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柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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 本日のスタッフまかないは成歩堂が担当だった。
 その手伝いという名目で一緒に連れてこられた御剣はサンドイッチを作り終え、サラダを盛りつけている。と、そこへ成歩堂が声をかけてきた。顔を向けると手招きをされ、首を傾げながら彼に近づく。
 「よし、こんなものかな!」
 そういって成歩堂は鍋を火から下ろし、もう一回し鍋の中身を掻き混ぜた。
 トロリとした赤いソースの中、つぶつぶの果実がちらほらと姿を見せている。クランベリーソースだといわれ、御剣は目を瞬かせながらその様子を眺めていた。
 元来の不器用さが祟って未だにまともに作れるものが一つとしてない自分にこのソースの作り方を教えるつもりなのだろうか。少し悩みながら、そう結論を下して周囲の器具に手を伸ばそうとした。
 「?御剣?それじゃないよ??」
 「ム……?しかし、鍋で煮るものでは………」
 同じ鍋を取ったつもりだったが違ったかと見比べるが、確かに同じものだ。手先が不器用であっても視力も記憶力もいい。見間違いや聞き間違いはそうはない。
 なにが違うのかと首を傾げて視線で問えば、示されたのはソース用の容器だった。
 「これ、君が盛りつけるんだよ」
 「……………?」
 「いま冷ましているソースがガレットの上に乗るんだ。アイスと果物も添えてね。さすがにまだお客様には出せないけど、僕たちが食べる分は失敗覚悟で頑張ってみてよ」
 きょとんとしたまま目を瞬かせている御剣に伝わりきっていないことを知って、初めからきちんと言葉に換える。
 それを聞き、ようやく合点がいったのだろう。真面目な顔で御剣は頷き、少しだけ凝固したようなぎこちなさで、いま冷蔵庫に入れたばかりのソースを取り出そうとした。
 「いや、御剣、早いって!いま入れたばっかだよ?!」
 「ム、そうか。………では一体何をしていれば………」
 「取り合えず、僕が作っているの見ていてよ。手の動きとか、材料の入れ方とか、大体どれくらいの固さで止めるかとか。御剣は調節は下手かもしれないけど、全部動きは覚えているだろ?」
 「うム。必要とあらば列挙するが………」
 「はは、平気だよ。君の記憶力のよさはレジピ暗唱してくれたからよく解っているって」
 だからこそその熱意に絆されて、こうして周囲から見れば甘やかしているようにしか見えない初歩の初歩から手取り足取り教えているのだ。決定的なまでに手先の器用さから見放されていることは、実技面接の時にパティシエ全員が目撃したにもかかわらず、未だ成歩堂は御剣に出来ることを増やそうという努力を諦めてはいなかった。
 ボールに計量した生クリームが入り、更にグラニュー糖。ホイッパーの音が響き、ボールを抱えた左腕が若干斜めになって中の液体の位置をずらす。見ている分には御剣にも要領は解る。しかしそれを実際やるとなると話は別だ。
 それこそテレビで見る世界と変わりがない。手軽に作っているようで、それを真似るには技術が必要だ。そして、勘ともいうべきものも。
 どう足掻いても御剣がそれらを習得するには、気の遠くなる時間と忍耐を積み重ねた練習と指導が必要だろう。
 それを本人も自覚してきたけれど、だからこそ、努力は惜しまずにいる。変な所で真面目な気質は、分野のまるで違うパティシエという職業に就いても変わらないらしい。
 それを好ましく思っている成歩堂は、だからこそ出来る限り自分がまかない担当の時は御剣を連れて行く。作ることが出来なくても計量や盛りつけくらいは出来るのだ。最近は人参の皮くらいは剥けるようにもなった。………とてもゆっくりではあるけれど。
 そんなことを考えながらホイッパーを止め、御剣に見せるようにすくいあげ、泡立った生クリームの様子を観察させた。
 「で、次がガレットな。まあこれはまだいいから、皿の準備してもらっていいかな」
 記憶し終えたのだろう、頷いて納得している御剣に次の指示を出して成歩堂は手早く人数分のガレットを焼いていく。御剣の並べた皿には一枚一枚綺麗に折り畳まれたガレットが乗っていった。
 手際のいいその動きに惚れ惚れと見ていると、嬉しそうな顔の成歩堂と目が合う。
 ………不快にさせただろうかと一瞬青くなりかけた顔で、けれど相手が笑んでいることに後押しされて、小さな声で問いかける。
 「………どうかしただろうか」
 「ん?いや、嬉しいな~と思ってさ」
 返された言葉は御剣には理解の出来ない内容だったけれど、それでも成歩堂は確かに幸せそうに笑っているので、それを壊さないために御剣は敢えて更に問うことはせずに、頷くに留めた。
 特にそれを気にすることもなく成歩堂は冷蔵庫から先ほど作ったクランベリーソースを取り出し、粒だけを取り除いたあとにソースを容器の中に綺麗に流し込んだ。そしてそれを軽く振って具合を確かめたあと、見ているように御剣に一言添えてから、さっと円を描くような滑らかな動きでガレットの上にソースを散らせた。
 鮮やかなコントラストが出来上がる様に、魔法でも見ている気持ちになる。自分の指先では到底作り出せない芸当だ。
 要領よくクランベリーの粒も散らし、すぐに生クリームと果物も添え、パウダーシュガーをふりかけた成歩堂は、ものの一分もしない内に一皿の盛りつけを終わらせてしまう。完成品は、メニューの写真で見かけるような綺麗な出来上がりだった。
 「さて、じゃあ今の要領で御剣もやってくれるかな」
 そういって場所を交替し、流し場の前で軽く洗い物をしながら成歩堂は御剣の動きを見ていた。
 そんなに難しいことではないのだ。力を抜いて、柔らかく流せばいい。容器を使用しているから勘のいい子なら小学生でも案外上手く出来るようなレベルのチャレンジだろう。
 思い、見遣った先の御剣は既に緊張しているのか肩に力が入っている。容器を持つ指先も、それを振るう手首も、見ただけで解るほど力が込められている。
 まさか容器を潰しはしないよな、などと呑気に考えながら、大体予想出来る結果を待つように御剣の次の行動を見つめた。………同時に、ベチャリという無惨な音とともにソースは曲線を描くことなく歪な円の水たまりを作り、それに驚いたのだろう、御剣が慌てて容器を動かしたその軌道のままに皿と台の上に点々とソースが零れ落ちた。
 「…………………」
 何故失敗したかを反芻しているらしい御剣は凝固したまま動かない。それを見遣り、成歩堂は濡れた手を拭いたあとに、彼の肩を叩いた。
 「御剣、肩に力入り過ぎだよ。それにほら、手首も。こんなガチガチじゃ回らないだろ?」
 全体的にもっとリラックスしようといいながら、肩と二の腕、背中と宥めるように成歩堂が御剣を叩く。そうしてゆるゆると息を吐き出した御剣が成歩堂を見遣り、困ったように目を揺らすと、成歩堂は心得ているように笑いかけた。
 「練習すれば平気だよ。御剣は努力家だし、きっと出来るようになるよ。ほら、少し場所、いいかな」
 そう言いながら成歩堂は自分のキッチンの前を陣取っている御剣に一歩下がらせてその場に自分が立った。手元が見えるようにと横にずれかけた御剣の腕を引き寄せて、その腕を容器を持つ自分の手のひらに重ねさせる。
 ギョッとしたように硬直した御剣に気づかないまま、成歩堂がすぐ近くにいる友人に笑いかけた。
 「もう一度僕がやってみせるから、手の動きを覚えてくれるかな。それをトレースするみたいに、次はやってみようよ」
 頷くこともままならない御剣が答えるよりも早く、成歩堂は手元に視線を戻して、また先ほど同様にガレットの盛りつけを行う。

 ………当然、その間の成歩堂の動きを意識し過ぎて記憶になど留めておけなかった御剣は、残りの3皿全てに失敗を来したが、それでも成歩堂はソースを皿以外に零さなくなっただけでも進歩だと、苦笑しながら慰めた。





 天才的に不器用な人になっています、パティスリーの御剣は。卵さえ粉砕しちゃいかねないほど…………
 なのでパティシエたちはもう既に彼にもの作らせようとか考えていません。忙しい店なのでギャルソン雇ったイメージでいます。だからパティシエとして~と思ってくれているのは成歩堂だけだよ。
 でも御剣は成歩堂と同じことが出来るようにと頑張って(けれど結果は伴わない)いるので、成歩堂は未だにちゃんと彼に製菓技術を教えようと努力は重ねています。
 甘いのだろうけど、ある意味一番厳しいよね。
 御剣が諦めてもやるべきことはやらないとと叱るかもしれません。仕事に熱意のある人間にはそれ以上の好意と熱意で応えるけど。
 そういう意味ではおそらく成歩堂が教えてくれる限り諦めない御剣は成歩堂にとってはいい相手だったのかもしれないです。成歩堂の努力がどこまで実を結ぶかは誰にも解りませんけどね………
 ちなみに、ガレットはそば粉を使用したクレープです。
 しかし、お菓子作りたい欲求を抑えるためにも書いているのに、よりいっそう作りたくなるな………。早くオーブン買い替えないと(涙)

07.11.30