だれもいない。

それが当たり前だって、頑張って思っていた。

………我が侭なんていわないよ。
だって、困るでしょ?

ひとりは淋しいけど、慣れれば大丈夫。

大丈夫、だから。

優しいその腕をどうか伸ばさないで。

耐えられなくなったら、どうしたらいいんだろう――――――――?





そばにあるひと



 「………あれ?」
 辺りには喧騒。祭り囃子はまだ聞こえてこない昼間の、屋台がメインの広場。
 少し大きめの神社の境内で行なわれる毎年恒例の夏祭り。昼間から子供達を目的にしたちょっとした屋台や遊戯が出されている。それに遊びに行くのはもう恒例。ただ、今年は一緒に行く相手が少し違っただけで。
 いつもは野球の練習が終ったあとに夕方から遊んでいたけれど、今年は昼間から。太陽が元気よく照りつける今の時間、汗だくになってボールを投げている毎日が今日は違った。
 練習試合の調整をしなくてはいけないらしく、少し遠くのチームに顔を見せにいった監督が仕方ないからと今日は練習を休みにしてくれた。もっとも、自主練としての課題は出されたけれど。
 コーチである凶門に付き合ってもらって練習をして、もうとっくにそれはこなしてしまった。
 そのあとは涼しい部屋の中で火生たちとゲームで対戦をして、もう昼になるからと静流に荷物持ちとして強制的に買い物につきあわされて。
 ………たまたま通りかかったここで、少しだけ出店を見てみようとはしゃいで………そこまでは思い出した。
 それでも自分の手にはずっしりと買い物袋があって、隣にいたはずの綺麗な少女のような静流はいない。
 キョロキョロと辺りを見回してみる。小さな子供と母親、子供同士の走る足音。出店の人同士の話し声。
 見知っているようで全然知らない景色の中でひとりぼっちなのは変わらない。あのキャラキャラと響く明るい音は耳に触れず、姿も見当たらない。
 ………別に、そんなに遠くにきたわけではないのだから……帰ろうと思って帰れないわけではなかった。
 仕方ながないから帰るかとつまらなそうに尖った唇から微かな溜め息がもれる。………こういう場所は、ひとりでくるような場所ではない。
 喉が灼けそうな感覚。逃げてしまいたくなるような衝動。
 怖い場所なわけがない。毎年来ている、友達との思い出の場所。
 子供同士だけで来たってちゃんと帰る事ができる距離。わかっていて……振り返って歩き出そうとした瞬間に足が止まる。
 帰るのは簡単。自分も静流も。
 それでも、もしかしたら探しているかもしれない。
 ………自分を探してくれているかもしれない。
 戸惑うような逡巡。空から照りつける太陽と、腕に重い買い物袋。
 それでも天馬は唇を引き締めて歩き始める。
 もしかしたら探しているかもしれない相手を求めて。

 「ただいま! ちょっと、天馬いない!?」
 ドアが開かれた音すら掻き消すような大声に寝転がっていた飛天が訝しげに眉を寄せる。
 「はぁ? お前が荷物持ちに連れて行ったんじゃねぇか」
 「うっそ!? じゃあやっぱりまだあそこにいるんだわ!」
 呆れたような飛天の言葉にさっと青ざめた顔。なんとなく想像が出来た答えはおそらく正解で、その場にいた全員から溜め息が漏れた。
 「ったく、これだからお嬢ちゃんはヤダねぇ〜。買い物も満足に出来ないなんて」
 「おだまり、猫の分際で。お嬢ちゃんは正しいけど、それ以外は認めないわよ」
 頭を掻きながら欠伸付きで立ち上がった火生に睨む視線ひとつで押し黙らせた静流は近付いてきた飛天に媚びるように手を合わせて涙目ながらに訴えた。
 「ちょっと帰り道にお祭りがあって……少し寄ろうっていっていたの。そうしたら引き離されちゃって………」
 「…………子供をひとりにしてどうする」
 それでも保護者かと小さく呟いた凶門にふんと髪を撫で上げて静流がきっぱりと答えた。
 「ナンパヤローの撃退していたのよ。魅力溢れる私じゃ仕方ないけどね!」
 「さ、とっとと馬鹿ガキ探しにいくぞ」
 「へーい」
 あっさり静流の言葉を無視して進み始めた3人を追うように取り残された静流もまた、駆け出した。
 どこかチグハグながらも協力するようになった憑カワレたちの背中を眺めながら、いまだ部屋にいる帝月は小さく息を落とす。………馬鹿な話もあったものだ。子供が勝手に帰ってくるならまだしも、それを連れて行った保護者代わりが先に戻ってくるとは。
 もっとも、そうなることくらい充分予測出来る組み合わせだったのに目を離した自分達も疎かにしていたと言えなくもないが。
 再び小さく息を落とし、懐に手を忍ばせる。
 …………別に、自分が行かなくても大丈夫。それなりの力を有しているものが、発動していないとはいえ天馬の内なる不動明王の力を感知出来ない事はない。わかっているからこそ、こうして静流は慌てて家に帰ってきたのだろうけれど。
 わかっていて、それでも何故自分はわざわざ符を探しているのか。
 泣きそうな顔をして、きっと探している。………さっさと帰ってくればいいものを、馬鹿な理由を思い描いて心配しながら必死で。
 暑い陽射しだって、重い荷物だって辛いくせに。いまだただの人間で、何一つ大丈夫なわけがないくせに。
 それでもきっと………立ち向かってしまうのだ。子供が子供であるが故に。
 泣きそうな顔で泣き言でもいえばいいものを、見つけてしまえばそれまでの不安など忘れて笑うから………時折忘れそうになる。
 ……………人間は、ひとりを恐れる生き物だという事を。
 微かな苦笑を浮かべた唇を隠すように符を取り出した帝月は、音もなく窓を開いた。そうして、部屋には静寂だけを残された。

 深く息を吸って、吐く。体内の熱さをなんとか霧散させるために天馬は木陰で深く深呼吸をした。
 なにがどうというわけではないけれど、ただひどく疲れた。考えてみると随分長い時間何も飲んでいない。
 確か入り口の方にわき水を柄杓で飲むサービスがあった気がするが、如何せん、ここからは遠い。そこまで戻る事を考えるとへたり込みそうになる足を叱咤して背中を伸ばす。
 …………試合が始まれば、スリーアウトをとれるまではマウンドのもっとも高い場所に居座る身だ。泣き言なんて、いっていられない。いつだってエースとしてみんなを引っ張ってきたのだ。だから、いまだって大丈夫。ちゃんと静流を見つけて、それで帰るのだ。一緒に。
 陽射しが、チカチカ光って見える。それを飲み込むように引き締めた唇のまま、再びその身を日の下に踊らせようとしたら………不意に伸びた腕が襟首を掴んで無様に倒れ込んでしまった。
 どさりという音が随分遠くで聞こえた気がした。驚き過ぎて、声もでなかった。
 目をぱちくりと瞬かせてみれば覗き込んできたのは無表情な涼しい顔。………てっきり静流だと思ってみれば微かに似た面差しではあるけれど、明らかにこれは別人。
 「………なにすんだよ、ミッチー……」
 「なにもしていない」
 まるで転ばせたような物言いだが、実際帝月はなにもしていない。ただふらついていた天馬の襟首に指をかけただけ。そのあと転んだのは単に天馬自身が平衡感覚を失っていたからに過ぎない。
 とはいえ、それを言ったところで納得しない事くらいはわかっている。仕方なさそうに息を吐き、再びなにか文句をいってくる前に、白いその指先が天馬の額に触れた。
 ………ビクリと、天馬が震える。まるで氷に触れたような冷たさに驚いたように目を丸めているのがわかった。
 「ちょ……っ! 帝月お前、大丈夫か!?」
 慌てたように起き上がろうとした天馬は……そのまま視界がまわって再びぐったりと地面に伸びた。日射病になりかかっていた事すら気づかないで、大丈夫かもなにもないと呆れた視線をむければ……いまだ不安そうな面差し。
 わかっている。この子供の不安がどこから来るかくらいは。
 ………それでもそれを指し示す事は、少しだけ悔しい。
 「ダメなのはお前だろう。自分の体調もわからないほど探して、どうする」
 勝手に帰ってこれるに決まっている。だから放っておいても大丈夫だと、ほんの少しの冷たさを滲ませて囁けば、歪んだのは子供の眉。
 それを隠すように持ち上げられた緩慢な腕は顔の上で交差されてその表情を包み込む。
 「………悪かったな……知ってるけどさっ! でも………やっぱりひとりはいやじゃんか………」
 消え入りそうな、それは本音。
 驚いたようにその声を眺めていれば静かに静かに晒される、幼い声音。……掬いとられる事を望んでいるようで恐れている戸惑いとともに。
 「俺のこと探してさ、それでひとりでここにいるかもしれないのが厭だったから………」
 だったら、自分が探したかった。それで、大丈夫と笑いかけてやりたかった。ひとりで淋しいと泣いている、自分自身を。
 独り善がりな自分勝手さで探していた事くらいわかっているけど。それでも、こんな不安、他の誰にも味わってもらいたくない。
 「……………莫迦だな」
 幼い姿で幼い言葉。どこまでも、真直ぐ過ぎて影の附随など見当たらないのに。淋しいその言葉すら、優しさで包まれているのに。
 淋しさや不安を、自分だけが抱え込めばそれでいいと思い込んだ愚かな指先。
 それを包む冷たい体温が呆れたように囁けば、縋るように握りしめられる。
 微かな笑みを浮かべる唇を見るものがいない事を感謝しながら、小さな囁きが紡がれる。
 「家はもぬけのからだぞ。全員、お前を探しにきたから」
 出会うために探すのであって、ひとりを思い知るために探すわけではない。
 だからそんな物思いする必要すらない。
 そう囁く声に答えるのは微かな頷きと、交差された腕の下、満足げに微笑む唇。

 …………そして握りしめられた、熱い掌。

微笑ましいその光景を眺める視線に気づいてはいたけれど、いまはまだ振り返れない。
…………せめて微笑みを隠せるようになってから。
灯った笑みを子供に捧げ、熱過ぎるその指先が平常通りに戻ったなら振り返ろうか。

冷たい飲み物を抱えて、待ち構えたように傍らに立つ憑カワレたちに。

 

 








うわー………久し振りに掻いた帝天馬ですよ。
なんとも甘い………?
でもカップリングというよりは兄弟みたいで友達みたいでっていう、そんなふたりが大好きです。
そして憑カワレたちは微笑ましそうに囲んでいる、と(笑)

帝月が微妙に目立っていない気もしますが、気にしないであげて下さい。私は静流が大好きです(オイ)

ではではこの作品は同盟宛に!
………後悔するなよ、誘い込んだ事(笑)