休日の午後ともなればショッピングモールは人があふれている。そんな中を歩きながら、不意に宙太は辺りを見回した。
 今日は姉と二人、買い物に来ていた。そこに何故かやってきたスカイとクラウス、しっかりパーカーを着込んでミイラ姿が見えないようにしたザッハが加わり、妙な団体行動に変わっていた。
 その筈なのに、何故か人数が合わない。それに気付いた宙太が、どこかの店に吸い込まれているのかと視線を彷徨わせながら呟いた。
 「あれ、ねーちゃんどこ行ったんだろ」
 誰か見ていないかと問うその声に、同じように周囲を見回したクラウスが、真っすぐに宙太を見て答えた。
 「小さいですからね、見失いましたね」
 「あっさり言い切るなよ!ヤバイだろ、一人にしたら!!」
 相変わらずの冷静な一言に喚くように宙太が言い返した。ちょっとくらいの騒ぎ、これだけ人の多いショッピングモールでは大して注目を浴びない。とはいえ、流石におかしな三人組なだけに、ちらちらと向けられる視線もあった。
 それに気付いているスカイはひっそりと声を小さめに控え、周囲に聞こえないように配慮しながら、慌てふためく宙太をからかうように声を掛けた。
 「なんだ、お前、まだ姉離れ出来ていないのか」
 「嘆かわしいですね」
 「誰がだっ!なんかあって超能力発揮したら困るだろ!」
 ゴキブリを見ただけでも駄目なのだ。かなり範囲は狭い。が、流石に四六時中一緒というわけにはいかない。
 それでも休みの日や家にいる間くらいは、出来るだけ傍にいるのだ。それが天乃川家では当然の休みの日の習慣だ。家族が家にいるなら同じ部屋で意味もなくお互い本を読んだりテレビを見たりしている。
 そんな昔ながらの団欒風景を思い出しつつ、スカイはクラウスに抱えられた状態で心配性な弟の物思いに肩を竦めた。
 「そんなに日常で興奮しないだろ」
 「………そういえば、ザッハも見当たりませんね」
 「おお、あいつならさっきフラッとどこかに行ったな」
 クラウスの疑問にさらっと答えたスカイの言葉に、ザッと宙太の顔色が青くなる。
 どうにもミイラ姿のザッハがタイミングよく転んで、それを何故かタイミングよくミルキーが目撃するパターンしか浮かばない迷子の組み合わせだ。
 「止めるか行き先確認しとけよ!」
 慌てて周囲を見回しながら叫ぶ宙太に、フンッと呆れたように鼻を鳴らしたスカイが、丸い指先を振りながら何も知らない子供に教えるように答えた。
 「何を言うか。皇族も王族も秘密が多いんだ。詮索無用と言うのが解らんか」
 「喋る赤ん坊も動くミイラも存在自体が秘匿だからはぐれるなよ」
 そもそも知られてはいけない存在がこうもうようよと出歩いて動き回って、どうして今もまだ誰にも知られずに済んでいるのか、不思議だ。
 …………一瞬脳裏に目撃者全てに洗脳を施す主従が浮かんだが、考えなかった事にして宙太は小柄な姉が人波に紛れていないかと視線を動かした。
 「まあそれはいいとして、あまり放っておくと移動も出来ませんし、呼び出しを頼みましょうか」
 そんな宙太の心の動きなど手にとるように解る主従は、お互いに溜め息を吐き合ったあと、アイコンタクトだけで次の行動を決定した。
 それを告げるように掛けた声に、宙太は悩み顔で思案しながらもそれ以外に手だてはないかと頷いた。
 「そうだなー。じゃああのアイス屋のところにするか。イスあるし」
 赤ん坊を抱えたまま立っているのは大変だろうとクラウスを見遣れば、こくりと頷き、すっと腕を差し出された。
 「そうですね。では王子をよろしくお願いします」
 しっかりその手の先には、ふんむっと胸を張った偉そうな王子が一人、乗っかっている。
 何故それが差し出されるのかと宙太は目を瞬かせてしまう。姉がいないのだから、弟の自分が探しにいくのが筋というものだろう。その間どうせ我が侭な王子があっちこっちとクラウスを連れ回すだろうが、多分この執事はそんなものに流されて迷子になるようなタマではない。
 「へ?俺が行くけど?」
 だからこそ不要な話と自分を指差す宙太の腕を掴み、クラウスはしっかりとスカイを押し付けながら、その玲瓏な美貌を彩る声音で囁いた。
 「万が一ミルキーさんと遭遇した場合、なだめ役が必要ですから」
 「人の姉を猛獣扱いしないでくれ」
 真顔で返した言葉はきっと馬耳東風で、涼やかな背中はそのまま返事もしないで立ち去ってしまった。

 「ったく、おいスカイ、お前も人の事よじ登ってないで大人しく……」
 ぶつぶつと立ち去った執事の事をぼやいていると、その間も大人しくする気がゼロのスカイが宙太の肩をよじ登り、頭を抱えるようにして背後を伺った。そのままキョロキョロと見回して、ようやく目当てのものを発見したのか、ぴたりと止まる。
 珍しく自分のいう事を聞いたと感心して、人の頭を支えの軸にしている常識知らずの赤ん坊の背中を両手で支えながら宙太が歩き始める。
 ………多分、周囲には『高い高い♪』などとしているいい子守役に見えるかもしれないが、宙太自身はいつどんな奇抜な行動を起こしてスカイが落ちるかと思うと気が気ではなかった。
 いくら赤ん坊らしくない赤ん坊でも、やはりスカイはまだまだ宙太の手でも抱えられる赤ん坊なのだ。頭から落ちでもしたらどうなるか、想像したくはない。
 なんとかこのまま大人しくしている間にベンチにでも座ろうと考えていた宙太の髪を、唐突にスカイは鷲掴んで引っ張った。
 「イテッ!?何すんだっ!」
 「キャラメルリボンにするか、宙太」
 無防備極まりないところをいきなり攻撃されてはたまらない。慌てて宙太がスカイの脇に手を通してすくいあげ、頭から引き剥がしてみれば、まったくこちらを意に介さずにその眼差しは横のアイスクリーム屋を見つめていた。
 より正確にいうならば、アイスクリーム屋の前にある、アイスのメニュー看板を。
 「………人の話を聞け。それから赤ん坊はアイスは食べないんだよ」
 相変わらずの横暴王子だ。どんな風に我が侭に育てたら、たかだか数ヶ月でこうも愉快に人の話を聞かない唯我独尊が形成されるのだろうか。
 ……………性格は環境要因も加わる筈なのに、どうにもスカイを見ていると遺伝だけが性格を作り上げている気がしてならなかった。
 それでも宙太の言葉に驚いたように目を丸めるあたりは、まだ可愛げがある。そんな風に己を慰めながら、暴れる事を予期した宙太は、手にしたスカイをぶら下げたままスタスタと進んでいった。
 ……自分の身体に近づけたと同時に、また髪を引っ張られるかむずがる振りをして殴られるか。何をやらかすにしても、被害はきっと自分が被る。それだけは確実だ。
 「なんだと?!赤子虐待反対!!」
 一応の気配りがあるのか、騒いではいるが、その声はあくまでも宙太にだけ聞こえるように間近で潜められている。その程度の心配りが出来ていながら、どうしてアイスを我慢するという、もっと簡単な事がこの赤ん坊には出来ないのだろうか。
 そもそも、正確な情報も知らないとはいえ、それでもまだ赤ん坊というに相応しいおむつ姿のスカイだ。食べたがるからと言ってアイスを与えていい筈がない。
 「むしろ食べさせる方が虐待だっての」
 赤ん坊を預かった事も関わった事もないからよく解らないとはいえ、宙太とて赤ん坊が産まれて暫くはミルク以外飲まない事くらい、知っている。
 そしてきっと、スカイはそうした時期の赤ん坊だ。
 そう言い切って諦めさせようとすれば、全身を使ってスカイが抗議を始めた。見事なブリッジが出来そうなくらいの暴れっぷりだ。
 「食べたい!食べさせろ!!」
 思った通りじたばたとムズがる赤子並みに腕の中で暴れるスカイを、最早手首の先だけで抱えるなど無理で、結局その両手足の攻撃を感受する形で宙太は腕に抱えた。
 すれ違ったおばさんが微笑ましそうだったけれど、多分この苦労は微笑ましい姿などでは済まないと思う。現に、赤ん坊の手足でもなかなか痛い。家に帰ったらその辺りの事はきちんと話し合わなくてはいけないだろう。聞き入れてくれるかは甚だ疑問だけれど。
 「あーもう、うるさいなっ!腹壊すぞ!?」
 取り落とさないように必死に抱えながら、宙太はぐったりとした気分で叱りつけた。
 そうして叱りつけたあとに、はたと気付く。………スカイは確か、普通に自分の家でお茶を飲んでいた。お菓子も食べていたし、ご飯も食べていた。
 確かに、地球の赤ちゃんはアイスは食べない。が、宇宙の赤ちゃんはどうなのか。解らないが、きっとスカイは平気だ。
 「平気だからキャラメルリボン」
 そんな疑惑に気付いたかのように、きらきらと輝く幼い眼差しの告げる事実。それに、結局根負けした宙太は、ちらりと覗き込んだアイスにも心惹かれ、店の前に吸い込まれていく。
 「はいはい。あーでもうまそう。俺も買うかな」
 そう呟きながらポケットを探った宙太は、はたと現実を思い出した。
 「………時にスカイ。お前、金は?」
 アイスを買うには金がいる。そして宙太は財布を持ってきていなかった。探ったポケットの中、触れたのは硬貨の感触。確かこれは、お釣をそのまましまった時のものだから、五百円玉の筈だ。
 が、アイスはシングルひとつ270円。自分とスカイとなると、僅かながら足りなかった。
 それでも普段から無駄なまでの財力と科学力を駆使しているスカイだ。もしかしたら自分の分を買うくらいの小銭、持ち合わせているかもしれない。
 「ん?クラウスが持っているぞ」
 が、期待は裏切られ、あっさりとあまりに当たり前の事を言われてしまう。
 こんな時だけ常識的な解答を返さなくてもいいのに。どうせなら、アイスを食べないという常識の方がありがたかった。
 そんな事を思いながら、ちらりと見下ろした姿は、おむつ姿だ。………確かにおむつ姿の赤ん坊が小銭をどこにしまうのかと考えれば、不可能極まりないかもしれない。
 いっそ四次元ポケットの1つや2つ持ち合わせていそうだというのに、そんなところだけは常識的なスカイに肩が落ちてしまう。これではアイスは諦めなくてはいけなかった。
 「じゃあ帰ってくるまでダメだろうが。やっぱ我慢!」
 ぴしゃりと言い切った宙太に、目を丸めたスカイは慌てて食い下がった。
 「なんだと!お前が払えばいいだろう!」
 ………今度からスカイに幼児用にポシェットでも持たせた方がいいだろうか。そんな事を思わず考えてしまうくらいの剣幕だ。そこまでアイスが好きだったのかと、宙太は胸中で首を捻ってしまう。
 「たかるなっ!第一、俺だって小遣い日前だからほとんど持ってないのっ」
 そもそもミルキーの買い物に付き合う筈が、何故かついてきたスカイ達の我が侭のおかげでショッピングモールを散策する羽目に陥ったのだ。もし姉弟の二人だけだったなら、とっくに買い物も終わって帰り支度の頃合いだ。
 もとよりミルキーの部活に必要なものの下見に来ただけだ。宙太はもしも買う時の荷物持ちであって、財布すら持ってきていなかった。当然、スカイに奢ってやれるような金は持ち合わせていない。
 叱りつけるようにそう告げる声に、やれやれと宙太に抱えられたままのスカイは肩を竦めた。
 「貧乏人は哀れだな。アイスもままならんとは」
 「現状お前も俺と同格、むしろ買える俺以下だからな」
 赤ん坊に買い物をするという概念があること自体、びっくりだ。もっともそんな事を言い始めたら普通に自分と話している事も、カードゲームに熱中する事もおかしいが、最早今更過ぎて驚く気にもならない。
 そんな達観じみた宙太の、痛いところを突いてくる言葉に、むっと顔を顰めたスカイはびしっと短い指先を相手の鼻に押し付け、周囲にすら響きそうな声で言い切った。
 「失敬な!ミレニアムの王子たるもの、買うなら店ごと買うぞ!」
 「迷惑だから止めろよ。それと声デカイっ」
 慌ててスカイの口を押さえにかかる宙太と、それから逃れようと暴れるスカイは、端から見れば戯れ合っている兄弟だ。もっとも、当人達は互いに必死で、そんな可愛らしい事を考えている余裕はまったくなかったけれど。
 暫くの間そんな攻防を繰り広げていたが、互いに肩で息をし始めた頃、これ以上は無駄な争いと判断したのか、スカイがほんの少し大人になったかのように暴れるのを止めて、宙太の言う通り声を潜めた。
 「まあそれはいいとして、さっさと買ってこい」
 ………が、その内容はまったく先程から進歩していない。
 金がなければアイスは買えないし、それを持っているのはスカイではなくクラウスだ。
 いくら持ち主がスカイであろうと、赤ん坊が後から執事が持ってくると言って信用される筈がない。………そもそも、話す赤ん坊自体、発見されては困る。
 「だから、金ないんだろ?」
 今は諦めて、クラウスが戻ってきてから買えばいい。そんなに時間はかからないと窘めを響かせて呟けば、先程同様、スカイの指先が宙太の鼻先に突きつけられた。
 「お前は持っているんだろ」
 きょとんとした眼差しで言われ、宙太は目を瞬かせた。
 持っては、いる。五百円玉が一枚、ポケットに入っていた。けれどこれだけではアイスを2つ買うにはギリギリ足りないのだ。 
 「一人で食べても……」
 自分は我慢するつもりなのかと、困ったように呟きかければ、キラリと光ったスカイの眼差しがそれを両断した。
 「早くキャラメルリボン買ってこい」
 「お前の分かよっ!誰が買うかっ」
 殊勝な心掛けと絆(ほだ)されかけた宙太は、思わず周りの目も気にせずに怒鳴ってしまう。もっとも、怒鳴った内容自体、赤子に対して何の話かというものではあるが、この際気にはしなかった。
 「いいだろう、ならば百歩譲ってダブルの片方で我慢してやる」
 むしろその方が好都合とスカイが提案してみれば、がっくりと宙太は肩を落としていた。
 もう慣れたつもりだが、どうにもこの我が侭な赤ん坊の言動には、未だ常識を持ち合わせている宙太にはついていけないところがある。
 「何で奢ってもらう気満々で偉そうなんだ、お前は」
 深い溜め息とともにそうぼやいてみれば、抱えられたままのスカイはよじ登るようにして宙太の肩から後ろの方を眺めている。先程とは違い、今度は通りの方をだ。
 人はそれなりに多い。が、見知った顔はいない。ミルキーは小柄で見落とす可能性はあるが、確実にその傍らにはザッハがいる筈だ。そうでなければ、ミルキーがはぐれてすぐに、彼の姿まで消える理由がない。
 それならば長身の包帯男がいるかいないかだけを確認すればいい。そんな怪しい人間、探すまでもなく人々が遠巻きに眺めるだろうから、探すのは容易い筈だ。
 「早くしろ。みんなが戻ってくるだろうが」
 今の所この状況を終わらせる要因はいないようだと、キョロキョロと辺りを見回すスカイに、きょとんと宙太は目を瞬かせた。
 「?なんか悪いのか?」
 …………まったくクラウスの気の利かせ方は通じていないらしい宙太の鈍さに、スカイはいっそ感心しそうだった。
 わざわざ自分やザッハが追いかけてきて、何の理由もないと思うのだろうか。
 それとも本気で地球の未文化を見学していると思っているのか。確かにそれ自体は楽しいし愉快だと思うが、そんな理由で何故皇族の自分やファラオのザッハが、人波の中を歩くと解っていて出歩くというのだろうか。
 鈍い事は姉も弟も同様のようだと、自分とザッハの先行きの不安定さにスカイは胸中で重い溜め息を落とした。
 「………おやつの時間でなくアイスを食べたら叱られるだろ」
 やれやれと胸中よりも軽やかに溜め息を吐き出し、仕方なしに用意していた、それらしい解答を口にする。
 目を瞬かせた宙太は、スカイの言葉に姉の姿を浮かべた。……確かに怒られる。スーパーウーマンにまではならなくても、怪物ランドがやってくるだろうか。親が家にいない分、ミルキーはそうした部分はうるさいのだ。
 「それもそうか。じゃあスモールをダブルで」
 決めればあとはただ注文するだけだ。宙太が店員に声を掛けると、抱っこされた赤ん坊のふりをしていたスカイが慌ててその肩を叩いた。
 「キングサイズにしろ!」
 「騒ぐな赤子!」
 縱抱きにして抱えているだけに、声はしっかり聞こえる。が、その内容は到底可愛い赤ん坊の発するものではなかった。
 「皇族たるもの、すべてキングサイズだ!」
 押さえ込もうとする宙太の手から逃れながら、スカイはふんむっと胸をはって謎の宣言を本気で告げた。
 「お前は態度が常にキングサイズだから他は自重しとけ」
 が、あっさりと宙太それを却下した。何より、一番動かしがたい事実があると、手の中の硬貨をスカイの眼前に突きつける。
 「第一、ダブルだとスモールしか買えねーもん」
 まさかこんな風に出歩く予定はなかったのだ。運良く五百円玉をポケットに入れていただけでもラッキーだ。
 そう諭そうとする声に、仕方無さそうに息を吐きながらスカイは肩を竦めた。
 「嘆かわしい」
 「のはお前だ。すみませーん、キャラメルリボンとチョコミントのダブルをスモールで」
 慣れたスカイの物言いは軽くスルーして、宙太はサクサクと注文を続けた。
 仲のいい兄弟だとでも思っているのか、店員のおばさんは戯れ合う二人を微笑ましそうに待ってくれていたのだ。………混んでいないとはいえ、スカイの我が儘でこれ以上待たせ続けるのは申し訳ない。
 「今キャンペーンで、ダブルを買うとトリプルに出来ますよ」
 折角だからとかけてくれた言葉にスカイの目が輝いた。
 「何!?宙太、ストロベリーバナナサンデーを追加だ!!」
 ベシベシと宙太の肩を叩いてこっそりと主張するスカイを、宙太は確かに見下ろした。呆れた眼差しをかち合ったのだから間違いない。
 「じゃあレモンシャーベットをお願いします。一番下にして下さい、シャーベット」
 「はい、かしこましました」
 にもかかわらず、あっさりと宙太はまったく違う注文を店員に告げると、支払いを済ませてアイスを受け取ってしまう。
 コーンではなくカップに入ったトリプルアイス。それをテーブルに乗せ、一応周囲を気遣ってテーブルの上ではなく自分の膝にスカイを乗せて、一緒にアイスが食べられるようにした。
 見下ろしたカップの中、レモンシャーベット、チョコミント、キャラメルリボンと、かなりまとまりのないアイスが積み重なっていた。
 それを睨むように見据えたスカイは、次いでしっかりスプーンを掴んだまま、自分を膝に乗せる宙太を睨み上げた。
 「なーんでシャーベットなんだー!!僕はストロベリーバナナサンデーと言っただろ!」
 バタバタと今日何度目かも解らない、むずがる赤子並みに暴れて主張するスカイを、宙太は小さく息を吐いて見下ろした。
 ………赤ん坊と関わるなどない身には解らないが、どう考えてもスカイは赤ん坊らしくない。自分自身が赤ん坊にされて同じ目線に幾度もなったせいもあるとはいえ、同等の友達のように扱えるのは、きっとスカイのそんな部分のお陰だ。
 とはいえ、それはあくまで精神面であり、いくらスカイが口達者でなかなか見識が深くとも、赤ん坊がアイスを何個も食べていい筈がない。
 「赤ん坊にはスモールひとつで十分なんだよ。腹壊すぞ」
 本来ならそれだって食べない方がいいに決まっている。それを黙認しているのだから、これ以上の我が儘は聞かない。
 ………なんとなく幼かった頃に姉が与えてくれた飴玉の意味を知ったような気がして、宙太は懐かしそうに小さく笑ってしまう。
 見上げた先、何故かほころんだその唇の意味は、残念ながら記憶を共有していないスカイには解らなかった。
 やわらかな笑みだ。嬉しそうな幼い笑み。自分ならば一体何歳頃までそんな笑みをこぼしていたか解らない。
 自分ではまだ、それを作らせる事も出来ないだろう。笑う顔より、叱ったり怒ったりした顔の方がずっと多く見ている気がするくらいだ。
 「……ならせめて一口寄越せ」
 それが少し悔しくて、スカイはアイスをすくった宙太のスプーンを奪うようにその手を掴んだ。
 また怒るだろうがそんな事は気にしない。何だかんだと文句を言う癖に、お人好しの彼は自分達だけでなくザッハが家に住み着く事さえあっさり受け入れたのだ。
 多分、宙太が本気で怒って縁を切ろうとするなんて、ない。怒鳴って冷たくツッコミを入れて、それでもそのあとは仕方無さそうにちゃんと手を取ってくれるだろう。
 それはきっと、誰にだって当たり前に、だ。
 ………お人好しも過ぎると監視役が必要なものだと、身勝手に考えながら、パクリと勝手にスプーンに乗ったアイスを頬張った。これくらい、彼が要らない荷物を増やさないように見張る苦労に比べれば安い筈だ。
 叱りつける声には馬耳東風を返そうと決めつけて、スカイは今度は自分のアイスを攻略にかかった。
 「どんだけアイス好きなんだよ。第一シャーベットは俺の分じゃないぞ」
 その耳に響いた、窘めにかかる声の、予想外の解答に、スカイは目を瞬かせてしまう。
 てっきり自分の分を二つにしたとばかり思っていたのに。
 「なら、誰だ」
 自分の分でも宙太の分でもない。けれどここには二人しかいない。無駄にする筈のないシャーベットの行方を問いかければ、きょとんと宙太は目を瞬かせた。
 「へ?クラウスに決まってんじゃん。すぐ戻ってくるだろ。ほら、迷子の放送が………」
 『え〜、超能力女と、ミイラ男の方は、至急アイスクリーム屋の前に集まって下さい。王子と下僕と執事がお待ちしています。……あの、お名前でなくて本当にいいんですか?』
 『こちらの方が解りやすいですから気にしないで下さい』
 戸惑った係員の声に被さるように玲瓏な声音が響いた。その声だけでも見目麗しいだろうと想像させる透き通った声を、けれど宙太は暗雲を見つめるような暗さで眺めてしまう。
 「………………」
 「思いきり不吉な集合号令が放送されたな」
 あっけらかんと放送用のスピーカーを指差したスカイが事実を呟きながらアイスを頬張れば、その頭を軽やかに叩かれてしまう。
 「黙れバカ王子。執事の教育なってねー!!」
 赤ん坊の胸倉を掴むような非常識な真似、出来れば外ではしたくない。が、これは非常事態で緊急事態だと己に言い聞かし、宙太はまるで素知らぬ顔でアイスを食べ続けている涼しい顔の赤ん坊の肩を揺すった。
 「何をするんだ、失敬な!大体、あれは初対面からあのままだったぞっ」
 ガクガクと視界がぶれるのも気にせずに、スプーンを手放す事なくスカイは反論する。
 実際、クラウスは戦地で見つけた時からずっと変わらない。つまり、日常でも戦地でもずっとあのままなのだ。
 そんな輩を思い通りに動かせる駒のように躾けるなど不可能だ。そもそも、そんなつまらない人間に四六時中傍に控える執事を任せるなんてとんでもない。
 どうせならクラウスくらい突拍子のない執事の方が自分には合っている。そう豪語するような赤ん坊の態度に、宙太は深く長く溜め息を吐き出した。
 「なんでそんなん執事にすんだよ。まったく、早くねーちゃん達と合流してさっさとここ離れたいっ」
 それ以前に、超能力の自覚のないミルキーが、はたしてあんな変な放送でアイスクリーム屋に来てくれるかどうか、謎だ。ザッハはすぐに気付くだろうが、あちらはあちらでここに一人で来れるのかが解らない。眠りから覚めたばかりで、好奇心旺盛なあのミイラは、気付くとどこかにふらりといなくなってしまうのだ。
 ………もっとも、それは眠りなどという長い時間の隔たりなどないスカイも同じで、ふと気付くと出かけていた先に突然現れて拉致されるのはもう日常茶飯事だった。
 そんな事にまで思いを馳せたせいですっかり影を背負った宙太の肩を慰めるようにスカイは叩き、支えてくれているアイスのカップをスプーンで引き寄せた。
 「まあまあ、それよりカップをあまり動かすな、食べづらい」
 「あ、悪い……って、俺のまで食うなっ」
 言われて気付いて見下ろした先、当たり前のようにスカイが口に含んでいたのは、ほとんど姿を無くしているキャラメルリボンではなく、チョコミントだった。しかもその姿がほとんどなくなっている。確かまだ、半分以上あった筈だというのに。
 恨めしげに見下ろす宙太の眼差しに、アイスはすぐに食べるものだと、解るような解らないような理屈をつけてスカイはスプーンを動かしている。………まるで反省の色はなかった。
 「小さい事を言うな、ほら、僕の分も分けてやろう。感謝しろよ」
 偉そうにそう言いながら、スカイは怒りながらもちゃんと自分を抱っこしたままの宙太が食べられるように、ひと匙すくった溶けかけのキャラメルリボンを自身の頭上高くに持ち上げた。それが一応、最後の一口だ。
 「そもそも買ったのは俺で、しかも俺の分を半分近く食べた癖に、分けてくれるのは一口かよ」
 「いらんのか」
 むくれている宙太に差し出したままの腕を引っ込めようとすると、慌てたようにスプーンに噛み付かれた。
 「食べるよ!」
 なかなか体勢的に辛い状態だが、とりあえず宙太の喉がアイスを飲み込むのを確認するまで、待った。
 まだ小さな赤ん坊の姿でしかないスカイの視界には、この小さな身体を支えている宙太が大部分で、それを彩るように青空が広がっている。………なかなか上等のコントラストだ。ミルキーよりも濃い金の髪には、鮮やかな青空がよく映えた。
 そんな事はおくびにも出さず、スカイは解放されたスプーンでまたチョコミントをすくうと口に含む。もう諦めたのか、宙太も非難の声はあげなかった。
 「てかお前、本当に腹壊すなよ?」
 「この程度どうって事はないな!もうひとつもいけるぞ」
 空になったスプーンを、カップの中に無傷で残っているレモンシャーベットに焦点を当てて繰り出そうとすると、慌てて宙太が赤ん坊の身体を抱きすくめた。腕で抱えられる身体は押さえ込むのが楽でありがたい。……同じくらい、喚かれると手に負えないけれど。
 「だから、こっちはクラウスの分!」
 しっかり念を押すその声に、スカイは呆れたような眼差しで当たり前の事実を告げた。
 「あいつは食べないぞ」
 「へ?」
 あっさりとした言葉に、間の抜けた返事が返された。
 まったく考えもしなかった事だと教えるその顔に、むしろこちらが驚きたい。一緒に暮らすようになってそれなりに日を重ねている。いい加減、気付いているだろうと思っていた。が、どうやらそんな事はまったくなかったようだ。
 一度だって、クラウスはものを口にはしなかっただろう。準備はしても、一緒に食事を摂る事はなかった。他の時間も常の傍に控えているからこそ、スカイは彼が水すら飲まない事を知っている。
 他の惑星の人間なのか、そうした特殊環境にいたからなのか、そんな事までは知らない。が、宇宙は広い。自分が知らない種族がいたとしてもそれは不思議ではない。
 不可解な部分も多いけれど、クラウス自身に落ち度はない。………今回のGACの騒動の元凶ではあるが。
 ちょっとくらいの不可解な部分は目を瞑っている。そもそも見つけた場所も戦場だ。多少おかしな事を抱えていたところで気にする程の事ではない。
 それを地球の人間が受け入れるかどうかまでは、流石に解らない事だ。彼らは文化も精神もまだ未熟だ。
 ………が、多分、宙太もそのまま受け入れるだろう。スカイとは違う観念で、けれどきっと天乃川家の住人は、さして気にもせずに事実を事実と受け入れそうだ。そう出なければ成り立たない状況はいくつもあった。
 だから、平気だと解っている。彼は今更宇宙人だという事を気にかけたりはせず、今まで通りにしか振る舞わないだろう。
 それでも告げ口のような真似も好めず、もっとも宙太が解りやすそうな手軽な理由をスカイは口にした。
 「主人の前でものを食べる執事などいないだろう」
 「そもそも執事自体がいないんだよ、普通」
 やれやれと肩を竦める赤ん坊に宙太は冷たくツッコミを入れる。日本の一般家庭のどこに執事が在中する家があるというのか、むしろこちらが聞きたい。
 「でもそっか、なら帰ったらなんか代わりのものやるかなー」
 アイスをこっそり食べた事を口止めする事と、仲間外れにならざるを得ない事への謝罪を込めて。
 そう呟くお人好しを見上げながら、ビシリとスカイは指を突き立てた。
 「僕の分を忘れるなよ」
 「数に入れる気もないわっ」
 そもそもアイスを買う事になったのも、騒いだスカイが原因だ。それに折れたのもアイスの誘惑に負けたのも宙太ではあるが、原因は原因だ。
 その原因にまで与える口止め料も謝罪もないと一刀両断する宙太につまらなそうに頬を膨らませながら、スカイはそれならばとカップに残ったアイスに狙いを定めた。
 「なら、シャーベットを寄越せ!」
 そうして抱えられた腕の中で暴れようとすると、一瞬宙太の力が緩んだせいで危うく勢い余って転がりそうになってしまった。
 それをギリギリテーブルに腕をついて耐えたスカイの両肩を、すっぽり包んだ宙太がそのまま抱え上げるようにして立ち上がった。
 何事だと振り返ったスカイの目に、宙太の顔は僅かしか映らない。………こちらを向いていないのだ、彼が。
 話をする時はたいてい顔を見ている癖にと、不可解に思って眉を顰めると、少し弾んだ声が響いた。
 「だからダメだっての。それにほら、あっちにねーちゃんいるから……」
 指差した先、確かに少女がいた。が、よくよく見てみれば位置がおかしい。超能力でも使わない限り、宙太よりも小柄な彼女の頭が、そんな高い位置にある筈がなかった。
 パチリと瞬いた二人の眼差しの先、ようやくその理由が知れた。
 …………肩に、担がれているのだ、ミルキーが。いくら小柄とはいえ、高校二年生の少女を、抱き上げるのではなく肩に乗せる非常識さ、地球人にはない。
 あるとすれば当然、非常識を常識と抱えている地球外生命体で。
 「何をしとるんだ、あの二人は」
 呆れ返った同じく地球外生命体のスカイが呟く声の通り、何をしているのか宙太にも解らなかった。
 落ちないようにミルキーは少しだけザッハに寄りかかるように身体を寄せている。何となく、誰もいなければそのまま頭を抱き締めそうに、見えた。
 「………探してる、のかな?」
 多分、どちらもはぐれた事に気付いて。もしかしたら先に見つけたのがザッハで。ミイラの姿では初対面の時のように騒動になると、考えてくれたのかもしれない。
 そうして二人で自分達を探し始めて。
 背丈の小さなミルキーが苦労している事に、助け舟を出してくれただけ、なのかもしれないけれど。
 「端から見たら異様だな。一応デートのつもりか、ミイラの癖に」
 呟きに、ぎゅっと宙太の手に力がこもった事が解った。中途半端な立ち方のままの少年と、中途半端に抱えられた赤ん坊。こちらもこちらで奇妙な状態だ。そう思いながら見上げた宙太の顔に、スカイは自身の失態に気付く。
 ………これはもしかしたら、いらない発言だっただろうか。つい出てしまったからかいの言葉をどう打ち消そうかと、一瞬パニックを起こしてしまったスカイの身体が、くるりと反転させられる。
 「……ちょっと、スカイこっち」
 「む?おい、なんだいきなりっ」
 そのままするりと顔を隠させるように胸に抱かれ、すたすたと宙太は歩き始めてしまう。…………ミルキーとザッハには背を向けて。
 きちんとアイスのカップを持って立ち去る宙太の腕の中、暴れるようにしてスカイは状況把握に混乱した頭をフル稼働させた。
 自分達ははぐれた人間同士で、迷子の放送を待つ間、アイスを食べていて。
 相手も自分達を捜していて、どうやら放送に気付いてザッハが誘導したようで。
 ………やってきた二人は少しだけ、二人の時間が楽しそうで。
 宙太は、………そんな二人に、少しだけ泣きそうだった。
 それなのに、間に割り込むのでもなく、いつも通りに二人のところに駆け寄るのでもなく、宙太は立ち去る事を選んでしまった。
 その理由を考えて、スカイは眉を顰めて宙太を見上げようとした。が、それを予期していたのか、それともただ単に力加減が出来ていないのか、しっかりと頭の後ろに回されたままの腕が、顔を持ち上げる事を拒んだ。
 胸に押し付けられているせいで伝わる、心臓の音。………少しだけ、早い。
 それを自分を抱き締めているからと、揶揄出来るような状況なら、まだよかった。そんな風にして笑わせられるなら。………とてもではないけれど、今それを言ってからかいに染められる自信がない。
 仕方なしにしがみついた手のひらに気付いたのか、宙太がそのまま小さく声を掛けた。
 「ちょっとだけ隠れるの付き合えよ」
 いつもよりもずっと潜められた声。そんな風にしなくても、まだ距離のある二人には聞こえる筈がないのに。
 「………いいのか?」
 「ねーちゃんが嬉しそうなんだから、いいに決まってんだろ」
 その声に、いっそ自分が騒いであの二人の邪魔でもしてやればよかったと、思う。同時に、それを阻む為の体勢でもあるのかと、背後にいた二人の様子を見る事も、大声で呼びかける事も出来ない状況に合点がいってしまった。………少しだけ、腹立たしかったけれど。
 今からでも喚いてやろうか。そう考えたスカイの頭を、ポンッと宙太が叩いて撫でた。
 ようやく宙太の服の色以外を視界に入れられると顔を上げてみれば、そこには先程までとは違う顔がある。
 泣きそうでも途方に暮れそうでもない、自分達が馬鹿騒ぎをしているのを呆れたように見る時に似ていて、でも少し、我慢しているような、そんな顔。
 「………………」
 「クラウスが来るまでな。ほら、代わりにアイス、食べていいぞ」
 眉を顰めて睨むように見上げるスカイに困ったような顔が浮かんだ。けれどそれはすぐにいつもの笑みに変わり、からうように差し出したスプーンと宙太の顔をスカイは交互に見つめた。
 その意味を、考える。ゲームは得意だ。相手の考えの裏の裏まで読んで、その思考を辿り一歩先を進む、その面白さを味わえば、誰だって虜になるだろう。
 楽しいだけだった、思考を辿る術が、時として寂しさを教えるなんて、今まで知りはしなかったけれど。
 「……………まったく、仕方ない奴らだな。ほら、お前も食べておけ」
 呟きながらスカイはパクリとシャーベットを食べると、軽い溜め息と共に、器用に肩を竦めて宙太を見上げた。
 ぱちりと瞬いた幼い瞳。自分が一杯に映るそれを見上げて、仕方なしに宙太の手をとるとひと匙すくったシャーベットをその口元に押し付けた。
 甘くて少しだけ酸っぱいレモンシャーベット。きっと宙太はさして好きでもないだろう。
 クラウスが好きそうだと選んだ癖に、数あるシャーベットの中、迷いもせずに示した薄い黄色の淡い色。
 それを見下ろした、微かに引き結ばれた唇が、戸惑うようにほころんで、首を振ろうとするその隙に、無理矢理口にスプーンを押し込んだ。
 「んっが?!」
 「どうだ?うまいだろ」
 突然の暴挙に目を丸める宙太に、スカイは得意げに告げた。
 不貞腐れたように睨みおろす眼差しなど、初めから無視した。言いたい事はアイスの味でもそれが溶けかかってきている事でもなくて、もっと別の大事な事だ。
 それを多分解っている宙太は、だからこそ不貞腐れている。
 「溶ける前にちゃんと食べるんだ」
 「………解ってるよ」
 ちゃんと、言いたい事を。そう教えるような拗ねた声に、スカイはクスリと小さく笑った。
 「シャーベットだって、その為に作られたんだからな」
 精一杯伸ばした短い腕で、そっと宙太の頭を撫でようとする。けれど短過ぎて足りなくて、仕方なしに俯いたその額をからかうように叩いて指に絡んだ前髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。
 物にも人にも役割がある。例えば喉を潤し身体を冷やしてくれるシャーベット。
 ……例えば誰かの傍に咲く女性。
 始まりは祝すべき事柄だ。まだ花どころか蕾すら実っていないのだから、なおのこと。
 そう暗に告げて見遣った先、むくれたように頬を膨らませた宙太が、腕の中の赤ん坊の額を弾いた。
 「解ってるっての。ちょっと驚いただけだ」
 どちらの事も好きなのだから、邪魔する理由もないし、する気もない。
 飄々としたザッハなら、ミルキーの超能力に関わる全てを、きっとあっさり受け止めてくれるだろうから。
 だから、本当に少し驚いただけで、悲しんだ訳じゃないと、ほんの少しの強がりと共に宙太はスカイに呟いた。
 「………まったく、嘆かわしい幼児性だな」
 見上げた空色の瞳は僅かに震えている癖に。
 呆れたように宙太の手からスプーンを奪ってシャーベットを頬張りながら、スカイは窘めるように告げた。
 「うるせーよっ」
 「仕方がないから、僕が傍にいてやる。感謝するんだな」
 噛みつく声に返されるのは、胸を張ったいつものように自信満々の声。
 ……それが響いた、のに。
 自分の腕に添えられた赤ん坊の手のひらはほんの少し震えていて、宙太は目を丸めた。
 なんて事はなさそうにパクパクとシャーベットを食べ進めているその眉間の小さなシワ。答えない事に焦れているのか、こちらを気に掛けている耳。
 小さくて解りづらい信号。それに目を瞬かせて、………そうしてすぐに嬉しそうに笑うと、生意気な赤ん坊の頭を軽く叩いて宙太は抱き締めた。
 姉の髪によく似たシャーベット。食べるのは得意じゃないけれど、見ているのは好きだった。
 ちゃんと一人で食べきると言うように、不器用な赤ん坊は腕の中でももがきながら咀嚼している。

 

 ちっちゃな身体に大きな心。

 ちゃんと人の痛みも絆も知っている、生まれながらの王様。

 約束だと笑う空色の瞳に映る、宇宙と同じ濃紺の瞳。
 それに瞬くように頷いて、手のかかる弟でも慰めるように軽く頭を撫でた小さな手のひら。

 それにほころぶ蒼天に、満足そうに紺碧も笑った。

 

 ………約束だと、聞いた事もない青年の声が小さく小さく呟いた。








 ようやく書き終えたスカイ&宙太。若干スカ宙風味?
 ザハミルの光景は草原恵ちゃんの手ブロ絵に修正したんだよ。シチュが被っていたからついな!
 本当はそのザハミルサイドも入る筈だったのに、終わらない長さに根負けしました。無理。
 きっとどこかで誰かがそんな話も書くさ……!って事にして、そっと心にしまっておくよ☆
 …………今年の夏は節電モードだから、例年以上に具合が悪くなるのが早いですよー。
 それもまあ、ザハミル書かないで終わらせた理由の1つ。とりあえず頭痛と立ち眩みから解放されたら考えたいよー。

11.7.2