柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
「可哀想?そんなこと、初めていわれましたよ」 あの星を渡って 「一体何をしに来たんですか?」 呆れたような声で独房の中にいる人間が言った。その中に入らせてもらいながら、ぼんやりとした視線で中を眺める。 相変わらず整理された、まるでどこかのマンションの一室のような綺麗な牢獄。これでは自分の事務所の方がよほど散らかっていると思いながら、勧められた椅子に目をやった。 「………?座らないんですか?」 「いや、僕が座ったら君が座る場所ないな、と思って」 それなら立ったままの方がいいと不思議そうに彼を見遣れば、苦笑を返された。 時折、彼はそんな顔をする。嬉しさを噛み殺すような、あるいは、戸惑いを押し殺すような、そんな顔。 じっと見遣った先で彼は優雅に笑んで、それならと、椅子を避けて正面に立った。こちらの意見に同意を示したらしい様子に、知らず笑みが浮かんだ。 「相変わらず、無邪気な人ですね」 明らかに呆れた声で彼はいい、きょとんと目を瞬かせた自分に軽い溜め息が贈られた。 彼の言葉と現状がうまく合致せず、不可解そうに片眉を上げると緩やかに首を振った相手は優しい目で笑った。 「そのままでいたいのなら、こんな場所に来るべきではないと思っただけですよ」 ここは咎人だけが住う城だと、優美に見える仕草で手を払い、鉄格子の外を指差した。優しそうなその面差しからは想像も出来ない冷たい視線で柔らかく囁いた言葉は、明らかな拒絶。 解っていながら、こちらも笑んだ。楽しそうに、面白そうに、いつも彼と夕食を共にする時のその顔で。 そうしたなら顰められた眉。不愉快というよりは困惑の気配。肌に滲みたその感覚に、笑みは苦笑に変わった。 今の自分の仕草を身に付けて以降、親しかった人たちは大抵この反応を寄越した。 それは当然だから、決して自分は傷付かなかった。傷付く意味がない。傷付けないためにそうするからには、自身すら傷つけてはいけないと、自分は知っている。 いつの日か知ってしまった親しき人たちが、己自身を傷つけないためにも、それは絶対の決め事だ。 けれど彼は一度としてそれを与えはしなかった。だから、だろうか。傷付くのとは違う形で、自分はそれに少なからず痛みを覚えた。 初対面の頃から既にこの姿でいたせいか、彼は何も問わなかった。この仕草の何一つとして、彼は戸惑わなかった。ただあるがままに当然のように笑い、静かに隣にいた。 それは確かに、友人だった。たとえ歪んだ縁から始められたものであっても、自分にとっても彼にとっても、確かな月日を積み重ねた。 それを自分は知っている。そして、彼もまた、知っている。彼はその全てを否定したいと、ずっと願っていたけれど。 「僕は友達に会いに来ただけだよ。なんでそれを止められるんだ?」 のほほんとした声で告げれば、顰められた眉が色濃い影を落とした。微かな憎悪を孕んだ視線に、チリリと首筋が粟立った。 それでも笑みを揺るがせず見つめていれば、何故か逆に彼の方がそれに飲み込まれるように視線を逸らし、顔を伏せた。 「ここにいるのは、犯罪者、ですよ」 あなたを陥れた、と。その言葉を吐き出さなかったのか吐き出せなかったのかは定かではないが、彼は告げず、ただ逸らしたままの唇が静かに動いただけだった。 じっと見つめる。彼はその視線を好み、同時に、恐れてもいたことを知っている。 昔、彼はいっていた。………この目は真実だけを映すのだろうと。冗談まじりの中の、恐れを秘めた声音で。 きっとその頃にはもう、こんな未来を予想していたのだろう。それでも彼は自分との縁を切れず、最も単純な道も、選ばなかった。 「違うよ。君は、僕を守ってくれた」 「………あなたの目は節穴ですか?」 まるで逆だろうと、嘲るように彼がいう。それを見据えたまま、淡く笑んだ。………解っていてそんな態度を取る彼が、やっぱり可哀想だと、そんな風に思いながら。 揺れたのは彼の視線。自分の顔を見て、目を逸らし、けれどやはり惜しむように………また、舞い戻った瞳。眼鏡越しの瞳は、それでも切実なまでに、自分を見ていた。 可哀想だ。………過去に彼に告げた言葉が、脳裏に響く。どうして彼は、こうなのだろう。たった一言を告げれば差し伸べられる腕さえ、彼は拒んで生きてきたのだろう。 己のプライドと意志を最優先して、誰にも弱味を見せず、誰にも嘆きを気付かせず。そうして、孤高の中、優美に笑んで生きてきた、寂しい人。 まっすぐに見遣った先の、寂しいその人は、ただ見つめるだけで答えはしない。ただひたすらに、自分の言葉を待ち望んでいた。 ゆったりと、口を開く。告げるべきか否かなど、自分にも解らない。ただ、それが事実だと知っているから告げただけの、他愛無い言葉。 「もしも君が、出会った当初に僕を殺していれば、こんなこと……なかったよ」 「………………」 「その後だって、いくらでも機会はあっただろ。自殺に見えるだけの動機と環境が、僕にはあった」 それを知らないはずがない。それでも彼は、優しかった。気遣い労り、大人の友人としての節度を保って、決して度の過ぎる干渉もせず。 優しかった。いつだって。自分にも自分の娘にも、優しかったのだ。 それだけは決して消えない事実だ。どれほど彼がそれは嘘だと、偽りなのだと、そう言い募ろうと。自分も娘もそれを見抜けぬほど愚鈍ではない。 「それでも君はずっとそれを拒んで、僕の親友でいてくれた」 自分の中の意志といつだって戦いながら、それを制して傍にいた。 「だから僕は、友達に会いにきたんだ」 そっと囁く言葉に、彼の肩が揺れる。逸らされない視線。眼鏡の奥で、彼の瞳は見開かれている。 笑んでそれを見つめていれば、歪められた眉。端正なその顔が、いっそ空恐ろしい形相に変わった。変わらないな、なんてのんきに考えてみれば、彼の腕が伸びた。 抵抗も示さないでそれを見つめていれば、淀みなく指先は喉に絡められ、力を込められる。意図することは明らかで、苦笑が漏れる。 微かに呼気が苦しくなるその先にある、彼の顔。憎悪を象った顔の中、眼鏡の奥の瞳だけが、泣き出しそうだ。 看守の制止の声が響く。当然だろう。思いながら、軽く片手をあげて職務に勤勉なその人を追いやった。 そうして上げた腕を、そのまま彼の頬に添える。泣くことも忘れた瞳が揺れる。憤りも恐怖も歓喜も、きっと彼は何一つ実感などしたことはないのだろう。 全てが肌を滑り落ちるように過ぎ去って、彼の中に残されているのは虚空だけだった。それを垣間見た時、悲しい人だと、呟いたことを覚えている。 その時からだろう。彼が、自分に向けていた視線に柔らかさが滲み始めたのは。 寂しい、と。そう感じずにはいられない。もしももっと早くにそれに気付く人間がいれば、きっと彼はもっと違った道を歩めただろう。誰か、一人でもいいから気付けば。 触れた頬には湿りなどなく、揺れる瞳は涙を浮かべはしないけれど。慟哭を聞いた気がして、目を伏せる。 息苦しい呼吸の中、不意にその拘束は解け、その腕がそのまま背中へとまわされた。子供が力任せに縋るような、乱雑極まりない抱擁とさえいえない、その行為。 もしもなどといっても詮無きこと。解っているけれど、彼を見ていると思ってしまう。 こうして縋る相手が、もう少しだけ早くにいれば。あるいは、自分ではない誰かであったなら。 きっと彼は、救われた。こんな場所で蹲ることなく、もっと自由な意志で生きられた。あるいは、自分と同じ信念の元、共に手を取り合うことさえ出来たのかもしれない。 「もう……来ないで結構ですよ」 震えることのない声で囁きながら、その腕はなお力強く縋っている。なんという矛盾だろうと、喉奥で笑いかけて、浮かんだのは、寂しい笑みだけだった。 求めているものさえ知らないくせに、彼はそれをただひたすらに拒みたがる。己が一人で生きているのだと、そう信じたがる愚者のように。 …………誰の手もとらないことこそが優秀さの証であると、勘違いしたまま。 「なら、また来るよ」 君が嫌がるなら、と。 厭味のように返して、その背を軽く叩く。嗚咽を漏らす人を慰めるような、そんな仕草で。 されたことのない仕草に顔を顰めた相手は、相変わらず人のいうことを聞かないと不満とも喜びともとれる声で呟いて、その拘束を解いた。 顔を向けぬまま、彼は背を晒した。もう話すことはないとそう示しているのだろう。 その意を汲み、そっと足を外へと向けた。その気配にさえ全身の神経を向けるくせに、彼は決して口には出さない。優位でありたいと、そう願い続ける彼のそれは強がりだ。 「…………また来るよ」 そっと告げた言葉に毛先が揺れる。動揺は、疎ましさからか歓喜からか。そんなことを思いながら、鉄格子を通り抜けた。 振り返らない。彼は、惨めさを厭い、自分に無様な姿を見せることを嫌っていたから。からかっていたそんな仕草を今は尊重して、鉄格子の中の彼が願うまま、足を進めた。 またここに来るときは、笑っていよう。 昔と変わらない、からかうようにとぼけるように ただ隣にあるように 笑って、いよう。 霧人さんは成歩堂のこと好きだったらいいな。憎んでいるのでも疎んでいるのでもなく。 友人として必要だと、そう感じていたらいいな、と。そう思う。成歩堂みたいなタイプが傍にいれば、きっともっと気楽に生きられただろうから。 それでも友好の始まりは罪の始まりで。本当なら彼を殺してしまえば全てが露見することもなくて。それも出来ないで演技のふりした友情が本当になっていって、余計に苦しくて。 全部解っていて、それでも知らない顔のまま友達を続けてくれているのだろうと、そんな風に思って。 感謝と遣り切れない憎悪を持て余している。そんな感じの霧人さん。 いや、嫌いなわじゃないんです、霧人さん。ただひたすらに、理解に苦しむんだよ。その思考を追ってどうしてそうしたのかを考えて、何となくの答えを出しても、自分なら選ばないものだから、どうしてっていう疑問ばかりが増えていく。 解らない人だ。でも、寂しい人だとも、思う。………彼に救いがあれば、いいのに。 07.5.19 |
---|