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キラキラキラキラ、輝くもの。
固くて透明で。
………でもとっても脆いもの。
キレイでキレイで大好きで。
そっと伸ばした指先に。
壊れないでと祈りを込めました。
硝子のいのち
静かな音に驚いた。
………多分、初めの感想はそんなもの。
けれど驚きは十分に伝わったのだろう、不貞腐れたように眉を寄せる子供の顔が眼下に写った。
「…………………」
この場合、なにか声をかけた方がいいのか。
逡巡に答えはなく、口下手というに相応しい自分が下手になにか囁けばますます状況が悪化するような気がする。
出来れば誰か……せめて静流あたりがいまの状況に気づいて茶々を入れにきてくれればと、普段であれば決して思いはしないことを願ってみてもまずそんなことはおこらない。
無言のまま何十秒かが経過した。ますます天馬の眉は顰められ、なにかを言いたいのだろう唇が引き締まっていく。………怒鳴ってしまえば楽であろうに、どうしても自分勝手に叫ぶということが苦手らしく我慢すべきかと考えているのだろう不器用な仕草に溜め息が零れた。
同時に、憤慨するように戦慄く唇が解けた。といっても、叫ぶという行為には至らなかったけれど。
「~~~~~~ッッッッ!!!!」
擬音にしたならポカポカというのが相応しそうな軽い拳が自分の胸元や腕を叩く。身長差からいってそのあたりが精一杯の位置なのだろうけれど、もう少し力を込めてもいいのではないかとか…叩かれている身でどこか見当違いなことを考えてしまった。
天馬の傍にいると、ろくなことがない。
………また漏れそうな溜め息を飲み込み、紅潮しているらしい顔を俯かせながら癇癪を起こしたように叩く相手を見やった。
本当に、ろくなことがない。
どうして知ってしまうのか。知らなくてもいいことばかりだというのに。
傍にいれば目についてしまう。小さなその身で精一杯に生きている拙い所作が。
本当は思いっきり殴りつけたいくらい腹を立てている癖に、それでもこんな軽い拳である理由はどうせ投手としてそれなりに強いその力を人に対して振るうことを躊躇っているから。自分の力を熟知して、それ故に晒すことを恐れている。
我が侭にいっそ振る舞ってしまえばいいと言ってやりたくなる。
…………優しさやいたわりなどというやわらかな感情からではなく、過去の自分を消し去りたくなるいたたまれなさから。
立場は違い、まして境遇が同じなどというくだらなさもないけれど、それでも解ることはある。
なにがあっても、きっとこの命は前を向いている。過去を捨てるのでも縋るのでもなく、生きるための糧として、美しいそれを決して枯らさずに残しておける。
覚えなくてもいい、それは相手の姿。
………いつかは関わることの出来なくなる短い生を抱えたちっぽけな人間のこと。
それでも忘れることもできずに生きるのか。この子供に関わってしまったその時から、それはもう仕方ないことなのか。
ずっと、嘲っていたのだ。関わることで傷つき遣る瀬無さで閉じ篭ってばかりの愚かな天の魔王を。
それを今更この身に刻むのか。……もっともそれは多分自分一人に関わることではないことは予想がつくけれど。
けれど思っていた。自分はそれに流されはしないと。
…………流されたくはないのだと。
甘えるような小さな指先。いっそ手折ってしまってもいいと思いながら差し出される瞬間を知っている。
それは傷つけることさえ許される信頼故とわかっている。ただ、それを与えられるに足る存在かと己に問えば、否だ。
守ることも出来ないことを知っている。傍にいることさえ出来ないだろう、力不足を自覚しているのだ。どれほど必死で伸ばしてもそれはどうしようもないこと。現時点で、この子供に見回れる災厄を退けることができる力を有している者など数えるほどだ。そしてそれに自分は加わることは出来ない。
「……………」
一瞬わいた後ろめたさ。それを砕くように瞼を落とし、気づかれないように息を飲む。
遣る瀬無いとは、思わない。
………心砕いて失った時に縊れたいなど、思いたくもない。
だから、関わりたくない。
それはもし天馬に問われたとしても当然のように答えられると思うのに。
鋭い視線と冷たい気配で、それでも何故………伸ばす腕があるのか。
包んだ指先は抵抗なくしなだれて、叩きたかったわけではないのだと示すように力ない。………憤りさえ、飲み込むことができる。もしそれが己の為のものであったのなら。
本当に不器用だ。………否、それがこの子供の性情だというのであれば、開花しきらぬ拙さか。
どちらにせよ、生きるためにはあまりにそれらは重いであろうに。………抱えたままでは傷つくために生きるような弱さにさえなるであろうに。
「………お前のことじゃない」
それでも、こんな解答にすらなっていない言葉ですらその性情故に掬いとれるのか。
きょとんとした顔がようやく持ち上げられ、真直ぐに自分の瞳を覗き込む。………逸らしてしまいたくなるほどの至純さに眉を顰めそうになる。
けれど自分の言葉が嘘ではないと見取った瞳が綻べば、逸らさなかったことを微かにも喜ぶ自分がいることもまた、確かだ。
呆れたわけでも馬鹿にしたわけでもないのだと理解したらしい天馬は軽く腕を引いて手を離すように示す。それに従おうとした瞬間、何故か引き止めたくなった指先を不可解げに見つめる。
解き放った小さな指先は自由に空中を舞い、先程示していた商品を取り上げた。それを視界に収めず気配だけで察していれば、不意に触れた音。
…………いまだ自身の指先の不可解さを見つめていた凶門はそれに息を飲む。
「俺、ガラス好きなんだ」
綺麗な綺麗な淡い色のガラス細工を慎重に包みながら笑顔がこぼれる。それはあまりに子供らしい仕草で、違和感などない筈なのに。
込められた声の深さ故に、時が止まる気がした。
「なんかさ……命そのものみたいじゃねぇか?」
あらゆる形に変わり流転し……それでも全てが元は同じモノで出来ている。固く閉ざされながらも熱で融解し、再び構築されていくその様さえ、似ているのだと微笑む幼子。
だから生きているようだと言ったのだと苦笑する。いつもと変わらないその笑みさえもがいまは何故か淡く感じた。
死を知っている子供。大切な人が消える瞬間を、それでも見つめなくてはいけなかった。それが誰かの為だったなんて、言いはしない。
それを選んだのは本人の意志。そこに意味を押し付けるのは消えたその人を貶める。
美しいからこそ、儚い。それを知ってしまった。………無意識の自覚ではなく、確かな事実として。
霞みかけた子供の視界に気づかない振りをして、凶門は小さなその掌のガラスを取り上げた。
…………薄く脆く作られた小さな風鈴。それでも手に触れる感触は固く強固にさえ思える。
命はそれに似ていると子供はいう。
脆く儚く……けれどそれ故に頑強で美しい。
いまだそれを当てはめることのできる存在などほとんど知りはしない自分は、けれど子供に関わったことで確実にそれを自覚し始めている。
もういまはそんな考えをくだらない感傷だと冷めて見ることも出来ない自分を知っているから。
淡く小さなその風鈴を見つめ、見上げる子供の視線を躱すように店内の更に奥に足を運ぶ。
…………自分がどうするかを勘付いた子供は嬉しげに追い掛ける足音が聞こえる。
感傷を愚かと思う気持ちはいまもまだ消えはしない。それを抱えないためにどうすればいいかを暗く考える自分がいないわけでも、ない。
それでもその全てを醜い記憶に変えるのではなく、少しずつ、煌めくモノに気づき始めた。
これがその証というわけではないけれど、せめてそれを刻んだ人への感謝の印に。…………鎮魂の季節、幼子たちを導く意志を弛ませないことを祈りながら。
壊れないようにと包まれていくその姿を見ながら眼下で待ちわびている子供を微かに見やる。痛みを忘れることはなく、それを糧に生きることもない。
決して中途半端ではなく、かといって意固地に頑なでもない。
自分にはまだ計りしれない。そんなモノを、自分は持っていないから。
あるいは、この子供にそれらを教えられているからこそ、解り始めたのか。どちらにせよ、自分が変化しつつあることはわかっている。
子供の部屋に飾られ涼しい音を奏でる姿を思い描く自分が少し滑稽に感じたけれど。
それを疎ましく思いはしないから、ともにその音色に耳を澄ませたい。
…………儚く脆く、壊れるためにあるようなちっぽけな硝子。
命のようだと囁いたその言葉を憂える気はないから。
せめていまは寄り添ってみたい。それが弱さかなど、解りはしないけれど。
……………拒まれることを恐れるように搦められた小さな指先を、それでも握りしめる勇気の欠片くらいにはなるのだと知った。
というわけでして凶門&天馬の残暑見舞い小説です~v
あくまでもカップリングではないことを強調。
原作が原作でああなってしまったので、ちょっと儚いものにして見ました。
凶門にしてもやっぱり、存在の大きな人だったと思うから。
折角一緒になにかを作り上げる道を見出せたのに、それを教えてくれるはずの先達者がいなくなってしまうのは悲しいな、と。
………ずっと一緒にいた相手がいなくなってしまうこともやっぱり淋しいな、と。
消えたことを悲しむだけでは生きていけないけど、悲しまないでいられるわけもないから。
たまにはちょっと泣いたりして、それでもやっぱり前を向きたいと思うのです。