柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



enter










 まな板の上に手粉をふるい、ざっと伸ばす。
 その上に置いた黄色い固まりの上からも少量粉を振りかけ、ぎゅっと手で圧力を加えた。それによって薄く圧縮された固まりの上に、めん棒を乗せる。
 「じゃあ見ていてね」
 そう一言告げて、成歩堂は手早くめん棒を上下に動かした。そしてまな板をずらし、今度は先ほどは左右になっていた部分をまた上下に伸ばしていく。それを数度繰り返し、あっという間に黄色い固まりは厚さ5mmほどまでに伸ばされてしまった。
 「うん、こんな感じ。ほら、厚みはこれくらい。厚すぎても薄すぎてもダメだよ。半生になるし、焦げちゃうこともあるから」
 解った?と首を傾げて振り返った成歩堂は、神妙な顔で頷いている御剣と目が合った。その隣には同じようにやる気で目を輝かせている王泥喜がいる。
 今日はクリスマスに向けてのアレンジカップに入れるクッキーの制作が新人二人に課せられた。それはクリスマスモチーフの可愛らしいカップに型抜きクッキーをいくつか入れた、低価格のテイクアウト商品だ。
 12月に入ってから用意してもよかったのだが、クリスマスケーキの予約とともに関連商品も順次出していくことにして、現在に至っている。それでも、12月を目前に控えたいま作っているのだから十分時間は押してしまっていた。
 クリスマスなどの時期はそれに見合った客の入りが予測される。
 既にクリスマスケーキの予約の声も聞かれているほどだ、12月の間は出来ることは出来る時にしなくては、普段以上に人手が足りなくなってしまう。
 とてもではないがクッキーなどの日持ちする菓子に時間を割いていられないと、いまからその作成に取りかかった。実際、去年の売れ方を考えると、クリスマスまでの日数に関係なく売れていく。おそらくちょっとした手土産にされるのだろう。
 どちらにせよ、常に人手の足りないパティスリーとしては、いまはネコの手すら借りたい忙しい時であることに変わりはなかった。
 「じゃあ、型はこれ。どれを使ってもいいけどカップに入らない大きいのや、小さすぎて見えなくなっちゃうのは避けてね」
 じゃ後は任せたよ、とその場を去ろうとした成歩堂の腕を、ガシリと掴むものがいた。
 唐突に歩みを阻まれた成歩堂がギョッとして振り返る。視界に写ったのは、必死な形相の御剣と、既に型抜きを始めようと腕をまくっている最中の王泥喜だった。
 「エ?ど、どうかした?」
 「………すまないが、このあとになにをすればいいのかが、解らない」
 何事かと戸惑いながら問いかける成歩堂に、苦渋の顔で御剣が告げる。………本当に申し訳なさそうで、逆にその点に気づかなかったこちらの配慮が足らなかったと思ってしまうほどだ。
 つい忙しくて手間を惜しんでしまった。解るだろうと思ってはいけないのだ、彼の場合は。それは彼が不器用だとか、そんな理由からではなく、純粋に基本情報の差だろう。
 自分たちパティシエは製菓学校を卒業し、全員が製菓衛生士の資格も取得している。当然、基礎は既に出来上がっているから、言わなくてもレシピさえあれば後は大体手順が解る。
 パティシエとしての修行はあくまでも就職した後からの話だ。新人は勿論、自分だってまだまだ神乃木辺りから見ればひよっこに過ぎない。
 それでも、ベースとなっている知識と技術は、一般人のそれとは大きく隔たっている。あの濃密な実技実習だらけの一年間で、嫌になるほど叩き込まれたのだから当然だろう。
 けれど、それを、まるで知らない人間に同じようにやれというのは無茶な要求だ。製菓の知識などなにもなかった自分だって、最短コースといえどきちんと製菓学校に一年いる間にその基礎を身につけたのだから。
 家で菓子作りをしているとはいえ、それはあくまでも母親の手伝いの範疇だろう。どこまでを行なっているかは解らないし、逆にいえば家での経験を仕事に反映する危険性もある。それを御剣は理解しているからこそ、行なったことのない作業は全て成歩堂の説明を受けている。
 それは迷惑をかけないようにという、御剣なりの配慮だ。それなのにまるで初めから知っていろといわんばかりの態度は、相手に対して失礼だった。そう思い、必死に自分が逃げないように腕を掴んでいる御剣の手のひらを軽く叩いた。
 「そうだよね、ごめん。僕の言葉が足りなかったね」
 微かに跳ねた御剣の肩に、怒っているとか呆れているとかそんな不安を抱いたことを知って、困ったように成歩堂が声を掛ける。
 「じゃあ御剣、いくつか一緒にやってみよっか」
 しゅんとしたままの相手に敢えて明るい声をかけて成歩堂はその背中を叩いた。
 彼は今までがずっとなんでも出来ただけに、足手まといになることに慣れていない。どうすればいいのかが解らない場所にいるということも、きっと初めてなのだろう。
 それでも矜持の高さ故に問えないかといえば、今のようにすぐに教えてくれる。
 やはり彼の今までの職とは見当違いの分野ではあるけれど、この職に対してやる気と熱意があるのだと改めて思って、成歩堂は嬉しそうに御剣に型抜きクッキーの型の抜き方と、天板へ並べるこつとを教えていった。
 その様子を眺めながら、どちらの思考も何となく解る神乃木は、小さく溜め息を吐く。

 ………御剣がすぐに疑問を口に出来るのは、それを教えてくれるのが全て成歩堂だからだ、なんて。

 きっと彼だけが知らない、事実だ。





 ちなみに製菓衛生士は菓子製造業に2年以上従事で試験を受けて取得も可能な公的資格です。筆記試験だけだったら御剣も取れちゃうよね。試験内容までは調べていないけど、どうなんだろうか………怖いな。
 認定された学校に通っていただろう他のパティシエたちは、全員学校卒業と同時に資格所有ということで。

 私は母の影響で小学校の頃から型抜きクッキーとかお菓子作りは大抵のものは作りましたが(家庭的なものはね)そうでない人は本当に作ったことがないようで。
 以前型抜きクッキーを焼くように頼まれた時に普通にやっていたら、以前の人はバケットでも焼く気か?!というくらい手粉を大量にまき散らしてやっていたと聞きました。
 …………手粉は大量に使用すると生地の分量が変わっちゃうので要注意ですよね………。生育環境の違いを舐めちゃいけない、と思った瞬間でした。

07.12.1