柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
寂しかったんだ。 大丈夫だと、 書類を整理していたら、廊下から盛大な駆け足の音が聞こえた。 微塵も周囲に対して気配りをしていない、いい意味でも悪い意味でも独創的で我が道を行く、そんな足音。 小さく息を吐き、そろえた書類が被害に遭わないようにとそっと引き出しにしまった。 来訪者が誰であるか解った時点で、書類整理は諦めるのが懸命だ。それはもう幾度か繰り返した中で経験した知恵だ。………知恵というよりは、妥協のような気もしなくもないけれど。 引き出しを閉ざし、視線を事務所のドアへと向ける。と同時にドアノブが最大限の音を発して回り、乱暴なままにドアが開かれた。 驚きもしないでそれを眺めていれば、ドアの奥から顔をあらわしたのは15年間友好を持続させてきた幼馴染み兼親友が泣きそうな……否、泣きわめいた顔で入ってきた。 それもまた驚くに値しないことだと小さく息を吐き、呆れたような視線を送った。 「聞いてくれー!なるほどー!!」 「はいはい、今度は誰の話?」 「ミチルって子なんだけどよー!」 やんやと喚きながら彼は今現在の彼女……いや、今現在は元彼女になるのかもしれないが、その人のことを告げはじめた。 つい先日まで幸せの絶頂という顔で惚気ていたにもかかわらず、この落差は毎度のことながら驚かされる。 一体何が原因なのかと問いかけたいが………原因も何も、おそらく相手にとっては初めから本気で相手などしていないのだから、当然の反応なのだろう。 一途で真っすぐすぎる上、周囲を見ることの出来ない猪突猛進型の彼は、気に入ればそのまま相手に尽くし続けるけれど、相手にとってそれは単に都合のいい相手がいたという、それだけでしかないようだ。 いつかは報われてくれればいいけれどと、同じような内容の愚痴を聞きながら小さく溜め息を吐いた。 「まったくさー、なーんで俺みたいなイイ男がいつもこんな思いをしてんだろーなぁ」 一通りの愚痴を吐き出したのか、相手はソファーに丸まるように泣き崩れながら拗ねはじめている。 苦笑を浮かべながらソファーから立ち上がり、丸くなった背中を軽く叩きながら横切りつつ、奥へと向かう。軽口が出るようになれば大丈夫だと、いつもこのタイミングでなにかしらの飲み物を入れに行くのを、相手も了承しているのだろう、もそもそと子供のような仕草でソファーの上で足を組んでいる。 それを横目に給湯室の入り口から答えれば、くるんと髭面の幼馴染みの顔が向けられた。こういう仕草は小さい頃から変わらないと思うと、何となく自分がひどく大人になった気分になる。 「イイ男だからそんな目に遭うんだって思っておけばいいんじゃないか?」 やっかみにならなくて、とからかいを込めて付け足すと褒め言葉と期待を込めていたらしい輝いていた目が見事に不機嫌なものになった。 軽く舌を出して茶目っ気で誤魔化しながら、そっと給湯室に逃げ込む。人のいい彼は自分が多少こうした言い方をしたところで気にもしないし責めもしない。不思議なことに落ち込んだり凹んだりということもしないのだから、いっそ脳天気なのかと疑いたくもなる。 それでも多分、自分はどこかでちゃんと理解している。だから周囲がバカだと囃し立てたり呆れ返って離れていってしまっても、自分はずっと彼と一緒にいたのだ。 自分は彼以上に知っている、から。…………彼が、幼い頃、自分を守ってくれていたことを。 ある意味これも刷り込みだろうかと自分自身にも呆れそうになるが、もはやそれはとうに出来上がってしまっていて、今更覆せない。 マグカップを二つ手に持ちながら給湯室を出た。あのあと特に反論も文句もなかった相手はどうしているかと見遣ってみれば、ソファーの上に人影が見えない。回り込んで見てみれば、ソファーの上で不貞腐れたように足を伸ばして寝転んでいる。 「だらしないなぁ」 人のことをいえた義理ではないけれど、さすがに自分の職場でそこまでしなくてもと思わなくもない。もっとも今日は特に急ぎの仕事もなければ、時間的に依頼人が訪問する可能性も薄いということは解っているので、それ以上の注意もしはしないけれど。 苦笑を交えていった言葉に目だけで答えた相手は、湯気の立つマグカップを所望するように腕をのばす。熱いよ、と一言告げてから手渡せば、それに従うように寝ていた姿勢から先ほどのようにソファーの上で胡座をかく状態へと戻った。 対面するように前のソファーに座り、自分もマグカップに口を付ける。 同じように中身を飲んでいた相手は目を瞬かせるようにして中身と自分を見遣った後、感心したような声で唐突に問いかけた。 「お前、御剣の趣味うつったのか?」 「…………………悪いが、質問の意図が全く読めないよ」 むしろどこからそれが出てきたのかも解らないとすげなくいってみれば相手は首を傾げてマグカップを掲げた。そこに理由を思い当たり、ああ、と小さく笑う。 「違うよ、うつったっていうよりは……仕込まれた、かな」 「なんだそりゃ」 「面倒なことは好きじゃないけどさ、毎回毎回顔あわす度に厭味いわれたら敵わないよ」 だからほぼ強制的に紅茶の煎れ方は覚えたといえば、どこか嬉しそうな顔で彼は笑った。 その笑顔が何となく、まるで兄が弟の努力を褒めているような感じで居心地が悪く、むっと拗ねたような顔で睨んでしまう。 「いっておくけど、別にあいつのためって訳じゃないよ?それに日本茶だって真宵ちゃんや春美ちゃんに特訓させられて煎れられるしさ」 言い訳をするかのように思わず言い募った後、これでは逆効果かとマグカップを飲み干してテーブルに置いた。 からかわれるようならなんと切り替えそうかと視線を彼に向けてみれば、そこにあったのは意地悪な笑いでも何でもない、先ほどと同じ、嬉しそうな笑顔。 何だろうかと首を傾げてみれば、彼は崩しっぱなしのその笑顔のままで口を開けた。 「ん〜、いや、やっぱりさー」 「うん?」 「頑張れっていった身としては、嬉しいなぁーって思うわけよ」 ………もし、彼のその態度や声の中にからかいが少しでもあれば、多分テーブルを蹴って脅すくらいはしたと思う。彼に対して遠慮などしないし、そうしたところで彼がいなくならないと、きっと自分は甘えている。 だからこそ、かもしれない。 へこたれそうで泣き出しそうだった時、彼は今と同じような脳天気さで大丈夫と肩を叩いてくれた。 落ち込んだり躓いた時、バッカじゃないかって笑いながら、それでも一緒にいてくれた。 「……うん…………、君には、感謝しているよ?」 ふわり、と。静かに笑んで、素直な言葉が舌を転がる。 強がったり虚勢を張ったりばっかりの自分が、それでも素のまま感情をぶつけても大丈夫と、何の気負いもなく信じられる相手。 頼りないし情けないし放っておけないくらい危なっかしい、そんな評価しか出来ない彼だというのに。それでも自分は知っているのだ。 怖くて悲しくて不安で押し潰されそうだった自分を、その脳天気さで守ってくれていた。根拠のない自信と開けっぴろげな希望の言葉で、支えてくれた。 その言葉が偽りではなく、彼の信じている本当の言葉だったからこそ、自分はそれを受け入れることが出来た。 バカでどうしようもない、コメントにだって困るような奴だけれど、それでもやっぱり自分は彼を信じている。…………彼がくれた言葉を、今もずっと信じている。 「僕一人じゃ、ずっと追いかけるなんて、出来なかっただろうって、思うしね」 少し困ったような顔で笑っていう彼を見ながら、こっそりと心の中でそれはないと否定する。 多分きっと、彼自身も、彼が追い続けた相手も、気付かない。 ……………一途に思い続ければ必ず道は繋がる、なんて。どんなおとぎ話だろうか。 真っすぐ過ぎて壊れそうだったあの小さな子供が、今はこんなに大きくなってその腕を必要とするものに差し伸べられるのだ。 奇跡、なんて言葉、何の意味もない。努力と誠意と一途さと。そして何よりも深く相手を思うその心だけで、あっさりとそれを手に入れることが出来る人間がいるのだから。 追いかけた相手は彼の、彼は自分のおかげだと、そういって。その実、二人だったからこそという事実にだけは、気付かないのだ。 不器用ものの集まりは危なっかしくて仕方ない。小さく笑って、自分こそがその評価をもらっているだろうことを思ってしまう。 「まあそんなわけで、俺はこれからもお前ら見習って、好きになった相手は追いかけ続けるのよ!」 「…………まあ、ほどほどにしておけよ?」 もう子供ではないからストーカー被害出されるよ。と、冷静な言葉を投げかけながらも真っすぐに誰かを思えるその行為だけは、好ましてくて。 仕方がないからまた、彼が誰かを好きになったなら惚気話を聞いて、振られたなら愚痴を聞くのだろうと、近くも遠くもない未来を、思った。 矢張のこと、案外好きなんですよね、私。 位置的にはお兄ちゃん、みたいな感じで。手のかかる兄(笑) で。成歩堂にとって感情的になってもいい相手みたいな感じで。怒鳴っても怒っても泣いても大丈夫、みたいな安心感。なので結構扱いはぞんざいなんですがね(苦笑) でも多分、ある意味うちの御剣がなりたいと思っている位置に、矢張がいる。ので敵愾心ではないけどちょっと面白くはないという感情はあったりして。………矢張相手に大人げないなぁ。 07.6.7 |
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