…………日が灯る。
それを見上げ、青年は小さく息を吐いた。
その吐息とともに紫煙が空に舞い、微かな雲を作る。
見つめる視線の先には、輝く金。
ゆっくりと目を閉じ、青年はそのぬくもりを瞼に受ける。

眩い光に附随して、思い起こすのはいつだってただ一人の主だった。
誰に従う事もなくただ一人でまっすぐに前を見据える人。
豪快な笑みを宿してこの腕が必要だといってくれた人。
仁義を重んじ、決して人を貶めない人。

ただ一人の…自分の主。
他の人間に従うつもりはない。
それはかしずいた3つの時に心に決めていた。

……………それでも。
同じ光をその身に宿すものが存在する事を初めて知った。

幼い故の無謀ではなく。ただその澄んだ意志に則られた真直ぐな視線。
耳から離れる事がない。
自分の命を賭けた危険な賭け。挑発する自分の不躾な声。
それさえ笑みで受け止め、ちょうどいいと迷う事すらなく盃を飲み干した。
その姿に……鼓動が高鳴った。それは遥か昔に視た主への敬慕と同じもの。
頭(こうべ)を垂れ、自分の首を差し出す覚悟を持って自分もまた笑みとともに毒を飲もうとする。
それを遮る凛乎とした旋律。浮かぶ笑みは幼子のモノではない。

この人ならと…思った。
主の目は正しいと…思った。
決して彼なら裏切らない。そして必ず主の力となってくれる。
予感に胸が震えた。……この人と主がともに立ち上がったなら……あの残酷な国を覆せるに違いないと…疑う事もなく信じる事が出来た。

この胸に灯る……二つ目の日の光。
仄かなそれは無邪気に輝き道を照らしてくれる…………

 

 

閃光に平伏す

 

 子供とその側近を連れてきた青年は小さく息を吐いてポケットに入っているはずの煙草を探る。
 先の戦いで傷を負った主は宴の時に顔を合わせたいと丁重に対面を伸ばした。……それが少しだけこの胸に引っ掛かる。
 そんな理由で望んでいた国王を遠ざける真似をするとはどうしても思えない。
 けれど慎重に事を運ぶためにも準備する時間が欲しいといわれれば、青年に否はないのだ。……なぜなら彼らが背を預ける姿を誰よりも望んでいるのは青年自身なのだから………
 初めて見た光と…それに酷似しながらも違う光。
 それらが絡まり混ざったなら……より強烈な道標となってくれる。
 小さな笑みを吸い込んだ煙りに紛らわせ、青年は落としていた視線をあげる。……城壁に添って歩いていた青年の視界に、不振な影が映った。
 眉を顰め、気配を消した青年はその影を見つめる。
 その姿を認めたなら、ほっと息を吐く。そして好青年の笑みを浮かべ、悪戯を見つけたからかう声音で囁く。
 「……おや、これは天火殿?どこに行くんですか?」
 ぎくりと子供の背が固まる。
 ………調度子供は城壁の外まで伸びている枝を持つ大木に登ろうと足をかけていた所だった。
 言い訳など出来ない状態に微かに子供の顔に逡巡が滲む。そして小さく息を吐くと青年に向き合って澱みない声で応えた。
 「……夜までやる事もないし、少し外に出てくる。ここは退屈だ」
 何も後ろめたくはないというように拗ねた頬を隠しもしないで子供は言い切った。
 それに小さく笑い、青年は銜えていた煙草を落とす。……微かに芝生に茶が移る瞬間、それは踏まれて火を消した。
 それを見ながら子供は返される返答を予測出来、軽く息を吐く。
 「でしたらどうぞ正面門から。……お付きの方たちも勿論御存じでしょう?」
 微かに意地の悪い声に子供は眉を寄せて睨む。
 ………知られたくないから、こうして怪しい行動に出ていたのだ。それを判っていながらいう青年に返す言葉などあるはずがない。
 けして聞き分けのないわけではない子供は、自分の立場を理解している。
 国王として招かれた自分がこのまま青年の制止を振り切って城外に出たなら国交にも関わる。
 子供の吐き出した思い息を眺め、青年は苦笑して子供に声を掛ける。
 確かに、この子供にはこの城に静かにいろというのは息苦しいかもしれない。まだ戦の終わっていないこの国は全体的にピリピリとした殺気を含んでいて、他国の王……しかもこんな幼い子供を招いた意味を蔑(さげす)みとして返す視線もある。
 それは仕方ない事かもしれないのだけれど………
  だからといってそれに包まれて輝きが褪せるのは嬉しくない。
 「それに一人歩くのもつまらないでしょう?馬をお貸ししますよ」
 説得するなら付き合うと囁く声に子供は苦笑した。
 ………その視線の中には感謝と…はっきりとした拒否があった。
 意外そうに青年は目を丸めて子供を見る。喜んで堅物そうな青年の元に連れていかれると思っていたのに………
 その思いが顔に出たのだろう、理由を問うより早くに子供が口を開いた。
 微かに憂いを含めた声音。……けれど澄みやかな力強さに支えられた…声。
 「歩くのなら…自分の足がいい。野を駆けるなら……馬ではなく虎だった」
 一度言葉を切り、子供は微かな笑みを零して小さく囁く。……それを包むようにやわらかな風がその頬を撫でる。
 「空を飛ぶなら……紅蓮がいる」
 だから借りるものなどないのだと……子供は囁く。
 欲しいものは持っている。共に歩む者もその背に乗る者も…空を駆ける翼も。
 失った者もあるけれど…それでも充分この腕には残った感触がある。
 だからいまは他のものは必要無いと幼い笑みは潔い男の顔に変わる。
 ………その変化に…目を奪われる。
 生まれ持った資質というモノは確かに存在する。それを確信させる瞬間。
 微かに頷き、青年はその眩さに瞳を眇め頭を下げる。
 ―――――侮る気がなくともその幼さを軽侮する言葉を詫びるように………
 笑みを深めた幼い王は気にしてはいないと囁いて背を向けると割り当てられた部屋へと戻っていった。
 臣下を……たとえ他者の家来であったとしても決して辱めない孤高の背中で………

 子供の背が見えなくなり、風がその気配さえ伝えなくなってからやっと青年は面をあげた。
  ポケットの中の煙草を再び口に運び、口元に笑みを浮かべると誰に言うでもなく囁く。
 「………あなたのとこの大将は怖い人だな」
 視線だけで人をかしずかせる。その背を向けられて…裏切る事が出来ないほどの傾斜を与える。
 将として持つべきモノを天賦として与えられた者ほど恐ろしい敵はいない。そして…味方としたならそれほどに心強い者も………
 そう囁いた青年の声に、樹の上から応えが返る。
 「……ふん。この紅蓮様が手を組んでるんだ。それくらいでなけりゃ意味がねえ」
 枝を揺らし飛来したのは長身の体躯。独眼の魔将軍に青年は驚くこともなく笑いかける。
 「同じ事を返せるかな?………俺が従った方だ。うちの大将も見くびらないで下さいよ、紅蓮さん」
 小さな笑いの中に微かな挑発。
 ………自分の見い出した光に必要とされている者に対して沸く微かな嫉妬。
 その足下に下ってもいない自分が持つことさえおかしいけれど、………羨ましくもあるのだ。
 自分はあんな顔を向けられる事はない。この胸に灯る二つの灯火のどちらにも。
 傍にある事を許され、その力となる事を望まれる。……けれどそれだけ。
 その全てが無くなってもなお…必要とされる自信はない。
 ……否。そうした状況となったなら…自分でこの首を落とすのだろうけれど。
 それでも…思うのだ。
 あの幼い笑みに含まれる思いに…包まれてみたい。
 あれほどまでに純乎な思いを晒せる心に触れてみたい。
 その思いが瞳に宿ったのか、男は顔を顰めて呟いた。
 「……おい月男。無駄な足掻きはやめろ」
 思ったところで決して手に入るわけがないと、その声は囁く。
 その視線にある微かな殺気。子供に向けられる僅かな思いにすらこの男は顔を潜める。
 それに微苦笑を返し、青年は頷く。
 ………手に入れたいと思うわけではないのだ。ただそれほどの思いを抱ける事の出来る存在にこの心が疼いた。
 この戦乱の世、穢れない者に漢(おとこ)は惹かれる。
 自分にはない者を持つ者の為に…生きたいと思うのだ。
 そこには最高の生きざまがあり……至上の死に場が存在する。
 戦う事しか芸のない者に……それ以上の幸福があるだろうか…………?
 ゆっくりと紫煙を吐き出し…青年は空を仰ぎ見た。
 降り注ぐ光が途絶える事はない。
 ………たとえ雲に隠されても雷雨に阻まれても関係はない。
 この命が必ずそれらを消し去ってみせるから。
 青年の頬に浮かぶ笑みに気付き、男は微かに頬を緩める。
 これは同じ者を見るもの。……抱える思いは違えても、見つめる先にある輝きに足をついた。

 瞳を閉じて、瞼の裏に浮かぶ光をゆっくりと包む。
 ……そしてそれを糧に戦乱を駆ける。
 それ以上の幸福を知りはしないと微笑む青年に、男は小さく頷いた……………

 








キリリク9000HIT、紅蓮×天火と虎王以外の人たちです!
………全くネタ浮かばなくて苦しみました(遠い目)
2巻発売するまで書けるかーっといろんな方に愚痴ってしまった作品です☆
………ごめんみんな。
虎王だったらいくらでも平気なんですけどね(遠い目)なんで紅蓮やヒデローだと思い浮かばないんでしょうか(不思議)
理由は大体想像つくんですけどね………
ええ、虎王がただ好きなだけです(遠い目)

月男は別に天火狙ってるわけではないです(きっぱり)
単に仕えるべき器の人と認識してます。
………そう見えなかったらそれは私の書き方が拙いせいです……

この小説はキリリクを下さった玻凛様に捧げます。
かなり苦しんだ作品なのですが……よくわからない物体ですいません…………