「しかし………お前さんも妙な子供だな」
クルクルと巻かれていく腕の包帯を眺めながら、ザッハは心底不思議そうに呟いた。
それに手元から視線はずらさず、宙太が答える。
「はぁ?いきなりなんだよ、ザッハ」
「だってよぉ、お前、一回も俺の組み立て、嫌がんねぇじゃねぇか」
「え、だってお前、俺が組み立てなきゃ誰が組み立てんだよ」
スカイはまずやらないし、クラウスは静観しているに決まっている。ミルキーはバラバラになった姿を見た時点で超能力の暴走という過去がある。ここまできたら宙太以外に出来る人間がいない。………流石にサザエに骨の組み立ては無理だろう。
そう不可解げに問いかける宙太の額を、組み立て上がった指先で弾きながらザッハは笑った。
「ばぁ〜か。そう言う問題じゃないっての。普通、骨に触んの嫌だろ」
ミイラは怖がるものだし、人骨は恐れるものだ。そんな当たり前を無視して、宙太は初対面のその時から、当然のように組み立てるのを手伝ってくれた。
そんな言葉に宙太は目を瞬かせて、一体何がおかしいのか解らないといいたげな声をあげる。
「そっかぁ?別にザッハ怖くないしなー」
「初対面でミイラ男って叫んでたの誰だよ」
「わざと効果狙ってそれらしく登場した奴がいうなっての!」
そうでなければ別に驚かない。あれは舞台設定の効果が大きかったのだ。その上、こんな風に流暢にしゃべる事が出来る癖に、ザッハは棺桶から出てきたその時は、わざと間延びした低く震える声でこちらの恐怖を煽るなんて真似までしたのだ。
もっとも、それらはきっと、カードバトルを申し込まれる事に気付いての心理作戦の一環だったのだろう。安直だが、動揺を誘うには確かに効果的だ。
むくれる宙太を見下ろしながら、流れるように選ばれていく骨を、ザッハは不思議そうに見つめた。
「……それにお前、骨間違わないよな。一度も指示出した記憶がねぇぞ、俺は」
「うん?骨?」
「骨格。………覚えてんのか、もしかして」
状況に応じて肉体を戻す事もある自分の骨格は、1つだって損なわれてはいない。そして正確に組み直さなければ、肉体を得る事だって出来る筈もない。
だからこそ細心の注意を払ってその指先を視線で追うが、まるでよどみなくそれは迷いもしないで正しい位置に正しい部位を重ねていくのだ。
「ああ、それは勿論。本読んだ事あるしな!」
「そうか、ファラオを崇め奉る準備に勤しんでいたのか、感心だな」
じゃなければ手伝えないと、あっけらかんと言ってのけた宙太に、ザッハは尊大に言ってのけてからかった。
「誰がそんな無駄な真似するかっ!!生物系は勉強したんだよ!」
それには思った通り小気味よく鋭い突っ込みの声があがる。
「あん?勉強嫌いなお前がぁ?」
てっきりただ授業で習いたてだったとか、その程度の事だと思ってみれば、意外な返事にザッハは思わず目を丸めてしまった。
その解答が自分らしくない事は承知なのか、不貞腐れたように顔を逸らした宙太は、相変わらず器用に骨を組み手ては固定する為に包帯を巻いていた。
「…………だって、もしかしたらさ、解るかもしれねぇって思ったんだよ」
「何がだ?」
「ねーちゃんのさ、超能力。原因とか理由とかが解ればさ、危ない事ないし、自由じゃん」
「……………お前が?」
その言葉に、ほんの微かな嫌味と警戒を込めて、小さく問う声は多分、鋭かった事だろう。それを見上げる宙太の眼差しが、吸い込まれる程に真っすぐに透き通っていて、呟いた事自体、ザッハは後悔した。
……………ごく小さく、宙太にしか聞こえないように注意したつもりだというのに、しっかりと聞き取ったらしい赤子が、宙太の背後からこちらを睨んでいる事は、黙殺したけれど。
「?なんで俺?俺別にないよ、超能力」
不思議そうに傾げられた首も、それに揺れる金の髪も、まるで不純物なく見上げる眼差しも、この上もなく居心地を悪くしてくれる。ミルキーもそうだが、どうもこの姉弟は、警戒心や猜疑心と無縁で困る。
そんなザッハの、戸惑いに返らない言葉を、ぱちりと瞬きさせた目蓋の間、宙太は待った。
………ESP検査も受けた事があるが、全く超能力の素質はなかった。同じ血を流す姉弟でもやはり違うのだ。その理由が解れば、あるいはもしかしたら、姉の能力も押さえ込めるかもしれない。
それなら、身体の仕組みを知って、色々な生き物の事を知って、そうしたなら、きっと解る事があると、信じて疑いもしなかった。
そうした事を知らないザッハが、続ける言葉がないのも無理はないかと、宙太は苦笑して小さな頃の自分の拙さを照れたように頭をかきながら呟いた。
「ちっこかったからさー、思いついたら即実行!って感じになっちゃって。で、ちょうど家にあったから、解剖学の本読破して丸暗記したんだ」
「ちっこいって、中学で習ったんじゃねぇのか?」
「ん?ねーちゃんが中1の時だよ。環境変わって情緒不安定でさ、よく暴走してたから」
学校に呼び出されて迎えに行くのは日常茶飯事だった。だからこそ、自分も姉と同じ中高一貫の学園に入学したくらいだ。
そのあっけらかんとした声に、思わずザッハは遠い目をしてしまう。たかだか十数年生きた子供のいう事だろうか、これが。
「…………今までバレなかったのが不思議だな」
「ははっ、まあバレちゃいるんだけどな。ただどうしようもないから現状維持って感じ?」
何も知らないのはただミルキー一人だけだ。それでも、彼女はきっと無意識がそれを理解しているだろう。
だから、大抵の事を彼女はあるがままに受け止める。家が壊れても、それがたった一夜で治っても、周囲がジャングルに変わっても。そうした技術があるのだと説明されれば、それをそのまま素直に受け入れて頷いてしまうのだ。
ミルキーにとって、世界はとても受動的だ。唯一能動的に働くのは、家族である宙太にだけで、それ以外の全て、ただ受け入れる事に長けている。
………そうする事で、感情の昂りを無意識のまま、避けている。
「だからさ、俺が頑張ったら、ねーちゃんそういうのから守れるかなって」
自身が感情豊かなだけに、それが決して無理をしての姿ではなくとも寂しいのだと、宙太は小さく呟いた。
出来る事なら自由に、思うがままに言葉も感情を差し出せた方が、いいに決まっている。そんな事、当たり前だ。
だからどうにかしたいと思った。末っ子だけど、自分はこの家の長男だから。姉を守るのも自分の役目だと、幼い頃からずっと思っていた。
「ガキだねぇ」
そんな幼い呟きにほんの微か遣る瀬無さを飲み込んで、からかう声でザッハは笑った。
しっかりと動く手のひらを確認しながら、その金の髪をかき混ぜるように撫でてやれば、指の間から膨れっ面の子供が覗けた。
「どーせガキだよっ!でも本気だったんだ。それに、そのおかげでザッハだって助かってんだからいいだろ」
「まあそりゃそうだ。しっかし、それならお前、医者かバイオ系に進む気だったのか?」
「う〜ん、どうせなら、獣医とかがいいかな。ねーちゃん、動物好きなんだよ」
悩むように唇を尖らせて、宙太はこっそりと小さな声で呟いた。その間もてきぱきと組み立てられていく骨は綺麗に形を成していっている。
「?それが何か関係あんのか?」
「ペット飼いたいけどさ、飼っちゃ駄目なんだ、うち。そういう方針っていうか、動物って何するか解らないとこあるし、超能力が発動する事もあるしさ。いざって時、逃げれないと危ないだろ?」
今までミルキーの超能力は物を壊す事にだけ向かっていた。それは彼女の無意識が、生き物に向かわぬようにきちんと制御していたからだろう。
そうでなければ、もっとも一緒にいる宙太が、この年齢までそれによって傷を負う事なく育つなど不可能だ。
「獣医になったらさ、そういうのもなんとか出来るし、家でペット飼えるかなって。動物は俺も好きだしな!」
そうしたらきっと楽しいと、宙太は子供らしい明るさで笑った。自分も姉も嬉しければ、きっと悪い事など何も起きないと信じて疑わない、幼い無敵の笑みだ。
「そういやお前、妙に生き物の知識あったな。そのせいか」
「そう言う訳でもないけど。興味あるものは覚えられるだけだろ。スカイのカードマスター覚えるのと同じようなもんだって」
「……………お前ね、約5000年間のカードマスター全部記憶しているっていうその異様さを、あっさりそれで片付けるなよ」
カードゲームのルールを覚えるのとは訳が違う。たかだか100年の歴史の人物を覚えるだけでも頭を悩ませる宙太が、その大変さを解らない事が不思議だ。
けれど呆れたザッハの声に、宙太は首を傾げて目を瞬かせた。
「だって、好きな事は頑張るもんじゃんか。そんで、好きだとその気がなくても覚えてくだろ」
「まぁ、そうだけどよ」
「だからそういうもんじゃねぇの?よく解んねぇけどさ」
きょとんと、何がおかしいのか解らないといった顔で返す宙太の眼差しは、嫌味でもなんでもなく、純粋な疑問だけが含まれている。
それを眺めて、ザッハはようやっと思い当たった。………この子供の、可能性に。
「あー……まあ、そうだな。なんとなく、解った気がするわ」
「?そっか?まあいいや、ザッハ、組み立て終わったけど、包帯の状態平気か?」
微妙に濁して頷くザッハに、納得しかねるように眉を顰めながらも、宙太は最後の包帯を結んで動作確認を促した。
………軽く動かされる関節の数々を眺めていると、ほんの微かそのまままたバラバラになるかとドキドキしてしまう。
「おう、大丈夫そうだな。悪かったな、助かった」
特に不自由もなく確認を終え、最後に満足そうに頷いたザッハの仕草に、宙太は安心したように笑った。
「どーいたしまして!さて、俺、これからねーちゃんに買い物ついてくの頼まれてんだ。行ってくるな!」
そう言ってさっさと立ち上がり駆け出してしまう小さな背中。それを見送りながら、ザッハは己の身体を包む包帯の完璧さを見下ろした。
………当人は未だ知らないその才能に、少しだけ舌を巻く。
好きならば努力で全てが覚えられる、なんて。本気でそう思っているらしい、己の才覚を知らない子供。
いまはまだ、それはただ一人ともにいる姉の為にだけしか奮われない。
…………けれど、と。
ザッハはニヤリと唇を楽しげに歪ませて、こちらを気に掛けながらも素知らぬ風を装った赤子に、人の悪い笑みを送った。
もしもあの才覚が花開いたなら、きっと誰も追いつく事など出来ない場所に駆けていく事だろう。
それをおそらくは自分以上に感じ取っているだろう赤子は、面白くなさそうに眉を顰めて顔を逸らしてしまう。
未だ文明も精神も未発達の地球の、ただの子供。それにも関わらずGACに支配される事もなくナマモノを呼び出す事も出来た。精神力も申し分無い、希有な金の卵だ。
きっと傍に置きたいだろう煌めきを、それでも認めたがらない我が侭な赤子。
…………つまらなそうに爪弾いたGACも、最近ではあの子供がいなくては気乗りしない癖に。
クツリとその様に喉奥で笑い、ザッハはこの家にある筈のフード付きのパーカーを探すべく立ち上がった。
どうせ赤子は二人を追いかけるに決まっている。その時に置いてけぼりを食らうのはごめんだ。
そんなザッハを睨みながら、赤子はそんな気はないとでもいうように、どこから取り出したのか数多くのオモチャをその手に持って遊んでいた。
それでも大人しくオモチャで遊ぶ振りをしながら、赤子はそわそわと買い物に出かけてしまった姉弟達を追いかける言い訳を考えている。
解ってしまうのはきっと、自分も同じだからだろうと含み笑いながら、それでも唯一のありがたさは向かう目的地が違う事だと、ザッハは緩く息を吐き出した。
…………何が起こるか解らないのが人生だ。
彼らが出会ったのもあり得ない事ならば、自分が蘇った事だってあり得ないこと。
それでも出会いは必ず必然を孕み回りだす。
今はまだ、その未来すら誰一人知りはしなかったけれど……………
意外と宙太、動物まめ知識を持っているよなーとか。
姉弟、仲いいよなー!とか。
色々考えていたら、色々捏造設定確立。まあいいや、そんな感じの我が家の天之川家です。
とりあえず、宙太はミルキーを、ミルキーは宙太を守る気満々。
そんな二人を守るつもりでいるザッハと、割り込めなくて不貞腐れている赤ん坊王子様ですよー。
うん、多分そんな日常生活だな、きっと。
11.6.12