大きなあくび、3回目。
目尻に溜まった涙を腕で豪快に拭き取って、もう一度子供は空を睨み上げた。
暫くすると睨んでいたはずの目は瞼に負けはじめ、大きな口を開いて、4回目のあくび。
「…………いい加減に帰れ」
呆れたように声をかければ、眠そうな眼差しのまま子供は隣に座る少年を睨みあげた。
これもまた、幾度目の光景だろうかと少年は内心溜め息を吐き出す。
「今日は絶対に起きてんだっていっただろ!」
「確実に貴様は寝る」
子供の言葉が終わるより早くに被さるような冷徹な声が告げる。多分、それが現実だろう。
事実もうすでに幾度少年が声を掛けなければそのまま寝入っていたか分からない。掛けられた言葉の全てが帰宅を示すものだからこそ子供は反発して目を開けているが、そうでなければ感謝の一つもしなくてはいけない。
なんだかんだといいつつも子供の言葉を尊重して起きられる間は声をかけてくれているのだから。
「今回は大丈夫! ほら、新記録更新中だぜ」
「そこまでして見るものか?」
しかも、見れる保証もないものを。………続けかけた言葉は飲み込み、呆れたように少年は子供を見下ろす。
うとうととまた瞼が落ちはじめる、が、子供は空を見上げた。星が彩られた、鮮やかな空。
それを見つめ、子供の顔に笑みが灯った。幸せそうな、嬉しそうな、顔。探していたものが見つかったのかと思ったが、そうではないらしい。もしそうであれば彼は眠さも忘れて騒ぐに決まっていた。
「だぁってさ………」
のんびりと間延びした子供の声が響く。そろそろ限界なのか、声にいつもの覇気がない。それでもその眼差しは空を見上げ、流れることのない瞬く星を見つめていた。
時折、子供は流れ星が見たいのだと言い出す。空に近い方がよく見えるからと屋根に上ったり、星が多い方がいいといって山の中に連れていけと騒いだり。どうしてだという問いかけにはいつも、流れ星を探すのだと満面の笑みで答えるだけ。
もっとも、結局その笑みにほだされて付き合うのだから、自分自身の心境の変化に苦いものを感じないわけではない。それでも抗い難いのだから、笑う気にもならなかったが。
ただ、子供はそんな風に突然言い出すくせに、流れ星を探す理由はいわない。理由の全ては流れ星を見たいからだというかのように。いくら人間社会で生活をしていなくとも分からないわけがない。別段天文に興味があるわけでもないこの子供が流れ星を探すのであれば、陳腐で子供じみていようと願掛けであることは想像が付く。
それでも頑固な子供はなかなかそれを認めないし、口を割らない。けれどいま眠さで判断力の鈍った今の状態であれば、流れ星を探すその理由が、もしかしたら分かるかもしれない。
口を挟むことなく少年は子供を見下ろす。いままでのようにこのまま寝入る公算の方が高い。が、首を幾度も上下に揺らしながら子供は空をなんとか見上げようと腕の中に顔を寄せる。
「父ちゃんたち、が…さぁ、帰っ…てこれっか、も………」
舌ったらずな幼児のような口調で子供が綴る。小さな、掠れた音。
甘えを見せない子供の、それでも唯一の願いともいえる、祈り。
綴り途中の言葉はそのまま遮断され、唇からは寝息がもれる。今日もまた、流れ星が見つかるより早く子供は眠ってしまった。それでもその唇は満足そうに幸せそうに笑っている。
そういえば子供が喚く日は必ず手紙を手にした日だったと自身の洞察力の低さに顔を顰め、少年は眠りに落ちた子供を肩に担いだ。
寂しいなど口にはしない子供。それでも求める時はある。それは星如きが叶えられる願いではないけれど、気休めにはなるのだろうか。
ふと見上げた空にほんの一瞬流れた星。余韻もなく、とても願いなどいえるはずのない長さ。
星に叶えられない願いはあるけれど、星を探す気持ちは嘘ではない。だからきっと、また子供は探しにくるだろう。
気が向けばまたつき合うかもしれない。そんな風に誤魔化して、少年は肩に乗る重みに力を込める。
星が叶える願いを、ほんの少し疎んじている自分に顔を顰めながら。
久しぶりに天馬です。ミッチーは相変わらず素直でないね! いやいいけどさ(笑)
天馬たちは家族団欒という時間が一年にどれくらいあるのかなーと。たまに思います。盆も正月も関係なさそうだもんなぁ。
06.9.11