優しい人はたくさんいた。
いい子だと頭を撫でてくれる人も。
こぼれるくらいの笑顔も愛情も、ちゃんと知っている。
でも、彼は少しちがかった。

優しいくせにそれを見せることが下手だった。
大きな手は頭を撫でるためになんかなかった。
ふざけて笑うことは多いくせに、心から笑うことの少ない人だった。
大切なものをたくさん抱えていて、いつも身動きすることに苦労する、それでも自由な人だった。

いままで見たことのない大人だった。
だから、多分……………





紐解くことを恐るるは



 もう何度目かなど解らない高らかな声が語る昔話。
 「んもう、そのときの飛天様の勇姿ときたら〜v」
 「………生まれたときからオカマだったんだな、こいつ」
 遥か彼方の記憶の映像にトリップしていそうな静流に小さな声で突っ込んだ火生があっという間に足で踏みつけられる。さして珍しい光景でもないので誰も気にはしていないが、踏みつけられている本人は必死で助けを求めていた。
 「でも飛天って、お前より年上なんだろ?」
 「当たり前でしょ。私どころか、飛天様より早く生まれているのなんて長老格の方くらいでしょうよ」
 「え、昔って妖怪少なかったのか?」
 視線は静流に向けたまま天馬は足下でもがいている火生を引っ張り出す。特に静流も抵抗することはなく、子供の天馬の腕力でするりと火生は静流の足から解放された。
 ほっとしたいように肩で息をしている火生に冷ややかな視線を向ける主に弁解している微笑ましい光景も既に見慣れてしまった。静流と話している視界の端にそんな当たり前になった光景をとらえながら、天馬は楽しそうに笑う。
 「バ〜カ。妖怪はいつだって人間がいるのと同じくらいうじゃうじゃいたわよ。でも、長く生きるっていうことは強くなきゃ無理なの」
 「? よくわかんねぇの」
 「平和ボケしている子供には解らない厳し〜い現実があるのよ」
 少しだけ顔を顰めて、静流がゆっくりという言葉は少しだけ戯けさせてその響きを柔らかくしようと努められていた。まるでそれがまっすぐに伝われば茨となって柔肌を傷つけかねないと、そういうかのように。
 何だろうかと、決して勘の鈍くない天馬が問いかけようと口を開きかけた瞬間、まるでそれを見計らったかのように大きな手のひらが顔を覆い、ぐいっと後ろに押された。
 「オラ、おめーら、邪魔だぞ」
 顔を覆った指の間、その手の持ち主が軽く笑いながらそういうのが見えた。
 口元は、笑っている。でもその目は見えなかった。
 大人は自分達子供よりも上手な嘘をつく。人を思うが故の嘘は、なかなか見破れない。そしてそれを見破るには最低限、その顔をまっすぐ見なければ無理だった。その所作の中、微細な変化がないか見なければ。
 でも知っている。………こうして自分の顔を自然に覆うことで表情を読めないようにするときは、飛天自身が知られたくない感情故に言葉を出すときだ。
 その出現のほっとしたように静流が吐息をこぼすのを天馬は聞き取っていた。もう、これも慣れた光景だった。
 「あら飛天様v ゲームやるなら飲み物もってきま〜すv」
 そういってさり気なく自分との会話を終結させるのもいつものこと。どこか、彼等は自分に過去のことを教えたくなさそうなところがある。他愛無い話だけではないのだろうことは解っているけれど、こうして一人蚊帳の外というのは……ほんの少し、寂しい。
 問いかけを孕んで開きかけた唇を閉じ、天馬は軽く笑う。
 そうして自分の顔を未だ掴んだままの飛天の手のひらを軽く叩いた。
 「あんまゲームばっかしてんなよ、飛天。目が悪くなるぞ」
 「…………やわな人間と同じにしてんなよ」
 からかう仕草で言われた言葉に含まれる、揶揄。
 大人の自分と子供の天馬。それでも正しいことの分別くらいはつくと、そう教えるような仕草は子供でありながら大人の思考を持ち得ているからか。…………子供であるが故の、健気さなのか。
 応えに小さく笑い、天馬は立ち上がると買い物に行ってくると部屋を出た。
 ほんの少し憧憬を重ねるように目を細めてその後ろ姿を追うがすぐにそれを断ち切る。勘のいい子供をこれ以上見ていればすぐに看破されそうだ。
 子供を一人にするわけにいかないと一瞬思案する自分より早く、それを十分熟知している帝月がひらりと押し入れより降りて昔のように彼を監視するためと言わんばかりに当たり前の顔をして子供のあとを追った。
 不器用な奴だと笑いかけ、自分もそれと同じだと小さな溜め息に取って代わられた。

 「なあ帝月」
 「…………」
 まるでいるのが当たり前のように天馬が声をかける。それが当たり前になったのはいつからかなど、覚えてもいない。
 この子供はおかしいのだ。日常とは違う場所に生きるものを、極当たり前に受け入れ過ぎる。それらを恐れの対象とせず、あまつさえ心通わせ守る対象にすらしてしまう。
 それがどんな意味を持つかを知ってもいないくせに、その危険性すら知らず、子供はいつも選びとっていく。今更それを説いてもこの子供が選択肢を変えるとも思えないけれど。
 「俺さー、バカなんだろうな」
 「ようやく自覚したのか、莫迦」
 「………………ミッチー…相変わらず毒舌」
 むっと拗ねたような顔をして振り向いた天馬は、幼い。年齢よりも幼く見える顔を持っているくせに、大人すら足下に及ばない潔さと決断力を持っている。
 それが憂いだなど、ククリの一族にあるまじき感情だ。否、感情があるということ自体が、禁忌だというのに。
 当たり前にこの子供はそれを植え、花咲かせる。
 極自然に、自分でも解らないような変化を与えてしまう。
 だから莫迦なのだと、言いたい。心寄せることの愚かしさを知ってほしい。それがどんな意味を持つか、きっとこの子供は解ってなどいない。
 「だってさ、羨ましいなんて、変だよなー」
 小さく呟くような、確認するような声。
 自覚の薄いその感情。どこか親を慕うものに似たそれを手折ることも誘導することもおそらくは容易い。
 「守られたい、なんて……俺思ったことねぇし。守られるよりはさ、俺、一緒に力あわせられる方がいいしさ」
 だから野球は楽しいんだと天馬は笑った。みんなで力を合わせてフォローをし合って、そうして挑むことが楽しいと。
 だから一方的に救われるものでありたいなど思わないのだと不思議そうに首を傾げる。
 手折ることも誘導することも、おそらくは容易い感情。
 じっと子供を見つめ憂えるなど、浅ましいことだ。
 巻き込んだのは自分。捉えたのもまた、自分。自分だけは決して後悔してはいけない。彼がどうなろうと、それを見届けなくてはいけない。悲しみも怒りも空しさも、全てを忘れて。
 「おかしいよな。仲間って、守るもんなのにな」
 「………………」
 「ミッチー、ちょっと遠回りしようぜ。こっちにさ、でっかい桜の樹があるんだ。ほら、樹木子みたいなのがさ」
 彼の地を守るためいまも花咲く桜の樹。それに似ていると子供は笑う。
 自身を守るのではなく、他者を守るためにしか生きれない愚かな子供。些細な言葉を吐き出すだけで、未だ花開かぬ花弁は色を変え形を変えて咲くだろう。
 それでもそれを手折ることも誘導することもできないか弱き自分を嘲笑う。
 「今は夏だろう」
 小さな溜め息を呆れたように吐き出す。決してそれに含まれる感情を見せぬよう、有耶無耶に。
 子供は楽しそうに笑い、その顔を覗き込む。
 「花が咲くだけが桜じゃねぇもん。すげぇんだから、見てみろって」
 葉に覆い尽くされたその見事さは、満開の桜とは違う出で立ちで美しいのだと笑う。微かな、切なさを溶かして。
 息を飲む。
 知っていて、いうのか。知らぬが故の無意識か。
 解らないけれど、耳の奥で谺す気が、した。
 遥か後方、子供の家にいるはずの天狗の声。
 花咲き散るだけが桜ではない、と。
 花弁のために葉を茂らせ冬を耐え、そうして咲くからこその見事さなのだと。
 それ故の、覚悟を知った儚さなのだと。
 この子供と同じ瞳で囁き、同じ感情を秘めて囁く声。
 決して決して聞こえるわけがないというのに。
 自分の腕を引き、楽しそうに笑う子供のその目に映るモノ。
 潔き子供のその感情は、あまりに儚く……それ故に、強靭だ。
 憂いなど忘れなくてはと瞼を落とし、顰める眉を解く。
 「走らなくとも桜は逃げないだろう」
 呆れたように吐き出すそのとき、身を千切る遣る瀬無さを押し込める。
 せめて。
 せめて、この子供の傍にいられるように。

 この先が、どれほど凄惨な道であろうと、今日この日、笑ったその顔を陰らすことのないように。
 祈りを込めて飲み込んだ呼気は、幽かな葉桜の香りが、した。

 








 キリ番31057HIT、天馬リクで「飛天←天馬で飛天の過去話」でした〜。
 飛天の過去話というのがよく解らなかったので、全員がよく知っている場面の想起という形にしてみました。
 ………天馬が過去にいく話とか、そういうのは考えられません。無駄にリアリストなもので辻褄の合わない出来事は好きではないのです。

 しかし今回の話はどちらかというと飛天→←天馬←帝月のような感じ。
 全員片思い(飛天馬に自覚はない)
 なんだか帝月がどことなくカミヨミの帝月っぽいですよ。冷たいくせに天馬がいないところでは天馬のこと思って表情ががらりと変わる(恐)

 この小説はキリリクを下さったカメ吉さんに捧げます。
 飛天過去話………捏造が良かったのかがよく解らなかったのでオーソドックスにいってみました。ごめんなさい。