柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
解りやすくて単純 01.伝わる想いが 「……………寒い」 「冬だからな」 マフラーに顔を埋めながら低く呟いた言葉に、あっさりとした事実を返される。 そんな事は解っていると不貞腐れて顔を顰めれば、視界の端で相手は小さく笑っていた。 吐き出す息は白い。空の紺碧とのコントラストは美しいのだろうが、残念ながら街灯に照らされる街中ではそれを見る事は叶わなかった。 少しだけ早足の成歩堂に合わせるように御剣もまた、歩調が早い。もっとも元々颯爽と歩む彼の事だから、合わせるまでもなくその早さなのかも知れないけれど。 風が吹きかける。ブルリと震えて、成歩堂が首元のマフラーを引き上げ、鼻先までマフラーに埋めた。 その仕草を横目で見てみれば、耳まで痛々しいほど赤くなっている。 御剣にはそこまでの寒さには感じられないが、元来寒がりの彼には堪えるほどなのだろう。小さく漏らした不満も、我慢しているからこその呟きだったらしい。 生憎なにも防寒具は持ち合わせていない御剣には、成歩堂の寒さを緩和する術はない。マフラーを渡そうにも、彼は既にそれを装着しているのだ。手袋をしていない分、御剣の方が寒気に肌を晒しているはずだ。 そう思いつつも、肩を縮めて少しでも早く帰ろうと足を進める彼を放ってもおけない。 思案して、周囲を見遣る。その間も成歩堂の歩調に遅れる事なく付き合ったまま。 「……………!」 見遣った先、明るい箱が見えた。街灯の傍にある自動販売機。当然ながら、もうホットがその中には組み込まれていた。 成歩堂に気づかれないように少しだけ歩幅を変え、そっと足先をずらした。ちらりと彼を見るが、前方どころか足元しか見ていないらしく、まだ気づいていない。 ほっとして大股で自動販売機に近づいた。その間に財布を取り出して小銭を確認する。 歩み寄るまでの間に種類を見遣っていたが、如何せん成歩堂がなにを好むのかはよく解らなかった。 少しだけ首を傾げたあと、小銭を自動販売機に入れながら、暖をとるのが目的であれば甘めのものにすればいいだろうと、ココアを選ぶ。 がちゃんと言う音とともに出てきた缶を取るために屈むより早く、背後から声が響く。 「喉乾いた?」 ギョッとして振り返れば、僕も買おうかな、と自動販売機を見ながら悩んでいる成歩堂がいつの間にか佇んでいる。 先程御剣が少しだけ道をずれた時はまるで気づいていなかったはずだ。にも拘らずこのタイミングで現れるという事は、すぐに気づいて追いかけたからだろう。 勘のいい成歩堂に気づかれないようにしたつもりだが、何故かいつも彼はすぐに気づくのだ。目を瞬かせて驚き、思わず缶を取るのも忘れて屈んだまま凝固してしまう。 その時、風が吹きかけて、また首を竦めて成歩堂が風に耐えていた。どこか幼く見えるその様に、自分がこれを買いにきた目的を思い出して、御剣は慌ててホットココアを取り出した。 ようやく場所を空けてもらえた成歩堂がなにを買おうかと改めて思案していると、すぐ目の前にココアの缶を差し出された。 きょとんと首を傾げて眺める相手に、顔を逸らしたままの御剣が押し付けるようにして手渡した。 「??御剣?」 自分で飲むんじゃないのだろうかと問う声音のあと、少しだけ考えた成歩堂がなにを思いついたのか手袋を外した。 そうしてココアのプルタグを空けると、ニッコリと笑って御剣に差し出す。 「はい、あけたよ」 「……………………意味が解らないのだが」 明るい笑顔に少しだけ惚けそうになりながら、御剣は唸るように小さく漏らす。 自分はそれを成歩堂にあげたくて買ったのだ。そしてそれを今、渡した。にも拘らず何故また差し出されるのかと首を傾げてみせれば、同じように成歩堂も首を傾げた。 「え?いや……あけてって意味じゃ、なかったのか?」 手がかじかんであけられないのかと思ったと目を瞬かせる成歩堂は、取り合えずと缶を御剣に渡そうと手を伸ばす。 …………触れた瞬間、びくりと御剣の腕が跳ねた。 あまりに顕著な反応に何事かと瞠目した成歩堂の指先が、改めて捕われる。片手は缶を持ち片手は御剣に掴まれて、途方に暮れたようにその両手を交互に見る成歩堂の耳に、低い声が響いた。 「………成歩堂」 「え?ど、どうかした?」 明らかに不機嫌な音は法廷で聞くものと大差ない厳しさだ。彼の逆鱗に触れるような真似はしていなはずだと行動を思い出すが、いくらなんでも缶をあけた事を怒られるとは思えないし、そうだったとしてもタイミングがずれている。 他になんのアクションも起こしていないのにと戸惑っていると、掴まれた手が更に強く握り締められた。 「なんなのだ、この冷たい手は!」 「へ?」 「手袋をしておきながら何故私の手より冷たい!矛盾もいい所だ!」 「いや、だって……なっちゃうものはなっちゃうしさ」 自分で体温調節出来るわけではないのだから、どうしようもないのだ。それを怒られても困惑するばかりでどうする事も出来ない。 首を傾げて困ったように笑うと、忌々しそうに御剣の顔が顰められる。 それは多分、成歩堂に向けられているのではなく、彼自身に向けられたもの。気づく要素がありながら見過ごしていた事が、苛立たしいのだろう。 気にする必要はないと成歩堂はいつも思うが、御剣が気にしなかった試しはなかった。 軽く息を吐き、とんと御剣の肩を叩く。缶の中のココアが零れないように気をつけながら。 「大丈夫だよ、これくらい。いつもの事だしさ」 「いつもの事ならなお………!」 「それより、早く帰ろうよ。このままじゃ本当に凍えるよ」 なおもいい募りそうな御剣にさっさと降参を言い渡す。………押し問答の間もずっと寒風は吹き付けているのだ。正直、こうしてじっと立っているだけでも辛い。 それは小刻みに震える肩を見ても解ったのだろう。ぐっと息を詰まらせて御剣が渋々頷く。が、掴んだ手は離そうとはしなかった。 「………御剣?」 そのまま歩き始めた相手に不審そうに声を掛けるが、前方を睨み据えたままの相手は応えなかった。 仕方なく溜め息を吐き、前後に視線を送るが、特に人通りはなかった。表通りから離れたおかげかと胸を撫で下ろしながら、人を見かけたら引き離そうと決める。 「なあ、ココア冷めるよ?」 折角買ったんだから飲みなよと、それこそ競歩のようなスピードで歩く相手になんとかついていきながら手を差し出す。 それを肩越しに振り返った不機嫌極まりない顔の相手は、更に顔を顰めて前方にまた逸らす。 困ったと思ってみれば、ぽつりと小さな声が漏れた。 「………君が飲めばいい」 「え?」 「寒いのだろう?私はいらない」 初めからそのつもりだったのだと告げるように僅かに拗ねた音が耳に触れる。よくよく見れば、御剣の耳も赤い。きっと寒さからではない、色だろう。 目を瞬かせて手の中のココアと彼の後ろ姿を見つめる。不器用で鈍い彼の、精一杯の気遣いだったのだろうあたたかさが、手のひらに広がっている。 それを思い、成歩堂が笑む。ぬくもりに絆されるように、彼の名を呼ぶ。 「御剣?」 けれど照れているらしい相手は振り返らない。若干歩むスピードが衰えたのは、成歩堂が手にしたココアの存在を思い出したからだろう。 仕方なさそうに掴まれた手のひらに力を入れて握り返し、反射的に振り返る相手に笑いかけた。 「ありがとう」 喜色に濡れた笑みで捧げられた感謝の言葉に、目に見えて御剣の頬が色づく。頷きながら気にすることはないとボソボソとした声で言っても、なんの迫力もない。 それに笑みを浮かべながら、機嫌よく与えられたココアを口に含む成歩堂の手を未だ離さぬまま、御剣は前方を見遣りながら思い出した事を問いかけた。 「そういえば………」 「うん?」 「何故君はすぐに追いついたのだ?」 気づかせないつもりだった御剣はそれなりに注意を払って離れた。しかも距離はたいしたものではない。買ったあと少し走れば追いつく、その程度のものだ。 気づくにしても自動販売機の前まで来る時間を考えれば、せいぜい御剣が購入したものを取り出してその後ろ姿に目を向けた頃だろう。 にも拘らず、成歩堂はすぐ後ろにいた。おそらく離れてすぐにいない事に気づいたはずだ。 「へ?そりゃ…解るよ」 不思議そうに成歩堂はココアを飲み込みながら応える。 「だって、足音がしなくなったから」 「………足音?」 「君が隣を歩く音。僕あんまり回り見ないからさ、結構音で距離を測っているんだよね」 だから見ていなくてもすぐに解る、と成歩堂が朗らかに笑った。 視線だけではなく、他の感覚でも追っている。誰よりも大事な人だから、些細な変化にも気づきたい。 それは多分、御剣にも共有される、祈り。 成歩堂の無自覚の言葉に目を瞬かせ、御剣はむず痒いような顔をして、掴んだ手のひらを引き寄せる。 当然似た体格の男の腕の中に引き込まれる事になった成歩堂が、ギョッとして目を見開いた。未だ半量は残っているココアを零さないようにと、抵抗もままならない。 真っ赤な顔で、せめてもの抗議を口にした。 「え……ちょ、ここ、道!!」 「……家でも同じ反応をするくせに…」 場所が問題かのような異議を唱える相手に苦笑して応える。手を繋ぐ事を許容していたのだから、今更それは拒むための言葉にはならない。 「少しだけ、だ。寒いだろう?」 マフラーに擦り寄る相手の仕草に困った顔を浮かべながら、数瞬の逡巡の後、小さく溜め息を吐く。 そうして許諾を伝えようかと顔を向ければ、陥落を知ったらしい相手の綻ぶ瞳が視野に入った。それに気づいた成歩堂は不機嫌さを装ってそっぽを向いて抵抗を示す。 それすら甘く感じるのか、優しい指先が宥めるように背を撫でて顔を顰める以外の抗議も出来ない。 「…………少しだけだぞ」 寒いのだから、と。言い訳のようにいって。 ぬくもりを分けてくれる我が侭な腕に、頬を寄せた。 次 |
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