首を傾げてみればあたたかな毛皮が頬をくすぐった。
 微睡むように細めた視界には輝く毛並み。………自分と一緒に育ったたった一匹の気高い命がまとう色だ。
 知らず笑みを深めて子供は瞼を落とす。
 浅くなる呼気を温めるように柔らかな毛皮は体を包んでくれる。少しだけ寒い秋の風さえ気になりはしないかった。
 全身を包む熱からは鼓動が伝わる。
 …………生きている、証。もう二度と何一つこの腕から取り落とさないと誓わせたあの惨劇の中、手に入れた命。
 自分の腕で本来ならば命を奪い屠ることで円満解決を迎えるはずの小さな虎。それでもその命を生かしたのは自分だった。
 それが地に転げ落ちた瞬間はそれでも赤く染まった視界の下、蠢くそれを縊る意志が残っていた。けれど見下ろした命のあまりに無垢な瞳の清らかさに息を飲んだ。
 これを己の復讐心で赤く染めることがどれほどの罪悪か、それを思えるくらいの気概があった幼い王は振り上げた刀を地に縫い虎に名を与え己の隣を与えた。
 寝息に変わった呼気を眺め、虎は首を巡らす。辺りに危険は潜んではいないだろう。あどけなく眠る主を起こす必要はないと判断し彼を包み込むように体を丸める。
 ふと見れば腕にはまだ血の滲む傷跡が乱暴な包帯に巻かれている。おそらく先日の他国の襲撃の際、先陣を切った時についたのだろう。未だこの幼い王を背に乗せ戦場を駆けるには未熟な自身が腑甲斐無かった。
 己の命を時に振り返ることすら忘れてしまう激情は上に立つものとしては浅はかで甘く、子供と嘲笑を買うことさえある。それでもその命の輝きにこそこの国は成り立ちを求め、礎であることを子供に求めているのだ。
 優しい……命だと思う。
 この命のためにこそ生まれたと誰もが思い武器を奮える、王となるべくして産まれた子供。
 その裏でどれほどの葛藤と痛みを抱えているかを知っているのは、きっと自分だけだ。
 子供は潔くあまりにも凛とした背をさらすから、その痛みさえ誰もが気付かない。
 だからこそ決して傷など与えたくはないのだ。
 うろ覚えの生まれた頃の赤を知らないわけではないけれど、見上げた気高い子供に平伏すことを決めたのは自分だ。
 途絶えた命の果てに、自分は生まれた。そうして奪われた鼓動の前に立ちはだかる子供の腕の中、煌めいた銀の軌跡。
 どれほどの葛藤か。
 どれほどの痛みか。
 どれほどの悲しみか。
 生まれたばかりの自分にはそのあまりに複雑な感情は理解はできなかったけれど、嘆きの元、それでも気丈に決断を下す彼は眩かった。
 だからいま、この仮初めの平穏の時くらい全てから隔絶して彼を子供に戻そう。
 ぺろりと幼い頬を舐め、いたわるように頬をすり寄せる。同じ肌ではないからこそ、寒気を孕み始めた風から彼を守ることができることを感謝したい。
 ただ一人の小さな子供のように微睡んで夢見るように微笑みを落とせる、その小さな体にかかる重責からほんの一時だけ、解放しよう。
 ぬくもりに飢え守ることでそれを補完する、嘆きさえも己の中でだけ飲み込んでしまうこの不器用な王たる子供。
 ちっぽけなこの毛皮に包んで、守り抜こう。

 自分の命はこの子供を生かすためにだけ、存在しているのだから……………








 虎王です。なんでって……いや多分私の後ろで縹(等身大の虎のぬいぐるみ)がずっと見つめているせいでしょう。虎大好き。

 タンバリンはやはりカップリングというよりも虎王と天火の絆を書くのが好きらしいです。
 小話くらいならまた書けるかなー。書かなくなって久しいジャンルなのでちょっとばかりイメージが変わっているかもしれませんが(苦笑)

05.12.2