痛かっただろう。辛かっただろう。覚悟を決めようと、恐ろしかっただろう。
それでも彼女は笑っていたのだと、あの場にいた皆がいった。慰めではなく事実として、当然のように。
そしてそれを自分は受け入れざるを得ない。血に塗れた腕の中の彼女は、それでも確かに微笑んでいたのだから。仄かに暖かいその体からはむせるどの血潮が溢れていながらも、自分が感じたのは、花の香りだった。
それは錯覚だと、分かっていながらも、それでも塗り替えられた記憶はもう定着してしまった。
………花が散っていたのだ。美しい花が。
そしてその花を背負い、咲き誇り散り行く定めを受け入れ鮮やかに散った、希有なる花をこの腕に抱いていた。
それはそれは美しいのだと、微笑んだときのあの柔らかな口元をそっと残した、赤く彩られた唇。
重ねたこともなく、この先、重ねることも許されない。ただ心だけを契り、この身とこの魂とをたった一人の彼女に捧げることだけを誓い、そのためにだけ生きることを定めた、あのとき。
自分はやはり微笑んだ彼女を見た気が、したのだ。
そんな些細なことしか出来ない自分を、それでも許して、嬉しいのだとはにかみ笑う、あの木漏れ日のような儚い笑みを。
彼女にとって自分は、どこまでも己の命を縮めるための存在だったのに。それでも彼女はその命の限りに自分を愛し心寄せてくれた。
もう少しの年を重ね、婚礼を済まし、もしもその身を抱きとめたなら、確実に真綿を絡めるようにしてゆっくりとその命を吸い取ることを知っていたにもかかわらず、ただの一度としてその恐ろしさを厭い拒むことのなかった清廉なる人。
待ち望んでいるのだとさえいい、まだ見ぬ吾子を頬を染めて語りさえした、少女。
あなたのために何が出来ると囁くことも出来ない現状では、こうして一人この身を裂く悲しみを思い、この命と体を包み守った人に思いを馳せることでしか報いることも出来ない。
この先一生を、………長くもないだろうこの一生を、ただあなたのためだけに。
そんな不器用な形でしか成就されない思いもあるのだと、小さく吐き出した息に溶かして仄かな色の花弁を見遣る。
真っ白な色に身を浸し、汚れも淀みも知らぬままに逝った人は、この花弁よりもずっと強靭でしなやかで、同じほどにたおやかで潔かった。
自分もそうであろうと眇めた視野の中……新たに誓い、中空を舞う花弁をひとひら、指先で摘む。
絹のようなその肌触り。つややかな花弁の、ほんの少し見えるその先端に、そっと吐息を掠めるように唇を寄せる。
ぬくもりのない花弁は、けれどどこか甘く優しい気がして、込み上げそうな思いを飲み込むように空を見上げた。
どこまでも澄んだ空は明るくて、いっそ目に滲みて。
………頬を伝うものはそのせいなのだと、躊躇うように、笑った。
天馬の独白?のような感じで。
私は菊理が好きですよー。カミヨミではこの二人がダントツで好きかな。あとは天馬親子(笑)
拍手、ありがとうございました。何かコメントがあればどうぞ。
07.515