柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
小さな頃、君はずっと追いかけてきた 2人の形 きょとんと目を丸めてしまった。あまりにも意外な人物があまりにも意外な場所にいたから、それはきっと当然の反応だろう。 そんなことを思いながら、足音に振り返った相手に軽く手を上げて声をかけた。 「久しぶり、御剣。なにか用かな?」 首を傾げて問いかけると、面白いくらいにはっきりと肩が揺れていた。それを隠すように腕を組んだ彼は視線を泳がせて何事か答えようと唇を蠢かせている。 もっともそれが形となることはなく、開きかけた唇はあっさり溜め息に乗っ取られて音は霧散していた。 彼らしいと苦笑して、歩み寄ってその肩を叩いた。 自分の事務所の前で途方に暮れたように逡巡していたのも、彼らしい行動だ。法廷では腹立たしいほど偉そうで威風堂々としているくせに、プライベートでは恐ろしく彼は不器用だ。己の感情表現を殊更律し続けてきたせいか、反応や応対が時に幼く子供のようにさえ写る。 だからつい甘やかしてしまうと小さな溜め息を心の中で落とし、事務所のドアに鍵を差し入れて開けた。 ドアを開放したまま、彼に入るように促す。躊躇いを少しだけ見せはしたけれど、ここに来た時点で覚悟もしていたのだろう、すぐにその足は動いて中に入り込んだ。 物珍しそうに周囲を見回している彼を置いて、更に奥へと入り込み、給湯室で湯を沸かす。 首だけを給湯室から出して彼を見遣ってみれば、彼はまだ立ち尽くしたまま辺りを見回していた。本棚に林立している法律関連の本の背表紙を難しい顔で見ている。 おそらく彼でも知らないものもあるのだろう、興味があるようにいくつかに手を伸ばしかけて、止めていた。 本当に子供のようだ。吹き出しそうな気持ちを抑えて、ソファーにでも座っているように声をかける。 驚いたように肩を跳ねさせた彼が振り返るより早く、湯の沸く音に火を止めるため、姿を消す。きっと叱られた子犬のような目でこちらを見ているのだろう彼を思うと、苦笑が浮かぶ。 真宵お勧めの日本茶を手早く入れて戻ってみると、きちんと居住まいを正してソファーに座った御剣が視線だけ向けてきた。緊張でもしているのか、少し表情が硬い。 首を傾げて笑いかけると、困ったように眉を寄せて彼は顔を逸らした。 何をまた思い悩んでいるのかと少し呆れてしまう。………勝手に失踪したことにかなりの立腹をしたせいか、彼は何か壁を見つけると自分に声をかけるようになった。それは信頼でもあるだろうし、彼なりの謝罪であり、優しさだろう。 おかげで深刻な問題から肩すかしを食らうような他愛無いことまで、彼が自身で解決できずに戸惑っていることは、大抵は自分も知っていた。勿論、仕事以外で、だけれど。 「ほら、紅茶じゃなくて悪いけど、どうぞ」 「ム……すまない」 律儀に礼を言ってから彼は湯飲みに手を伸ばし茶を啜った。…………思った通り、似合いはしなかったが。 同じように湯飲みに口を付けて喉を潤しながら、改めて彼に声をかける。 「で?今日はどうしたんだ?」 「…………君は茶を入れるのがうまいな」 「……………………。まあ、真宵ちゃんたちに特訓させられているから………」 はぐらかしているのか単に純粋に感嘆したのかは謎だが、質問とはまるで違う解答が返ってきた。どうでもいいだろうと切って捨てることは簡単だが、いかんせん彼相手ではそれもしづらい。 自分とは違う感性は扱いを誤るとひどく傷つける。その上相手は精神的に強靭なようでいて、実際はひどく脆いのだ。まして心寄せた相手の言葉は凶器にさえなる。…………それこそ、もののたとえでなく、本当に。 相談事ではなく単に遊びに来ただけなのか、それとも言葉に出来ない何かを抱えているのか。あるいは言いたくとも言い出せない、そんな内容の話なのか。 じっと彼を見つめながら考えてみる。……不意に、その視線の先で彼が笑った。躊躇いがちの、小さな笑い。 目を瞬かせてそれを見つめる。どうしたのだろうかと、僅かに傾げた首で疑問を示すと、彼はそれを汲み取って、浮かべた笑みを苦笑とも自嘲ともつかないものに変えて口を開いた。 「いや………君は変わらないな、と思っただけだ」 「?結構変わったと思うけど?」 幼い頃の自分を知っている彼がいうには、自分は大分変わったと思う。あの頃の、間が抜けていて自分の主張をハッキリと言えず、周囲に責められて泣いていた、あのちっぽけな自分。 それが今は法廷で、あの時助けてくれた毅然とした彼を相手に渡り合っているのだ。どう考えても変わっていないわけがない。 それに彼は首を振り、小さく息を落とした。 僅かな間は、多分、躊躇いだ。解っていたから敢えて口を挟まずに彼を見つめた。視線の先で少しだけ伏せられた睫毛が小さく揺れた。 数秒後、ようやく思い定まったのか、睫毛が持ち上げられ、真っすぐにこちらを見つめた無遠慮な眼差しが現れた。 睨むような視線を真っ向から受け止めて、小さく笑う。法廷とは違う、友人に向けるやわらかさを含めて。 途端に揺れる瞳。…………先程からのチグハグな反応と言葉を脳裏で分類する。 何かが触れる気がした。何か、彼が言いたいことの輪郭だけでも、自分は知っているはずだ。だからこそ、与えられた情報がひどく気にかかっているのだから。 ゆれた視線が少し痛みを滲ませる。それに染まるように、自分の表情も顰められる。 彼が悲しむのは嬉しくない。自分を救ってくれた人だ。………たとえ幾度となく手ひどく裏切られていても、やはり彼には幸せでいてほしい。 「やはり………変わらない」 「?」 「……………君は昔から、私の感情にひどく…敏感だ」 躊躇いを含みながら途切れがちに彼が囁く。それはまるで懺悔のような響きでもって耳に触れた。 しんと、静まり返った室内。片方は責められることを願っているようで、片方は戸惑いのままに、ただ沈黙が満ちた。 必死になって彼の言葉を考える。彼が与えた情報、仕草、言葉、今までの彼の言動。知る限りの全てを、脳内の引き出しから乱雑に取り出して並べる。 固く引き結ばれた神経質そうな唇は、もう開かれない。自分が解答を示さなければきっと彼は答えないだろう。この沈黙さえ、彼にとっては責め苦のうちだ。 本当に世話の焼ける友人だと、こんな時に思う。彼はほんの少しの言葉で自分が全てを汲み取ると、たまに勘違いをする。この手は真実だけを掴むと、どこか信じきっているように。 そんなことを思い、小さく息を吐きながら、苦笑する。…………何となく、解った気がした。 「ねえ、御剣」 「…………………」 「僕は君じゃないよ。君も僕じゃない。だから、自由だし、選べるんだよ」 ゆっくりと説き伏せるのとは違う、諭すように教えるように、囁いた。 法廷とは違う穏やかな口調。目を揺らめかす彼が、眉を顰めてこちらを見遣った。縋るような……否、懇願するような、目。 それに笑いかけて、答える。彼が望む答えかどうかなど知らないけれど、自分が携える、答えを。 「君が選んだものを僕が選ぶとは限らないよ。間違わないで。僕は、自分でちゃんと選べるんだ」 「………………」 噛んで含めるように伝えた言葉は、彼の中に届いたのか。まだ顰められたままの顔は、納得していないように見て取れる。 「御剣?」 「…………なんだ」 「僕は君を追いかけてこの地位まで手にしたけど、君になりたいわけじゃないからね?」 少しだけ瞠目した彼の目に、やはり思い違いしていたかと苦笑する。 確かに自分は彼の感情には敏感だろうし、それに染まりやすくもある。けれどそれは、同じになりたいなどという感情からではなく、彼の持つ痛みや苦しみを、その負担を減らしたいと願う故の、その本質を見極めるための、同調だ。 互いに別個の命だ。同じになりたいなんて願えるはずもない。………同じでありたいのなら、失ったあの時に、自分はとうに消えてなくなっている。 それは口にせず、静かに笑って、彼を見遣る。穏やかな日差しが窓から注がれていて、彼の灰色の髪を柔らかく照らす。細めた視界には淡い光が満ちていた。 「君が何か馬鹿なことをすれば、また僕が怒るよ。それで……僕が道を間違えれば、君が正して?」 そのために別々の人間が、それでも一緒にいるのだと、笑う。 同じものを目指しても、歩む道も進む先もまるで見当違いだ。それでも自分達は最後の最後、目的地だけは一緒だから。 「それは、小さい頃から変わらないよ?」 だからきっとそういう意味で、君の言葉はあっている。茶化すようにいってみれば、彼は盛大に眉を顰めて、それでも、不器用に笑った。 「………君がそういうのなら、いい」 小さく小さくそう呟いて、彼は似合いもしない湯飲みを手に持ち、茶を啜った。 それは少し滑稽で、けれど自分の日常に彼が溶け込んでいることを教えてくれるようで、ひどく満たされた気持ちになり、自然と笑みがこぼれる。 たったそれだけのことが幸福だと思える。その程度には報われないことに慣れてしまったと口になどしたら、彼はまた盛大に落ち込むのだろうけれど。 ただそこにいてくれればいい。声を聞かせてくれればいい。それはあるいは、彼が懊悩することに近いものなのかもしれないけれど。 それでも思う。………思い続けても返されない言葉や、信じた思いを撥ね付けられる悲しみや、繋がったはずの絆を一方的に切られる痛み。 それを違う形で、それでも同じように感じる彼だから、結局自分はこうして、彼が自身を切り捨てるために用意する、様々な問答を一つずつ打ち消して、彼を繋ぎ止めてしまうのだ。 彼は僕に救われると思い、僕は彼に甘えていると思いながら。 …………主張されることが許されるなら、これでもうちの成歩堂は甘えているつもりですよ。手を離していいという相手の腕を掴んでいるのは自分の我が侭だと思っているので。 御剣は面白いくらい情けないですな。ジバクのポジションだと激に当たるのです、この自虐傾向は。仕事は有能なのにプライベートではへたれているのもそんな感じ。 07.6.13 |
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