たったひとり生きることを定められた魂。

 頂点にあることを定められたが故に孤独な魂。

 一族郎党全てを滅ぼされなお生き残った魂。

 家に誰もいないことに慣れている魂。

 

 別に舐めあっているわけではないけれど。
 それでもどこか似通ってしまった不格好な魂の集い。

 寂しさなんて知らないよ。
 だって…ひとりでも耐えられるだけの強さもちゃんと携えているから。
 それでも楽しげな笑い声にどこか顰められる眉。
 ………大好きだよ。ほらあたたかな気配。
 だけど馴染んでしまったならきっと…帰ることが怖くなる。

 だから駆けてしまう。
 帰り道の寂しい長い影。

 …………独りぼっちの、影法師……………………………





茜空



 落ちそうな瞼を擦り、子供はじっと時計を睨み付けた。
 あと少し……ほんの数十秒でチャイムが鳴る。そうしたらこの退屈な授業も終って、やっと解放されるのだ。
 そうしたら河原のグラウンドまで友達と一緒に駆けていこう。
 ………夢中になれるものを見つけて以来、ただそれにのめり込んだ。
 その間は寂しさも何も思い出さないでいられる。………好きだというたったそれだけがなんという力を持つのかと驚くほどに。
 願えば願っただけ…のびることのできる夢。着実に歩むことのできる足と、孤独ではない影が仲間の影に囲まれる。
 楽しいから。ずっとそれに埋もれていたいくらい、楽しいから。
 振り返ることも忘れて駆けてしまう。
 ………………だって、誰もいないから。帰る家はいつも寂しいほど…なんの音もしないから……………
 帰ることは嫌いじゃないけれど、時折たまらなくなる。
 心配されていないわけじゃない。愛されていないなんて、疑う気も起こらない。
 大好きな家族。抱き締めてくれる腕。……でもそれは、いつも傍に控えているわけではないから。
 小さく息を飲みこんで、足早に自分の部屋に駆け込む。そんな寂しい癖さえ知らぬうちに身についてしまう。
 鳴り響いたチャイムに一瞬落ち込みそうになった意識が引き戻される。
 考えることはあまり好きじゃない。……哀しみを思い出して泣くような、そんな逃げる真似をしたくはないから。
 HRを簡単に済ませ、帰りの挨拶が交わされる。鞄を背負っていつものメンバーの方に顔を向ければ……何故か軽く謝るように手をあげられる。
 不思議そうにきょとんとその様を見つめてみれば苦笑いで二人が駆け寄ってきた。
 「悪いテッちん! 今日委員会の呼び出しくっちゃったんだ!」
 「俺もさっき教科係の手伝い頼まれちゃったんだ」
 異口同音に謝られ、子供はますます困惑げに眉を寄せる。
 ……怒っているのではなくなにが言いたいのか理解出来ていない子供を見つめ……呆れたように二人が笑った。
 その意味さえわからなくて、大きな瞳をただ瞬かせる。
 「テッちん……忘れてるだろ? 今日ジジイの奴、昔の教え子の結婚式行くっていないよ?」
 「…………へ……? ……………あああ!!! そ、そういえばそんなことも……」
 言っていたような言っていなかったような………。曖昧な記憶に唸りながら思い出そうと懸命な子供の肩を軽く叩き、二人が苦笑した。
 抱えていた頭を離して二人を見やればだからこその謝意なのだと申し訳なさそうな顔が語る。
 二人はよく知っている。いつも一緒にいた友達だから。
 どこに行くのも一緒で時折飲み込みきれない寂しさを垣間見ているから。まるでひとりにすることは出来ないというようにいつも必ず声をかけてくれる。
 心配性な優しい友人に、だからこそ心配をかけまいと子供は満面の笑みを浮かべた。
 「そっか。わかった。頑張れよ、二人とも!」
 いつもと変わらない明るく響く幼い声。堂々とした、真直ぐな音にほっと二人が息を吐く。
 また明日と手を振って待たせていたそれぞれの相棒の元に二人が駆けていく。その背を見やり、肩にかけていたランドセルを背負い直して子供はゆっくりと息を吸い込んだ。
 ちらりと見やった先の空はいまだ青空。
 …………いつもはこの青が赤く染まるまで外でみんなと一緒だった。
 寂しささえここに置いていこうと笑んだ口元をそのままに子供は足早に教室をでていった。

 足元にある小石を軽く蹴る。……少し先に進んだ小石はまた立ち止まり、子供を待ち望むように佇んではまたその足先によって進められた。
 幾度かそれを繰り返し、けれど途中で飽きたのか子供はその小石を河へと蹴りあげた。
 鋭い弧を描いて小石は呆気無く河の中に落ち込み水しぶきをあげた。それを眺めた視線の先に佇むのは未だ落ちない日。………まだ夕日とはいえない神々しいまでに眩しい光。
 堅く結ばれた唇が吐息さえ零すことを拒む。
 ……別に、帰ったらひとりというわけではない。いまは夜に時折現れる少年がいるから。
 帰る場所をなくした青年が、いるから。
 それでもいつもいるわけでもなくて。…………自分が帰ったあとに現れる。思い出したように。

 我が侭だって知っている。
 だって、本当はいちゃいけないんだろ?
 ………自分のために、顔を覗かせてくれているんだろ?
 だから、これ以上我が侭はいわない。
 だから早く帰りたくないんだ。

 我が侭を、言いそうになる自分を知っているから。

 吐き出しそうな吐息を無理矢理飲み込み、子供は堅く瞼を落としてから振り切るようにまた歩み始めようと道へと振り返った。
 ………そうしたなら、視界に過った影。大きな体躯の、精悍な青年の……腕に刻まれた痣。
 見間違いかと目を瞬かせたなら奇妙なものを見るように青年の眉があがる。
 それを見て取って子供が駆け寄る。……そんな距離もないけれど。
 「びっくりした! なんで凶門がここにいんだ?」
 自分よりも大きな腕に捕まってじゃれつく子犬のような子供の扱い方に戸惑う仕草を残した青年が視線を逸らしたまま小さく低い音を落とした。
 ………ぶっきらぼうなそれは、性格の故以上に照れ隠しや未だ気まずさが残っているからだと知っているから、子供の口元には絶えない笑みが浮かべられるけれど。
 「…………荷物持ちだ」
 「へ? あ……本当だ、なに買ったんだ?」
 よくよく見てみれば自分が奪っている腕とは逆側、ちょうど青年の肢体によって見えずらい方には白い袋が見隠れする。覗き込んでみればそれは明らかに夕飯の材料で……訝しげにじっと青年を見上げてみれば視線は逸らされたまま。
 買い物、ではなく荷物持ちだと言った。青年は照れ隠しであったなら答えはしないだろうし、言ったからにはそれが事実なのだろう。
 そう考えたなら……買い物をしようとした誰かがいるはずで。………そしてこの青年に荷物持ちをさせようと考える怖いもの知らずなど………ひとりしか思い当たらない。
 大体想像出来た連れを探すように見回した視界の中には手ぶらのままアイスを食べている愛らしい少女の姿が映った。
 相手も子供の視線に気づいたらしくぱっと顔を輝かせて駆け寄ってきた。
 「やっだー、天馬もいま帰り?」
 「………静流、1つくらい持ってやれば?」
 「やーよ! か弱い女の子はこのアイスだけで精一杯なの!」
 「……お前おと……」
 きゃvとどこか大袈裟な仕草で手に持つアイスを子供に指し示した少女のやわらかい声音。それに呆れたような顔で事実を口にしようとした子供の眼前を一瞬鋭い刃のようなものが掠めた。
 …………ぱらりと前髪の一部が風にのって地面に落ちるのを見送ったなら、響いたのは空恐ろしいくらい明るく軽やかなかわいい声音。
 「なにか言って?」
 笑顔さえも見愡れるまでに愛らしいのだから……怖い、なんて一言で済ませられない悪寒が背中を這いずった。
 なんでもないですとあっさり引き下がりながらさり気なく少女との距離を青年を間に入れることで保つ。それに気づいて小さく溜め息を吐きながらも青年は特に何も言わない。
 じゃれつく子供に返されるのは単語のような短い言葉ばかりなのに、それでも繰り返される楽しげな子供の笑顔。そうして……不意に気づく。
 先程まで荷物を持たせた自分に腹を立てたのか知らないけれど、待つ素振りも歩調をあわせる気もなく青年は先へと進んでいた筈なのに……子供と合流してからはずっと自分達の傍らにいる。
 もうその腕に子供が掴まっているわけではないのだから、いこうと思えばずっと早くに家に帰ることができる筈なのに……………
 食べ終ったアイスの棒を唇に銜えながらちらりと盗み見てみれば、鋭い青年はすぐに気づいてこちらに振り返った。……そうして含む視線を送ってみれば眉を顰めてすぐに逸らされる。
 本当に…幼い。この青年もまた、馬鹿な子供に感化されたのか。
 灯った笑みの先、家で退屈そうに待っている2つの影を思う。自由気侭な火生のように子供のいない時は外に遊びにいってみればいいのに。
 なにかあった時にすぐ傍に…なんて、健気なことこの上ない。
 それでも孤独な魂の拠り所は…やっぱり孤独な魂で。
 輝くことを知っている魂に眇められる瞳も綻ぶ唇も自分は見つめてきたから。
 悔しいけれど、それでもこの子供をどうにかしようかとかは考えない。………考え、られない。
 自分も結局捕われているのだから始末が悪い。
 ククリの呪者に括られながら、それでも本当に自分達を括りつけたのが誰なのか……みんなよく理解しているのだ。
 その証拠に…こうして自分達は解放されている。
 ………今日、子供が早くに帰ってくると知っていた少年の意向で……………
 愛しまれていることを知っているから、我が侭のいえない小さな子供。
 我が侭をいうことを怖れるように…ただあるがままを受け入れている。そんな不器用さも愛しいと思うのだからとんだ姉馬鹿かと自分でも苦笑してしまうけれど…………
 それでも馬鹿な子供に、ちょっとくらい、告げ口したってきっと許される。
 家で待ってる無表情な少年。退屈そうな愛しい人。
 喜ばせてあげたって……いい筈だから。
 ニコリと笑んで青年の影からぴょこりと少女が顔を出す。それに気づいて子供は見上げていた視線を少女へと送った。
 「そういえば天馬……」
 「ん?」
 名指しされた子供がきょとんと答えれば、艶やかな笑みが注がれる。
 響く声音は深く淡くどこかつかみ所がない。……それでも確実に含まれている優しさに耳を澄ませれば、魂さえ満たすあたたかな囁きが送られた。
 「今日、野球なかったんでしょ? 早くに帰ってくるからって、みんな待っているのよ?」
 家で自分の帰りを待つ人がいる。………それがどれだけ嬉しいことか、自分達にはよく理解出来ないけれど。
 それでも開けたドアの先にこの子供の笑顔があるかないかではやっぱり気分が違うのだけはわかるから。
 教えてあげる。包まれている優しい気配の存在を。
 自分を括った少年。思いを寄せる青年。………二人のためと思いながらも…本当は自分のため。
 だってほら……零される。子供の愛しい笑顔。
 もう目の前にある子供の家の玄関。待切れないように駆けていく背を呆れながら……けれど微笑ましく見やる青年の背を小さく笑って見やってみる。
 本当に男は不器用物ばかり。寂しいと、たったそれだけをいうこともできないで拙い優しさを必死で紡ぐ。
 ………だからこそ時折ほつれそうなそれを編んであげることくらい…してあげてもいいかと思わせるのだけれど。
 もどかしそうに鍵を開けて、ドアが乱暴にあけられる。それをきちんと閉じて中に入った青年と子供と同じく駆け出した少女が顔を向ければそこにいたのは黒衣の少年で。
 挨拶もなく入るなとぼやきかけた声さえ、途中で飲みこまれる。
 小さな拙い腕が嬉しげに少年を包んだから。
 「サンキュー、ミッチー♪」
 嬉しい音色に染められた子供の笑顔に唐突な行動に怒鳴ろうと開かれた唇が押し黙る。
 呆れたように溜め息を吐き出すのは子供の喜色に同じく染められた唇で。
 ちゃんと子供はわかっているから。……自分達が外に出ていられる理由を。

 優しさの表し方を知らない不器用な指先が、優しさしか知らない子供の額を軽く弾き、小さな声で家に迎えいれる言葉を囁いた……………

 








 キリリク45700HIT、あやかし天馬で天馬がみんなに愛される話でしたv そして飛天か帝月が最後にいいとこどり、と!
 ……原作で見事にリク通りな展開の掲載号の翌日に書いた私を誉めて下さい………

 今回はできるだけ沢山のキャラを書こうと奮闘。……したのに出てきたのは微妙な数で(汗)
 しかも火生……ごめん。微妙な感じで出したわ……………
 近頃帝月の天馬の甘やかしっぷりがお兄ちゃんのようでたまらなく好きで。ラストいいとこもっていかせるのはやはりこの子でいいかな〜vとか思って出しちゃいましたv
 ごめんね、飛天……。キミ出すとある意味兄弟なんだかカップリングなんだか………(遠い目)
 そして凶門! そのまま兄に持っていったぞ!(笑) 凶門と静流は天馬の兄姉でv
 不器用ながらも可愛がる(というか面倒見ている)兄と遊びながらもしっかり教育している姉(大笑)

 この小説はキリリクをくださった勇樹さんに捧げますv
 キリリク……とっても素敵なタイミングでとっても素敵な内容でしたv(涙)
 ………原作の方を考えずに読んで下さると嬉しいですv(むしろ半月くらい控えてから読んで下さってもOKですが)