柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
ずっとずっと、思っていたんだよ 04.ただ傍にいること じっと見下ろした先で眠る人に小さく苦笑する。 健やかな寝息が響いて、彼が疲れていたのだろう事が解った。その癖、彼はそれをなんてことはないと頑なに主張して、こうして自分を招いたのだけれど。 「馬鹿だなぁ」 ソファーに寄りかかったまま船をこいでいる頭を軽く撫で、その足元に座った。ソファーに座っても良かったけれど、眠りの浅い彼はその程度の振動でも起きかねない。 出来ればそれは避けたい事だ。彼が疲れているかどうかくらい、自分でも解る。だから一人でゆっくりしなといっても彼は聞かない。 やれやれと軽く息を吐き、睫毛の落とされた端正な顔を見上げようとして、止める。彼は寝顔を見られるのを好まない。彼自身に記憶がなくとも本人が嫌がだと思うなら、出来るだけ避けた方がいいだろう。 「………ま、馬鹿は僕もか」 こんな風に眠ってしまった人間の足元に座って、なにをするでもなくぼんやりしている。 起こしたいかとか、退屈だから構えとか、そういった感覚は希薄だ。ただ彼がそこにいると解るだけで、自分は満たされる。 ただ傍にいられる事が嬉しいのだと、彼に伝えたなら複雑な顔をされるけれど。 あんまりにもいままで願い過ぎて、それが叶わな過ぎて、願う事がヘタになったのかも知れない。彼が言うような小さく可愛らしい我が侭は、自分には希薄な概念だ。 ………それを欲しがらないのは想っていないからかとか、そんな風に彼は直結してしまう。 その単純さに時折異議を飛ばしては盛大な言い合いをして、一方的に自分が相手を言いくるめるという展開が多々あるけれど、なかなか互いに改善の見込みがないのも事実だろう。 解らないものを説明もなく解れと言われても、困る。それはきっと、彼にとってもなはずだ。 けれど彼は自身の感覚が共通すべき全てだと思う節があって、自分のような物思いは理解出来ないらしい。それはそれで仕方がない事だろうと許容しても、それが寂しいとも言うのだから、どうしようもない。 トン、と。眠る人の膝に頭を寄せる。寄りかかってみても相手は気づかないらしく、寝息に乱れはなかった。 視線を巡らせれば彼の指先は軽く組まれ、膝に鎮座していた。 じっと、その無骨な指先に魅入る。男の指先だ。決して綺麗ではない。自分と大差ないそれを眺めながら、なんだか不思議な気がして、手を伸ばす。 組まれた両手の指先を包むように手のひらで覆う。………微かに、指先が揺れた気がした。 撫でるように揺らし、彼の手首に辿り着くと、掴むように添わせる。決して強くはない力に、また彼の手が揺れた。 多分、起きたのだろう。眠りの浅い彼は、触れるとすぐに目が覚めてしまう。 けれど特に彼は声をかけてくるでもなく、自分の好きにさせていた。それならと思い、また指先に辿らせたあと、組まれた指を解くよう強請る。突ついた指先に程なく指先は解放され、解かれた。 それにこっそり笑って、片手を取り上げ、引き寄せた。床に座り込んでいる体勢では間近に寄せても顔の目の前にしかこない。それはそれで仕方がないと思いつつ、目の前の手のひらをいじくった。 手で包み、指先で辿り、押し広げ、拳に換えて。他愛無い仕草を飽きもせずに繰り返していると、不思議そうな声音がようやく空から降り掛かって来た。 「…………珍しいな」 君が触れてくる事が、とは敢えて言葉にしないで告げた御剣に、成歩堂は笑いを喉奥で収めた。 相手は至極真面目に呟いているのだろうけれど、残念ながら声の調子に彼は感情を滲ませやすい。 嬉しいと、充足を覚えている豊かな低音。普段からそれくらい余裕があればいいのにと、少しだけ意地の悪い事を思いながら、成歩堂は御剣の手のひらと握手をする形にして、その顔を見上げた。 「たまには、ね」 そういう時もあるのだと軽やかに彼の言葉を躱して、握手をした手のひらを解こうと力を抜いた。瞬間に、逆に掴まれてしまう。 目を瞬かせて、見上げていた視線を手のひらに戻す。御剣の膝の上で二人の手のひらが掴み合ったまま静止していた。 奇妙な図だとどこかで思いながら、どうかしたのかと彼を見上げる。と、少しだけ罰の悪そうに眉を顰めて御剣は目を逸らした。 「……………ダメか」 問うというより、諦めたような声。言葉尻には溜め息もくっついていて、彼が初めからダメ元で握り締めた事はよく解った。 名残惜しそうに手を離そうとした御剣の指先を、今度は成歩堂が掴む。握手ではなく腕相撲をするかのように組み替えて。悪戯を秘めた視線で見上げれば、それは成功したようで、相手は目を瞬かせて惚けている。 機嫌よくそれに笑いかけ、少しだけ引いた手の甲を、頬に寄せた。彼の手のひらが驚いたように跳ねるのを感じる。 「たまには、っていっただろ。少しは堪能しておきなよ」 自分の言葉にひどく過敏に反応する御剣は、いっそ臆病だ。拒まれる痛みを味わわないために、初めに諦める事を覚えてしまっているせいかも知れない。 そして、自分はそれら全てを取り払って与えられるほど、素直でもなければ従順でも貞淑でもない。怯えもあるし恐怖も感じる。無二と思うものを得る事で、それを失う未来があることを恐れるのは、なにも彼だけではない。 沢山……沢山望んで、願って、欲しがって。それでも手に入らないものが山とある事を、この年齢になれば覚える。 それは、人を臆病にする。だから、彼の怯えは、自分とは質は違うかも知れないけれど、解る。 だからこそ、それを溶かしたいとも、願えるのだ。………幾分の勇気と度胸と覚悟を要するのだから、常日頃から与えられないのがネックだけれど。 ぽてりと紅潮してきた頬を隠すように御剣の膝に顔を埋めて、それでも拒否ではない事を教えるように手のひらの力を強める。 微かに……息を飲む音。 次いで、小さな間。 きっと彼の顔には笑みが浮かび、優しく綻んでいる事だろう。それを見上げられないのが少しだけ寂しい。 すぐに見上げられる位置にあるけれど、それを得てしまえば更に赤味も増して、倍増する羞恥にすぐに自分は堪えられなくなってしまう。 それはやっぱり、惜しいから。………少しくらい、自分だって彼を求める時があるのだ。それは確かに本当にささやかで希薄で微かで、鈍い彼には決して気づかれないくらいのものではあるけれど。 それでも何よりも深く長く祈り続けたのだ。 一緒にいたいというのは、結局は彼の時間が欲しいという事だ。傍に居てというのは、自分を見てほしいからだ。 解っているけれど、素直になんてなれるわけがない。 告げてしまえば、最後だ。きっと自分は彼を独占してしまう。欲しくて欲しくて、ずっと自制していた箍が壊れてしまう。 「………たまにではなく、いつでも、が私はいいのだが……」 柔らかな音で、少しだけ拗ねながら綴る声。そっと後頭部に触れるぬくもりが、あやすように頭を撫でる。 小さな我が侭を素直に口に出来る彼の勇気は凄いと、思うけれど。困ったように笑った唇を彼の膝に隠して、聞こえるギリギリの音量で返答する。 「少しずつ、ね。出し惜しみくらいで僕には丁度いいよ」 「出し惜しんでどうする。勿体無い」 素っ気なく返された声はあまりにも彼らしい。心の全てを惜しむ事なく一人に差し出せるから、彼に躊躇いもなにもないのだろう。一度決めたなら、彼はそれを貫く強さがあるから。 それは自分にはない強さだ。至純さだ。………それが向けられている事への安堵と至福を、きっと彼は知らない。 「うん………でも、少しずつ。僕が一杯一杯になっちゃうからさ」 この通りまだ熱が引かないのだと、教えるように熱い頬に彼の手の甲を引き寄せる。 少しだけ沈黙したあと、頬の熱の意味が解ったのか、彼の指先は惑うように僅かに蠢いて、微かな溜め息のあとに空いている腕で人の頭をぐしゃぐしゃに掻き混ぜた。どうせ崩れかけていたセットだけれど、今ので前髪が数房落ちてきた。 「……あまり可愛いことを言わないでくれ。抱き締めたくなってしまう」 小さな呟きに驚いて見上げた先の顔は、自分に負けず劣らず真っ赤で。それをつい、可愛いなんて思ってしまった。 だからきっと、つい、零れたのだ。…………こんな、言葉が。 「いいよ?」 手のひらを握り締めてそう告げれば、更に彼の顔が赤くなった。これは照れてなにも出来ないかな、なんて楽観視したら、その隙を突くかのように彼の両腕が伸びて、床から無理矢理引き上げられた。 肩が痛かった、なんて。文句を言う暇もない。 苦しいくらいの強さで抱擁を与えられて、ただひたすらに目を瞬かせる。 その背を苦笑とともに抱き締めて、早鐘のように鳴り響く心臓を持て余しながら、目を瞑る。 相変わらず必死で。 相変わらず一途で。 相変わらず、可愛いと思ってしまう、彼だけれど。 それでもその手が求めてくれるなら、いつかは彼の願いに添えるだろうか。 こんな臆病で卑怯で、それでも君の事ばっかり思う、僕でも……………
御剣の事が好きな成歩堂、でした。 …………そんなに普段御剣のこと邪険に扱っていますか、うちの成歩堂(汗)一応私の感覚では大好きという感じなのですが。あれでも。 ま、まあきっともっと両思いっぽく!という意味であろうという事で、そんな雰囲気………は難しかったので、成歩堂もこんなに一杯御剣の事思っているんだよ!としてみました。 ……………だからこれ、デフォなはずなのになんで?(悩) うん、解っています。あれだけ盛大に接触怯えて拒否っていれば両思いには見えないもんね(遠い目)諦めて下さい、御剣(オイ) 08.4.15 |
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