柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter | テイクアウト用のキャラメルプリンを作成して、ようやくカップに流し込み、いざ冷やそうと冷蔵庫を開けると………そこに本来ならあるはずのものが、なかった。 自分用の材料を入れる冷蔵庫ではなく、いま開けた冷蔵庫は各々が作り上げた菓子を保存する場所だ。主に冷菓を担当する成歩堂とショコラティエとしてホテルバンドーでも名を馳せている霧人とが使用はしているが、それでもそこは新人二人が在庫チェックをするための場所でもある。 おかしいと首を傾げながら、奥のスペースでフィナンシェのタネを仕込んでいる王泥喜に声をかけた。もう一人の新人である御剣は作ることの出来る菓子が無いため、現在はイートインスペースを含めた店内の清掃に当たってもらっていた。そうした条件があるため、自然、この冷蔵庫内の補充がなされていない物品は全て、王泥喜に声をかけられることになっている。 「ねえオドロキくん?」 「はい!なんですかっ!!」 少し遠い位置の王泥喜は焦がしバターを生地に練り込む手をそのままに身体ごと成歩堂の方に向け、答えた。 成歩堂は大きな声で返事をした相手に苦笑しながら、間に挟まれている三人のパティシエに同情した。互いの距離と王泥喜の手元の騒音のせいか、普段以上の大声だった。 冷蔵庫を閉じてそちらに振り返り、疑問に思ったことを口にした。 「あのさ、昨日いったと思うんだけど………キャラメルソース、どうしたかな?」 キャラメルベースを作る際、途中経過の色を見せながらどこで生クリームを投入するかも説明していた。作ろうと思えば、もう一人でも作れる簡単なものだ。不安があれば味見くらいはするとも言っておいたが、考えてみると昨日その後に味見を頼まれた記憶は無かった。 成歩堂の言葉に同じことをそれぞれのパティシエも脳裏に浮かべた。神乃木にいたっては、実はその事実を既に昨夜から知っていた。が、新人教育の一環として、店としてのダメージがない程度のミスは本人が気づくまで指摘することが無い。 何も言わず口元だけに笑みを乗せている神乃木を見てそれを察した成歩堂が、困ったように眉を顰める。出来ればそういう時は自分にくらいはいって欲しいと思うが、おそらくそれは、自分がいずれ店長となった時にしなければならないことであり、いまの内から修練を積めという、彼なりの教育なのだろう。 新人教育をしながら店長教育を受けているのだから、成歩堂も忙しない日々を送ってしまうはずだと、牙琉兄弟は苦笑いを胸中だけに留めて思った。 神乃木の様子を探ることは諦めた成歩堂が王泥喜を見る。なにを言われたのかが解らないという、不思議そうな目。 …………もしかして忙しさのあまり忘れてしまったかと首を傾げていると、幼い顔がよりいっそう幼く見えるきょとんとした表情のまま、王泥喜は数度瞬きをした。 …………そして、目に見えて解るほど、一気に青ざめた。 それを見ただけで誰もが彼の返事がよく解った。次にくるだろう大声を予測しながら、パティシエたちは素知らぬままに担当菓子を作りを続けていた。 「………す、すみませんーーーっ!俺、もうっ!なにやってんでしょうか?!」 怒濤のような大声はおそらくキッチン以外にも響いたのだろう。外からはがちゃんという椅子を取り落とした音が聞こえた。………カップを割ったとかではないようなので誰も気には止めなかったけれど。 「いや、いまから作れば平気だけどね。でも頼まれたものは忘れちゃダメだよ?覚えきれそうになければ必ずメモでもとって、最後に作り忘れが無いかチェックすること。いいかな?」 「は、はい!!メモですね!」 真面目な顔で仰々しく頷くが、その様はまるで小学生と担任教師のようだ。新人たちはどちらもどこか抜けていて、その教育を担っている成歩堂は飴と鞭の使い分けが上手くなってきている。 妙な所でいい教育の場が出来たものだと、内心ほくそ笑んでいる神乃木は、ある種漁父の利だったのだろう。まだ一度も新人を教えたことの無かった成歩堂にとって、やる気と熱意はあれどもどこか空回る性質のある新人たちは程よい手の焼きようで成歩堂の教育スキルをあげてくれていた。 「うん。一度目は誰でもあるからいいけど、二度目からはダメだよ。その時は怒るからね」 たとえ普段甘い顔の多い成歩堂でも仕事に関しては厳しい。一度だけ本気で怒った成歩堂を見たことのあるスタッフたちがしんと静まり返って手を止めてしまった。 それを特に咎めることなく、成歩堂は首を傾げるようにして相手の返答を待っている。 成歩堂は大抵のことに大雑把でおおらかだからこそ、普段は滅多に怒るようなことはない。怒るより先に許してしまうし許容してしまう。………が、だからこそ、怒ると恐ろしいのだ。 さっと先ほど同様真っ青な顔になった王泥喜が言葉も無く大きく数度頷いた。彼も出来ればその勘気を向けられたくはないのだろう。誰もが気持ちは解ったけれど。 「じゃあそれを冷やしたら、早速作ろうか。レシピはちゃんとあるかな?」 「は……はい!それは、もう!!」 青ざめている王泥喜に気づいているだろうが、成歩堂は何も言わなかった。言わない方が効果的であることをちゃんと知っているのだ。 こっそりと、笑いかけながらも相手の反応をちゃんと見抜いて意識を誘導している成歩堂の手腕を見ながら、霧人は苦笑する。 元は役者を目指していたのだと目を輝かせて語っていた頃のことを思い出す。 案外世の中は上手く出来ていて、無駄になる時間は無いのだと、そんなありきたりな言葉が一瞬正しいのではないかと思うことがある。 成歩堂の周囲は過去に紡がれた糸が間断無く続き、姿を消してはまた現れて、彼を包んでいる。 それは製菓学校を卒業して留学までしていた自分が、そちらでのスカウトを蹴ってまでここにいることでも証明されていた。あるいは、小学校で友好の絶たれたはずの御剣がまるで畑違いの場所からこの世界に入り込んだことも、証拠の一つかもしれない。 それならば、あるいは、こうして過ごす日常の一コマさえ、もっと先の未来ではこんな繋がりに変わったのかと、笑う日が来るのだろうか。 真っ赤な顔で成歩堂の指導に従っている王泥喜を横目で見ながら、それより少しだけ上にある成歩堂の頬を視界に映す。 そこにあるのはただ静かな優しい笑みで。 そんな未来も、あるいは過去も、彼にとってはただあるがままの道の上の記憶であり、大切に抱き締めている思い出なのだろうと。 益体もないことを思いながら、小さく笑った。 オドロキくんは焼き菓子担当するので、それを教わっている成歩堂に一番教育されています。まあその他の雑務もあるから色々こき使われますが(笑) 焦がしバターとかキャラメルベースとか、色や感覚だけで「ここだ!」と見抜いて火から下ろすのは得意そうね、オドロキくん。特殊能力役に立ったよ☆ ………でもやること一杯だからたまーにぽかっと忘れることがあったり。 人間なんだから仕方ないことだけど、でも仕事としては困るから、叱らなくてはいけない時はしっかり叱る成歩堂。 なので優しいけど怖いという不思議な形容詞をつけられるのです(笑) まあやるべきことをきちんとやっている子には優しいので頑張れば大丈夫。精進だよ、オドロキくん! 07.11.30 |
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