眠るその顔を幾度見たのだろうか…………?
幼さ故か向こう見ずな魂。
どこまでもどこまでもただ駆けていく。
目標も目的もない。その魂が駆けることを願う故に、駆ける。
それは至純。言葉に括られることのない感性。
誰を追うでもなく、追い掛けられたわけでもなく。
まっすぐに見つめたその視線はただ未来だけを写す。
光に愛された子供。
あどけない笑みはいつだって陽の元に。
光に溶けゆく生き物に……闇の眷属が触れることはない。
伸ばすことも出来ない腕。
闇夜でただ眠るその面差しを覗き見る。
愚かしいまでの清純。
それでも……その灯火を壊すよりも…………………………………
月とは違(たが)う光なりき
見上げた先に広がるのは朧月。もとは三日月なのかその身はほっそりと翳っていた。
美しく澄んだそれに目を眇めて心を満たす。
地に括りつけられてもなお神々しき輝きは色褪せない。
漆黒に濡れた闇夜に飲まれることなく毅然と在る仄かな光。
やわらかな瞬きはどんな生き物の心さえ優しく包み微笑みかける。
………それがたとえ陽の元には生きることのできない魂であったとしても……………
微かな月明かりは全てを愛しむ瞬き。取りこぼすことなく太陽の光を闇にも分け与える為に。
この背にたたずむ羽で思う存分駆けたのならどれほど心地いいだろうか………?
いまは叶うことのないそれを青年は自嘲げに笑むことで隠し込む。
ほんの僅かに視線を落とせば地上に落ちた月明かりを溶かす髪が揺れる。
足下には眠れる子供。……自分の腰ほどまでしかない小さな体躯を更に縮こまらせて布団にしがみついている。
気紛れに伸ばした腕が子供の髪を跳ね上げる。微かなその動きに子供の眉が寄った。
人に括られているせいだろうか…………?
思った以上に自分に与えられた制約は少なかった。
月光が静かに降り注ぐ。濃密なその光はたおやかに青年の闇色の髪を染める。
子供と同じ色にはなることのない濃い漆黒は静かに光に濡れて艶を落とす。
何一つ変わることのない我が身。
ただ子供の内に眠る場所を作った。それだけの変化。
…………子供から離れることの出来なくなった距離と子供の目から晒される世界を覗く、それだけの変化。
小さく息を落とし、青年は夢現つのなか楽しげに笑う子供を見下ろした。
符に括られたなら憑カワレと成り下がり己の価値観までも捩じ曲げられるかと思ったのに。
………自らの意志で力を振るうことは出来なくとも子供に与えることは出来た。
こうして闇夜に、ただ月を見たいと願うだけならば表に現れることもできる。ククリの呪者がそんな気の利いた真似をするわけがないのだからこの例外ともいえる現状はこの子供を介して晒されているのか。
本来ならば自分ほどの神通力があればこんな幼い子供の魂に捕われることはない。その魂の鎖さえ断ち切ってこの身を引き裂ける。
それは驕りでもなんでもない当たり前の事実。………それを保証するように青年を括りつけたのは最強の名を冠するたった一枚しか存在しない不動明王符。
子供の額で眠る最中さえその脈動を消しはしない。まるでその魂を望むかのように符は子供に触れたまま離れることを厭う。
それに括られた自分の意志はどうなのか……青年は考えることを拒むように瞼を落とした。
広がる闇。月さえ存在しない瞼の裏、何故に翻る短い髪があるのか。
どこまでも美しく彩られた子供の瞳。それを介して見つめていた人間たちはあまりにもあたたかかった。
子供が愛しまれている事実。………与えられる傷は全て自分達妖に関わった故で…………。
吐き気が…………する。
こんな小さな身体を血に塗れさせ、自分はなにをしたいのだろうか。
知っている。子供が戦う理由を。
この身から離れたならば子供はもう妖に関わることはない。子供から戦う力は失われ、張り付いた符とてククリの呪者が取り除くだろう。
自分が括られているから子供は力を有する。
その身を守る為の力ではなく、他者を守る為の力を………………
だからこそ……己の血を浴びる戦い方をするのだ。
子供は自身を守る術を心得た武者ではない。その手をただ伸ばすことを当たり前と考える幼子でしかないのだから…………………
わかっていながら、何故それを実行出来ないのか。
出しかけた答えを飲み込むように青年は唇を噛み締める。
呟いてはいけない。………願うわけにはいかない。
この魂は自分達と同じ場所では輝けない。
もう2度と……人の子が死ぬ様を見たくはないのだ。
かつて助けることも出来なかったこの手で育て上げた侍のように…………………
後悔を……今更この身に蘇らせる気はない。あれは彼自身が果てることを願い…武士としての本懐を遂げた。
たったそれだけ。………………月を見上げ流した手向けの涙をこの身は忘れはしないけれど………………
時代の変わったいま、この子供がそんな真似に追い込まれることはない。
わかっていながらも湧く思いはなんなのだろうか…………………?
噛み締めた唇から零れることを拒む吐息。閉じられた瞼の奥湿ることさえ忘れた瞳………
月は優しくそれを照らす。
…………癒しを与えることの出来ないことを悲しむこともなくただやわらかく微笑むように落ちる冷たい瞬き。
いっそそれに切り裂かれたなら、こんな物思いもせずにいられるのだろうか。
子供に会う前の……厭世的な匂いを纏ったままの自分に…………
頬を滑り落ちた月光に誘われて、静かに瞼を開けば……思った通りに視界に入る幼い大きな瞳。
どこかまだ微睡んだ視線は瞼をいまにも落としそうな癖に青年を見上げることをやめはしない。
あまりに澄んだ視線は微かに青年に居心地の悪さを与える。
その瞳を覆うように掌を子供の顔に乗せ、青年は月明かりよりも低く小さな音を紡いだ。
「………寝てろ」
簡潔な言葉には万感が込められていて。
…………耳に触れたその囁きに子供が顔を顰めたことが掌から伝わった。
億劫そうにもぞもぞと布団が動く。月明かりの下、晒された小さな細い指。
常にグローブに包まれているせいか子供の右手は月下でも目に痛いほど白い。
………………蠢くことを忘れた青年の掌の上、自身の目を覆うように子供はそれを重ねた。
微かに冷たい感触に子供の眉が顰められる。それを感じ、振払うつもりだったその指先を甘受してしまう。
あたたかい。………子供の体温に晒された掌は月からは分けられることのない熱を溶かしてくれる。
癒す意味も知らない癖に子供は無意識に相手の願う行動を落とす。あまりに無垢な魂は痛みに敏感に反応するものなのだろうか…………?
溶ける熱に言葉を紡ぐことも忘れる。………祈りに、誰が気づくのだろうか。
守りたいものがないわけではない。
この身には数多くの仲間がいて………自分はそれらの大将なのだ。
孤独など知らない。いま痛む胸の意味など……知らない。
流したい涙など……………知らないままで。
祈れる心を知る魂は、ゆっくりと瞼を閉じた。
それでも包まれた掌が逃げることはない。
…………空にある月を見上げることも忘れ、青年は地を見つめる。
この狭い室内に舞い降り、空に翔ぶことを忘れた地上の月を愛でたまま………………
この身を捕らえたのは符の力。
……この心を捕らえたのは…………………なんの力?
離れることも出来ない。ただ子供がまっすぐに進める力だけを与え……傷を増やす。
痛むのは子供の身体か自分の胸か。
それでも祈ろう。
いまが少しでも長続きすることを。
もしも子供の魂を狩られるのなら。
―――――――その時は自分が守るから…………………
………なんつうか……飛天馬ですね。←略し決定のようでございます(笑)
これでも一応すーあさんの陣中見舞いの品なんです(汗)
やはりいま贈るなら天馬だよな〜♪とか思って書いていたんですが…………(SCC直後/笑)
暗いよ飛天!! 本当に消極的な人書き易いな自分!!それとも好きなのか!?(オイ)
月の色にいつも喩えている天馬の髪をちょっと意味ちがくしてみよう♪
と思って月明かりを冷たいイメージに変えてみました。でも月の光は太陽光線〜v(笑)
こんな飛天しか出てない感じのブツですが(天馬すらほとんど出てねぇ……)受け取っていただいてもよろしいですかね(汗)
つうか押し付けさせて下さい。