それはそれはキレイな光。

灼熱の業火。

その身さえも燃やし尽くし、美しく昇華する蛹(さなぎ)。

さあ、その腕を伸ばしなさい。

愛しき者を守る為に。

その愛らしい声で乞いなさい。

蛆虫を生かして欲しいと。

残酷な慈悲の手で、叶えてあげる。

苦しみのない永遠の休息を与えてあげる。

ああ、愛しい………………





喉さえ焦す



 今日は天気が良かった。唇を思いっきり噛み締めて、空を見上げる。
 いまはもう日も沈み、昼の鮮やかさはない。それでも、綺麗な空だった。どこまでも青く、高かった。伸ばした腕さえ飲み込んで澄み渡るように。
 それは決して悪い事ではなく、苛立つ理由とてない事だ。いつだってそれは自分の心を和ませてくれたし、幸せにしてくれた。
 けれどいまはそれが………この上もなく悲しい。苦しい。
 差し出すように伸ばした腕は空を掴めない。虚空の暗闇にすら溶けずに微かに白く浮き出ただけ。
 「…………どうした」
 傍らから声が降り注がれた。低い、大人の男の声。未だ声変わりをしていない自分とは雲泥の差だ。小さく頭(かぶり)を振りながら仰ぎ見るように首を上へと向けた。
 さらりと、思った以上に間近に黒髪が流れてきた。さして長くはない男の髪がここまで近付いているのだから、身長差から考えてかなり屈んでくれているのだろう。窮屈だろうその姿勢に笑いかけ、男の腕に背中を預ける。片目だけの視線がやんわりと注がれ、ゆったりと息を吐き出した。
 時折……無性に恐ろしくなるのだ。
 この旅は執着が見えない。それくらい、頭の良くない自分にだってわかる。終わりをいつと定める事の出来ない歩みは、時に気を抜くと底のない暗闇に変わる。
 それは自分が人間だから余計なのかもしれない。寿命が短いと、嫌が応にも突き付けられて来た。長くなどないこの旅の中で。
 早く辿り着きたい。この旅を始めるきっかけとなった少年の元に。彼を見つけて、また馬鹿みたいに笑い合いたいのだ。なんてことはない。彼がいれば、それは難しい事でもなんでもないのだ。
 「気ぃ抜いてんじゃねぇぞ。寝てる時でも、気配には気づけ」
 優しい言葉を望んでいないだろう子供に、少しだけ叱咤するような声をかけ、ポンとその視線を隠させるように大きな手のひらで覆った。本当に、小さな子供だ。片手だけであっさりと顔が隠れてしまう。
 瞬きをしたのか、手のひらがくすぐられる感触。そして、吐息のような、笑みの気配。
 「飛天は口煩くなったな」
 まるで今は囚われの身の、彼のようだと苦笑する。
 もっと奔放で、こんな旅に付き合うとは到底思えなかった初めの頃。いまは……かけがえのない存在だ。彼がいないこの旅は、想像も出来ない。あるいは旅という者自体、行えなかったかもしれない。
 本当に、感謝していた。自分の我が儘を、苛立ちの中でも受け止めて……ちゃんと叶えようと真摯に向き合ってくれたのだから。
 寄り添った背中には布越しの体温。宵闇の気温の下がった風が吹きかけるが、それが凍えさせる事はない程よい感覚。
 微睡むように瞼を落とす瞬間に耳に響いたのは……微かな風の渦巻く音と、忘れがたい不可解な口調のその声。
 「本当に。妬けるわね〜v」
 まあ元々世話焼きだったものねと明るく笑う声にひくりと喉が鳴った。
 ……………間違いようもない。ましてこの圧倒的な存在感と威圧感(プレッシャー)だ。何者かが真似ているわけでも騙りでもない。確実にその容貌を持つ本人だと、細胞の全てが叫ぶように警戒を示した。
 「八雲っ!?」
 「あらやだ。そんな怖い声出さなくてもいいじゃない。ねえ、天馬ちゃんv」
 しなだれるように宙に浮いていたその人は硬直して声も出せない天馬に腕を絡ませた。さり気なく飛天から引き離しながら。
 いまは角を隠され、ただの人間にしか見えない天馬の、鬼の証が生まれるべき額に頬を寄せ、愛しそうに目を細める。ざわざわと背筋が粟立つ。力的にはかなわないわけではないが、それはあくまで潜在的な問題だ。発動出来る能力も、ましてそれを扱う為の知力も、悔しいが遠くこの大妖には及ばない。
 すり寄せていた頬が、次第に唇へと変わりかけた時ざっと風を切る音とともに鋭い爪が空を切りつけた。
 「てめぇっ!」
 「だから、怖い声出さないでくれない? 野暮よね、相変わらず」
 ひらりと優雅に舞うように天馬を抱えたまま八雲は呆れたような声を出す。見せつけるように囁きは天馬の頬の間近で。
 「ちょっと遊びに来ただけじゃない。旧友に対してひどい態度よね」
 「つーか俺に引っ付くな気持ち悪ィッ!!!」
 同意を求めるように更に近付いた顔は、あとほんの少しの揺れで口吻けられるほどの至近距離だ。自然つっぱねる為の腕の力はかなりのものになった。
 それでもその勢いをあっさりと殺し、八雲は難なく体勢をキープしたままだ。
 本気で嫌そうに顔を歪め、必死になっているせいですっかり忘れているらしい天馬の様子に小さく笑う。不動明王の力を発動さえさせていないいまの天馬の抵抗など、八雲にとっては赤子にも劣る微々たるものだ。それでも寸止めの状態で動かないのは天馬の努力ではなく、自分がそうしようとしていないに過ぎない。
 それくらいは解るだろうもうひとりの立会人に顔を向けてみれば………目を疑うほどの怒気に身を包んでいた。思わず捕らえていた天馬さえ手から零しそうになったが、なんとか動揺を見せる事なく腕に力を込めてにやりと笑ってみる。
 昔から飛天が嫌っていた、舐めるような底意地の悪い粘着質の笑み。
 「なぁ〜に、まさかとは思うけど、まだ手を出していないとか言うわけ?」
 これほどの時間をともに居て、しかも今はこの子供を見張っている唯一の牽制の材料さえ消えたというのに。馬鹿ではないかと嘲笑うよう言ってみれば眇められた、視線。
 ゾクリと、する。
 どこまでも玲瓏に、どこまでも透明に。怒気すら昇華して美しい焔に揺れる視線。
 守るという、そんなくだらない行為がなによりもこの男には似合っていた。そのために戦おうとする姿が、どんな時よりも美しく鮮やかに際立つ。
 「ま、そうだと思っていたけど。この子もうぶな反応だったしぃ?」
 くすくすと喉奥で笑いながら八雲は飛天に言う。その反応を楽しむような、対応。
 捕らえられたままの苛立たしい体勢で、それでもちらりとその顔を見た。唐突に現れてのらりくらりとどうでもいい事を言っているこの男の真意が読み取れないから。
 飛天と同じように片目を失ったその目の、奥底。
 小さく小さく……揺れる光。
 切ない渇仰に似たその揺らめきに息を飲む。そうして………悔しさに唇を噛んだ。
 それはいま自分の目の前から消えてしまった少年を探す時に携える光に似ていた。傍にいて欲しいと切望する、それは何よりも深い絆を求めるようなエゴともとれる我が儘さ。
 欲目がないからこそ深く強い。そして……質が悪い。満たされ方が解らないから、愛しい人さえも巻き込んで悲しませもする。
 この旅が飛天を少しだけ苦しませている事くらい、解っているのだ。思い寄せられて……それを知っていて、その上で我が儘を言った。叶えてくれると知っていて言ったのだからずるいと自分でも思う。
 それでもなくしたくない。もう一度、取り戻したいのだ。まるで縋るように自分の傍にいたいと腕を伸ばす少年を見限れるわけもない。
 知っている。これは自分だ。
 我が儘で自分勝手で、それでもどうしてもどっちも手放せないと、そう泣きわめいた自分のもう一つの姿。
 胃の奥底からの不快感が沸き上がる。八雲への苛立は、そのまま自分への苛立になっていく。
 自分を捕らえているその腕が、なんだか自分で作り上げた茨にさえ思えてきた。
 首に絡むその腕を掴み、何事かと視線を下げられるより早く、牙を突き立てた。鋭く切り裂くほどの強さで噛みついたところで噛み切れるわけもない。だから遠慮などしなかった。苛立ち全てをぶつけるように強く、噛みついた。
 自分の力で振りほどけるはずもないその茨は、けれど存外あっさり自分を解放した。バランスをなんとか保って着地し、中空に胡座をかいたまま目を丸くして呆気にとられている八雲を尻目に、地面に立つ飛天へと駆け寄る。
 迎え入れるというよりはどこか守るように片腕を差し出して腕の中に抱えた飛天に苦笑する。守られるべきも、狙われるべきも、ちょっとだけズレているのだ。
 子犬かなにかのように抱えられたまま、腹部の腕をぎゅっと抱きしめて八雲を睨みつける。
 見下ろす八雲の目は、どこか楽しそうだった。よく気づいたと、褒めるようでなんだか腹を立てればいいのか、勝ち誇ればいいのかすら解らない。
 ただ、それでも言っておくべき言葉はあるから、小さく息を吸って、べっと舌を出した。
 「バァカ、八つ当たりしてんじゃねぇよ」
 譲る気なんかないと、そう言ってみれば息を飲んだのは背を預けているその肢体だった。
 対照的に宣言したはずの相手は、きょとんと目を瞬かせて………次いで盛大に吹き出すといっそ小気味いいほどに笑っていた。
 「ホント、可愛いわね」
 「…………お前に言われても全然嬉しくない」
 「そう? 残念だわ〜。でもね、安心してね」
 くすりと笑い、八雲は中空で立ち上がった。まるでそこに地面があるようで視覚的に不可解だ。もっともそうしたものにはとうに慣れてしまったけれど。
 睨みつける天馬に笑いかけ、八雲は柔らかな音を紡いだ。
 「私は欲しいモノはちゃんとセットで貰っていくわ。その方が寂しくないでしょ?」
 だから安心しておいでと、甘やかな睦言のように捧げて、とんと、中空を蹴った。
 近付いてくるかと警戒した飛天の腕が腹に食い込むようで少し痛かった。が、それは懸念で、空高くに舞い上がったはずの八雲の姿は掻き消え、その気配さえも残す事なく消え失せた。ホッと息を落とし、自分を抱えたままの飛天の腕を軽く叩いて下ろすように催促すればぐいっと抱え上げられた。
 何事かと見上げてみれば、視線の先には怪訝そうな飛天の顔。
 「………なんだったんだ?」
 特に後半、八雲とのやり取りがよくわからなかったと苦渋に満ちたというに相応しい顔で問いかけられ、困ったように天馬は口を噤む。
 考え倦ねてしどろもどろながら説明しようとした天馬は、どう説明しても結局は睦言に近い事に顔を紅潮させて俯いた。
 「…………………内緒」
 唯一答えられるのはそんな言葉だけで、せめてもと捧げられた両腕は拒まれる事なくその首に寄り添われ、微かな溜め息とともにやんわりと抱きしめる腕を与えられた。

 いまはまだ、内緒のまま。
 いつかどうせばれてしまう秘密だから。

 ほんの少しの間だけ、内緒。

 

 ぎゅっとその身体を抱きしめる、独占欲。

 








 キリリク17075HIT、天馬リクで「飛天馬で飛天にちょっかいをかける八雲をみてヤキモチする天馬」でした〜。
 ヤキモチ焼くのは飛天かと思っていたので詳細聞いてよかったと心から思いました。
 あー危なかった(笑)

 八雲初書きです。というか、これ八雲ですよね?(オイ)
 そもそも飛天を書くのも久しぶりです(待て) すっかり凶門にうつつを抜かしていましたからね。久しぶりでキャラ変わってないかドキドキです。 
 とりあえず状況設定の補足だけでもしましょう。
 帝月奪還の旅の途中です。ちなみにちゃんと飛天馬なのですが、天馬にとってそれとは別に帝月が特別です。八雲は飛天狙いと見せかけてどっちも狙ってます(笑)
 まあこんな感じです。書いていて自分で愉快でした。八雲……書きやすさと書きづらさの両極端なキャラでした…………。

 この小説はキリリクを下さった桜さんに捧げます。
 遅くなりまして申し訳ありませんでした〜。