妙なる姿。

妙なる声音。

籠の奥底たったひとり。

いつまでもいつまでも焦がれていた。

妙なる姿。

妙なる声音。

自分に差し出される、妙なる命…………





灯った光



 ごろん、と、効果音をつければそれが相応しい雰囲気で子供が寝転がった。
 それを悪いとは、言わない。なにが悪いかといえばその場所くらいで。
 「…………………」
 見事に何の気兼ねもなく自分の胡座の上に身体を横たえた不遜な子供を凝視する。それは勿論自分だけではないけれど。そんなものには頓着していないのか、あるいはそうされることを知っているから気にせずにいるのか解りはしないが、どこか楽しげに笑って子供はゴロゴロと身体を揺らす。
 体格差があり、それなりの広さを得られるとしても、それでも人体の膝……しかも組まれた膝の上だ。そんな風に動いて身体が痛みはしないのかと思うが、それさえ通り超えて楽しいという顔を晒す。
 あるいは、無理にでもそうしているのか。…………ずっとこの子供の体内に括られている自分は、今日一日の出来事を子供と同じく見ている。
 だから知っていることは全て共有している。
 隠すことが得意ではない子供は、それでも泣いているクラスメイトを元気づけるために率先して笑う。
 微かな溜め息がこぼれるがそれは多分子供には届かず、そんな自分達を睨む視線の主だけが気づいただろう。
 ………射すくめるような、視線。
 まるでほんの一瞬でもこの子供に危害を加える意志を持ったならばその瞬間に屠ろうとでもいうように。
 愚かだと、微かに思う自分はいる。
 こんなちっぽけな餓鬼ひとりをどうこうするなど、自分にとってもこの眼前の少年にとっても容易い。まして、少年にしてみれば己の所有する符に括った憑カワレだ。命どころかその意志すら操ることが可能なのに……いまだ彼はこの子供に自我を残している。
 自分のようにそれなりの力を保有していればそうせざるを得ないことは解るが、こんななんの力も持っていないちっぽけな存在にそれを与える理由など解らない。
 否。………解らない振りをする。解ってしまったなら自分すら、それに取り込まれてしまうことを知っているから。
 微かな溜め息さえ気づかれないように。………子供にばれたなら、多分引きずり込んでしまう。この世界に。………あやしの蔓延る、血なまぐささを知らしめてしまう。
 いっそそうしてしまいたい衝動がないわけではなく、おそらくは自分を諌める振りをして、眼前の少年もそれを望んでいる。同時に、それを浅ましいと自制もしているのだろうが。
 含む視線の意味を躱し、一瞬閉ざした視界の先には暗闇。それが相応しいと知っていながら、微かなぬくもりが肌に触れればそれが途絶えてしまう。
 そうして開かれた瞼の先、翻るは美しき陽光。………否、幼子の跳ねた頭髪。
 伸ばしかけた指先。屠るのではなく、愛しみたくて。
 いまこの目の前に確かに息をし、存在しているのだと確認したい己を嘲笑うことすら忘れた無骨な指先。
 「天馬」
 瞬間、見計らったように玲瓏な音が響いた。微かな音というに相応しい声量でありながら、それでも澄んだその音は谺するようにして狭い室内を縫うように飛来する。
 まるで諌めるような、響き。もっともそうと感じたのは伸ばしかけた指先を途絶えさせた男だけであろうが。
 名を囁かれた子供はあどけない顔をしたまま視線だけを帝月に向けた。
 大きな目に広がるのは、いまは邪魔をするなという言葉だったけれど。
 「天馬」
 もう一度、名を呼ぶ。今度のそれは微かに低い。
 僅かであっても感情の露出は珍しい。きょとんとした目を瞬かせ、天馬はむくりと起き上がった。
 幼い体温であたためられていた膝が、急に冷たくなる。その感覚にほんの少しの寂しさを飛天は感じながらも、そんな感傷を霧散させた。それはもう、慣れた仕草。
 離れた…といっても同じ室内、たいした距離ではないが数歩遠くの帝月に歩み寄った天馬に視線を向ければはっきりと注がれる視線。
 誰のものかなど、たった3人しかいないこの場では明白だ。
 微かな溜め息を胃の奥に落とす。これでは子供のおもちゃを取り上げた大人だ。しかも、それが本人の意志ではないのだから与え返すことも出来ないのだから厄介なことこの上ない。もっとも、与えられたあとに返すのか、と問われれば答えを濁すだろう自分を知っているが。
 そんなやりとりとは無縁な位置にいる、それでも渦中の筈の子供は少し不貞腐れたような顔をして帝月の前にきた。視線をあわせるように座り込み、ほんの少し叱られるのを覚悟したように身体を引きながら。
 「……なんだよ」
 声に力がないのは自分が馬鹿なことをしていたことに自覚があるからか。それともただ単に相手の迫力に気押されたか。
 どちらにしろ微かな怯えが見て取れるそれに帝月が眉を顰めた。遠目にも見てわかるのだから、眼前に座っている天馬の心臓には悪いものだろう。
 「馬鹿なことをしていないでいい加減寝ろ」
 明日は休日といっても天馬には野球の練習がある。くだらない我が侭を吐いていないでそれに備えろと僅かに冷たい音が囁けば、ムッとしたように天馬の眉根が皺をつくった。
 くだらないことくらい、わかっている。
 それでも言いたい我が侭はあって、甘えたい時だって、子供にはある。
 「でも羽根見たいし」
 「室内で迷惑だ」
 自分もいるのだからばかでかい羽根など出されて被害を被るのはごめんだと言えば癇癪を起こしたように段々天馬の声が高くなってきた。
 「外で月見ながらならいいだろ?」
 「僕がそれを許すと思うのか?」
 符に括られた2人が力を発揮するにはその主である帝月の許可が必要で、羽根を出す程度であれば飛天の意志によるが、それを用いてどこかにいくとなれば、当然帝月が認めなくてはいけない。
 早く寝ろと言っている帝月がまさか許してくれるとも思っていない天馬は言葉を詰まらせ、今度は鉾先を変えた。
 「じゃあミッチーが羽根だせよ」
 「僕はそんなものもっていない」
 「………じゃあ、飛天にメーレーしろよ」
 「そんなくだらないことに符は使わない」
 なにかを言えば全部が否定で返ってくる。別にそれを本気にするわけではないけれど。
 ………ちゃんと、優しい時もあると知ってはいるけれど。
 それでもこうして意見が食い違ったり、頭ごなしに否定されたりすると心が冷たくなる。………淋しくて悲しくて、身体さえ震えるようで。
 「でも、羽根見たい………」
 同じ言葉を、繰り返す。今度のそれはどこか切実に。
 出来ればただの我が侭でよかった。別に理由なんて求めなくて構わなかった。
 知られたいというわけではないし、知ったところでどうしたと言われたらもっと悲しいから。
 こんな風に否定されていると、それも言えない。言って否定されたら、嫌な言葉を与えてしまいそうだから。
 微かに俯いて呟いた音の力なさに帝月の眉がほんの少し顰められる。それは多分、誰にも気づかれないほどの小ささで。
 どうしたのかと問いかけるにはあまりに微妙な自分達の関係に舌打ちしたくなる。心配することが許されるには、あまりに利己的な主従関係の強制。
 「おい、餓鬼」
 言葉が途切れ、空間すら凍てついこうとした瞬間、呆気無いほど簡単に投げかけられた音にびくりと天馬の肩が震えた。
 「ククリの呪者ってのは融通がきかねぇぞ」
 だから言ってしまえと背を押す声に睨み付ける視線。……それに微かに笑い、飛天は欠伸をひとつ落とすと符へと帰ってしまう。……話を振っておきながら無責任な真似をすると忌々しげに歯を噛んでみれば、小さく吐き出された吐息。
 「………ミッチー、俺らのクラスの小屋、見たことあったか?」
 「小屋………?」
 聞き慣れない単語に眉を顰めかけ、ふと思い当たった飼育小屋に頷きを返す。
 ………俯いたままの声に力はない。それで、なんとなく察した。
 どうして飛天が符に帰ったかもまた、気づいた。微かな溜め息をひとつ、落とす。その先の小さな肩は項垂れたままで言うべき言葉を必死で紡ごうとしている。
 「いでませ、三足烏」
 弱音を好まない子供の、ちいさな弱音。
 知らないまま見ないまま。それでも多分子供は責めはしない。
 痛ましさを共有するよりも、笑顔を共有したいと願う命。……不器用に歩む小さな背中を危ぶむ権利を有しはしない身だけれど、気づいた時にのばす腕くらいは、持ちたい。
 窓の外、現れた三本足の烏に訝しみの視線を天馬が向ければ、帝月は無言のままその背に舞い降りた。
 腕を伸ばし、来いと示す。
 小さく笑い天馬が窓に足をかけて宙を舞えば、危なっかしいと僅かに眉を顰めて帝月がそれを受け止める。大きくはない烏の上、落ちても拾わないとぶっきらぼうに囁きながら。
 それでも満足したのか、ふんわりと天馬は笑う。
 ………笑みを視界におさめるには浅ましいと、己が身を省みながら逸らした視線の先、微かな月明かりが注いだ。
 「5分だけ、付き合ってやる」
 それに後押しされたように小さな音が灯る。
 背中にいる天馬の顔は見えないが、腰に回された腕がそれを受け入れたことを知った。
 ゆっくりと、風すら生まずに烏の羽根は空を動いた。月が、見つめる中を。
 気休めになるかどうかわからない。それでも、伝えてみればなにかが生まれるのか。
 それさえわからない唇が、躊躇いを込めて小さく開かれた。
 「………三足烏は、空を駆けて太陽を昇らせる瑞鳥だ」
 微かな慰めの言葉に、ぎゅっと、縋る腕が強くなる。
 仄かに…胸が熱くなる。
 ……………命など持ち合わせてはいないこの身でも、灯せるものがあるのか。
 灯されるべき器が、あるのか。
 知りはしないけれど、それでもこれが錯覚ではないことだけを願って月を見上げる。

 ―――――――――二十六夜の月が、仄かに翳って見えた。

 

 








基本に立ち返って飛天に焼きもち焼く帝月です(笑)嫌な基本だ!
この頃の3人のやりとりが一番好き。

動物は沢山飼いました。猫以外おそらく全部飼ったんじゃないか、というくらいに。
それでも自分よりは必ず先に死んでいきます。寿命の長さからいって当然だけど。
そういうのをどう乗り越えるかで、命に対しての見解は養われると思うのですが。
………支えてくれる人、一緒に悲しんでくれる人、そういうのがいればきっと大丈夫。

なんだか暗いんだかほのぼのしているんだかわからない出来上がりでごめんなさい。
本当はもっとほんわかするはずだったが途中から変わっちゃいましたよ(死)
こんな物体ですが帝天馬同盟へ!