その子供は生まれて初めて目に入った輝き。
 ……生まれた瞬間に認めた秀麗なる魂。
 その心の清さのままに囁かれる音。
 気高さを無くさない王たるもの。
 ――――その全てを愛している。
 傷付く子供を見たくはない。
 ………それが故の行動。
 けれどそれこそが子供の魂を傷つけると知っていた。
 愛しさにかこつけた身勝手な自己犠牲。……それでもいつか自分を忘れ、この子供がまた笑えるのなら……………

 赤く染まった視界。
 燃えて灰となっていく自分の肢体。
 無表情にただ見つめる子供。
 ……まだ自分が消える事を理解出来ないでいた子供。
 流れる涙が愛しい。
 囁かれる言葉が愛しい。
 明け渡される幼気な魂が愛しい………
 もうこの背に乗せる事も出来ない。
 その頬をくすぐるようになめる事も出来ない。
 それでも見守る事はできる。
 ……祈る事はできる。

 愛しき子供の見つめる未来を、自分は駆け続けよう。
 魂だけと成り果てても………

 髪をくすぐる風を目を瞑って受ける。
  草原というほどに広い裏庭に横になり、風が止むと誘われるように瞳を開けた。
 ゆっくりと、黒曜石は瞬きながら開かれる。
  闇夜の瞳に微かな黄金(こがね)が映る。
 ……月明かりが優しく子供の輪郭を撫でた。
 不意にその輝きを隠す影があらわれる。
 人のシルエットによって遮られた明かりを追うように、子供は上体を起こした。
 「……なにみてんだ?」
 そんな子供に男の声が降り掛かる。
 それに答えず、子供は男の足を邪魔そうに蹴った。……それくらいで動く筈もなく、仕方なさそうに座っていた位置をずれて空を見上げる。
 大部分が欠けた月。……微かに残った肉体を、これからゆっくりと造り上げていく三日月。
 けれどその輝きは満月にも劣らないほどに美しかった。
 魅入られたように月をただ見つめる子供に舌打ちをし、男はその横に腰掛けると問答無用で子供を抱え上げた。
 ………突然のことに驚いた子供の瞳が大きく見開かれる。
 次いで睨むように男を見つめる。……ようやく自分を写した幼い大きな瞳に満足したのか、男は抱きかかえていた身体を自分の膝の上に乗せた。
 降ろされた位置が気に入らない子供は絡められる腕から逃れようと渾身の力で剥がそうとする。
 ぴくりともしない腕に眉を寄せれば、男は喉の奥で笑う。
 振り向きながら睨み付ければ、この上もなく楽しそうな男の顔が覗けた。
 「……暴れるなよ、天火国王様。護衛してやろうってんだ。有り難く思いな」
 「貴様ごときの護衛などいらん」
 即返された言葉に男の視線がムッとする。
 「魔王紅蓮様ほどの確かな腕が気に入らねーってぇのか、この餓鬼は」
 ……子供のように言い返してきた男に、天火は呆れたようなため息をついた。
 仕方なさそうにその胸により掛り、目を閉じて月明かりを受け止める。
 きつい子供の意志をのせる瞳が閉じられると、信じられないほどその印象は幼いものに変わる。
 そのギャップに息を飲む男を気にかけるでもなく、天火は閉じた瞳のまま囁いた。
 「……俺は自分のことくらい守れる」
 切ない悼みを乗せた声音が、守る事を拒否していた。
 この手にかけた虎を思い出している事を知り、紅蓮の眉は険しくなる。
 ……虎を殺したからこそ知る事の出来た、子供の魂。
 後悔などしていない。子供もまた、自分を許しているのだ。
 それでも消える事のない鮮やかな残像。
 どれほど子供をこの腕に閉じ込めても、あの金の虎は居座り続ける。
 子供の代わりに死ぬ事で永遠に子供を手に入れた虎。
 ……けれどそれを羨むつもりはなかった。
 「もう誰も……俺の為に死なせん」
 ……囁く唇から、目が離せない。
 抱き締める、幼い肢体を。
 質のいい黒髪を指に絡め月にその端麗な顔を晒させる。
 男の意図に気づき、子供は瞳を開けた。
 拒むでも受け入れるでもなく、ただ子供は男を見つめた。
 ……それから逃げるように紅蓮は瞳を閉じ、小さな唇を掠めとる。
 縋るように強く抱き締める腕に子供は小さく笑う。
 再び降ってきた唇を受け入れるように天火は瞳を閉じる。
 ゆっくりと舌先で唇を辿る。……震える子供は愛しかった。
 永遠に、子供の全てを手に入れる事は出来ない。この手が屠った獣はけして消えない。
 それでも自分はこの魂を手に入れた。
 ……傍にいる事を許され、触れる事を許された。
 深く口吻けながら、男は苦い思いを噛み殺す。

 ――――それは自身の咎。……子供に罪はない。
 自分も獣も、どちらもが身勝手に子供を手に入れようとした。
 それでもこの命をかけて腕を伸ばせば、子供はけして拒まない。
 誠実な魂をせめてこれ以上傷つけまいと、男は見る事の叶わぬ獣に語りかけた………

 








キリリク2222、紅蓮×天火ですv
久し振りに二人書いた気がします!
やはり虎王を加えて書くと楽しいです♪
ああ虎王vなぜあんなに早くいなくなった(涙)
でもほんと、天火も悲しい立場ですね。大好きな虎を殺した奴が傍にいるんですから。
それでも自分で決着をつけて、どっちにも恥じない生き方を出来る人だから、かっこいいな〜と思います。
うちの二人、両思いの割になんでこんなに甘くならないんでしょうか?
不思議なほど切ない感じなんですけど……
おかしいなーと思いながらも、こんな二人が好きなようです。

この小説はキリリクを下さった玻凛様に捧げますv