柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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遠い遠い場所にいる人

この腕を伸ばしても決して触れられない
遠い遠い場所

すぐ目の前にいるのに
声も掛けられるのに
姿を見ることも出来るのに
意志を伝えることも出来るのに
決して、自分を認識してくれない、人

ねえ、気づいてよ
気づいて、声を返して
ここにいるよ
ここに、いるんだよ

ねえ、気づいて

…………それだけで、いいから





02 もどかしい恋心



 「なるほどくん?」
 不思議そうな声で名を呼ばれる。愛らしい少女の声。
 それに気づき、その音を発した相手を見遣った。不思議な装束……大分見慣れてきた霊媒師の衣装に身を包んだ少女が首を傾げてこちらを見ていた。
 きょとんとした顔が年齢以上に彼女を幼く見せた。それに笑いかけて、同じように首を傾げてみせる。
 「どうかした?」
 「どうかした、はこっちの台詞だよ!なるほどくん、ず〜っとぼーっとしているんだもん!」
 むうと頬を膨らませて拗ねた子供のような顔をした少女が、つまらなさそうにそう告げた。たいしてやることのない助手の立場としては、暇なら構えといったところだったのだろうか。
 そう思いながら、妹がいたらこんな感じなのだろうかと、年上としての感慨に耽ってしまう。それに気づいたのだろう、また彼女はむくれたような顔で唇を尖らせた。
 「もー、なんだってなるほどくんはそうぼんやりさんなのかなー」
 不貞腐れた声の中、からかいを混めて彼女がいった。7歳年下の子にそんなことを言われるほど惚けていないとは思うけれど、確かに今はぼんやりしていたので反論が出来ない。
 押し黙って恨みがましく見つめてみれば、あっけらかんとした明るい笑い声を返された。
 その差異に驚いて目を瞬かせてしまう。一体何事かと見つめてみれば、目尻に涙さえ滲ませて笑い続ける彼女が、ようやっとといった風に口を開き、説明してくれた。
 「な、なるほどくん……!子供!子供そのものだったよ、今の顔!!!」
 「うるさいな!人の外見を笑っちゃいけないんだよ?!」
 笑い続ける彼女に顔を赤くして、その発言を気にしていることを露呈するような早さのツッコミをしてしまった。もっとも元からツッコミの早さに定評があるせいか、あまり彼女は気にしないでくれたようだが。
 頷きながら、それもそうだねと、やはりあっさりといった少女は目尻を拭って大笑いは止めてくれた。そして、またまじまじと自分の顔を見つめてくる。………観察されているというに相応しい雰囲気で。
 あまり外見を見られることは好きではない身としては、不躾すぎる視線に顔が引き攣るのを止められない。若干逃げ腰な体勢で少女の視線から逃れながら、問うように彼女を見つめた。
 「えっと………なに、かな?」
 「うーん、やっぱりなるほどくん、ぼーっとしているねぇ」
 「は?」
 「寝不足でしょ?ちょっとだけどほら、クマがいるもん!」
 拭いて取れるかな、などと不穏なことをいって彼女は無遠慮にその指先で人の顔を擦り始めた。まるで茶渋かなにかでも擦り落とすような力で顔を拭われるのだから、かなり痛い。
 びっくりして身体を引き、その指先から逃げる。すると相手は不思議そうに首を傾げて、まだ取れていないよ、などという素っ頓狂な返事をしてくれた。
 冷や汗を浮かべながら首を振り、取り合えず一つずつ噛んで含めるように話を始める。
 「いや、取り合えずクマは拭いても取れないから。描いているわけじゃないんだしね?」
 「まあそれもそっか。でもやっぱりそれのせいでぼんやりさんなんでしょ?」
 「いや、別に寝不足でぼーっとしているわけじゃないから、大丈夫だよ」
 気にすることはないとにっこりと笑って告げてみれば、相手はやはりまじまじとこちらを窺って、仕方がなさそうな顔で大きな溜め息を吐き出した。
 その反応に目を瞬かせる。………なにかおかしなことをいっただろうかと発言を思い返すが、特に見当たりはしなかった。
 どうしたのかと様子を窺っていれば、相手はそんな自分の反応に気づいたのだろう、どこか得意げな顔でこちらを見遣っている。
 「なるほどくん、駄目だね〜。全然駄目駄目だよ」
 「……………………………いきなりの駄目出しか」
 「その上自覚無しときたよ、こりゃ更に駄目だね!」
 「駄目出しの追い打ちか…………………」
 純粋に訳が解らない。そう伝えるように辟易とした顔で彼女を見ていれば、ビシリとそれこそ効果音がつきそうな仕草で指を突きつけられた。法廷で自分が行う仕草を真似ているのは知っているけれど、あまり日常では行ってはいけない仕草だ。窘めようかと顔を顰めかけると、彼女の声が降ってきた。
 「あのね、なるほどくん…すぐ自分のこと自分だけで抱えちゃうの、悪い癖だよ?」
 その言葉にきょとんとしてしまう。先ほどの彼女のようだと思うことも出来ないほどの、純粋な疑問が占めた。
 自分のことを自分で抱えることは、当たり前のことだ。自分の人生の責任は自分しか取れないのだから。他の誰かが尻拭いをしてくれることを期待して生きるなど、それこそあり得ない話だろう。
 おかしなことをいった記憶も、そうした真似をした覚えも、自分にはない。自覚がないという指摘は、その点なのかと途端に不安が胸裏に陰りを刺した。
 「………僕、誰かに甘えてた?」
 師である彼女の姉には確かに甘えている面はあると思うが、それも依存しない程度の、頼りとする範囲であろうと思っている。にもかかわらず、自分はそれ以上に甘えてしまっているのだろうか。
 不安が滲んだ声に、彼女は目を瞬かせて、もう一度盛大な溜め息を吐き出した。………居たたまれなさに肩を竦めて、小さく丸まるように俯いてしまう。
 「違うよ、まったく逆だよ!」
 「………………?」
 「もっと周りの人を頼りなよっていっているんだよ。なるほどくん、大丈夫、平気って言うばっかりで、全然教えてくれないでしょ」
 教えてくれたとしても全部自分で乗り越えて本当に平気になった後だと、彼女は憮然とした顔でいった。いまいち、その言葉の意味は把握しかねるけれど、要はもっと気楽に何でも話せということだろうか。………若干意味が違うような気がするけれど。
 首を傾げながら困ったように彼女を見てみると、同じように眉を垂らして彼女がこちらを見ていた。
 「だからさ、なるほどくん」
 「うん?」
 「なんでぼーっとしていたのって、あたしは聞いているんだよ」
 寂しそうにそう呟いて、彼女は俯いた。そこまでしてようやく理解した自分の鈍さに、呆れ返ってしまう。
 ………彼女は、話して欲しかったのだ。何でもいいから、一人で悩んだり考えたりしないで、他愛無いことでもいいから、話して欲しかっただけなのだ。
 そして共有したかったと、そういうことなのだろう。あるいはもしかしたら、気づいていたのかもしれない。自分が何故沈むように静かに過ごしていたかを。
 「うーん………あの、ね?」
 「………」
 「まだ、僕自身、整理がついていないんだよ。でも、そうだね………」
 だから上手く話せないのだと告げようとした声に、彼女の肩が小さく揺れる。それを視界の端におさめて、緩やかに笑った。
 「多分、解っちゃうのが、寂しいのかなぁ………」
 今の真宵ちゃんのように、と。彼女と同じだろう思いで小さく付け加えた。
 その言葉に彼女は顔を上げ、自分の顔をじっと見つめる。真偽を確かめるというよりは、今現在寂しがっていないか、それを確認するための優しい視線。
 それに困ったように笑んで、脳裏に浮かんだ背中を思う。
 ずっとずっと追いかけ続けた。彼がする筈のない疑惑に包まれていると知ってからはなおのこと、追いかけた。いつかそうした思いが彼に繋がり、昔のように話せればいいと願っていた。
 …………そうすることこそが痛みなのだと、そう悲痛な叫びをあげるあの瞳を見つけるまで、は。
 自分の願いはたいしたものではないだろう。ただ友達の傍にいて話をして、存在を認めて欲しいというだけだ。
 けれど、それがもしも相手の痛みを呼び起こし、その人を苦しめる願いだと言うなら、どうなのだろうか。
 願う自分こそが、罪深いのだろう。解るから、踏み込めない距離がある。彼が壊れてしまわないように、慎重に近づく足先の踏み場さえ、気をつけて。
 多くの拒絶の言葉も疎む態度も嘲る視線も、痛みなどではないけれど。ただ、自分がいるというそれだけで彼を悲しませる事実だけは、耐えようもないほど、寂しかった。
 それを見つけた時は、その時だけは、進むための足を留め、そっと離れてしまう。彼を苦しめることしか出来ないのなら、なんで自分は彼の傍にいようとするのだろう。そんなことを思いながら、それでもどうしても、あんな風に苦しむ姿で他を排除する彼を見ていたくなくて、腕を伸ばす。
 この腕の存在すら、彼にとっては痛みなのだろう。解っていて、我が侭だけで、差し出している。
 「…………それでもどうすることもできないから、多分………寂しいんだよ」
 噛み締めるように呟いて、彼女に笑いかけた。おそらくは、泣き笑いの不格好な笑みで。
 それを見つめる少女は仕方がなさそうな苦笑を浮かべて、ベチンと勢いのいい音を立てて自分の頬を叩いてくれた。
 「……痛いよ」
 「あたしはさ、思うんだよね」
 憮然と告げてみた言葉は無視されて、彼女はまだ少しだけ先ほどのような切ないような泣きたいような……包み込みたいような、そんな顔で自分を見上げていた。
 「なるほどくんなら、きっと大丈夫だよって。最後まで諦めちゃ駄目だよ。それがなるほどくんなんだからさ!」
 明るい響きを無理に乗せて、彼女が断言する。進むための足を躊躇うなと、いってくれる。
 この子は、確かに師と血を分かち合った姉妹だと、痛感した。どんな時でも明るい笑顔で自分に前を示してくれる、このしなやかな強さ。自身が傷ついてもいるだろうに、優しい少女。
 「うん、ありがとう、真宵ちゃん」
 小さく感謝の言葉を告げて、彼女のように笑えるように祈りながら、笑みを浮かべる。頬を叩いた指先は変わらず添えられていて、仕方のなさそうな顔で彼女は頷き、慰めるようにもう一度優しく頬を叩く。
 きっと彼女は、解っているのだろう。
 詳細など知らなくても、自分がなにを寂しがっているのか、知っているのだろう。

 彼女との出会いは、彼との再会でもあって。

 そして、自分がその時からずっと抱えている傷に、気づいている。

 それを癒したいと願ってくれて、同時に自分ではどうしようもないと解っているから。




 ……………きっと、自分たちはお互いに別々の理由で、けれど同じ思いで寂しいのだ。








   



 1の続きで成歩堂サイド。真宵ちゃんは別に成歩堂に恋心抱いているわけじゃないのですがね。どっちかというと家族的な意味での愛情かね、あっても。弟が寂しがっているよ、どうにかしなきゃ!みたいな。
 多分というか確実に、ミツナルの場合、御剣が自覚するよりも先に成歩堂が看破してどうしようかな、と悩んでいると思う。
 なので御剣がもし告ったとしてもその頃には自分で解答出した後だから慌てないしあっさり受け入れることだろう。………鈍いからなぁ、御剣。
 そして今現在は移行期間中。大体再会後一ヶ月経過……なのでトノサマンの事件が終わった後かな、時期的に。
 でも次は一気に失踪から帰ってくるくらい先に進むよ。何故なら失踪中の御剣の心境は私には解らず、その時の成歩堂を書くのは痛ましすぎるからだよ。むしろ貴様に成歩堂はやらん!という決意をしてしまいそうになるからさ。困ったものだ。

07.10.22