柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
決めたのは単純なこと 1.勝気そうに輝く笑み ソファーに座って魔術の入門書を読み返していると、かちゃりとドアが開く音がした。 首を回してそちらに視線を向ければ、つい先日自分の父親になるといってくれた人が立っている。自然と綻んだ顔で立ち上がり、机の上に本を置くと駆け寄った。 「お帰りなさい、パパ!」 元気よく弾ませた声に、彼はその大きな手を伸ばして頭を撫でてくれた。ついで、ただいまと囁き、名前を呼んでくれる。 この瞬間の至福は、なかなか薄れることがなかった。 優しく包んでくれる声が、自分の名前を呼んで頭を撫でてくれる。仕事が違う今の父親は、残念なことに丸一日一緒にいるということは不可能だった。その代わり、今までとは違う嬉しいことが増えた。 彼が帰ってきて、おかえりといえること。自分が帰ってきて、ただいまといえること。………どれも新鮮なことだった。 いつも一緒にいると、そんなことをいう機会が少なすぎて、いままではどこか希薄な感覚だったけれど。 ここに自分の居場所を作りたいと彼はいい、そんな沢山の普通のはずのことを、自分にくれた。 「今日はどこに行ってきたの?」 首を傾げて大きな彼の顔を見上げながら問いかけた。 それに少しだけ彼から躊躇いが返る。じっと見遣った先、彼の視線が微かに揺れて、瞬きが繰り返された。 多分それは無意識の、仕草だろう。唇に浮かぶ困ったような笑みは、いつものものと変わらない。 言葉を考えているようなそれは、さほどの間を置かずに消えて、そっと唇が開かれた。 「うん………そのことで、少し話があるんだけど、いいかな?」 静かな声で問いかける。自然な動作で彼はしゃがみ込んでいて、視線を合わせてくれた。 多分、これも癖なのだろう。きちんと話そうとするとき、彼は必ず目を合わせる。相手の嘘を見抜くためではなく、おそらくは自分に嘘がないことを知らしめるために。 とても優しい癖だ。出来ることならなくしてほしくない、そんな類いの。 間近な視線に笑いかけて、頷く。そっと彼の手を取って、自分が座っていたソファーへと連れていった。 「どんなお話?みぬきにも解るかな?」 首を傾げながら、難しい話でないといいなと思った。 まだ幼い自分には、少しだけ大人の言葉は解らない。ちょっとの間会えないよといった本当に父は、その痕跡すらなくして消えている間っ最中なほどだ。 …………自分は、てっきり魔術ショーだと思っていた。消えてしまったそのあとに、拍手と歓声の中、父が舞い戻ると信じていた。 けれど父は帰ってはこない。多分、ちょっとの間というのは、自分の時間ではとてもとても長いものなのだろう。魔術ショーが終わる、そんな僅かな時間のことではなくて。 そんな疑問をぶつけたこの手を繋ぐ彼は、噛み砕いた言葉でとても真摯に、はぐらかすことなくそんなことを教えてくれた。 とても言葉は難しくて、伝わりきらないこともあると、俯き だから、きっと自分は選んだのだろう。待ち続けるその間、この人の傍にいようと。 沢山の人がこの人のもとにやって来て、沢山の言葉を投げかけていた。怒っていたり泣いていたり叫んでいたり。まるで何かの劇を見ているような、そんな非日常さ。マジックショーさながらの不可解さ。 そんな中で、彼だけは静かだった。 相手の感情の全てを受け止めて飲み込んで、そうして、帰るその時には必ずその人たちは笑みを浮かべているのだ。少しの諦観と、彼ならきっと大丈夫だという確信を秘めて。 それでもきっと誰も気付いていなかった。その人たちの言葉を受け止めているときの、彼の仕草。 必ず笑みが象る唇。微かに細められた瞳の奥で揺れる水の帳。投げ付けられる現実と、この先の不安に、彼が揺らめかないわけがない。 今までの全てが瓦解した現実を認識するには、まだ少なすぎる時間しか経っていなかった。 ぎゅっと、彼の手のひらを握る。ソファーに腰掛けて、チグハグになった視線を惜しむように見上げた。 気丈に笑い続ける人だったから、自分は守りたいと思った。誰にも泣き言をいわないで乗り越えようとしていた姿は、自分に勇気をくれた。 真っすぐに未来を見据えて、成したいことを思う彼の瞳の輝きは、自分の目にすら偽りを読み取らせなかった。そんな人、そうはいない。………それくらいはよく、知っていた。 「難しい話じゃ、ないんだよ」 そっと声を紡ぎながら、どれから話そうかと視線が揺れる。それに笑いかけて、ぐっと両手を胸の前で握り拳にしてみせた。 「うん、頑張って聞くね!」 だから全部話してくれて大丈夫と、満面の笑みでいった。 隠し事はしてほしくない。…………もしも自分を悲しませるような事実であっても、知らないままそれに直面するよりは、知っていて覚悟を持っていた方がいいと、今はもう自分も知っている。 その意気込みを示してみれば、彼はすぐに看破して、笑んだ。優しく、少しだけ遣る瀬無さそうな、その笑みで。 躊躇いがちの間を開けて、彼は首を傾げ、どこか寄る辺ない子供のような目で、告げる。 「時間がね、欲しいんだ」 「………………?いつ?」 端的な言葉は主語がない。なんのための時間をどのくらい、いつ頃欲しいのか、まるで解らなかった。彼と同じように首を傾げてみると、彼の瞳は細まって、泣き出しそうな笑みがたたえられる。 ぎくりと唇を噤むと、慌てたように彼が両手で頬を包んでくれた。怯えないでいいと教えてくれるように、そっとその額を合わせてくれる。小さなぬくもりにほっと息を吐き出した。 「ごめん、変ないい方だったね」 「……ううん、みぬきは平気だよ」 「うん、だけど………上手くいえなかったから。あのね、今回の事件のことは、解るよね?」 気丈に笑った自分に、彼はそっと瞼を落としてくれた。多分、目尻に涙が溜まっていたせいだろう。頬を包む指先が揺れて、そっとそれを掬い取ってくれる。 くすぐったい優しさに目を細めて、自然と浮かんだのは、笑みだった。響くその音に耳を澄ませて、優しい指先に頬を寄せるようにして、大丈夫だと頷いてみせる。 それを受けて、彼がまた少しだけ逡巡する。告げる言葉を選んでいるのだろう間はすぐに終わり、落とされたままの瞼で、彼は呟く。 「僕はまだ、真相が解らないんだ」 だから、と、彼は息を飲み込みながら、いった。 「時間が欲しいんだ。だけどそれは多分……ううん、絶対に、みぬきにも迷惑をかけると思うんだ」 懺悔するようなその声に、きょとんと目を瞬かせる。 首を傾げて、彼の言葉をよく吟味した。言いたいことはとてもシンプルで、自分にも解るけれど、たった一つ、解らなかった。 疑問を持っていることを傾げた首の振動で知ったのだろう。目を開けた彼が、しなだれそうな面持ちでこちらを見遣っている。 目を瞬かせて、悲しそうなその顔に驚いて手を伸ばした。 彼がしてくれたのと同じように頬を撫でて、そのまま彼の頭を撫でる。泣きそうな大人の男の人を慰めるのなど、当然初めてだ。方法など解らないから、自分がしてもらって安堵することを贈った。 指先で触れる彼は、泣き笑うように破顔して、頷く仕草で大丈夫だといい、自分に発言を促した。 本当に大丈夫かと、少しだけ不満な顔でじっと彼を見遣りながら、それでも余計に悲しませるのが怖くて、俯いた。嘘のすべてを暴くことが幸せに繋がるなんて、自分は思っていないから。 「なんで、みぬきに迷惑なの?」 「だって……働けないよ?ちゃんとした定職に就けない。それは、金銭面でも時間的な規約でも、君にも負担がいくだろ?」 「…………?いいんだよ?だっていったでしょ、みぬきは」 戸惑いをのせて幼い自分に苦労をかけるだろうというその声に、目を瞬かせる。 多分彼は、欲しいものを買ってあげられないとか、そんな意味のことをいっているのだろう。あるいは、好きなところに連れていってあげられないとか、そんなことを。 それでも、自分が欲しいものは少し違う。 おもちゃが欲しいわけじゃない。可愛い服もいらない。遊園地も動物園も映画だって我慢出来る。 そうした全てよりも、ずっと最優先で願うことがあるから、それさえ叶えば、自分は嬉しいし幸せだ。だから、少しだけ勘違いしている彼の顔を覗き込んで、にっこりと満面の笑みを浮かべた。 「みぬきがパパのこと養ってあげるって」 嘘でも冗談でもなんでもない、本気の言葉。……………自分は尽くされることだけが当たり前の、ただの子供ではないのだ。 プロとして舞台に上がることが出来る。自分一人ぐらい、どうにか出来るのだ。頑張れば、彼への負担だって減らしていけるはずだ。 そう断言する自分に、けれど彼は頷かずに眉を垂らして戸惑うように自分を見遣った。 「だけど………」 躊躇うのはきっと、彼の倫理。この小さすぎる腕は、誰もが守るための存在だといわしめるに十分すぎる。 それでも、不敵に笑ってみせた。それは彼によく似た仕草。彼がよくするその無条件降伏をしてしまう無敵の笑みは、さして長くないこの時間で見つめてきた。 それがどれだけ対峙する相手を救うか、この目は見抜き続けてきたから。 「いいんだよ、みぬきなんだから」 他の誰でもない自分に甘えてと願うように、模倣した笑みで彼を抱きしめる。 小さな腕に小さな身体。きっと誰もが守ろうと思ってくれる、そんな自分の育ちきらない幼い肉体。 そんなものよりも、自分のこの心を評価してほしい。 彼のために何かしたいのだ。頼ってほしい、甘えてほしい、迷惑をかけて構わない。 ………………ただ、一つだけ、欲しいことをくれるなら。 「みぬきに、守らせてほしいんだよ?」 まだ子供の自分にはその術はとても少なくて、どれほど必死になっても全部簡単にこの手から零れてしまう。 だから今度こそ、守らせて。彼が彼であるために必要なことを、与えさせて。 願いを込めて抱きしめた腕は、ただしがみつくだけの痛みを伴う幼い抱擁。それを優しく抱きしめて、彼は困ったように笑って、間近な自分に頬を寄せた。 彼の囁きと一緒に吐き出される、溜め息のような吐息が髪をくすぐった。 「ありがとう」 「うん」 「………これからも、よろしくね?」 「うんっ!」 そっと囁かれる声は優しくて、はぐらかすための声ではない誠意に満ちた音だった。子供の戯れ言と一笑されても仕方のないそれを、彼は抱きしめてくれた。 それが嬉しくて。………約束をくれる彼が、嬉しくて。 今度こそ守ろうと、心に誓った。優しくて不器用で、何よりも誠実なこの人を、自分の手で守ってみせる。 帰る場所をくれた優しい人の体温を頬に感じる。 その人がいつだって前を進めるように、自分は笑おう。 彼が笑ってくれる、それだけが。 自分の生きる糧に変わるから。 一応今回のお題は時系列的に流れに沿う感じで。 まだ成歩堂も若いし、やろうと思えばなんとかちゃんと定職に就いて、みぬきちゃんが働かなくても大丈夫な環境は作れると思うのですよ。 相手がみぬきちゃんじゃなかったら、永遠に真相は解明されないままだったんだろうなー。そのために動く時間が絶対的に少なすぎて、バラバラのピースだけが散らばったまま、時間だけが過ぎていくように。 まあもっと単純なことをいってしまえば、いくらなんでも子供が養ってあげるから!といったからといってあっさりそれに任せてはいないよね?(汗)と思って考えてしまった話ともいいます。男前過ぎるよ、みぬきちゃん(苦笑) ミツナルの方とこっちとどっちにしようかなーと思いながら、血涙流された御剣よりはみぬきちゃんだよね☆とあっさり決まりました。 そんなわけでハッピーバースデー、朱涅ちゃん。押し付けさせていただきますよ。 07.7.4 |
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