと笑みを浮かべ受け入れる、
 そんな清楚なる至純の内に秘められたもの。

 ゆっくりと呼気を飲み、その言葉を胸に刻む。


 …………彼の祈りの全てを、この身に。





 なんとなく、納得がいかない、と言うのがどんどんお菓子を作っていく原因かもです、私の場合。
 勿論、楽しいしワクワクするし、あれもこれも作ってみたい!と思いますが。
 なんというか……ケーキ作ったりするとき『なにもスポンジから作らなくても売っているじゃん』と言われると、「それは私が作ってないから私が作ったお菓子っていえないのー!」となってしまう(苦笑)
 だってデコレーションだけしたって意味ないもん!いらんところで頑固者(笑)
 なのでCHIHIROのメニューを決める時も「メインを仕入れに頼るのヤダ」という個人的我が侭でパフェ関係は加えていないのです。
 ………まあそんな頑固者もいるんだ、とか思ってくれれば幸い。

09.7.21