柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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ああ、そうか。
気づいちゃったのか。
………気づかないままでいて欲しかったのに。

気づけば、君は打ち消さないんだろ?
大事に抱えて、離してもくれないだろ?
それ以外を、求めてもくれないんだろ?

僕は、君を捕らえたくはないんだよ。
折角自由になった君が、僕に縛られたら意味がない。
その手を、みんなにも伸ばしてよ。
………そう願うことが、君には辛いのなら。

きっと、僕は君にとって一番の、鬼門なんだろうね。





10 星に願いを



 微妙な空気の差異に、気づかないわけはなかった。
 それは当然、自分たちのことを相談している悪友とも言うべき幼馴染みも同様で、目を瞬かせて自分に視線を送っている。
 そんな自分たちのやり取りを、間に挟まれている状態でありながら、その元凶たる彼は気づかなかった。
 小さく、息を吐き出す。………微妙なタイミングで微妙なことが暴露されてしまった。もっとも、既にそれを見知っている自分たちへの暴露ではなく、彼自身が自覚するという、暴露だが。
 「御剣?」
 彼の名を呼ぶ。弾かれたように顔を上げ、思い悩んでいたかのようなその表情を押し殺して、常の無表情になった。………そうして向けられた顔の中、たった一ついつもと同じように揺らめいている、瞳。
 溜め息を漏らしそうになるのを寸での所で耐え、苦笑を交えたからかう笑みで彼の肩を叩く。
 「やっぱり酔ったんだろ?上の空だぞ?」
 同意を求めるように矢張にも視線を向けてみれば、今の空気よりはマシと判断したのか、彼もまた大きく頷いてしたり顔で御剣の顔を覗き込んだ。
 その仕草を嫌うように御剣の眉が盛大に顰められ、大袈裟なほど矢張から身体を遠ざけた。当然、その隣に座る自分の方に御剣の身体は移動してきて、上半身だけとはいえ、かなりの圧迫感を間近に感じる結果になった。
 目を瞬かせながら、プライベートではまるで子供のような真似をしでかすことのある彼の仕草に小さく笑う。もっとも、相手はそんな自分の状況にはまるで気づいてはおらず、目の前の矢張に食って掛かる準備を整えているようだけれど。
 「絶対酔っているな!御剣ってば、顔真っ赤になっちまってるしな!」
 「ふざけるな。私は酔ってなどいない」
 相変わらず弱いと矢張がからかう声を上げれば、猛然とした異議が飛んだ。声が平素と変わらないほど静かなだけに、凄みが増している。それは矢張にも伝わっているのだろう、ぐっと唸りながら目を逸らしている。
 このまま放置しておくとバリスクのように毒をまき散らしかねないと判断して、トンと目の前にある広い背中を叩いた。…………本当に、目の前だ。自分の逆隣は壁なせいで逃げ道がないが、たとえ逃げ道があってもこれでは隣のテーブルに迷惑をかけなくては逃げられない気がするほどに。
 そして恐らくはそんなことは失念していたのだろう彼は、背中を叩かれたその体勢を維持したまま、そろりと首だけで背後を確認した。
 目が合えば、解りやすいほどに顔の赤味が増した。自覚したことも手伝ってか、そんな反射まで以前よりも拍車がかかっているように思える。
 そんなことを考えながら、慌てたように姿勢を正して自分の前に空間を与えてくれた御剣に、窘めるような口調で声をかけた。
 「君、相変わらずプレイベートだと感情的だよな」
 もう少し周囲を見ないと駄目だよと付け加えると、拗ねたように御剣は顰めた顔を逸らした。
 どうやら意識は矢張から逸れたらしく、ほっと一息ついている矢張が御剣の奥に見え隠れした。彼と目が合うと感謝するように軽く手を上げてきた。
 相当怖かったのだろうなと思いながら、その視線を法廷では一身に浴びている自分の立場を少し顧みて別の意味で溜め息が出そうになった。それが彼の手法なのだから仕方がないことなのだろうと納得はしているけれど、もう少し物腰が柔らかくてもいいような気がする。
 そんな現実逃避をしかけていると、何やら音楽が流れた。小さくくぐもったそれは、携帯の着信音だろう。
 店内のざわめきを考えればその発信源は自分たち三人の内の誰かなはずだ。自分ではない。確率的に二分の一ではあるが、おそらく御剣はマナーモードにしているだろうから、消去法でその音源が矢張であろうと推測できた。
 それは正しかったらしく、軽く謝罪しながら矢張がポケットから携帯電話を取り出す。慣れた手つきで操作する姿を見ながら、こっそり御剣と目を合わせた。
 おそらく彼も同じ意見だったのだろう。呆れたように軽く息を吐き出している。その様子に苦笑しながら、仕方ないなと矢張を見遣った。
 案の定、彼はにんまりとだらしない笑みを浮かべて携帯を片手にその手を振った。そしていつも通りの台詞を口にする。
 「いや〜悪いな、彼女っから迎えにきてってメールがきちまったわ!」
 「またかよ」
 呆れたようにそういえば、幸せそうな矢張は更に愛好を崩して携帯に頬擦りをし始める始末だ。見ていてさすがにそれは見苦しかった。
 惚気を始めそうな気配に隣からは一瞬苛立ちのようなものを感じた。そこまで飲んではいないはずだが、元々気の置けないといって過言でない間柄だ。下手に刺激すると存外沸点の低い御剣の琴線を刺激しかねない。
 「ま、今度は奢らせるから、覚悟しとけよ?」
 軽口を叩いて、待っているだろう彼女のことを示唆すれば、でれりと顔を崩したまま矢張は朗らかに手を振って立ち去っていった。………すっかりここの会計を払うことなど忘れ去ったまま。本当に次は奢らせようと思いながら、前方を見つめたままの御剣を見遣った。
 その横顔は何か物思いに耽っているようで、酔いからくる赤らんだ顔も相俟って、矢張があのまま残っていればさぞかしからかいの対象になったことだろう。
 怖いもの知らずというよりはなにも考えないで思ったことをそのまま口にしてしまう矢張は、よく御剣の地雷を踏む。平和に過ごしたい身としては、今現在矢張がいないことが僥倖なのか、悩みどころだ。………このタイミングで御剣と二人っきりになってしまったことを考えると、やはり僥倖とは言い難いのかもしれない。
 そっと、溜め息を吐き出す。手で隠してそれには気づかれないようにしながら、思案顔の御剣を観察した。
 普段であれば視線に敏感な彼はすぐに気づいて怪訝そうな顔をするが、今は自身のことで手一杯なのだろう、まるで気づいていなかった。それくらい、自身が気づいた事実に動揺しているのだろうか。
 追いかけて追いかけて追いかけて。拒まれても否定されても縋るように腕を伸ばし続けたのは、自分だ。それを顧みれば、彼を捕らえたのは自分の意志に近いのかもしれない。………解っては、いるのだ。彼を求めていたのは他ならぬ自分だということくらい。
 ただその質が多少彼と重ならず、彼の思う先と自分の思う先は、おそらく同じはずなのに真逆だろうと、思う。
 今まででさえ、彼は縋るような視線で自分だけを捜していたのだ。まるで唯一の安住の地のように、他の一切を知り得ていない赤子のように、彼は自分をまず探し求めてしまう。
 ………そんな不自由を与えたかったわけでは、なかったのに。
 自分はたいしたことはなにもしていないのだ。彼は勘違いをしているけれど、自分が出来たことはただ信じ続けることだけだった。そしてそれを教えてくれたのは他の誰でもない、彼自身だ。
 彼が与えてくれたものを返したに過ぎないのに、彼は時折まるで自分を尊い生き物でも見るかのように眩く見つめることがある。
 それが、遣る瀬無い。そんな美しい生き物ではない自分に、きっと彼はとても理想的な何かを重ね、求めているのだろう。自分は、残念ながら彼が祈るほどには美しくも清らかでもないというのに。
 どこか卑屈にも思える考えを厭って、手の中のグラスを呷った。飲み干したグラスをテーブルに置くと、自分の携帯の振動が胸元で響く。ぎょっとして身体を跳ねさせながら、慌ててそれを取り出した。どうも未だに携帯電話にしろなんにしろ、機械関係は手慣れることが出来なかった。
 画面表示を見てみれば、そこにはつい先ほど店を出た矢張の名が出ている。メールを開いてみれば、あまり無理せずに早めに切り上げておけという言葉と、後日また話くらい聞いてやるという励ましとも慰めともつかない内容だった。
 目を瞬かせてそれを見つめる。少し落ち込みかけた思考にこういった何気ない労りは涙を誘っていけなかった。
 おそらくそんな様子が驚いたように御剣には見えたのだろう、怪訝そうな顔で自分を見ている。それでも敢えて着信内容を問わないのは、それが許される範囲かどうかが解らないせいだろう。
 「ん、矢張からさ、今度埋め合わせはするってさ。そのときはあいつに奢らせような」
 そっと笑うように唇を持ち上げて携帯を仕舞いながらいった。自分たちの手慣れた解答に彼は首を傾げもせずにじっとこちらを窺っている。何か問いたいのだろうことは雰囲気で解るけれど、その内容までは解らない。
 こちらを見遣るその視線を見返して、首を傾げてみせる。何かあったのかと仕草で問う自分に、彼は視線をあちらこちらに彷徨わせている。なにを問いたいのか、もしかしたら彼自身整理がついていないのかもしれない。
 そう思いながら、彼の自由にさせておこうと目の前にあるつまみに手を伸ばした。焼き鳥を口にしていると、ようやく問う言葉が定まったのか、御剣はこちらを見遣った。
 串を皿に戻しながら彼の視線に応えるように顔を向ける。と、同時に彼が口を開いた。
 「………君は矢張とよく会うのか?」
 「?…………まあ、会うんじゃないかな。あいつ、よく惚気話聞けって事務所に押し掛けるし」
 答えれば彼は苦虫を潰したような顔をする。どうかしたのかと首を傾げて思い悩んでいると、少しだけ躊躇いながら、また彼が口を開いた。
 「君は矢張と仲が良いな」
 どう表現すればいいのかが解らないという顔をして、御剣はそんなことを言う。まるで仲のいい友達に嫉妬している幼児のような物言いで。
 言いたい意味は、何となく解る。解るけれど、それは否定は出来ず、その理由を説明するわけにもいかないことだった。…………彼を失った幼い日からの15年をつかず離れず一緒にいてくれた友達だから、なんて。いったなら今以上に落ち込むに決まっているのだから。
 困ったように苦笑して、ぽんと、御剣の背中を叩く。顔を見せないように前方を見つめていた彼は、少し逡巡するように間をあけてから、こちらに振り返った。
 …………躊躇いを含んだ、寄る辺ない子供のような目で。
 「お前とだって仲がいいって言われるよ。そういうものだろ」
 誰かと比べられるものじゃないといってみれば、納得しかねるような顔で、それでも不器用に笑んで彼は頷いた。
 彼がいま自覚したことを思えば、この解答はただの模範解答でしかなく、彼の願う答えではないのだろう。解っているけれど、彼の求める解答は与えることは出来なかった。
 自分の願いはきっと彼にとってはとても難しいものなのだ。彼が求める解答を与えれば、自分もまた、自分の願う返答を祈ってしまう。
 お互いに苦笑を浮かべ、彼女の元に走っていってしまった矢張を酒の肴にしながら、グラスを傾け合った。
 …………もう、喉に流し込まれたアルコールに酔えるような気分では、なかったけれど。


 居酒屋を出て、二人同じ道を歩いていた。すぐに分かれ道に来て、互いに一人帰路につく。曲がり道へと消える背中を見つめながら、自分より若干逞しい肢体を持つ彼が、ひどく幼く見えた。………重症だと小さく笑い、酔ってもいないのにそれをアルコールのせいにして有耶無耶に掻き消した。
 途方に暮れたように自分を見る目を思い出す。事務所を見上げる彼の視線と揺れる感情。さして遠くない過去だというのに、ひどく懐かしい気がした。
 あの頃の彼と同じ仕草で、空を見上げる。都会の空は星などほとんど見えない暗闇だった。数個だけ輝くちっぽけな星は、健気に夜空を彩りながら瞬いていた。
 それらを見つめながら、小さく吐息を吐き出す。
 ………気づいてしまった彼は、これからどうするのだろう。
 彼はきっと、同性に思いを向けたことへのタブーなど考えもしないのだろう。ただあるがまま、事実を受け入れるだけで、禁忌への恐怖も躊躇いも持ちはしない。それは彼の立場を考えれば、あってはならない由々しき問題でさえあるというのに。
 自分とは逆の道へと歩んでいった彼を思い出す。じっと見遣る視線。伸ばしそうになった指先を揺らめかし、誤摩化すように手を振る、慣れない仕草。
 気づかないままでいられれば、良かったのに。…………彼にとっての痛みになるだろう自分を思い、溜め息を落とす。
 愛しいと思うだけではどうしようもない。
 痛切にそれを思い知りながら、それでも手放せない自分の腕を固く握り締める。
 「………………………」
 空を見上げて、顔を歪め、小さく彼の名を呼んだ。
 それがもしも誰かに聞こえていたなら、忍ぶ思いに打ち拉がれたように聞こえていたことだろう。もっとも、それを聞いていた人間もおらず、口にした本人にも自覚などありはしないけれど。
 ただ暗闇にほど近い夜空を見上げて、瞬く小さな星に、祈った。

 彼の歩みを奪うことがないように

 彼の可能性を潰すことがないように


 とてもそれは難しく困難な祈りだけれど
 叶うことを願って、胸に刻む


 ………………愛しい、たった一人の存在のために。








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 そんなわけで終了です。
 一応成歩堂も御剣に近い感情を抱いてはいるのですが、時間が経てば経つほど、相手の子供っぷりに親のような心境が強くなって、今じゃすっかりお母さんですよ。せめてお父さんにしようよ!
 まあ御剣が自覚した頃合いが一番そういう意味じゃ近かったのかしら、感情の意味合いが。
 でもどちらにせよ成歩堂が御剣に滅茶苦茶甘いことだけは誰もが認めているのですがね(笑)矢張辺りはそれが解っているからなんでこいつらくっつかないのか解らねぇなーとかいっていそうだよ。
 色々と葛藤があるのです、成歩堂には成歩堂なりに。御剣とはまるで違う方向で!

07.11.20