傍にいることが当たり前。
そんな感覚を持つことが危険であることを知っている。
ひとり闇の奥…生きていた。……それでよかった。
興味などなかった。その魂の輝きなど見ないままでよかった。
…………それでも出会った存在。
逸らされもしない視線。当たり前に向けられる笑み。
自分が与えられるには眩過ぎるそれに瞼が自然落ちる。
いっそ……遠く離れたい。
それでも使命感に託つけて離れられない自分に吐き出す溜め息もないけれど…………
背に溶けるぬくもり
夕日に赤く染められながらいつも通りに子供は大好きな野球の練習をしていた。
それを眺めながら少年は小さく息を落とす。
大分日も暮れ、そろそろ練習も終るらしく奥に座っていた監督が辿々しい足取りで子供たちの前にあらわれた。
視線の先にはもう終ることに少しだけ不満の残る顔を見せた子供。
それをからかうように伸ばされる腕は楽しげに子供に絡まりながら何事か囁いている。
一瞬険しくなった自分の目線に気づき少年は意識を拡散させる為に胃の奥から静かな吐息を零した。
…………たった一枚しかない大切な霊符が子供の額に張り付いて剥がれなくなったその日から、自分は子供を見ている。
いっそ呆れるほど単純実直な子供は見ていれば他愛無いほど簡単にその扱いを理解出来た。
誰からも愛されて……限り無い腕を与えられている幸せそうな子供。
そして無垢なる翼を携えた子供は疑うという言葉も知らないように分け隔てることなく愛すことを知っている。
決して偏見に濡れることのない透明な心。………己の意志を確固たるものとしているが故の揺るぎない笑み。
空恐ろしいほど澄んだ視線の先、何故自分が写るのか問い掛けたくなる衝動にかられる。
下らないことこの上ないと、険しくした視線にさえ気づかない愚鈍さを晒す幼子なのに…………
逸らせない視線の先にたたずむ子供。
数多くの腕が彼に伸ばされる。どれを握り返しても傷つくことなく優しく包んでくれるだろう仲間のそれ。
決してそれらは自分の腕のように子供に傷を与えはしない。
痛みを覚えさせはしない。
…………魂さえ抉るような、哀しみを見せはしない。
それでも楽しげに笑った子供は申し訳なさそうにその腕から離れて自分に駆け寄ってくる。
その瞬間の胸裏を満たす充足に苦笑いが込み上げそうになり、少年はさり気なく子供に背を向けた。
微かな足音がゆっくり速度を落とし、少年の真後ろに来るとその歩調にあわせるように歩み始める。
もうそれは慣れた仕草。あの日から毎日繰り返されること。
それが不意に止まり、自分との距離があいたことに気づいて少年は訝しそうに振り返る。
まっすぐに吸い寄せられている子供の視線。赤く赤く染まった空と燃えるように流れる川の水。
夕暮れ時の魅惑的な光景に子供の心が奪われていることに気づき少年は呆れたように息を吐く。
こんな光景はいつも見ているのだ。夕暮れは毎日訪れるし、この道は子供の家に帰るいつもと同じ帰り道。
…………それでもなお、子供は心奪われるのか。
美しいと…幾度見ようと色褪せることなく心は震えるのか。
止められた足は動こうとしない。
自分さえいることを忘れたような様子の子供を少年は見続ける。
赤く染まった風景に溶け込むように染め上がる子供。同じように染まりながらも自分では決してこんなにも鮮やかには写らないことを少年は知っている。
生きている……生身の弱々しい人間だからこそ内包される輝き。……それはこの子供に見せつけられた光。
自分は決して持てない瞬くほどにちっぽけで……それでも壮麗なる美しさに彩られた魂の………
見せつけられる。……惹き寄せられる。
まるで落陽からの迎えでも待つように見つめ続ける子供の姿が一瞬、霞んで見えた気がした。
下らない喪失感に自嘲も浮かばず、微かに寄せられた眉が伸ばせる筈のない腕を呪っていた。
微かな音が夕日を縫うように落とされたことさえ少年には気づけない無意識の仕草。
「………帰りたいのか?」
郷愁さえ持つかのように愛しそうに見続ける子供に不意に少年が言葉を零す。
いった瞬間に少年は眉を寄せて唇を噤んだ。
……言うつもりがなかった言葉に少年は向けられる視線を厭うように子供から視線を逸らした。
視界の端、振り返った子供の瞳が写る。
夕日から取りかえすことのできた子供の視線はいつもと変わらない明るく澄んだ幼い瞳。
僅かに赤く色付いたように見える錯覚に逸らした視線がまた、子供に吸い寄せられた。
それを受け、子供が笑う。なんの含みも持たない幼気なそれに少年の胃の奥が微かに疼いた。
知る筈がないのだ、この子供が。
自分が今、夕日を見る子供に覚えた焦燥感など……………
それでもその笑みはあまりに鮮やかで、逸らせない視線を知っている。寄せる苦悩に自然険しく眉を顰めてしまうこともいつものことなのだけれど………………
「そうだな、腹も減ったしそろそろ行くか」
微妙に少年の言葉を取り違えたらしい子供はあっけらかんとした声で変わらない言葉を吐いた。
夕日への未練をなくした視線はまっすぐに少年に向けられる。
そうかと思うと自分を待つ為に立ち止まった少年の横まで駆け寄り、不可解そうにその顔を覗き込んできた。
………不躾なその視線は少年の視線が冷ややかに見返しても消えない。
思った通りの反応など返してくる筈もない相手だけれどそれでも少し腹の立つ少年は不機嫌を表すように唇をひき結んだ。
それを見て取り子供はおかしそうに少年の眉間に指で触れた。
唐突な子供のその行動に、少年は目を大きく見開く。……もっともすぐに平生通りに表情を消してしまったので子供は気づかなかったかもしれないけれど…………
眉間に触れた指先の熱が溶ける。楽しげな目の瞬きがその指の先から覗けた。
「ミッチーはいっつも眉間に皺よってるよな。せっかく顔いいのに勿体ねぇぞ」
からかうような他愛無い言葉。………目に見える友人たちと同じに扱う子供のいつも通りの……
知って、いるのだろうか。
その玲瓏な美貌の裏にある血の通わぬ自分の冷え切った情動を。
一切に価値を見い出さず、ただ妖怪を括る為に生きてきた自分の泥ついた生を。
こんな風にあたたかな腕に触れられることなど夢想だにできない孤独の中にたたずみ続けた自分を……………
……………それともなにも知らないからこそこれは晒されるのか。
もしも自分の本質的な冷酷さを子供に示したなら、嫌悪されるのだろうか…………?
この子供の級友の腕を奪おうとしたときのように。
痛々しい声を今もこの耳は覚えている。
まるで裏切られたと泣くような、切ない声は深い憤りに濡れていた。
………………また、向けられるのだろうか。胸を軋ませるような深い慟哭を秘めたあの声を……………
埒もあかないくだらない物思いを一蹴するように少年は小さく息を吐くと子供の腕をとった。
それに抵抗されるはずもなく、難無くそれは少年の眉間から離れる。……怒ったのかと覗き込む子供の瞳の無防備さにいらだちが過る。そんな少年の心情など子供は気づくこともない。
気づかせる気もない。
腕の中脈打つ小さな命。……自分が命じたなら己さえ顧みずに敵を撃ち破る駒。
自嘲的な自分の思考に附随する子供の笑顔。あまりにも多く見せつけられたそれは少しずつ少年の内を蝕み始めるノイズ。
寄せる思いなど知らない。そうあるべきなのに…………手放せないことを予感した。
いまだ幼い子供の腕は小さく、魔王にさえ笑って立ち向かう勇猛さなど微塵も見えない。
あのときから予感があったのかもしれない。
無茶という言葉以外を知らない、自分の状況など微塵も考えることのない単細胞な子供。自分が危険に落ちいっても人を思い遣ることを忘れることのないしなやかな魂に惹き寄せられる。
……………包み込まれる、その柔らぎに。
祈る言葉など知らない身でもそれを紡ぎたくなる。
掴んだ指先を軽く引き寄せ、少年は小さな爪に微かに唇を寄せる。
呪を読む唇はやわらかく笑みを象りほんの僅かにその指に口吻けた。
指先に邪魔をされその笑みさえ見えなかった子供は、けれど微かな熱が指を包む気配を感じて不思議そうに腕を解放した少年を見た。
「………突き指、気づいてたのか?」
野球にはつきものだからたいしたことはないと軽く冷やしただけだったそれにまさか気づかれるとは思っていなかった。
痛みがぶり返してきたから家に帰ったらテーピングをしようとは思っていたけれど…………
もう僅かな鈍痛さえ感じない自分の指先を眺めながら子供は少年の言葉を待つ。
少しの間がひどく重い。
まさかとは思うが………心配して不機嫌だったのだろうかと窺う子供は黙っていた気まずさに少しだけ困ったように眉を寄せていた。
心配をかけることが不得手な子供は言葉を返さない少年を不安げに見つめる。その視線が頬を滑るまでしばらくの間、少年は馬鹿な子供の一言に呆気にとられていた。
気づくに決まっているのだ。
幾度一緒に妖怪を括ったと思っているのだろうか………?
いい加減自分が普通ではないことを理解しても良さそうなものを、いつまで経っても子供は自分と同じほどの子供のように同等に扱ってくる。
それが……心地よくもあるのだから怒鳴ることもできないのだけれど………………
とんだ見当違いな子供の言葉に救われたように少年は軽く息を吐くといつもと同じ冷めた声音で子供に返した。
それでもその声はどこかやわらかく響き、それが瞳の色に浮かびはしないかと少年は瞼を落とす。
子供の視線は逸らされない。澄んだそれは清涼な輝きのように優しく少年の瞼に触れる。
目をあけることを乞われているようで苦笑が浮かぶ。
そんなわけないとわかっていながらも自分の頬が色づきはしないか不安で背を向けてしまったけれど…………
「当然だ。憑カワレの管理は僕の役目だ」
小さく呟いた少年の背は静かに歩み始める。……自分が歩けばすぐに追いつけるようなその歩調。
自分とたいして変わらない小さな背中が飄々と前を歩く。子供は赤に染められることのない黒衣を眺め、仕方なさそうにその背を追い掛けた。
…………淡々としたその声にも負けず、子供は笑う。
不器用な、他の誰にも見えない自分の友達。………自分以外と声を交わすこともできない少年はひどく人付き合いが苦手だ。
優しくすることにさえなにか理由がないと後ろめたくなるのか、いつもどこか突き放した物言いをする。
そのくせいつだって自分に害が加わらないように目を向けてくれる。
………少年が焦るときは大抵、自分が危険であるときで…それがひどく子供には誇らしいのだ。
他の誰もいない土手の砂利道。………他の誰にも見えない自分の友達。
その小さな背に腕を伸ばし、子供は子犬がじゃれつくように少年の背に飛びついた。
突然加わった重力に驚いたように一瞬少年の歩みが止まる。……が、それも一瞬だけで次の瞬間には今まで以上のスピードで歩いて子供を振り落とそうとした。
子供の腕が首にかけられたまま歩いたってそんなに早く歩けるわけはないし、余計に苦しくなってしまうことだってわかっているくせに。
それでもまるで照れ隠しのように急ぎ足になる少年に子供は笑う。
「本当にミッチーは口悪いよな。心配したっていやいいんだろ?」
たったその一言だけで十分なのに、どうしてもいえない少年の心の内なんて子供は知らない。
知っているのは少年が隠したがる優しさだけ。
転びかけた子供に歩調をあわせてくれたり、少し肩を落として腕が痛くないように気遣ってくれたり。
本当に小さなことだけれど、重要なこと。
妖怪を前にしたなら腹の立つことも多い少年だけれど、こうして一緒に歩いたりどこかにいったりするのは嫌いではないのだ。
無口で無愛想。自分の額の符に眠る青年の方が構ってくれる時間は確かに多いけれど、気高い猫のような少年は絶対に自分から近付いてこないのだ。
………だから、腕を伸ばしたくなる。
警戒しなくてもいいのだと笑いかけて一緒に遊びたい。
教えてやりたいのだ。どれだけ楽しいことがあるのかを。
人と一緒にいることが痛いことではないのだといまだ知らないこの少年に……………
夕日が照らす中、浮かぶ笑みに少年が気づくのはいつであろうかと子供は楽しげに心の内に住まう青年に問い掛けた……………
……………飛天が出てない。書いていて自分でショックv(オイ)
おかしいな……飛天のこと話している天馬に焼きもち焼く(?)帝月の筈だったのに………
仲のいい二人で終ってる………まあいいや。
これはこれでありということで!
でも飛天……出したくて思わず最後に無理矢理出しちゃったけど……………
ちょっとギャグオチとしては
「でもお前も飛天も怪我治すときなんで嘗めんだ?」
「……僕は舐めていない。というか…誰だ」
「ん? ああ、飛天が腕の傷治してくれたんだぜ〜♪ 犬みてぇだよな、舐めて治すなんて」
「……………そうか、帰ったら早速出して問いつめるとしよう」
とちょっぴりキレちゃう帝月くんもいましたv
しかし全然カップリングでないよな…………。よくて一方通行だ、これでは。
まあもとから健全の方が書き易い人間だし、いいのですが(これで健全とは認めてくれまいが)