柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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つい、視線が探してしまう
よく見知った友人の面影を

居心地のいい場所を見つけることが出来るなど
一生不可能だと思っていた
あの凍てついた吹雪の中で周囲すら凍りつかせて生きていくのだと
疑いもせずに思っていたのに
差し込んだ一筋の陽光はあっさりと氷を溶かし吹雪を包み
凍てつく世界をぬくもりに変えた

それは心地よくて
彼から与えられる全てが、心地よくて
それが欲しいと求める自分を
彼は、困ったような笑みで、迎え入れてくれる

その先にある彼の本当の憂いなど、知らぬまま
ただ、本能だけは知っていた
彼を手放せないことと
それが彼に痛みを与えていること、を……





09 気持ちを下さい



 現状を顧みると、首を傾げたくなる。むしろ席を立ち、そのまま帰る気も湧いてくる。
 それが出来ないのは、ひとえにこれから後やってくるはずの友人の存在が気がかりだからだ。それだけであって、決して今現在の状況に甘んじたいわけではなかった。
 「それでよ、まああいつもバッカだからさー」
 心地よい酔いに身を任せているらしい矢張は、成歩堂との過去における馬鹿話を繰り広げている。それはおそらく、埋めようも無い時間という存在を少しでも解消しようと、共有は出来なくとも知っておくことは出来る事実を与えているのだろう。
 存外彼は友情にも厚いのか、そんな世話焼きな面がある。元々彼の交際相手も彼に甘えることを前提とした相手が多い。それを鑑みれば、あるいは人の世話を焼くことは嫌いなタイプではないのかもしれない。それが良い方向に向かうかどうかはまた別の話ではあるが。
 彼の話を聞きながら、そんなことを思う。
 話を聞くことが嫌なわけではない。確かに自分の知らない時間を知ることが出来るのは嬉しいと思う。が、それに付随するこの言葉には表せない感情がどうにも居心地の悪さを与えていた。
 内心首を傾げてしまう。彼が話しているのは自分が居なくなったあとの、彼らの話。おそらく成歩堂であれば教えてくれないような彼の失態もあるし、話している矢張自身の失敗談も数多くあった。もっとも、矢張の失敗談の最後には必ず成歩堂のフォローの存在があり、成歩堂の失態のあとには矢張の慰めが存在しているのだが。
 それは当たり前だろう。成歩堂は矢張を見捨てはしないだろうし、矢張は矢張なりに成歩堂を大切にもしている。タイプのまるで違う二人だが、だからこそ互いの長所と短所を補い合っているように、自分にさえ見える。
 それは悪いことではない。自分が居なくなったあとだからといって、彼らもまた友情を決裂しなくてはいけない理由は無いのだ。
 …………解っているのに、何故か釈然としない。
 数多くの記憶を共有している矢張が、羨ましくもあり疎ましくもある。そう思うことは、かけがえがないと認識した友人への独占欲のようなものなのだろうか。あまりに幼稚な己の考えに、鬱屈としたものが胸中に湧いた。
 「聞いているのかよ、ミツルギー!」
 ぼんやりとグラスを傾けていると、どうやら心ここにあらずといった風情を見破ったらしい矢張が叫んだ。そんなに騒いでは奇異の目で見られると思ったが、一般的な居酒屋であることが功を奏したのか、矢張に注視するものは居なかった。
 胡乱な視線で注意喚起を促すが、ほろ酔いの相手にそんなものは通用せず、絡むように彼が喚き始める。
 「なんだよなんだよ、なるほどーにしてもお前にしてもよっ!うじうじしっぱなしで俺様が居なきゃ駄目なくせに、すーぐぞんざいにしてよ!」
 「いや、貴様が居なくても私も成歩堂もまともに生きているだろう」
 「即答かよ!成歩堂だったらそんなこといわないぞぉ!!」
 指を突きつけて喚く子供のような相手は、まだ来ないもう一人の幼馴染みのことを取り出して更に言葉を次いだ。
 「あいつはひとりじゃ駄目だからな!俺様が居てやんなきゃよ!」
 「…………それは貴様のことだろう」
 自信を持って必要とされていると胸を張る相手に、何か苦々しいものを感じ、切って捨てるような口調と声で切り返す。それは相手にも解ったのだろう。きょとんと目を瞬かせながら訝し気にこちらを見遣っていた。
 居心地の悪さがまた身を占める。いっそ帰ってしまおうかと思ったが、まだ来ない人を思うと、どうしても席が立てない。折角会えるのに、それを棒に振りたくなかった。
 無言のまま矢張の視線に応えずにグラスを呷る。その様を眺めていた彼は、なにかに納得したのか、頷きながら得意顔になった。
 「……………………………なんだ」
 嫌な予感しかしない相手の顔を、それでも野放しには出来なかった。そうしたいのはやまやまだが、その後なお面倒事が大きくなって返ってくることは目に見えている。
 地を這うような低音で告げた声に、けれど相手は頓着した様子も無く、にへらと愛好を崩しただらしのない顔で答えた。
 「いんや。お前、わっかりやすくていいなぁと思ってさ」
 彼の答えた言葉の突飛の無さ以上に、その内容の与えたダメージは計り知れなかった。
 この男に解りやすいと括られた人間は、果たして生きる資格があるのだろうか。そんなことを考えてしまう程度には、己の職のあり方と生き方とを顧みてしまった。
 こちらの睨む視線に彼は気づかないのか、自身のグラスを呷りながら、まるで昔話をしている先ほどのような懐かしさを醸しながらまたその口を開く。
 「なるほどーもなー、解りやすいけど、あいつは複雑だろ?あいつの欲しいものなんて誰にだって解るってのに、自分で駄目だってブレーキかけちまうし」
 「…………………?」
 「お前はブレーキ無しで突っ走るから、俺にはそっちの方が解りやすくていいや」
 訳の解らないことを物知り顔で言う相手を怪訝に睨みつけるが、やはり彼はそれに気づかない。
 そのまま解説が加えられるのかと、若干の望みを賭けてみるが、そんな気配はなかった。それを裏付けるように彼は目の前にあるつまみを口にしている。
 そんな相手に苛立ち、続きを吐かせようかと尋問の心境で矢張を睨みつけ、その肩を掴もうとした時、逆側を彼は振り向き軽やかのその片手を上げた。
 「おう、こっちこっち!こっちだって!」
 そう大声で叫び、手を振る。子供のようなその様の奥、入り口の方向から小走りに近づく影があった。
 確認するまでもない。今日は三人で会う約束なのだから、矢張が呼び寄せるのであれば、それはまだ来ていない人物……成歩堂だけだろう。
 思い、反射的に顔を上げた先には、少しだけ顰めた顔で頬を赤らめている彼が居た。
 「?」
 首を傾げてどうしたのかと問おうとした瞬間、ボカリという物を殴る音が清々しく響いた。勿論、店内の喧噪の中では掻き消されてしまう程度のものだったけれど。
 目前で行われたものなのだから、当然音の出所は自分の友人である二人からだ。もっと詳細を述べるのであれば、やってきた成歩堂がやってきたそのまま無言で、目の前に居た矢張の頭を殴った。簡潔極まりない事実はそれだけだった。
 目を瞬かせて彼らを見ていれば、そのまままるで自分を忘れているかのように話が展開されていく。
 「いつもいっているだろ?!そんな風に大声出さなくても解るって!」
 「なんだよ!解んなかったら困るだろ!昔どこか解らなくて半泣きで店員に案内されたくせによ!」
 「そういう過去の恥は忘れろ!というか、そもそもそれだってお前がメールで場所間違えて教えたせいだろ!」
 「なんだよ、全部俺のせいかよ!ひでぇぜ!」
 「自分が迷惑振りまいていることを自覚しろ!」
 「どーせ迷惑かけたってそれ被るのお前だから。丁度いいよな☆」
 「まったくよくない!!」
 子供のようにいいながら、成歩堂が座っている矢張の頭を拳でぐりぐりと押さえつける。
 まるでじゃれあうようなその様を呆然とただ見つめる。………他に、一体何が出来ただろうか。
 自分は、そんな成歩堂は知らない。こんな風に彼が甘えるように関わることは、無い。どちらかというと彼は、自分を許容するような、甘やかすような、そんな顔で傍に居る。
 彼のために何かをしたいと思っても、彼はそれを望まず、自分が自分として歩めることが嬉しいのだと、無償の祈りを差し出すばかりだ。
 自分を取り残しじゃれあったまま楽し気に笑う二人を、まるで別世界に佇んでいるような思いで見つめた。胸中で渦巻くものが、寂しさや大人げないながらも取り残されたことへの拗ねたい思いであったなら、まだ、よかった。
 今感じているものを、今までに自分は感じたことは無い。
 ただ、聞いた事ならばあった。法廷の中、被告人の心理状態がそうであるとされ、それ故の犯行なのだと動機として供述することは、あった。
 それを感覚として知り得ておらずとも、どんなものであるのかを聞く機会は呆れ返るほど、あった。
 それらを口にする時の被告人たちの言葉を思い出す。渦巻く感情の、その切っ先が向かう先。美しいとは到底いうことの出来ない衝動の、その底辺に蠢く、モノ。
 「……………………………っ」
 目を見開いて、驚愕する。
 あり得るはずの無い感情が、あり得るはずの無い相手に向かっていると、認識する。そうして、それが与えられることを願っている事実もまた、厳然と自身の中に佇んでいる。
 自分の中、そんなものが存在するはずが無いと思っていた。疑うことも無く、そう思い込んでいた。きっと、もしも彼と再会しなかったなら、それは永遠に芽吹くことの無いまま朽ち果てたはずの、情。
 恐る恐る、彼を、見る。
 まだ席にすら座っていない彼は、軽い調子で矢張に小言をいって苦笑している。矢張はそれを受け止めながらも聞き流し、少し遠い位置にいる店員に成歩堂の分の飲み物を注文していた。
 視界に写るそれはきっと、やわらかな光景だろう。友人同士の気のおけない交流の、一コマだ。
 それに何故疼くのか。…………自分を見ない相手に、気づいて欲しいと縋るような視線を向けたくなるのは、何故なのか。
 「御剣?」
 視線に気づいた彼が首を傾げながら、声をかけてくる。ただそれだけで歓喜を思うのは、何故か。
 「なんだ?もう酔ったのか?」
 苦笑して、ぽんと額を叩かれる。いつもと変わらない彼の声。隣に座る、体温。…………抱き締めたいと、初めて思ったのはいつだったのか、もう思い出せもしない。
 「………いいや、…」
 何かいおうとしかけながら、それでも次ぐ言葉は思い浮かばず、曖昧に首を振るだけで言葉を濁す。彼がそれを肯定と否定、どちらにとったのか解らないが納得したように頷くと、追求することなく別の会話を差し出してくれた。
 その横顔を見つめながら、衝動を飲み込むように、指先を固く握り締めた。
 変わらない笑みと変わらない声とその口調で、彼は遅れてきた詫びをいう。そうして他愛無い世間話をしている、ただそれだけなのに。
 戒めなければ伸びそうな指先が、疎ましかった。


 かけがえがないと、思った。
 守りたいと、感じた。
 抱き締めたいと、願った。
 ともに在りたいと、祈った。

 ………それは単純な、サイン。



 愛しいと思う心の弾き出した、ただひとりにだけ差し出される、サイン。








   



 矢張続けて大活躍。そして御剣ようやく自覚しました。…………遅いっつーの!!
 まあ自覚しただけでもいいとしましょう。それよりも驚くべきことは、成歩堂相手にそう感じていることへの驚きや躊躇いがないことですかね。そうだったんだ!で終わっていますよ、御剣さん(笑)
 次でようやくラストです。長かったなぁ、自覚までの話だったのに…………

07.11.15