柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
腕を、差し伸べられた 01 恋の理由 颯爽と廊下を歩んでいると、不意に声が響いた。 見知ったものの声。それは、自分が切り捨て顧みずに捨て置いた、幼かった頃の友人のもの。 ちらりと視線だけで確認してみれば、思った通りの相手の姿が映る。青いスーツに身を包んだ相手は、何やら真剣な顔で刑事を相手に話し込んでいた。 おそらく次の公判が控えているのだろう。あるいは自分と同じ事件だろうか。まだ相手弁護士を確認してはいないが、それは否定出来ないだろう。何故か彼とは因縁めいた縁が断ち切れずまとわりついている。 小さく息を吐き、廊下を過ろうと歩を早めた。気づいていない振りをしてやり過ごそうとすると、相手はそれより早くにこちらに気づいて、視線が絡んだ。 また何か鬱陶しい物言いを与えられるのか。そう思い、辟易とした顔を晒す。 それさえ彼は気づいたのだろう、小さく、笑んだ。 …………まるで幼子を窘めるような、与えられた傷さえ受け入れる、静かな笑みで。 それに息を飲み、引き込まれかける。奥歯を噛み締めて耐えた引力は思った以上にすぐに消えた。………彼が、顔を逸らしたからだ。 ほっと息を吐くのと同時に、不快感が胸中を占める。 たかが新米弁護士の視線に圧されるなど、自分にあってはならないことだ。たとえその相手が初めての敗北を自分に与えた相手であったとしても、苦手意識を持っていい理由になどならない。まして自分は能力的に彼に劣るわけではない。信念も観念も違うのだ。 当然、彼が自分を理解することもない。自分が、彼を理解することが出来ないように。 …………解っていて、けれど、不快感は消えなかった。 むしろ悪化した胸中の痛みに顔を顰める。よりいっそう濃くなった眉間の皺に、周囲の人間が目を合わさぬよう足早に過ぎ去るのが見えた。 苛立ちは深まる。理由もなく、意味もないそれ。ただ解っていることがある。 それは、彼が自分に押し付けるものだ。 ……………自分の目の前に存在するそれだけの理由で、彼は自分に突きつける。変わり果てた自分。犯してしまった罪。拭いきることの出来ない嫌悪と唾棄すべき卑劣さ。何もかもが幼かった彼に好意に染まった瞳で慕われた自分とは重ならない。 同じように彼もまた変わったくせに、その本質は昔と変わりもしない。 ………思い出す、再会の法廷を。 自分が与えた多くの傷。絶望しか支配しなかった最終弁論。彼の唇が敗北を認めようとした瞬間さえ、確かにあった。………自分は、それを愉悦でもって眺めることさえ、出来たのに。 その非情さを彼は目の前で見て、ここにいる再会した人間が過去の憧れとは似ても似つかぬ生き物であることを痛感した筈なのに。 何故、変わらないのか。その目に絶望を宿して詰る言葉を吐かないのか。離れることのないあの眼差しが、身を切るようにまとわりつく。…………変わらない彼が、いっそ凶器のように自分を切り裂くばかりだ。 角を曲がり、玄関ホールに辿り着いた頃、突然背後から声がかけられた。 「御剣」 単語でしかない自分の名。それが、響く。 知らず振り返っていた視界の中、躊躇いがちに佇む男が一人、写った。いつの間に振り返ったのか解らぬ中、若干の混乱を呈した脳が、目の前の男を睨みつけることで平静を保とうとした。 その視線の険しさは自分でも自覚がある。大抵の人間であれば竦み上がるし、言葉も発せなくなるだろう。彼もまた同じ反応をしてすぐにでも消え失せればいい。そう思い、よりいっそう視線を冷たくし、冷笑を唇に浮かべた。 その視線全てを………いっそ憎悪全てといっても過言ではないそれを全て与えられた相手は、困ったように首を傾げて、言いづらそうな小さな声でそっと告げた。 「………御剣、ちゃんと寝た方がいいと思うよ」 そして、訳の解らない言葉を自分に与える。理解など、出来るわけがない。 いま自分は彼になにをしていたのか、解っていないのだろうか。 自分が彼に対してもっている感情が決して好ましいものではないと、解っていないのか。 「君にそんなことを言われる筋合いはないと思うが?」 冷たくあしらう声に、彼は苦笑した。先ほどと同じ、顔だ。 自分の声に含まれる鋭い牙を容認する、笑み。 苛立ちが高まる。何故彼はそんな風に笑いかけるのか。彼を犯罪者として裁こうとし、追い詰め、苦しめたのは、紛れもないこの自分だ。 彼が今ここに、その胸に弁護士バッチを輝かせて立っていられるのは、彼自身の才力でしかない。 自分は彼の敵だろう。…………しかも、最低最悪な。 にもかかわらず彼はその腕を伸ばす。再会する前と同じように。あれだけの傷と悪意を与えた自分に、変わらぬままに。 「そうかもしれないけど、言いたかっただけだよ」 気にしなくてもいいとあっさりと彼は言い、声をかけた時と同じように唐突に背を向けて歩いて行ってしまう。 なにをしたくていま自分に声をかけたのか、まるで解らない。 解らないのに、向けられた背中が苛立たしかった。 彼はいつも突然だ。いきなり現れ自分の中に踏み込もうとし、拒んでも疎んじても蔑ろにしても、やはり変わらずにそこにいるのだ。 そのくせ、自分がいらないと告げれば、仕方がないからと背を向ける。つい先ほどまでの抵抗はなんだったのかと詰りたくなるほど、あっさりとした変化。 噛み締めた唇。この遣り切れないほどの激情はなんなのか。…………彼を疎んじているからこその、感情なのか。 思い、立ち去るその背を見つめる。自分より若干劣りはするものの、成人男性としての規格はしっかりと上回った背中。 離れて行く。振り返りもせず、彼は歩む。その先には多くの人が佇んでいることだろう。彼は、光の中を今もなお歩み続け、闇を知らない生き物だ。 皮肉な思いでその背を見つめた。闇しか見えず光を踏みにじり、己の裁量のみで全てを判じている自分の道と、彼の道が交差することはないだろう。 彼がどれほどその手を伸ばそうと、自分の原罪は消えない。消える筈がない。光に身を置く彼に、理解出来る筈がない。 同じように、自分は彼を、理解など出来ない。 「成歩堂」 彼の名を呼ぶ。すぐに振り返ったその肩に乗せられた、彼の面。………痛ましいほどの光で自分を見る、その顔。 理解など出来ない。出来る筈がない。彼は、誰かのためにしか生きられない生き物だ。 …………傷を与える腕すら受け入れる、愚かな生き物だ。 まるでひどく惨めで哀れな生き物でも見るかのような痛ましい顔で自分を見つめる彼は、小さく首を傾げ、続けられない言葉を待っている。 数歩の距離。周囲の人間は訝し気に自分たちに目をやるが、誰一人として不躾な視線を与えられるものはいなかった。当然だろう、もしもいま割って入ってくるものがいたのなら、そのことを人生の中でもっとも後悔する程度の扱いを受ける筈だ。 静かな空間で、彼を見つめる。空虚な胸中は、それでも騒がしく波打った。 彼がいることは自分にとって凶器になるだろう。検事として歩んできた全てを否定し得る、そんな存在。 切り捨ててしまえば一番いい。それを自分は知っている。だからこそ、幾度でも彼を前にこうして嘲りをもって応対しているのだ。 「一度の勝訴くらいでいい気にならないことだな」 次は自分が叩き潰すだろうと暗に告げ、浮かべたなら誰もが怯える笑みで、笑った。 それを彼は見つめ、目を瞬かせた後、小さく息を吐き出す。 そうして、彼は、笑むのだ。自分と同じ単語で括られる表情だというのに、まったく違うその笑みで。 「言われるまでもないよ、御剣」 幼子にいって聞かせるような穏やかさで嘲りの言葉に答え、彼はまた背を向けて歩み始めた。 小さくなっていく背中を見つめ、不意にもう一度彼を呼ぼうとしている自分の唇に気づき、それを押さえ込むように噛み締めた。 彼を見たくなどない。彼は過去の象徴であり、現在は遺棄すべき存在だ。決して今の自分の前にあってはいけないものだ。だからこそ、疎ましいと煙たがっている自分がいるのだから。 それなのに、ざわめく胸中は彼を呼び止めろと訴える。 苦虫を噛み潰したように顔を顰め、睨みつけるように遠ざかる背中を見つめる。 角を曲がる時、彼の視線が自分へと向けられた。そのことに、ぎくりと身体が硬直する。 ……………微かに歪んだ、彼の瞳。恐らくは、傷ついたと形容すべき色。 何故と問うことも出来ない。それを問うべき間柄を拒み踏みつけているのは、紛れもなくその疑問をもつ自分自身だ。 自分の言動は幾度でも彼を傷つけるだろう。彼が求めるものはあまりに清らかで優しすぎる。今の自分にとって、それは鋭い凶器となって身を苛むばかりだ。 この身にまとう原罪が消え失せない限り、それは続く。そして、犯した罪は二度と覆すことは出来ないのだ。 だからこそ、自分はこの先もこのままで、彼もまた、自分を追う限り踏みにじられるばかりなのだろう。 早く諦めて消えればいいのに。そう思いながら、心のどこかで確信をしている。 彼は、諦めることはないだろう。 自分がどれほど手酷い扱いをしても、決して。 その目を痛みに染めても微笑んで …………幼かった頃と変わらない優しい腕を差し出すのだ とりあえず、再会直後ですか、これは。まだまだ頑なで拒否的(苦笑) でも独占欲は顕著です。なんだかそれはそれで腹が立つような気もしますが、まあ無自覚なのでスルーしてやって下さい。 御剣の中で成歩堂は理解出来ない謎の生き物で、しかもどんなひどい扱いしても自分を慕って追いかける、刷り込み済みのヒナみたいな感じで。持て余しているくせに、それが離れる瞬間は理不尽な憤りも覚えているのです。馬鹿だね。 まあ自覚したらしたで、それまでがそれまで過ぎて逆に自信なくて不安だらけになっちゃうのですがね。だから余裕ないし、離れていったら追いかけていいのか解らずに途方に暮れるよ、この子。 07.10.22 |
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