満開の桜。

毎年見ていたきれいな景色。

ちょっと遠い学校の裏手を教室からのぞいていたり。

通学路にある公園の桜を見上げたり。

本当にちょっとした時見上げるきれいな花。

見に行きたいな。
でも、行きたくない。

だって、一人で見上げるのは寂しいから。




魅了の花の名



 はらりはらり。そんな音が聞こえそうな風景に視線が固定された。
 窓の外には鮮やかな白。正確に言えばもう少し色がついているけれど何色とは言い難い微妙な色合い。
 ゲームに夢中になっている同居人たちを呆れたように見ていた視線はいつの間にか手繰り寄せられたように外に向けられている。
 …………てっきり、野球がしたいとでも思っているのだと思っていた。
 その視線があまりに穏やかに静かに注がれているので一瞬気配が掻き消されたように感じなくなるほどだ。
 けれどその変化はあまりに顕著で誰もが気付く。声をかければきっといつもと変わらない笑顔でどうしたとでも答えるだろう。きっと、それは無意識の表情。
 「……………」
 躊躇いの、数瞬。
 声をかけるのは簡単だ。けれどその先になにを携えればいいのだろうか。
 時折この子供は願いがなんであるのか解らない事がある。自分で気付いていないのだ。我が儘だからと飲み込んだまま、自分ですら忘れてしまう祈りがある事すら未だ知らない子供。
 だからこその、躊躇い。
 叶えたいと思うのだ。どうせこの子供が願う事などたかが知れている。開けっぴろげなその心のままに願えば誰もが叶えてくれる事すら、自分のためだけの願いなら飲み込む潔さは周りにいるものを少し寂しい気持ちにさせる。
 それを訴えたところで詮無き事。それすら、彼はうまく理解しきれないだろう。
 傷つく事に慣れてしまっている。痛みを我慢する事が上手になってしまっている。
 不器用な生き方を覚えてしまった子供の軌道修正など、自分達の役割ではない。そう、解っているのに。
 …………そんな風にあっさりと割り切れないのだからもう、しかたないではないか。
 「…………天馬」
 誰が初めに声をかけるか躊躇った奇妙な間を飛来し、静かな音が風に乗る。
 視線を向けるまでもなくその涼やかな声の元にはククリの呪者がたたずんでいる。相変わらず押し入れに居座っているのは、そこが一番この部屋を見渡せる事を認識しているから。
 …………そしてそこからが一番、この部屋の主を見つめても不自然でない位置だから。
 「ん? なんだ、ミッチー」
 視線が消えて、元通りの明るく快活な音のままの笑顔が顔に戻る。振り返った天馬の表情の中には先ほどの影は欠片もない。ここまでの変化は無意識なればこそ。
 嘘も演技も下手で、決してそれらに向かない正確をした子供がそれをなし得るのはそんな自覚すらなくそれがある事すら気付いていないからに過ぎない。
 気付かせる事が正しいわけではなく、だからといって見過ごす事を奨励していいいわけもない。
 なにを求めての視線だったか、なんて。あまりにも明らかすぎてため息が漏れる。
 それを晒したところでむっと顔を顰めるだけなのだろうから心の内に留めているけれど。
 「僕は少し外に行く」
 「え、どこいくんだ?」
 言葉とともに立ち上がった帝月に驚いたように駆け寄る。もっとも走るほどのスペースも距離もないけれど。
 本当に用事があっていま行かなければいけないのであればきっと帝月は声をかけないで行ってしまうだろう。あるいは、かけたとしても天馬が近付くまで待たずさっさと歩き出しているはずだ。
 それでも帝月は天馬を待ち、疑問が投げかけられた事にホッと息を落としている。
 彼の言動の理由に気付いてゲームに熱中しているふりを続けている妖怪たちはほくそ笑む。邪魔しない程度の音量で騒いでいる自分達に忌々しそうな視線を向けたのは一瞬で、すぐに帝月の目は天馬に注がれた。
 つまらないと、訴えるような目。そんなつもりは露程もないのだろうそれにそう感じるのは自分の欲目だろう。
 求められたいと、思ってしまっている。この存在を手放さないでもいい理由を与えられたいと。
 光り輝く世界にいてこその命なのに、自分の持つ闇に引き込み縊れさせるかもしれない。………そんな負い目を持つ必要はないとあっけらかんといってのける魂の純良さが、だからこそ痛々しい。
 せめて自分が与えられるものを与えてやりたいと、禁を破るように願ってしまうくらいに…………
 「桜が、見ごろなのだろう」
 だから行ってくるのだと下手な言い訳のように呟けば忍び笑う魔王の気配。睨みつけるそれに臆する事もなくそれは背中越しのまま振り向きもせずに声をかけた。
 「あー、そういや時期だな。ここら辺のは鞍馬山ほど見事じゃねぇが、ましな方だ」
 「なんかむかつくいいかたすんなー」
 むうと顔を拗ねたように顰めて飛天の方に視線をやった天馬を眺め、思わずその肩に手をかけてしまう。
 その行動に一番動揺した本人は、けれどきょとんと見遣ってきた子供の視線に本格的に硬直してしまう。
 ………ぬくもりなど、知らないままこの先も生きるのに。
 生きなければならないというのに。
 近くに寄り過ぎた光は闇にすら気付かずに照らし、傍にいればいいのだと事も無げに言って手を伸ばす事を快諾する。愚かしいほど己の身を犠牲とする事を覚悟の上で伸ばされる、優しい幼い腕。
 「どうした、ミッチー? 桜見に行くんだろ?」
 動こうとしない少年の肩を叩き、乗せられた腕とは逆の腕を掴む。
 ほんの少し冷たい、体温の少ない身体は、それでも躊躇いながらも握り返してくれる事を知っている。
 「俺さ、花見ってほとんどした事ねぇんだ」
 がちゃがちゃと背後ではゲームを片付けているらしい音が響く。思った通りくっついてくるつもりの妖怪たちにため息を送るよりも、いまは目の前でほんの少しの寂しさを滲ませた笑顔で話す子供だけを視界に入れる。
 それくらいの役得は、得てもいいはずだと言い訳じみた事を考えながら。
 「ほら、家の親っていっつも家にいないだろ? 誘ってくれる家族はいんだけどさ、行きづれぇじゃん、やっぱ」
 目の前で晒される家族の絆。その団欒の中、決して溶け込めない異質の種。心砕いて歓待してくれるだろうからこそ、悲しくなってしまう。
 それは僅かながら自分と交わる感情。決して寂しいなど思わなかった自分は、けれどこの光を知ってから入り込む事の出来ない光の世界を切なく見遣る時がある。
 けれど決してそれはこの子供が持つべき寂しさではないと、思うのだ。誰よりも何よりも優しく強い、人の為に傷つく事を厭わない馬鹿な子供なのに。
 「父ちゃんなんかは桜茶……だっけか? あーゆーフゼイっていうの好きで、写真なんか送ってくるんだけどさ」
 ちらりと、外を見遣る子供の視線に滲む憧憬と切なさ。遠く離れていても愛されている事を自覚しているからこその、真っ直ぐさ。人の辛さや思いを受け止めて疑う事なく抱きしめる事の出来る希有さは、それ故に自分の傷を忘れてしまう愚鈍さを秘めている。
 未だ幼いこの子供が完璧なわけがないのだ。それを知っているから、抱きしめたいと思う事を、誰にも否定されたくない。掟にも決まりにも………自分という生き物が生きる為にある使命にも………………
 「一緒に見る事は、もう随分なかったからさ。ミッチーと一緒に見れるのは、嬉しいな」
 寂し気だった瞳に広がった、絶対的な肯定。
 与えられるには過度の心に微かに顰めかけた眉を押しとどめ、背中を向けると歩き始める。………握りしめた指先を話す事なく。
 その意味を知っているから、言葉の不器用な友人の背中を見遣りながら笑顔が零れる。
 「ほらお前らも早くこいよ!」
 背中ではなにを持って行こうかと準備に抜かりのない静流が飛天に抱きつきながら荷物持ちをねだっている。………既に帝月の為に準備を整え終わった火生は眼中にないらしい。
 いつも通りで騒がしい、自分の家。一人家族を待ち続けた静かな家より、こうしてうるさいくらいの音が響く方が好きなのだ。
 一緒に住んでいて、一緒に食事をして。馬鹿みたいなけんかをして、それでも一緒に寝て次の日には笑顔で挨拶できる。
 そんな風に出来る人が同じ家の中にいるなんて、本当に奇跡だ。
 握りしめた指先が解かれない事を知っているから少し早めに歩く。飛天たちに声をかけると何故か帝月の歩調が早くなるから転ばない為に。もっとも、転んだところで受け止めてくれるに決まっているから大丈夫だけれど。
 きれいな桜、早く見に行きたいとワクワクする。
 隠しきれない笑顔に目の前の少年は少しは喜んでくれるだろうか。
 父親に送られた楽しそうな現地の人との交流会の写真。自分が送れるのはいつも試合の写真で、それも喜んでくれているだろうけれど。きっと、こっちの方が喜ぶと思うのだ。

 桜茶になんか負けない、優しい桜の香りの中でのばか騒ぎ。
 一人見る桜より、みんなで見る桜がいい。

 大切な友達と一緒に見る、きれいな桜の写真。

 ずっとずっと、一緒だといいな。

 

 そうしたらもう、寂しい桜を見ないですむから……………

 

 








 桜茶を初めて飲んだ天馬を書こうかと思っていたはずなんですが。
 全く違う話になっていました。おかしいな。

 今回凶門が全く出て来ていないのは当たり前と思って下さい。
 出したら最後、彼と天馬の話で終了になる。
 今回は一人の為に帝天馬にしたんだよ。すごいわかりやすい一人だ。
 いや、うちの帝天馬見ているのは彼女くらいじゃなかろうかと思うので。

 でもまだどう見ても友達だけどね、この二人。そういう関係が好きですよ。

 遅くなりましたがこちらは引っ越し小説天馬バージョンですので、お持ち帰り自由になりますv
 気に入っていただけましたら可愛がってやって下さいv