柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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 「?食べないのか?」
 「………いや、食べるけどさ。それより、なに?」
 目の前にあるチョコレートを見遣ったまま、成歩堂が胡乱な目つきで御剣を見遣った。
 成歩堂の前には、チョコレート。しかもコンビニなどでは決して見る事のない、高級そうな包装紙に包まれた、横文字の店名の記されたチョコレート専門店のものだ。
 甘いものは嫌いではない。どちらかと言えば、好きな方だ。だからくれると言えば喜んでもらうけれど、明らかにこれはおかしい。
 久しぶりに時間が合うからと一緒に食事をして、そのままお開きにしようかと思ったのに惜しむような御剣の視線に根負けして、結局彼の家までついてきたのはつい先程の事だ。
 そして室内に通されてすぐ、紅茶とともに差し出されたのが、このチョコレート。
 御剣はそこまで甘いものに執着はしない。彼に比べれば成歩堂の方が強いだろう。必要とあらば情報を調べてこちらが驚くような美味しいものを見つけ出してくるけれど、彼が個人的に嗜むためにはわざわざ購入する事はない。
 あるとすれば、それは訪れるものに振る舞うためで、それは基本的に自宅であれば成歩堂であり、成歩堂法律事務所への土産であれば真宵や春美のためだ。
 つまり、差し出されたチョコレートは初めから成歩堂のためのものだ。それは解る。が、今日はたまたま自宅まで来たのだ。彼が事前に用意する暇があるはずがない。しかもこれは専門店のものなのだから、なおさらに。
 そんな疑問を思い不可解そうに御剣を見遣っての言葉は、けれど同じく不可解そうな顔で返される。
 なにがおかしいのかが解らない、といった所だろうか。顔を顰めて相手を見据える様は睨んで追い詰めるようにも見えるけれど、ただ単に困惑しているに過ぎない。
 「んー、いやさ、これだよ」
 そう言いながら渡されたチョコの箱を弄り、ラッピングを外しにかかる。
 既にジャケットを自室に置いてきた御剣もまた、成歩堂の隣に座り、そのラッピングが剥がされるのを待っている。
 単純に彼が食べたくて買ってきたのだろうかと首を捻りながら、視線だけで言葉の先を催促する相手に苦笑する。
 「今日来るって約束じゃなかったのにあるからさ。どうしたのかと思っただけだよ」
 特に意味はないと笑って告げようとしたとき、視界の中で御剣が一瞬だけ顔を引き攣らせた。その息を飲む仕草に成歩堂が目を瞬かせる。
 自分の言葉に反応するからには、必ず原因があるはずだろう。
 「……………いや、評判のいい店だったので気になっただけだ」
 「異議あり」
 視線を逸らして紅茶を飲みながらそう応える御剣に即成歩堂が切り返した。
 声は静かな調子だったが、視線が少しだけ険しい。なにを企んでいるのかと警戒し始めているのが窺えた。
 その様に一瞬息を飲みかけながらも優雅にカップをテーブルに戻して、御剣は成歩堂に向き合うように少しだけ身体をずらす。
 「異議?一体どこに疑問があるというのだね。私がチョコに興味を持つのがおかしいと?」
 軽く頭を振りながら言外に成歩堂の言葉を否定する。
 甘いものが苦手ではないのだ。たまたま興味を引かれてチョコを購入したからといって、疑われる余地はないはずだ。
 そう主張する御剣に成歩堂ははっきりと首を振った。それはあり得ないと、その仕草だけで物語っていた。
 「そうはいわないけど、タイミングがおかしいのは確かだね」
 「……………。では聞こう。何故君はタイミングがおかしいなどというのかね?」
 澱みない口調で告げる成歩堂に一瞬だけ唇を引き締め御剣は余裕を見せるかのようにゆったりと質問した。
 脳裏でここ最近の行動を反芻する。が、成歩堂が疑問に思うような行為はないはずだった。
 互いに別件の事件を扱っていたが、先に公判が終わったのは成歩堂だ。今日ようやく裁判を終えた御剣には、先に依頼の終わった成歩堂が疑えるだけの時間がない。
 それ故に、この問答はここで終了するはずだった。
 ………少なくとも御剣の中では。
 「御剣、今日が何月か、解っていないのか?」
 「ム?」
 「…………2月、だよ。バレンタインデーがあるんだ、チョコレートの店なんて、有名なら有名なほど混む時期だよ」
 「……………………………!!!」
 本気で気づいていないらしい御剣に、胡乱そうな目つきで成歩堂が教える。その事実に演技ではなく真剣に御剣が驚いている事が解るから、成歩堂は少しだけ脱力してしまった。
 この様子では特に企んだ事があったとしても些細な事のようだ。もしも大それた事を計画していた場合、些細なミスでも彼は必死の回避を試みるだろう。それこそ、不自然極まりないほどの饒舌さでもって。
 それが見当たらず、純粋に驚いて瞠目している様は、どちらかというと予想もしなかった事態に巻き込まれた子犬のようだ。
 咎めるような事ではなかったかなと思いつつ、取り合えず疑問だけは解消しておこうと職業病に近い意識で、成歩堂は御剣に更なる揺さぶりをかけた。
 「君、人混み嫌いだろ?それなのにわざわざ理由もなく買いに行かないだろ。行くとしても時期をずらすんじゃないかな。ほんの2週間も我慢すればいいだけだしさ」
 「………すぐに手に入れたいという事も……」
 「そうかもしれないね」
 「ならば………!」
 なおも言い募ろうとする御剣の言に、まるで同意するかのように頷く成歩堂。それに反撃の取っ掛かりを見つけたように御剣が口を開く。
 「だけどね」
 が、それを制するように笑んだ成歩堂が言葉を被せる。法廷で見せるような、強気な笑み。まるで矛盾を見つけ突きつける瞬間のようだと御剣の眉間の皺が深まった。
 「忘れたのかな。僕たち、どれくらいぶりに会うかな?」
 「23日ぶりだ」
 問いかけに即御剣が返す。間髪すら入れない返答に、逆に成歩堂が一瞬顔を引き攣らせた。
 しかも答えた日数の細かさになお頭痛がする。まさかとは思うが本気で数えていたのだろうか。聞いておきながらその点についても異議を飛ばしたくなった。………勿論、今はそれを飲み込み触れはしなかったけれど。
 「………、そうだね。それなのに、買いにいったのか、チョコ」
 「ム、どういう………」
 「わざわざ有名店に、時間を掛けて、混んでいるから買うのにだって時間もかかるし………でも、君はチョコの方を優先させた?そのくせ、チョコは食べずに今までずっとしまっておいたって?」
 基本的に多忙で融通が利かないのは御剣の方だ。個人営業な分、成歩堂の方が多少融通が利き、時間を合わせるのもまだ可能だ。
 だからこそ、時間が空けば御剣から連絡がある。それは大抵、一週間から二週間の間を彷徨う期間だが、たまに今回のようにちょうど審議が入ってしまい擦れ違う時もある。
 そうした時は糸鋸が憔悴する事が多いので電話でもメールでも出来るだけ応対するが、そんな最中に時間が出来て、それを理由に誘うならまだしも、自分のためだけに購入してそれをそのまま保管するなど考えづらい。
 成歩堂を最優先にするという自惚れではなく、優先しながら今現在も封も開けられずに存在しているチョコレートこそが矛盾の証拠だ。そう溜め息を吐き出しながら言えば、法廷さながらの動揺を見せて御剣が震えている。
 さぞかしその脳内では反論を考えていることだろう。それを躱すように、再び成歩堂は口を開いた。
 「それとも、そんな嘘つかなきゃいけないような事でもあったのかな?」
 にっこりと笑んで問う。嘘は嫌いなのだといつだって言い真実を求めるその眼差しに、ひくりと御剣の喉が鳴った。それだけで陥落を示すようなものだが、もう一押しと念のため成歩堂が言葉を付け加えるように呟くと、立ち上がる。
 「ま、いいけどさ」
 「………?」
 たった今座ったばかりの相手が立ち上がり、御剣は戸惑うように成歩堂を見遣る。
 それに笑いかけ、少しだけ困ったような声でコートを手に取った。
 「そんなに興味のある場所のなら、じっくり味わっておけよ。僕はそんなに味に拘らないしね」
 いい相伴相手じゃないよと席を辞すような素振りを見せると、御剣がギョッとして待ったをかけた。
 「ま、待ちたまえ!なにも帰る必要はないだろう!」
 「っていわれても。僕、そこまでして欲しがるようなもの一人で食べろと言わんばかりに渡されても困るし」
 「君が食べなくては意味がないのだっ!」
 「……………ふーん、それが買った理由?」
 素っ気なく応対していた成歩堂が引き出した証言ににやりと笑みを浮かべた。それを見て、上手く乗せられた事を自覚し、御剣の眉間の皺が色濃くなる。
 それさえも躱し、成歩堂は再び座ると、胡乱そうな眼差しでチョコを手に取って眺めた。
 「………さすがにないとは思うけど、聞いていい?」
 「…………なにかね」
 「変な薬とかの混入はないよな?」
 「君は私をどういった目で見ているのだっ」
 「まあ、やるだけの度胸はないけど妄想くらいはしてもおかしくないかなーと。君も一応男なんだし。まあ僕としては出来ればそれも遠慮したいけどね」
 あっさり返された肯定的な返事に御剣ががっくりと肩を落とす。もっとも成歩堂の発言に対しての異議も反論もなかったけれど。
 それには敢えて触れず、成歩堂は包装紙を改めて剥ぎ取り、中のチョコを取り出す。極普通……けれど上質である事が一目で分かる洗練されたボンボンショコラが箱の中には散りばめられていた。
 一体なにが彼の興味を引いたのかは謎だが、成歩堂にはおいしそうなチョコレート、で終わるものだ。首を傾げて説明を求めるように御剣を見遣る。
 苦々しそうな顔は、けれど視線を逸らしていて解答を口にする事を教えている。その横顔はどこか拗ねているそれにも似通っていて、成歩堂は目を瞬かせた。
 「…………先日、記事で見たのだが」
 言いづらそうにモゴモゴと口の中で話すような御剣の声に耳を傾けながら、成歩堂が頷く。相手に聞く姿勢がある事を理解して、若干御剣の声がはっきりする。
 そして、いった。……………ある種爆弾発言的な、一言を。
 「チョコは、恋人とのキスよりも興奮作用が強い、と」
 「……………………………………………………………」
 御剣の言葉と同時に成歩堂の動きが止まった。凝固しているといってもいいだろう。表情すら凍り付いたままだ。
 その反応に御剣は目を瞬かせて首を傾げる。そこまでおかしなことをいったのかと悩むが、なにが成歩堂に衝撃を与えたのかさえ解らなかった。
 「成歩堂?」
 どうかしたのかと問う声に、ぴくりと成歩堂に肩が揺れる。
 同時に、成歩堂の顔が一瞬で赤く染まった。若干身体を御剣から離して、睨むような目つきで問いかけてくる。
 「そ、そんな事言われて食べられるかっ!なんだよそれ!!」
 「なんだと言われても………事実なのだが。君はチョコは嫌いではないだろう?」
 「好きだよ!でも君の前で食べる気は一気に無くなった!!」
 「何故!!」
 「じゃあ聞くけど、なんでその理由で僕に食べさせようと思ったんだよ!!」
 叫び合うような言い合いは、深夜に近い時刻だという事も忘れられて成された。
 普段であればそうした点に常識的な良識を持ち合わせている成歩堂も、騒ぎを嫌う御剣も、互いの主張のために時刻も状況も頭から抜け落ちている。
 「……………、いっても、怒らないなら」
 「………つまり怒るような事なのかっ?」
 「……………………解らないが、君はいってくれない言葉だから、怒るのかもしれん」
 不快にさせるのは本意ではないのだと、項垂れるような声音で御剣が呟く。その音に、警戒心の強まっていた成歩堂の意識が揺れる。
 時折、御剣は言葉の用法や理解を取り違える事がある。あるいは誤解を想定する事なく告げたり、突拍子もない連結を行う事も珍しくはない。
 今回もその類いなのだろうかと、小さく深呼吸をして気持ちを鎮め、顔を逸らしたまま沈鬱な表情でどこかを睨む相手を見遣る。
 「………解ったよ。怒らないから、教えてくれるか」
 こんな事で絶縁するほど薄情じゃないと教えるように苦笑すれば、少しだけ間を空けてこちらを見遣った御剣の詰めた息を吐く音が響く。
 「………君は、あまりこうした関係を得意とはしないだろう」
 ぽつりと呟き、御剣の視線が成歩堂の手の中にあるチョコに注がれる。
 「私の思いに応えてくれはするが、君の口から同様の言葉を、聞いた事がない。勿論、友情としてのそれは……あるのだがな」
 自嘲するような笑みを唇にのせて御剣が言う様は、その端正な容姿も相俟って絵にはなる。が、その内容はひどく抽象的であやふやだ。
 普段はっきりとした言葉での証明を求める割に、案外彼は自分に何かを求める時は言葉を形成しない。あるいは、告げる事で壊れるものがあると、恐れているのかもしれない。
 思い、苦笑する。
 ………そんなわけがないと、成歩堂は知っていて、御剣は知らなさすぎる。もっとも、それは成歩堂が普段あまりに淡白過ぎて自信を持てないせいでもあるのだけれど。
 「えっと……つまり、恋愛にテンションが低いから、もう少しテンションを上げさせて、好きだって言わせたかった………って、事?」
 彼の言葉を自分なりに解釈して告げてみれば、少しだけ考えた御剣は、こくりとはっきり頷いた。
 まるで中高生のような理由に、成歩堂は一瞬目眩を覚えた。言わなくても解るはずの意識だが、あまりに自分に負い目の多い彼は、言葉にならない意識を信じきる事はできない。
 「…………………、ダメだろうか」
 そうした考えが、か。あるいは告げる事が、か。それは不明確なまま、御剣は最終決断を求める。勘違いと取り違いの多さは、こうした早とちりと言葉の少なさのせいだろうと、状況も忘れて成歩堂は心中で溜め息を落とした。
 ダメかと問われて、否と言える問答なのだろうか。
 拒否はそのまま思いの拒絶だ。時折彼は計算もなにもなく、素で自分を追い詰める言葉を吐く。
 乱暴な仕草で自身の髪をかき回し、未だ赤い顔のまま、成歩堂は顔を背ける。
 どうせ、解答は一つしかないのだ。それならせめて、言い訳くらい欲しい、と。
 味も解るはずのない心境のまま、箱の中のチョコを一つ、口にした。

 目を瞬かせる御剣には解らない行動。
 でも、どうせすぐにその顔はほころぶ。

 美味しいはずのチョコの甘みも苦味も解らぬまま、それを飲み込んだ。


 次に開く唇は、音をふるわせるだろう。



 ………甘く香るチョコレートと、同じ甘さを綴りながら。







 なんだかギャグ風味。
 相変わらず恋愛としては成り立っていないような二人です。一応そうなんだけど、言葉にするのも難しいし態度なんてもっと難しい!という。
 でも本気で求められれば断りようがないという(笑)まあ御剣が強請る事が微笑ましい事ばかりだから成歩堂も安心だろうさ。
 で。この人たちどこの中高生?(一応検事と弁護士をやっている立派な成人男性ですよ)

08.2.4