たとえばちょっとした我が侭。
それは多分……叶わなくたってなんとも思わないような他愛無い事。
いった本人だって忘れてしまうような、そんな小さな小さな流れの1つ。
たとえばほんの少しの優しさ。
与えたって与えなくたって誰も気づかないような、そんなちっぽけなもの。
零した本人さえ気づかない、不器用な形。
でも、わかってしまうでしょ?
でも、気づいてしまうんでしょ?
だったらほら、伸ばしてごらんその腕を。
恥じる事なく誇りを持って、自分の腕の価値を信じてごらん。
そうしたらきっと見えるものがあるから…………………
架空画像と真実と
あたりに広がる景色を見回して子供は唖然とする。
ぽかんと開かれたままの口は酸素が行き来しているのか疑いたくなるほど動かない。
なにを指差しているのかも判らない指先はそれでもなにかを訴えたいように指先を伸ばしている。………言いたい言葉全部をその態度で表している小さな子供に青年は軽く息を落とした。
別に………唐突な真似をしたつもりはないのだ。
ちゃんと段階を踏んだつもりだし…………なによりもそう言い出したのは子供だった。
それなのにこの反応。…………苛立つわけではないけれど見たいと思ったものが見れないのは少しだけ物足りなさを感じさせる。
あたりは雑居とした雰囲気。けれどどこか整然と整理されていて行き交う人々もまた、凛々しくさえ見える自信に溢れた歩み方をしている。……多分、別にこんな場所なわけではないのだろう事は青年にも判る。
どんな国であったとしたって人は人。全ての人が己に自信を持っているわけがないし、それを体現出来る筈もない。
だからこれが現実でない事は……造り出した自分が一番よくわかっている。
それでも子供がそうと気づかないくらい正確に模写する事くらいはできた筈だ。ある意味そうだからこその子供の反応なのかもしれないけれど。
………微かな溜め息が青年の口から溢れた。
なんでこんな真似をしているのだ、ともしだれかに尋ねられたなら自分は答えを持ち合わせてなどいなかった。
なんとでも言い包める事はできる気もするけれど……それでもあまり…そうしたいとも思わない不思議な疼き。祈り、に酷似した痛みを僅かに含むそれを噛み殺してみれば震える子供の声が聞こえた。
「ど、どこだよ………ここ………。オレ確かさっきまで…家…………????」
すでに混乱極まっている単純な脳はそれ以上の活動を放棄したのか疑問すらうまくまとめられないでいる。
喚く事も忘れてなんとか現状を把握しようとしている子供の背後に佇む青年は微かな溜め息をもう一度落とし、よく通る低い音を与えた。
「ロンドン…と言ったか?」
「……………………」
「貴様がいってみたいと言っていたんだろ?」
「……………………」
「聞いているのか?」
短い言葉の合間合間、見やってみても子供は凍ったままで振り返りもしない。
…………なんで、それが寂しいなんて………思うのか。
別に誰かが振り返らないからって悲しむような性格じゃない。そんな事で傷ついていられる境遇でもない。
それでも感じる。疼きとも痛みとも言えないむず痒いなにか。
少し苛立ったような無表情の中、青年は言葉を切って答えを待つ。どこかで早く…術を解いてしまえと言う自分に耳を塞いだまま。
子供は動かない。呆気にとられたままでいるような性格じゃない癖にと注がれた視線にすら反応しない。
混乱が続いているわけでもないのだ。………もちろん冷静かといわれて頷ける状況でもないけれど。
いった…だろうか。ここにきたいなんて。
記憶にも留めていない。多分どうせ雑誌とかテレビとか、なにかでたまたま見た時にいいな、とかいったのかもしれない。
いきたいかと聞かれればそんな時は絶対に頷くに決まっている。………でもだからといってそれを叶えられるなんて……思うわけもない。
久し振りに早くに野球が終って。青年とともに家に帰ってみればちょうどみんなは夕飯の買い出しに出かけている所だと少年に教えられた。
あまり口数の多くない二人と自分だけの家が少し寂しい気がして………本当に少しだけ、寂しい気がして。
早く帰ってこないかなとぼやいた事も覚えている。
………別に、たったそれだけ。
退屈だったわけでもないし、不安だったわけでも切なかったわけでもない。
騒がしい空気に慣れてしまった自分に少し驚いただけで………………
それなのに、なんで?
だって、お前がいたよ?
少年が…いたよ?
………ひとりにならないようにって、絶対に誰かがいてくれるのに。
優しさを秘めたその思いが……あまりにも苦しい。
本当は少しくらい文句もいいたい。……家が騒がしくなってからすっかり自分のゲームは奪われて、こんな機会じゃなくては遊べないから。
……本当はずっと……その腕に寄り掛かりたい。人のぬくもりが傍にある事が……本当に心地いいのだと知らしめてくれたから。
吐き出しそうになった吐息を飲み込むように子供は唇を噛んで………ゆっくりと気持ちを落ち着かせてみる。
大丈夫……泣かないで、笑える。
ちゃんと欲しいって思ってもらえるものを、見せる事ができる。
後ろにずっと立っている青年。別に傍に寄るわけでもないし、優しく頭を撫でてくれるわけでも、いまの状況を説明してくれるわけでもない。
ただ……立っている。呆れるほど何も望まないでそこに……………
初めは大嫌いだった。……泣きたくなるくらい、苦しくなるから。それでも青年は自分の好むものを晒してくれたから。
人を思う気持ちを……確かに示してくれたから。
腕をとってみれば躊躇うような仕草。まるで汚れた手で綺麗な布を触る事に怯えるような子供のような仕草が不思議で………腕に絡まってみればぎこちない所作が胸を突く。
知らないだけだって、知っている。自分の優しさとか甘さとか。そういうものを……知っていて、だけど知らない振りをしている。
ないのだと言い聞かせている。それは寂しいことだと知らない馬鹿な青年。
だって…………こんな他愛もない自分の馬鹿な言葉を間に受けて、ちょっと寂しいと思っただけの時に叶えようとするなんて。
なんて不器用極まりない情緒。優しさを形成する事に慣れていない拙さに笑みがこぼれる。
大きな瞳にどこか哀愁を溶かし、子供が振り返る。………視界に映った青年の姿がどこかぼやけていて笑んだはずの口元が一瞬苦笑に変わった。
笑えて…いたはずなのに。
………あんまりにも不器用な指先が優しく優しく心を揺するから。
笑む事さえ、難しくなる。
驚いたような青年の表情。……ただ瞳を少し見開かせただけでも、十分に伝わるその気配は多分……信用と受け取ってもいいのかもしれない。
どこか躊躇う間をあけて、青年の指先が子供の頬をぎこちなく拭った。……その感触にこそばゆそうに笑い、子供はその腕に手をからめてみる。
背の高い青年を引き寄せて、同じほどの子供のように額を合わせてみれば怪訝そうに寄せられる眉。
「な、凶門、遊ぼうぜ? 飛天たちが帰ってくるまででもいいからさ」
どうせ彼らは自分を甘やかしてくれた青年をからかいはじめるに決まっているから。
……それを回避できるまでの、短い時間で構わない。
にっと悪戯ッ子の笑みで笑んだ子供はそのまま腕を離して駆け出してしまう。まるで時間が勿体無いとでもいうように。
不貞腐れたから笑わせようかと腕を伸ばせば驚いて。………こちらが苛立ってみれば悩むように俯いて。溜め息を吐けば泣いてしまう。…………そう思えば唐突に……眩しい笑みを零してまるで日の光のように駆け出してしまう。
反応も対応も重なりもしない。………まるで掴む事のできない子供の行動は予測などできる筈もなくて時折圧倒される。
それでも………わかっている。
いま笑んでいるこの唇が誰によって与えられたものなのか。
………穏やかという言葉を注いだ存在が、誰なのかを…………………………
駆けていく蜜色の髪を眺め、青年もまた一歩足を踏み出す。
本当に、こんな児戯…自分が晒す事など考えもしなかった。
それでも気づいてしまったから。
それでも気づいてくれるから。
零してみよう、互いを理解出来るように。
…………………………溶ける金の髪に、流れる漆黒は優しく笑んで腕を捧げた。
凶門×天馬。…………果たして書く人いるのか………??
というわけでして、書いてみました返礼小説!凶門×天馬ということなのでドキドキしつつ(まだ凶門が掴めない)書いていたらまあ……書き易い(汗)
私本当に世話焼きさん書くの好きなのね…とか思いました。
今回のはとりあえずどっちつかず……にまとめました。
まだまだ自覚もないし、どうこう……という事もない。傍にいて安心出来る存在です。
こういうのが一番書いていて楽しい♪