柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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 「まあ取り合えず、レシピはこいつだ。材料はあるもので。適当に作ってみな」
 神乃木はそういいながら不敵な笑みで御剣を見遣る。先日の一次面接はあってないようなものだ。成歩堂が推挙したのだから、人間性は問題がないだろう。少なくとも、この店に損害を与えるような人格を有している人間に成歩堂は懐かない。
 ならばあとはパティシエとしての腕を見るだけだ。それを知っているからこそ、パティシエ全員がわざわざ手を止めてまで御剣の動きに注目していた。
 そんな視線には緊張もせず、御剣はすらすらとレシピを読み込み、その内容を記憶する。
 実技テストというだけあって、それはさして難しい手順はない。それだけにひどく単純で手際の良さがすぐに解ってしまう。
 ひとまず計量を終わらせてからだと御剣は書かれている通りの分量を手早く計量し、次々に並べていく。きちんとレシピに書かれている順番の通りに並べられていっているが、その間彼は一度も渡されたレシピを見ていない。計量中ですら、だ。
 訝しい行動は、けれど目を丸めて驚いている成歩堂と王泥喜を見れば、彼が計っていっている材料の大方の量は普段自分たちが作っているものと変わらないのだろう。
 では先ほど目を通して順を確認していた間に全て記憶したのだろうか。
 そうだとしたらなかなか秀逸な素材だ。元は弁護士だという話も聞いたし、法学部を卒業出来たくらいならば、その記憶力は天性の資質があるのだろう。
 あとは腕前だと、パティシエ一同が期待して見守る中、ぐしゃりと、不可解な音が響いた。
 「……………………?」
 一瞬耳を疑った全員が目を瞬かせる。未だかつてとはいわないが、少なくともパティシエを目指すようになってからは到底聞くことのない音だ。
 「え……あ、あの……あの人、卵、粉砕しちゃってますよ……ね?」
 「………………そう見えますね」
 「しかも何事もなかったかのようにボールの中の殻までつまみ出してやがんなぁ……」
 「というか、顔もまるで変動してないから、きっといつもああやっているっていうことですよね」
 ぼそぼそと小声で御剣の割った卵の残骸とも言うべき殻の処分を議論している中、いつもであれば何かしらすぐに言葉を挟むはずの人物の声が響かなかった。
 おかしいとすぐに気づいた神乃木が、隣に立つ成歩堂に目を向ける。
 …………そこには、周りで話されている会話にすら気づかないほど、二個目の卵を割っては白身まみれになった手を見つめている御剣を見守っている成歩堂がいた。
 ハラハラと不安そうに、いまにも手伝いたそうな目で、それでも我慢しているのがよく解る。ぎゅっと手を握り締めたまま、教えようとしてしまうのだろう、口を開きかけては噛み締めていた。
 それを全員が見つめて、深い溜め息を吐き出した。
 これは……御剣がどんなマドレーヌを作成するにしても、放って置くことは出来ないだろう。
 誰もが口にしなくてもそれが解った。………既に成歩堂の目は、教えるものの目になっている。未だ新人の域を脱さない王泥喜が入ってきた時よりも大分その様は悪化しているようにも見えるが。
 これだけの厄介な素人がパティスリーに入り込むこと自体、無謀だ。店としても、本人としても。
 けれどおそらくは御剣が望む限り、成歩堂は彼を擁護してここで働けるように便宜を図ろうとするだろう。
 どこか青臭く熱血漢な成歩堂は、自分を頼りとするものを無下には出来ないし、その手を必要とするものには与えたいと手を差し出てしまう。
 これからのやり取りを予測して、神乃木と霧人が辟易とした溜め息を漏らした。………まだなにも気づかず、どこか心配そうに相手を見ている成歩堂の様子に自分が入りたての頃を思い出しているのか、王泥喜はどこか楽し気だが。
 「まあ………店が忙しいのは事実ですし、ギャルソンとして頑張ってもらえれば、いいんじゃないですか?」
 …………少しだけ途方に暮れながら、響也が沈痛なパティシエたちの顔を慮ってそんな言葉を漏らした。

 そんなパティシエたちのやり取りに気づくことなく、成歩堂は御剣を見守り続け、御剣は到底菓子を作っている音とは認識出来ない盛大な音を響かせながら、味だけはおそらくマドレーヌになっただろう焼き菓子を作り上げていった。





 破滅的に不器用な御剣の実技試験の一コマ。
 卵を粉砕するかのように割った時点でパティシエは出来ないと思うね!こんなの見ても成歩堂はまだ製菓技術を教えようと頑張っているんだよ。
 甘いのか厳しいのか解らない、というのがまさにここだよね、きっと。
 個人的にはとても厳しい人でもあるんだけどね、成歩堂。
 ただそれを示すまでに物凄い猶予があるのと、普段は一切そうした面を出さないでいるというだけで。でも逆鱗に触れると多分パティシエの中で敵う人は誰も居ない。全員で対峙しても負けると思うよ。力技でもないのに。むしろ力技じゃないからこそ、誰も敵わないのさ(笑)

07.12.1