ずっと関わることを避けてきた。
どうせ地上に現れることなど稀な身だから誰もそんなこと不思議にも思わなかった。
ただ逃げていた自分。
………知っている。なによりも弱いこの心を。
恐ろしかった。また同じように失うことが。
あまりに潔い魂を自分は愛しむから、それがこの腕では守れないことを知ってしまった。
救わせろと慟哭を吐いてもそれは叶わない。
………それでも己らしく生き抜く魂こそを求める自分がいっそ滑稽だった。
似ているわけがない。その魂も生き方も欠片ほども。
それでも子供はまっすぐに目を向けるのだ。
恐ろしいと言わしめる自分のこの姿を笑みのうちに溶かして手を差し伸べる。
外貌になど捕われることのない、それはあまりに幼い魂。
………この腕はまた、それを失うのだろうか。
それとも……護り通せるのだろうか…………………………
羽根の降る夜
むっつりと顔を顰めたまま胡座をかいた青年は忌々しそうに窓の外を睨む。
月の昇る闇夜。仄かな月光が窓から静かに注がれるがそれさえ鬱陶しいというように青年の視線は苛立たしさを増す。
………睨んだ先にはもう人影などある筈もない。
それでもこうして人にお守を押し付けて消えた少年にいらだちを覚えずにはいられなかった。
もっとも、少年にしてみれば自分をこの子供と二人残すことの方が腸が煮える思いだったのだろうけれど…………
どこか子供に甘いククリの呪者は、夜間の括りには子供を同伴しない。
闇夜に蠢くことこそを本領とする自分達妖怪が現れないはずはないのに…………
それでも少年は自身が離れる間子供の眠りを妨げないように結界を張って消える。
あまりに遠いときは今日のように自分をわざわざ符から出して留守居を言い付けるのだ。
子供に括られた青年。その身を守らなくてはいけないのは自身の生命にも関わるのだから当然だけれど。
それだけを理由にするには少年の行動はあまりに軽はずみだ。
この腕は子供に頭蓋骨を砕くには十分な力を宿している。符を傷付けずに息絶えさせ、屠ることはあまりに容易いことを少年とて知っているはずなのに。
………能面のように色白の少年の面が脳裏を過る。
自分が子供を縊(くび)ることのできない事実を知っているからこその、行動。
だからこそ子供は安楽かな夜を手放すことがない。
不意に……自分を省みた少年の冷えた月の瞳が注ぐ月光にダブる。
子供を写すときにはやわらかさを無意識に醸すそれはどこと疎ましげに青年を写し……それでも己の生きる理由のために闇夜に溶けた。
小さくそれに息を吐く。あんな目を向けるくらいならこの子供を叩き起こして連れていけばいい。
それができないのは……自分が子供の首に手をかけられないことと同義だ。
………もっとも人間らしい常識的な考えならば翌日に控える学校は勿論、子供自身の体調を考えても無理はさせられないのは確かだ。
それでも自分の知る少年は人を思い遣る心など持ち合わせていない氷の美貌に包まれた人形だった。
それが……ゆっくりと溶けていく。
子供の中から見ていればくだらないほどその陥落は容易く思えた。
…………けれど知っている。それがいかに困難なことか。
生半可な思いは決して届くことはない。………魂さえも賭けた子供の歪まない意志が少年を変えた。
いっそ滑稽だと笑ってやりたい。
たかが人間の子供に心奪われたククリの者など……見たこともない。
冴える月を見上げた視線が不意に穏やかな色を灯す。………微かな眩さは子供の持つ髪のやわらかさに似ている。
太陽のような熾烈の魂を月の衣に隠した子供はあまりに幼く歪みを知らない。だからこそ、闇に蠢く魂が腕を伸ばしたいと願うのだろうけれど………………
月の明かりに惹かれるように青年は自分の足下にある布団に目を向ける。
狭い部屋の中、悠々と場所をとったそれに寝転がる影。
布団に蹲ったまま安らかな寝息を零す幼い子供を見据え、青年は息を吐き出す。
よりにもよって……何故こんな子供なのだろうか………?
見目が言い訳でもないし、性格がかわいいわけでもない。
ただ空恐ろしいまでに曲がることのない意志だけを携えた清廉なる魂の揺り籠。
価値という言葉の意味さえも理解していないそれは己の思うがままに振る舞うことでそれを指し示すのだ。
願うことこそが清らかなど……どれほどの人間が体現できるのだろうか……………?
そんなことさえ考えない馬鹿さ加減に怒りなどもう持たない。危なっかしいその行動を止める気もない。
ただその内にあって、力を分け与えることくらいしか自分にできないのも事実なのだけれど…………
微かな自嘲に苦笑を灯し、青年は眠る子供の腕を持ち上げる。
小さな指は青年の掌には余るほどで…微かに青年の眉がよる。………こんなか弱い身体に、何故自分が括りつけられているのか。
誰にもわかりはしないその理由が………少し怖い。
それこそが決別を促すのではないかと考える自分に頭を振るう。
………離れることに異存などある筈がないのだ。
自由に空を飛ぶ、ただそれだけを自分は愛しているのだから…………
それでも過る寂寞と不安。
唇から零れそうなそれを押し止めるように青年は子供の腕を口元に寄せる。………柔肌に口吻ける熱は微かに冷たい。
それを紛らわすように青年はその腕を抱え込むように引き寄せる。
………軽い子供の身体はそれに従うように動き、青年に凭れるように上体を起こした。
突然動かされたことに気づいたのか、子供の瞼が震えて大きな瞳が月を写す。
中途半端な位置で止められた体勢は辛かったのか、まだ覚醒していない子供はそのまま自分を引き寄せる腕の中におさまった。
肩に埋められた子供の顎は小さく、頬にかかる髪のやわらかさに青年は微かな目眩を起こす。
………月を見るように抱きとめられた子供はぼんやりと瞬きを繰り返し窓の外を眺めた。
溶けるように身を任せていた子供は不意に気づいたように小さな声を落とす。
どこかまだ夢見心地なその声は微かな甘えが滲む舌ったらずなものだったけれど……………
「んあれぇ……… ミッチーいねぇぞぉ……………?」
月を見ながら漆黒の少年を思い出した器用な子供は不思議そうに間近にある顔を覗き込んだ。
男らしい端整な顔立ちは月光を背に背負い微かに見えづらい。
眉を潜めてそれを示しても動いてくれない影に子供はふて腐れるように唇を尖らせる。
………声に応えてもくれないのだ。寝起きであることを差し引いたとしても子供がむくれる理由には十分だった。
自分の腕を掴んだまま離さない青年の艶やかな烏羽玉(うばたま)の髪に指を絡め子供は遠慮ない力で引き寄せその顔容(かんばせ)を睨む。
ただでさえ傍にあった独眼はそれこそ眼前まで迫り、そのひとつしか残らない瞳を覗かせた。
揺らめく紫闇。………月さえも覆い隠して静かに濡れる瞳の色に一瞬子供は魅入られる。
怒鳴るつもりだった唇は綻ぶことを忘れ、類い稀なる鉱石を見つめたまま動かない。
不意に……鉱石はその姿を眩ませる。落とされた瞼に従い降り注いだ熱が唇を掠めたことさえ一瞬子供は気づかなかった。
なにも理解していない子供の瞳に溶ける月影。
閉ざされた瞼を持ち上げ、青年は薄く笑いかける。
形のよい唇が再び子供のそれを覆い、一瞬で離れると戯れ言を囁きかけるように言葉を紡ぐ。
……どこか熱く熟れた男の声で……………
「…………なに惚けてんだ餓鬼」
その声にようやく現実であることを認識した子供が頬を朱に色付けて青年を睨み付ける。
開きかけた唇は……けれど少年がいない為に噤まれる。結界を張ってある確信もなく騒ぎ立てることのできる時間ではないことは煌々と照る月が教えていた。
………階下に眠る家族を思うと大声など張り上げることもできず、悔しそうに睨む子供の大きな瞳には微かに涙さえ浮かんでいた。
青年の囁きに舐め取られた唇を覆うつもりだった腕はいまだ青年の掌に包まれている。
………せめてもの抵抗のように睨む視線さえ、再び降りてきた面差しに惑うように閉ざされる。
溶ける熱が切ないほどやわらかく子供を包む。
微かな息苦しさも忘れ、子供は青年の肩にほどかれた腕を忍ばせた。
自分を覆う巨体は、けれど微かに震えている。恐れるように躊躇いの滲む青年の躯。
……………この行為の意味など知る筈がない。
青年の不安を隠す瞼の奥の瞳など、知らない。
ただ寂しそうな青年を包む小さな腕は、憐れなほど弱々しく力なかった。
それでも弛むことなく青年を包む。
拙い優しさに疼く心。
括られたのはこの身か。………それともこの魂なのか。
答えなど出せる筈のない問答を胸裏におさめ、青年は深く子供の唇を探る。
零れた涙を舐めとって、幼い腰肢を壊さないように包み込む。
額の符に触れることもできない青年の指先を小さく笑って、子供は青年の肩に顔を埋めて再び眠りの淵に誘(いざな)われる。
小さな躯。………恐ろしいほど弱い血肉。
この身に自分が括られている限り……これは壊れない。
自分が壊させない。
違えることなき約定を青年は子供の唇に囁きかけ………その吐息を盗む。
…………月だけが見つめた、それは誓いの儀式…………
飛天×天馬で甘々………
…………甘々………………?(汗)
というわけでして(なにが)すーあさんに捧げるべく書いたのですが……スミマセン(切腹)
甘いの意味が違う………天馬に甘い飛天であって甘々ではない(大汗)
ごめんなさい、見事なくらいリクエストちがくなってるー(涙)
やはり甘々はムズかしいですね………
こんな奴らですが受け取ってやって下さい!