傍にいることが当たり前。
空に月がかかる。
それまでの間……子供は自分を見ると思っていた。
真昼にまでのぼる月。
消えることのない地球の衛星。
焦がれるように慕うように地球を包む光。
………いっそ、壊れてしまえばいいのに。
あの笑みを零させるものであれば…本気で願える筈もないのだけれど……………
破軍星
晴れ渡った空の先、少しだけ灰色を帯びた雲が浮かんでいた。
上空では風の流れが早いのか、かなりのスピードでそれらは動いている。
机に突っ伏したまま眠る子供の脇にたたずむ少年は子供を起こすわけでもなくその空を見つめていた。
蒼く澄んだ空。………それを遮るように湧く雲。
少年の視界から少しずつ空の顔が雲に侵されていく。
それはひどく緩慢で……意識しなければ気づくことのない微細な変化。
けれど確実なる、変化。
小さく息を吐いて少年は空から視線を外し瞼を落とした。
………くだらないことこの上ない。
何故にこんな煩わしい感情が芽生えるのか。
必要のない感情。……その意識。
そして…………対象。
傾けるわけにはいかない。
釣り合いがとれてこその天秤。…………片方に重力がかかれば呆気無くその均衡は崩れ崩壊する。
それでも…………
ひどく気持ち良さそうに眠る子供の顔を覗き、少年は一歩だけその机に近付いた。
窓よりも幾分子供の傍に近付いた少年はけれどそれ以上傍によることを厭うように静止する。
子供の呼吸に合わせて上下する肩。………揺れる髪は淡い蜜色で、太陽を模すよりも月に似たやわらかさがあった。
風に揺れるような髪の振動は撫でる掌を待つように晒される。
眠る子供は…………気づく気配もない。
幼い頬さえ腕の中に隠し、僅かにその睫が覗けるだけ。
疲れているのだろうと気遣っている子供の友人たちは掃除当番さえ内緒で交代して……いまこの教室には誰もいない。
他の誰かが見たのなら陽光を浴びた子供がいつまでも眠っている……たった一人の寂しい教室。
自分の姿は子供以外が写すことはない。……それを厭うことさえないけれど…………………
この腕は子供に触れることはできない。
不意に日に染まる自分の腕を見つめてみた。……冷たく冴えた闇が微かに眇められる。
白い肌には日の光は留まる術を知らないように逃げていった。
固くその掌を握りしめて少年は頭を振って一瞬湧いた思考を否定する。
その髪に触れたいなど……思わない。滑らかに透き通った月色の髪に指を絡めたいなど…………
使役する物の怪に触れる意味など……ないから。
………無意味なことを行なう理由を少年は知らない。
だから、触れない。
どこかが軋む音をたてることさえ気づかない振りをする。
感情という言葉さえ忘れて久しいのだから………………………
見つめていたなら伸ばしそうな自分の指に気づき、少年は視線を逸らすように再び空に目を送る。
…………月が、覗く。
白く白い、少年の肌よりも生気のない月。
それに呼び覚まされるシルエット。
………思い出したくもない不快さに少年の眉が知らず険しくなった。
毎夜呼び出される子供の前髪に隠された符に括られた魔王。
精悍な顔立ちの天の妖怪は口の悪さからは想像もできない優しい指先で子供の髪を弄ぶ。
それを………自分がやったならどうなるのだろうか……………
再び湧いたその疑念に少年は愕然とする。
断ち切るように閉じられた視線の先……闇夜にも鮮やかな子供の髪が舞う。
……………振り切ることの出来ない誘惑に小さく少年は息を吐く。
一体…なんだというのか。
眠る子供はもう珍しいこともない。まして毎夜訪れれば必ず自分達の中で子供がまっ先に眠ってしまう。
幾度となくその寝顔を見ている。………すぐ傍にいつだって自分はいた。
だから……自分には揺れる髪にもあけっぴろげなその笑みにも疑うことを知らない愚かなまでに澄んだ瞳も焼き付いている。
それなのに今更……何故……………?
触れたい衝動。疼く胸裏の底。
伸ばされた細い指先にいまは符の姿もない。
ただ………その髪に。
覚えていない子供のぬくもりを知りたいと願う体温の低い自分の指。
揺れる蜜に埋める為に伸ばされた指先は燦々と降り注ぐ陽光さえ透かし拒んでいた。
あたためるのは太陽ではない。………炎でも電気でもなく………………
やわらかく掌に触れる、この細く短い髪の主。
躊躇うような逡巡を経て、少年の指先が子供の髪を撫で上げた。
髪に体温が通うはずがない。だから自分の指先に感じる熱に……驚いた。
…………火傷でもしたかと思った。
それほど衝撃が強かった。跳ねた鼓動がその驚き故と信じて少年は怯えるように指を己の脇に引き戻した。
ゆっくりと……子供の肩が揺れる。
風に従うことなく髪が凪いだ。………持ち上げられた頭に寄り添って髪は舞うように震える。
いまだ寝ぼけ眼の子供は不思議そうに辺りを見回した。
少年しかいない教室。……日に包まれた………………
訝しげに眉を潜めて子供は少年に振り返った。
大きな瞳があどけなく瞬きを零す。それから視線を逸らせず、少年は白眉の美貌を曇らせることも忘れて子供の言葉を待った。
僅かに顰められた子供の眉が疑問を指し示し、少しだけ掠れた声が眠りの深かったことを少年に教えた。
「なあ……飛天いなかったか?」
首を傾げあり得るはずのない疑問を子供は少年に投げかける。
………こんな日の高い時間に…しかも公共の場で少年が魔王を呼び出すはずがない。
それは子供自身熟知しているし…そうであってもらわねば困ることも事実だった。
だからあり得るはずがない。わかっている。
それでも……感じたのだ。
やわらかく自分の頭を撫でた指。幾分小さく感じたけれど、それはいつもと変わらない不器用さで髪を弄ぶ。
………もう自分も来年には中学生で、今更頭を撫でられるなんて照れくさいし子供扱いされているような気分にだってなる。
けれどその指は愛しむことを知っているから……拒めない。
乱暴で不躾で……そのくせひどく繊細に傷付けないようにしている仕草。強過ぎる力で壊さないように……爪で引き裂かないようにと無意識に子供を気遣ってくれる。
理屈なんて知らない。
ただ……感じるのだ。その腕の優しさを……あたたかさを。
不意に怯えるように離れる仕草さえ同じだった感覚は……夢だったのだろうか………?
いまこの瞬間風に撫でられる髪には何も感じはしないというのに………………
ありありと浮かぶ子供の疑問に少年は答えることを厭うように瞼を落とし、玲瓏な声音で囁く。
どこか沈んだ音に…子供が疑念を挟まぬことを祈りながら……………
「莫迦なことを言っていないでさっさと帰れ」
疑問に答えてなんてやらない。……答えなど知らないのだから。
だからはぐらかす。
そうしたなら子供は不満そうな目を向けても追求はしないから……………
少しだけ膨れた頬を隠すこともなく不満を示しながら子供は窓の外にいる友人に代わってくれたらしい掃除当番の礼を叫ぶ。
幾人かの声が返り、笑い声となにか遊ぶ約束とを交わして子供は窓からのりだし手を振る。
……すぐに振り返った子供はもうその顔から不満を消していた。
鞄を背負う仕草さえ軽く、少年の視線に晒されても壊れることのない動きに少し驚嘆する。
答えを拒んだ少年がわからないわけがない。
それでも……少年が答えたくないと壁を築けば無意識に勘付いてしまう希有な魂。
愚かな子供は優しさを身に刻んでいる。
相手の痛みに感化し易い魂にのびる浅ましき触手。
………それは…自分の腕なのか。
わかる筈もないけれど、それでもその背を見つめる視線は消えることがない。
手放せないのは何故か。
己の築き続けた価値観も理念も粉砕する子供の瞳に捕われたのか。
ただその額に張り付いた符を思う為か。
わかる筈もない。…………わかりたくもない。
ただ疼くこの胸の奥を持て余す。
気づいて。……気づかないで。
永遠にいまのままで。
―――――――あの腕に包まれる魂。
いっそ闇夜に溶けてしまいたい。
溢れる月夜に照らされてもなお美しく紺碧をたたえられるように………………
あなたの光に触れても…溶けないように…………………
一応基本が飛天×天馬←帝月かなー……なんて……………(汗)
まあまだ前者はカップリングとして成り立っていない状態ですが(周りにそう見えても本人たちに自覚なしなところ?)
『背に溶けるぬくもり』でいっていた、飛天の話に焼きもち焼く帝月……の筈だったんです。ええ。
違う……、またちがくなった!?(混乱)
なんでさ………。ちゃんと情景付きで頭の中にインプットされているくせにー………
帝月が暴走するんです。勝手に動くんです。……修正きかないくらい………
アラシより質悪いぞオイ!(落ち着け)
なんとか帝月の手綱をとれるように頑張ります。
そして昼間の話書こうとすると飛天を出せない事実にちょっと鬱。
…………夜だと天馬が寝ちゃうのに………………←私並みによく寝る子。