柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
小さな手のひらが、差し伸べられる 2.泣きそうなのを必死に堪えて ぼんやりと空を見上げたら、綿飴みたいな雲がのんびりとたゆたっていた。 それを何とはなしに目で追って、緩く息を吐く。 こんな風に平日の真っ昼間になんの気兼ねもなく空を見上げていられるなど、贅沢だろう。思いながら苦笑が浮かんでしまう。 途方に暮れもしない自分が、少しだけ滑稽だ。けれどやるべきことが解っているから、落ち込んでいる暇はない。 どんな理由であれ、真実のみを晒すべき場所に、自分は出所も不明の証拠品を提出したのだ。それが故意に仕組まれた罠であったとしても、現実にそれを取り扱ったのは自分だ。 回避出来たにもかかわらず回避しなかった。それならばその事実は、自分が背負うべきものだろう。 自身の迂闊さを呆れはしても、糾弾の声に批難はむけられない。むけるべきことでもない。もっともそういって宥めた友人たちはみんなこぞって憤慨して、こちらが戸惑ってしまったけれど。 どちらにせよ、今はまだ真相が解らない。それならばそれを掴むまで、やるべきことがある。それだけでいいのだと笑う自分を、馬鹿だと泣きそうな顔でみんなは励ましてくれた。 「パパ?」 雲を見上げたままの姿勢でつらつらと考え事をしていたなら、自分を呼んだらしい愛らしい声が聞こえた。 自分がその代名詞が当て嵌まる年齢とは少々言いづらい。それでもあっさりと自分をそう呼び慕ってくれる少女に視線を向け、笑いかけた。 「お帰り、みぬき。どうだった?」 「バッチリだよ!あとはこのお洋服持っていけば大丈夫!」 ニコニコと無邪気に笑いながら彼女は大きなスポーツバックを掲げた。彼女の身長が小さいせいか、まるでバックに襲われているようにさえ見えるそれは、許容量オーバーで悲鳴を上げているのが一目で解った。 もっともそれだけで引っ越しの準備が終わったことを逆に誉めるべきなのだろう。 まだ10歳にも満たない少女だ。欲しいものも諦めきれないものも数多くあるだろうに、彼女は自身が心血注いでいる魔術に関するもの以外は、本当に数えるほどしか必要なものがないと笑った。 先程事務所の方に郵送した荷物も全て魔術の道具だった。おそらくこのバックの中に洋服をはじめ、学校で必要なものが入っているのだろう。膨れ上がったバックを気の毒そうに見ながら、ベンチから腰を上げ、少女に一歩近付く。 そのまま駅への道へと身体を反転させようとする少女の前にすとんとしゃがみ、手を差し伸べる。気付くだろうかと少しだけ悪戯を仕掛ける子供の気持ちを味わいながら。 「?帰るんでしょ?」 不思議そうに首を傾げた少女に、小さく笑う。 独立心の強さはあの父を持ったが故なのかもしれない。自身のことは自身で背負うことを、この幼い少女はよく知っている。 だからこそ、大人の男である自分を養ってあげるなど、本気で口にすることが出来たのだろうし、事実そうするつもりだったのだろう。 それでも自分の目に映る少女は幼くか細い手足しか持たない、守るべき命だ。 苦笑するように破顔して、ちょんと、彼女の持つバックを指先で突く。視線でその動きを追っていた少女はまた首を傾げて不思議そうに自分を見た。 「荷物。僕が持つから貸して?」 「え?!だ、大丈夫だよ!みぬき、こう見えても力持ちなんだよ!」 ボウシくんを操るために頑張ってトレーニングしたのだと言いながら、また膨れ上がったバックを掲げるようにして持ち上げる。 確かに自分自身と同じくらいの重さまでなら、この少女は当たり前のように持ち運ぶのだろう。それを苦にせず当然だと笑えるだけの度量もある。 けれど、だからといって見ているものの気持ちまで同じになるとは限らないと、バックを突いた指先をそのまま彼女の頭に向け、さらりとその髪を撫でた。 きょとんと彼女は目を丸め、次いではにかむように笑った。それは見ているこちらまで幸せになるような、そんな幼い笑み。 「うーん、それは……もしかして僕、その荷物も持てないくらい、か弱そう?」 しゅんとした顔で恨みがましく見遣っていってみると、途端に少女は慌てた顔をする。 か弱くはなくとも頼りなさそうだとは思われていそうだと思っていたが、存外そうではないらしいことがその慌てぶりから察せた。 抱え上げていたバックを取りこぼしそうなほど慌てふためいて、ギリギリのところできちんと自分でキャッチした彼女は、そのままバックを抱きしめて言い募ってきた。 「違うよ!パパはとっても強そうだけど、みぬきがパパを守ってあげるんだから、みぬきのことでパパが大変な思いしちゃダメなんだよ!」 それはもう必死な声で。………もしもここに多くの人がいたなら、一体どんな親子だと訝しがられそうな、そんなことをはっきりとした大きな声で自分にぶつけてくる。 可愛らしい声は可愛らしい言葉を紡ぐよりも、男らしいとさえいえる言葉を紡ぐことが多い。 ………それはひとえに、彼女が守られる側にいるのではなく、守る側であろうとしているせいだろう。 少しだけ寂しいことに思い至りながら、首を傾げて目を瞬かせ、少女に問うように声をかけた。 「みぬきが、僕を守ってくれるの?」 「そうだよ!」 えっへんと胸を反らして誇らしげに彼女が言い切る。初対面の時から思っていたけれど、自分の意志をはっきりと言葉に出来る子だ。誰かのために尽くすことを喜びに出来る、子だ。 瞳を細め、そんな少女を見つめる。 一人だったなら凹んでしまいそうな現実だけれど、こんな小さな命が自分を守ろうと本気で手を伸ばしてくれるなら、あながち悪いものでもないのかもしれない。もっとも、少女の主張は大分世間一般という域を無視した、独特なものばかりではあったけれど。 それさえももう慣れてしまった。そんな風に思えるのが、少しだけくすぐったくて嬉しい。 思いながら、ふわりと少女に微笑みかける。 しゃがんだままの視線は少女と同じ高さで、お互いの顔はすぐ近くだから、どんな表情もお互いに筒抜けだった。 じっと互いを見つめながら、言葉遊びを仕掛けるように、そっと声をかける。 「じゃあ、僕を守ってくれるみぬきの両手が塞がっているのは、不安だね」 「え?」 「だって、僕が危ない目にあった時、助けてもらえないよ?」 きょとんとした少女に首を傾げて問いかけてみれば、すっかり失念していたらしく驚きに目を丸めていた。 こんなところはまだまだ子供だと苦笑して、もう一度手を伸ばした。 「ね?僕だったら片手で持てるし、4本のうち3本が自由なのと、4本のうち2本が自由なのじゃ、全然違うだろ?」 だから僕が持つ方がいいと、言い包めるようにして告げてみれば、難しそうに顔を悩ませて必死で考えている少女が見える。 きっと、本当にその脳裏では沢山のことを考えているのだろう。その全てが、いま目の前にいる、まだ出会ってほんの二週間程度の自分のことだ。 情の厚い彼女は言葉に換えた全てを誠実に守ろうとしてくれる。 だからこそこの幼い少女の告げる言葉の重さを噛み締める。 この先きっと、言葉を違える事なく彼女は自分を守ってくれるのだろう。危険があればその身を挺してでも。心が砕けそうならその代わりにすらなろうと。 一途に真っすぐに、自分だけに。 与えられるには過ぎた情だと思いつつも、それがあることを心から感謝している。守るものがあれば、自分は笑っていられる。不敵に前を見遣れる。 「うーん………なんだか納得いかないけど、パパが不安なのは嫌だなぁ」 少しだけ不貞腐れたように唇を突き出して、渋々ながらそう呟いた彼女は、手の中のバックを諦めたように地面に置いた。 それを見つめ、にっこりと笑いかける。 「じゃあ、僕が持ってもいい?」 地面でへたれることも出来ないほどぎゅうぎゅうに詰め込まれたバックの取っ手に手をかけると、その上にそっと小さな手のひらが重ねられる。 どうしたのだろうかと首を傾げて見遣れば、その先にいるのはいつもの自信満々の笑みを携えた幼い少女。 「いいよ。でも、条件付きだよ」 そういって、彼女はその小さな手のひらをこちらに伸ばした。 それを視線で追い、細い指先が自分の左腕に触れたのを確認すると、ようやく彼女のいう条件を悟る。 苦笑して、そんな他愛無いことを条件にしてしまう彼女の強さと弱さを思った。 見遣った視線に若干の痛ましさが宿ったのか、少女は殊更に弾けるような極上の笑みを浮かべて、甘えるようにしてその小さな腕を頑強な左腕に絡めた。 「駅まで、手を繋ごうね」 「…………かなわないな、みぬきには」 どれほどこの幼い少女の心情を慮ろうと、最終的に彼女の方が自分を思いやり、心のしこりをなくせるようにとその手を伸ばしてくれる。 バックに伸ばしていた右手で彼女の頭を撫でて呟けば、きょとんとした目で見上げられる。そんな仕草は年相応で、未だ小さな少女が守られるべき存在だと自分に如実に知らせた。 「そうかなぁ。みぬきは、パパには絶対にかなわないと思うけどな」 不思議そうにいって、ぎゅっとその腕に込める力を強める。それに微笑みかけて、もう一度頭を撫でてから、立ち上がった。 「うん、じゃあ、お互いにかなわないってことで……帰ろうか?」 そろそろ電車が混んでしまうと公園内の時計を見遣って呟けば、真面目そうな顔で彼女も頷きその手を伸ばした。 取りこぼさないようにと訴えるように、小さな手のひらはしっかりと握りしめてくる。それを見つめてみれば、視線に気付いたのだろう、少女がこちらを見遣った。 「手、繋いでいいんでしょ?」 駅まではと、そう告げる少女に苦笑して、同じように握りしめる手のひらに力を込める。 「うん、家に帰るまで、繋いでいようね」 思いは同じだからと教えるように、そっと笑んで、歩を進める。 手が空いていたなら、彼女の頭を撫でて、その心にほんの少し未だ残っている遠慮をすくいとりたい。 君がいることがどれだけ救いとなっているか。 それを、そっとそっと教えるように、小さな手のひらの体温を、抱きしめた。 小さな声で、彼女は、やっぱりかなわないと呟いて。 少しだけ泣きそうな顔で、それでも、誰よりも似合う満面の笑顔で。 ぎゅっと力を込めた小さな手のひらに、頬を寄せた。 そんなわけでみぬきでした。ええ、8歳みぬき嬢。なにか問題でも?だって小さい子を書く方が慣れているんだもの。可愛いし! あのちっこい子供が大きくなってもやっぱり変わっていないのが素敵。あの幼さで健気なほど必死に大人と同じであろうとしているのも素敵。 真宵ちゃんとはまるで違う意味で、かっこいい子だ!と思います。 07.6.30 |
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