ちいさなものや
おおきなもの
愛らしい柄に
厳かな染め物

その家には沢山存在していて、
よく解らない

それでも何となく、思い浮かんだ

多分それは
故意、
ではなくて

何となく思い付いた。
その程度なのだと、思う





それでもそれは君に似る



 目の前に置かれた多量のチョコを前にどう反応すればいいのだろうか。
 ぼんやりとそんなことをのんきに思っていた。あまりにも人間というものは突飛な行動をし過ぎて、時折思考が追い付かない。
 今もまさにその状態で、じっとそれを見ながらただそんなことを考えていた。どうしようか、なんてことは掠めもしなかった。
 とりあえず何故この状況になったかを考える。いつもとたいして変わったことはなかったはずだ。
 グランドにきて、子供たちに指導をして、いつもと同じように子供が帰る時間になり、その支度を見守っている間に、普段であれば休みの日に練習をのぞきにくる程度の母親たちが次々と子供を迎えにきて。
 結果が、現在に至った。
 何故か一様に母親たちははしゃいでこれを自分に渡していった。戸惑ってみればなお嬉しそうな声を上げて、断ろうにもバックに押し込んでいく始末だ。あのパワフルさはどこからくるのだろうか。もっとも粘り強さはスポーツ選手には不可欠なものだし、それが遺伝している可能性を考えれば喜ばしいのかもしれない。
 段々現実から離れはじめた思考を軌道修正する。もっともどう考えても差し入れなのだろうことは自分にも解る。だが、全員が全員、なぜチョコレートを?
 チョコが好きなどという発言をした記憶はなかった。何か思い当たることはないかと自問自答を繰り返している間にも子供たちは自分に挨拶をしては帰っていく。もちろん、母親も添えられて。その度にやはり目の前に置かれるチョコの量が増えるのだが。
 「うわっ、凶門すげーな!」
 大分夕日も沈み、暗くなりかけた頃、ようやく自主練を終えたらしい天馬が駆け寄って汗を拭いながら凶門に声をかけた。
 いつもと変わらない笑顔だ。特にこのチョコの山を不可解に思っている様子もない。
 首を傾げ、子供を見てみる。自分にとってはこのチョコの山は日常からかけ離れた異常事件に近い。差し入れは珍しくないが、全員で申し合わせたかのようにチョコレートとなると、話は別だろう。
 「………これはなんだ?」
 「何って、チョコだろ」
 自分の質問に天馬は不思議そうに目を瞬かせた。可愛らしく包装されたものからユニークで個性的なものまで、種々様々だ。それらは全てが甘いチョコの香りを発しているという点でだけ、共通している。
 いいたいことがうまく伝わらなかったのか、あるいはそれは子供にしてみれば当たり前すぎて疑問ではないのか。どちらにしても自分の疑問は伝わらなかったらしい。
 どういえばいいのかがよく解らず、知らず眉間にしわが寄せられる。
 「それはわかる」
 「………なに怒ってんだよ」
 幾分不機嫌な低音に変わった凶門の声に目を瞬かせながら首を傾げる。
 別に今日という日を考え、彼の母親たちの中での人気の高さを考えればこの結果は解っていた。こうなるのが嫌であれば事前にそういった差し入れを断る旨を示しておけばいい。何も言わなかったのだから、当然母親たちはこぞってやってくるに決まっている。
 普段は近寄りがたい凶門にだって、こうした理由があれば遠慮なく近付くのも当然予想できていた。自分達はむしろ何の対策も練っていない凶門を不思議がっていたくらいだというのに。
 「だって今日はバレンタインデーだろ? ほら、俺も結構もらったんだぜ」
 凶門ほどじゃないけどと笑いながら示した天馬の鞄の中も窮屈なほどラッピングを施された甘い香りのする箱で満たされていた。問うまでもなく、これもまたチョコレートだろう。
 自分の鞄から溢れたチョコを振り返り、また天馬の鞄をのぞく。どちらにせよ、何故自分達がこんな目に遭っているのかがよく解らなかった。
 「なんだ、それは」
 天馬の解答の中に自分の知らない単語があった。おそらく、人間界の特有の言葉なのだろう。自分は知らないと示せば、天馬は驚いたように目を丸く見開いていた。
 「………………バレンタイン、知らなかったのか?!」
 「だからなんだ、それは」
 「え、なんだって………今日は女子が男子にチョコくれる日なんだよ。近頃は友達同士でも交換するけど」
 眉を顰めてその不可解な行事に対し疑問を示すが、しどろもどろな天馬の態度からいって、おそらくその起源も細かな規約も知りはしないのだろうと見当を付ける。どちらにせよ、それだけの情報があれば十分だった。
 来年は1月の連絡紙で差し入れを断る旨を掲載しなくてはいけない。無償でコーチをする自分への感謝の表れだといわれてもこれだけの量をもらっては対応に困る。
 「ほら、そろそろ帰ろうぜ。いつもはさ、チョコもらっても食べきれねぇし、ちょっと困ってたんだけど。今年はみんなで食べられるな」
 鞄から溢れるチョコを見ながら弾んだ声で天馬が言う。家では帰りをまっている仲間がいた。大食漢の彼らと一緒ならこんなもの物の数にも入らないだろう。きっと取り合いになると、子供は笑う。
 鞄から溢れた分を大きめの紙袋に入れ、凶門も立ち上がった。一人用ではないサイズもいくつかあった。きっと天馬や家族のことを考えてのことなのだろう。同居していることは既に周囲に知らされているし、それ故に母親たちからの好感度が上がってしまったことも知っている。
 人間は弱者を庇護するものを何故か好む。妖怪では誹(そし)りの対象にしかならないというのに。本当に、不可解な生き物だ。
 「そういやさ、昨日俺の親からも届いたんだぜ」
 「………ああ、あの荷物か?」
 思い出したのは昨夜に届いた宅急便の箱だ。喜色に濡れた顔でそれを開いていたが、茶々が入ることを嫌って自分や帝月を押し入れから押し出してそこで中身を確かめていた。
 「まあほとんどが本とか、今いる国の特産物とかだけど。今月のやつには、毎年色んなおまけが入ってんだ」
 夕日に照らされながら、子供が笑う。
 楽しそうに………ひどく、嬉しそうに。あまり普段は見ない、無邪気に親を慕う顔。
 そんな顔を見ると、まだ彼がこのチームに属する幼い子供に過ぎないことを思い出す。あまりに自分達の日常の中での子供は守ることを知る成熟を見せるから。
 「なかにさ、熊のぬいぐるみが入っていたんだ。テディベアっていうんだってさ。でもそれ、毛がねぇの」
 「………意味が解らん」
 「だからさ、なんて言うんだっけ。普通の布なんだよ。ぬいぐるみって動物みたいな毛で作られているだろ?」
 首を傾げて難しそうな顔をして。必死で子供はそれを説明しようと身ぶりも加えながら凶門を見上げた。
 何となくではあるが理解したと伝えるように頷き、先を促せば楽しそうな、笑顔。
 「なんか今いる地域だと染め物が盛んらしくてさ。その布買って、母さんが縫ったんだって。裁縫とか苦手だから、顔とか歪んでさ」
 その様を思い出したのか破顔する。怪我をしただろう指先を思ってか、困ったように眉を顰めながら。
 「毎年そうなんだ。初めの頃なんてひどかったんだぜ? 回り縫っただけのバンダナだったし」
 指で大きさや模様を示しながら天馬がしゃべる。どこか、はしゃいで。
 その様は先程の母親たちにどこか似ていた。興奮して少しだけ早くなる口調。
 相手の返答を求めるわけでもなく胸の内を必死で綴る。まるでその時感じた思いを忘れるより早く語りたいというようだ。
 頷き、相槌を打って。子供の言葉を邪魔しないように耳を傾ける。同時にがさりと、抱えていた紙袋の音が耳に触れた。
 どうしてこんなことをするのか、自分には解らない。弱者を守っているわけではなく、多分、自分達こそがこの子供に守られているのに。感謝される謂れはなく、こんなものを貰えるような高尚な立場でもない。
 まだ瞬きほどの時間を生きただけの子供が毎年贈られる品々をほころぶ顔で示すように、いつかは自分もこれらを誇れるような心を持つのだろうか。
 …………それが自分が強くなった証か弱くなった証かは解らない。
 それでも、不意に思う。
 贈られるそれらを誇れるだけの自信くらいは、持ちたいと。
 この子供のように真っすぐに、相手の心を見つめる度量を。
 自分の幅は狭く、他者を弾く以外の術をあまり持ち得ていないから。
 この子供のそば、生きるいまという時間に学んでみたいと、祈るような面持ちで感じた。
 それは短い時間だろう。………決して人以外にはならないだろう、子供だから。
 せめてその短い時間を、守ってみよう。
 ふと見上げる子供の視線が少しだけ不安に揺れる様を眺め、自分の考えに没頭していたことを知る。ぽんと、子供の短い髪の乗せた頭を叩き、小さく不器用な笑みを落としてみる。
 子供はまた笑い、嬉しそうに語る唇を開いた。

 たいしたことではない。
 別にかけがえがないなんて、人間じみた考えではない。
 自分をより高めるための手段だ。それだけで、いい。

 それでもその笑みを見ることであたたまるものが、ある。

 気づかないふりをして、傍にいよう。
 …………子供の命が尽きる、そのときまで。

 








 無制限リクで唯一あった天馬リク。凶門&天馬で「くまのぬいぐるみ」がコンセプト。
 テディベアって、なんだか手作りの象徴な感じがあるんですよね、個人的に。
 可愛いのは認めますがくまのぬいぐるみは女の子!というイメージが幼い頃に強かったせいか、あまり好みません。とことん女らしさを否定して生きた子供です。
 でもぬいぐるみは大好き。

05.4.2