外を見つめる瞳を垣間見た。
それはただの偶然。……けれど読み取れてしまった悲哀は必然だった。
赤く彩られた夕日を、これほど複雑な揺らめきを持って見つめるものを自分は知らない。
屋根に腰掛け、端から見れば子供が美しい夕焼けに酔っているようにしか見えない瞬間。
恐ろしいほどの深い感情で子供は息を吐いた。
……傷が疼くのか、それとも零れることを拒んでか。
子供は目を覆って頭を振った。
たった独りなにに耐えるというのか。……幼さに気高さを潜ませて、この子供は誰もが夢物語と思い始めていることをその身一つで成そうとしている。
震えようともしない肩が憎らしくて、男はその背に足を乗せた。
「…………!」
「なにしてんだぁ餓鬼」
突然かかった背中への圧迫に子供は驚いたように目を見開き、次いで聞こえた声にむっと眉を潜めた。
振り向いた子供の目は、先程までの悲嘆は欠片も残ってはいなかった……
それに、男の腹の底が疼く。
そんな些細な変化に気づくわけもなく、子供は男の足を掴んで放り捨てると、立ち上がって文句をいった。
「紅蓮、貴様は主君を敬うという言葉を知らんのか?」
「……主君〜?一体どこにそんな御大層な奴がいるんだ?」
ニヤつく男の顔に子供…天火の顔はあからさまに顰められる。
相変わらず尊大な魔将軍は、その幕下に納まっても不遜なままだ。
……最も、急にしおらしくされても気持ち悪いのだが。
仕方なさそうに息を吐き、天火は再び紅蓮に背を向けて沈みゆく太陽を見つめた。
微かな沈黙のあと、息で囁くような小声が紅蓮の耳を震わせた。
「用がないのなら部屋に降りていろ。……俺は一人でいたい」
震えもしない、幼い背。
……震えもしない、囁き声。
喉の奥、なにか熱い固まりが吐き出される気が……した。
子供の声に触発されたように男はその腕を伸ばす。
少々乱暴な手付きでその腕は子供の背を抱き締めた。
「…………紅蓮?聞こえなかったのか?」
どこか躊躇うような、小さな呟き。
そんなものに自分が従う謂れはない。そう心に吐き捨てて小さな肢体に縋るように抱き着いた。
身じろぎすら許さない。……それは抱擁というにはあまりにも強く…幼いものだった。
ただ自分を掻き抱く腕を瞳に写し、子供は呆れたようにその胸に寄り掛かった。
……赤く赤い太陽が、優しく自分を写している。
その事にほっとする。
赤は自分にとって特別だ。愛した…今も愛している虎の色。
疼く胸を持て余して、よくこの場所で夕日を見つめていた。
……傍らにあるはずの温もりはなく、時折底のない孤独感に襲われる。
変わる事のない、魂を共有した獣への愛。それがこの背に縋る男の心を蝕む事も知っている。
それでも、許したのだ。
自分はこの男の全てを許し、共に歩む事を決めた。
―――それだけでは、何故いけないのだろうか。
思う心に歯止めなど効くはずがない。
生まれた瞬間から自分だけを追っていたあの獣を忘れる事など不可能だ。
赤い光が目に染(し)みる。
ゆっくりと、この身体をその色へと変える。
不意に溢れた雫さえ隠さずに、ただ子供はその色に心を明け渡していた。
覗ける子供の小奇麗な顔は、無表情のまま。
全てを自身の中で決め、そして決着をつける王。
……それさえ判ってしまうのだ。もう、どうしようもないではないか。
かつてこの魂を捧げた友がいた。
同じように友も男を大切に思った。
もしも男を殺したものがいたとしたならば、たとえどのような事があったとしてもその相手を許さないであろう程に。
その自分に友が投げかけた言葉。
……それと同じ言葉を子供に与えられた獣。
その獣を殺した自分。
自分を許し傍に置く……子供。
子供は哀しい程優しかった。この身体を、命を賭ければどんな事さえ許してしまう程に。
悼む心は血を流し続けている。
それでも自分を切り捨てられない。
それを愛しく思う事さえ身勝手な事だけれど。
強く、子供を抱き締める。
この腕だけが子供を自分に繋ぎ止めている。
……赤に攫われる心さえ愛している。
だからこの瞬間、瞬きほどの一瞬。
微かでも自分を見てくれと流れる赤に染まった涙を舐めとった――――。
キリリク1616紅蓮×天火v
いかがなものでしょうか、かなちゃん♪
資料少な過ぎです。早く続きが見たい……
今回は紅蓮視点にしてみました。
アモンの話を入れようかとも思いましたけど、
そうすると別のカップリングに
思われそうなのでやめました。
私としては二人(アモンと紅蓮)はただの友だちと考えていますけど。
なぜか私が書くと妖しく見える。何故でしょうね……
どうも私は天火に『夜』を好むようです。
月とか日本家屋とか。そういう古い日本が凄く好き。
でも毎回夜ばかりでもなーと思って、太陽が出るようにしてみました。
そうしたら虎王色に変わりました。
虎王……私が、今も大好きなんです…………
この作品はキリリクを下さったかなちゃんへ捧げますv