鮮やかな空。
映える金。
それを美しいと思えるほど、清らかではないけれど。
それでもと、願う。

美しきものは汚れなきままに。
清らかなものは血にまみれることなく。

不可能極まりない祈りはあまりに滑稽だ。
差し出す指先を拒むことはなく、
また、
それ故に傷つきゆく命を自分達は知っている。

守りたいと願っても守らせてもくれない奔放さ。
だからせめて、笑って。
君のために出来ることをなんだってしたいと思うのだから。





新しい日々



 「ほら、さっさとこいよ!」
 元気いっぱいの声が空に響いた。寒さが映え渡るような、薄い青空。
 「もう〜、これだからお子様は嫌なのよ。なに興奮してんのよぅ」
 「俺はそこらで冬眠している」
 白い息を吐き出しながら身体を震わせている静流と火生が好き勝手なことをいうが、まるで天馬は聞いていなかった。
 ただただ楽しそうに石段を駆け登っている。まるで空でも飛んでいるかのように軽快だ。
 あり得ないこととは解っているが、その背中にかつて宿していたように羽根が生えているのではないかと、そう疑ってしまうくらいに。
 「やれやれ、元旦早々叩き起こされたと思えば初詣ねぇ」
 「あいつ絶対に俺らが何者か解ってないんじゃないですか」
 呆れたように欠伸をしながらいう飛天に便乗するように火生が問いかける。
 あまりにもあの子供は自分達を普通に扱い過ぎる。恐れもしないし、崇めもしない。ただそこにいるというそれだけの事実を受け止めている。
 それは確かに自然なことだ。昔はそうだった。人間がもっと闇を恐れ闇に敬意を払い、そうして均衡の保たれた頃は、確かに自分達はいるということを否定されることもなく当然として受け入れられていた。恐れや崇めなどの感情の介入は確かにあったけれど。
 けれどそんなもの、とうの昔に潰えていた。
 それなのに、今更のように咲いていたちっぽけな花。
 風に吹かれれば手折られるほどに脆弱なくせに、それでもそれは決して挫けることなく起き上がった。
 巡り会いだといえば、あまりにも奇妙だ。
 「まあ……しらねぇだろうが、わかちゃいるだろうな」
 「それって違いがあるんすか………」
 飛天の解答の意味がよく解らず、火生が怪訝な顔をして眉を顰めると背後から甲高い声が響いた。
 「あー! ちょっと火生の分際で私の飛天様となに話してんのよ!」
 「…………俺は会話も許されないんですか」
 「パシリがなにナマ言ってんのよ」
 「誰がパシリだー!!!」
 騒ぎはじめた面々に気付いた遥か前の子供は、あきれたように息を吐く。白い息に青い空。絶好の、初詣日和だ。寒いのは好きじゃないし、祭りも一人でいくのは好きじゃない。でも、それでも今年は絶対に行こうと思っていた。
 「うっせーぞ、おめーら!」
 だって、こんなにも賑やかなのだ。
 生まれて初めてといえるほど、賑やかなのだ。
 だからお願いをしたくなった。いつだってなんの願いもなくて、叶えたいものは全部自分の努力でまかなおうとしてきたけれど。
 これだけは、努力とか、そんなものは関係がないから。
 「ったく。凶門が不良になったのなんか分かるな」
 「…………天馬、何か言ったか?」
 小さく呟くだけでいうつもりもなかった言葉はしっかりと聞こえていたらしく、常備されている天リトルの試合用ノートがいつの間にか凶門の手にあった。
 自分が巻き込んだとはいえ、彼はコーチだ。しかも腹立たしいが確かに実力がある上に、意外と指導がうまかった。いまは名実共に監督の片腕だ。故に、案外チーム内の発言力だって、ある。
 「コーチの権限私事に使っちゃいけないんだぞ!」
 「お前、どこでそんな言葉覚えたんだ」
 とても国語が得意とはいいがたい天馬が知っているとは思えない単語が続出だった。情操教育に悪影響のあるドラマでも見ていたかと記憶を探ってしまうあたり、すっかり指導者というよりは教育者になった気分だ。
 そんな複雑な胸中を察したわけではないだろうがきょとんと不思議そうな目をして天馬があっさりと爆弾を投下する。
 「この間ミッチーが静流にいわれてた」
 ベチャッ!
 「……………………」
 見事に適中した爆弾を避け損なった相手の結果を見て、全く意図していなかった天馬はぎょっと目を丸めた。まさかあの帝月が石段如きで足をとられるなど、誰も想像はしていない。
 「ミッチー……大丈夫か? いま盛大にころ………」
 「気のせいだ。忘れろ」
 「でもおでこ赤くなってるぞ」
 おそるおそると声をかけたが、起き上がった帝月の額は出血はしていないもののぶつけてしまったらしく僅かに赤い。もともと色が白いせいで余計にひどい怪我に見えた。
 痛々しい色に眉を顰め、天馬が手を伸ばす。
 息を飲むように呼吸を忘れてその幼い指先を魅入っていて見れば…………後ろから今度は盛大な吹き出し笑いが、聞こえた。
 振り向かなくたって、解る。
 解りたくはないが解ってしまう。精一杯の理性で表情は平静を保っていたが、ばか騒ぎを思い出した妖怪たちへ振り返ったときの殺気はさすがに消せはしなかった。
 「貴様ら………」
 ゆらりと、背後が歪んで見えるのは気のせいだろうか。
 魔王の飛天はまだ余裕があるが、静流や火生は一気に顔を青くしている。ちょっとからかったつもりが、見事に地雷を踏んでしまったらしい。火生は一気に顔を青くしている。ちょっとからかったつもりが、見事に地雷を踏んでしまったらしい。
 これは少しばかりのお仕置きくらいは覚悟しなくてはいけないかと逃げ腰になっていると、今度は脳天気な声が響く。
 「ミッチー? 怪我大丈夫なのか?」
 「……………」
 「………今日は止めた方がいいか? 痛いんなら家で休もうぜ」
 返答もなく動きもしない帝月の態度に初詣どころではないほど気分を害しているならと天馬が声をかける。
 別に行かなくたっていいのだ。願掛けなどしなくたってきっと大丈夫。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、お願いというものをしてみたくなったのだ。
 でもそれは、決して彼等を不快にさせてまで敢行しなくてはいけないものではないから。
 「帰るか?」
 少し、残念だけど構わない。
 数段下にいる帝月の場所までおりてきた天馬がポンとその肩をたたくと、顔を逸らしたままの帝月が天馬に背中を向ける。下を向いていた天馬に背を向ければ、自然、上へとのぼる姿勢に変わる。
 答えるわけでもなく、大丈夫だと伝えるわけでもないくせに、自分と同じ小さな背中が少し恥ずかしそうに石段を踏み締めていた。
 「ほら、さっさといかないと置いてくわよ」
 帝月の怒りの矛先が霧散したらしい事態を看破し、静流は明るくその場の雰囲気を打ち消すようにいうと、軽やかに駆けた。天馬さえ通り越すそのとき、小さな肩を軽く押すようにたたく。
 「坊ちゃん待って下さいよ〜」
 「やれやれ、ガキどもは煩くてしかたねぇな」
 「貴様はいい加減酒を控えろ」
 勝手なことをいいながら、自分より下にいたはずの人たちが一段ずつ石段を登って、自分の肩をたたきながら、通り越していく。
 「………………っ」
 泣きたい、この衝動。
 誰かと一緒に初詣、なんて…………夢でなければ叶うはずがないのに。
 こんなにも大切な仲間と、また一年を同じように過ごせるように、願いたい。
 また来年も誰一人欠けることなく一緒に初詣に来れますように。
 握りしめた拳の中で溢れそうな脆さを抱えて、天馬は後ろを振り返る。
 鮮やかな、鮮やかな空。
 まぶしいその日差しの下には、手放せるわけもない大切な仲間たち。
 僅かに歪みそうな視界を乱暴にこすり、子供が駆け出す。

 誰よりも早く、この石段を駆け登るために。








 年賀メール添付用、天馬はオールキャラでした。
 選べなかったの。どうしても選べなかったの。

 初詣でのお祈りは大抵が家族のためのものだから、ちょっと天馬には寂しいものがあるかな、と。
 でもきっとこのときはみんなと一緒にいられるようにって思えるのだから、きっちり家族の枠組みに入っているのだろうな〜と。ちょっと思ってみる。

 ではでは年賀っぽくない小説ではありますが他の作品同様、時期柄が新年だ、ということで納得してやって下さい。
 つーか考えてみたらこれ渡されるのきみ一人だから年賀というのはおかしいのか。そうか。冬の便りということで納得しておいてくれ!

04.12.31