柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
強いものは儚いものだ 05: ノックをすればすぐに彼の声が返ってきた。 もう既に事務所は閉まっている時間だ。訪ね来る相手は約束を交わした自分くらいだと解っているのだろう、落ち着きのあまり無い足音を響かせてドアの前でそれは止まる。 中に招き入れるように開かれたドア。その先には笑んで迎えてくれる彼がたたずんでいて、その瞬間の幸福感はなかなか言葉には出来ない。 小さく入室の言葉を告げ、そっと足を踏み込む。 そこはこざっぱりとした空間だ。以前、頼まれ事とかで随分と所長室を散らかしていた時のような、急な用事は入り込んでいないことにほっとする。 それが解ったのか、こちらを見遣った彼が小さく苦笑していた。 ………彼は、とても上手に自分の感情を追う。幼かったあの日の自分を慕い今の地位にすらなったという彼を思うと、時折胃が軋むほどだ。 こんな頑迷な愚者に彼がなることは避けたいと願い、そのくせ自分から離れることも出来ず、彼が自分に呆れ果てて消えることを願った時期もあった。 それこそ愚の骨頂だっただろう。彼は自分を手放す気はないと、その度にそっと手放す覚悟を秘めた言葉を否定し包み込み、負の思いを正の方向へと導いてくれていたのだから。 思い返し、その時には決して気付けない彼の思慮に感謝した。どれほど自分が努力しようと、おそらくは彼のそれに自分は適わないのだろう。 彼は元来幼い人だ。それを彼はただ人を思うが故に、自身を変えた。 幼さだけでは何も救えないと、きっと彼は思い知ったのだろう。それが何故か知らない身には、歯痒さが伴うけれど。 幼い頃の彼は泣きじゃくり、周囲の意志に気圧され、不安に揺らめきそれに従おうとしてしまう、とても弱い人だった。 だからこそ幼かった自分は彼に罪を犯せるはずがないと解っていて、糾弾する周囲の浅はかさに苛立ちを持った。 解っていたはずなのだ、あのクラスの誰もが。………けれどそれが故に、彼が犯人に仕立て上げられた。 そうして糾弾してもなお、彼が最後にはクラスメートたちを嫌わず許すだろうと、どこかで誰もが知っていたから。 憎まれることを恐れるのは人として当然だろう。それを回避する策を弄するのは、大人も子供も関係はない。本能とさえいえる、利己的思考だ。 彼はおそらくそれを知らなかった。…………そしてきっと、今も理解はしていない。 疑われるべき行為があったことを悲しんでいた。信じてもらえない自身の人間性にこそ、彼は悲しんでいたのだ。 それらを言葉にも換えられない幼かった彼は、全身でそれを自分に訴えた。信じてもらえたことが至上の喜びだと、そう示しながら。 だからそれを自分にも向けるのだと、絶対的な信頼を寄せて。 きっと自分は彼には永遠に敵わない。他者を憎む前に自身をただそうとする人間に、憎しみに捕われ自己弁護のためにのみ他者を貶めていた自分が敵うわけがない。 解っている事実は、それ故に少しだけ自己嫌悪を招いた。 「御剣?」 そのタイミングを知っているかのように、沈黙の最中、彼が声をかける。 首を傾げて目を瞬かせている様子から、決してこちらの内情を知っての声かけではないと解っているのに、それすら彼が慮って隠しているように考えてしまうのは、こちらのエゴだろう。 「………少し休んでからにする?紅茶くらい、煎れるよ?」 微かに顰めた顔に疲れていると思ったのか、彼がそう申し出た。断る理由もないそれに小さく頷き、歩を進める。 ソファーへと向かった自分を視線だけで確認し、彼は給湯室の方へと足を向けた。 まだ辿々しい手つきでなんとか入れる彼の紅茶は、ティーパックよりは上だが、リーフティーとしては若干劣るレベルだ。それを彼自身理解しているのか、自分にそれを提供する時、じっと反応を伺っている。 それは子供が親に成績表でも手渡すような、そんな神妙な瞬間だ。苦笑を零して飲む自分は、一度として不味いといったことはないが、彼はあまり納得はしていない様子で自身のカップに口を付けるのが常だ。 自分が煎れた方が手際がいいのは確かだが、彼は自身のテリトリーではそれを許さない。頼ってしまえばそれが助長するからと、いつも断る。 たった一人で事務所を運営するからこその責任感なのか、彼は出来ることを他者に委ねることはしないし、出来なければ出来るようにするという負けん気も強い。 …………それでも副所長である真宵や、旧友の矢張を頼ることはあるのだから、彼の交友関係の中の輪から疎外されているような気がしてしまうのは、否めない。 意味が違うと溜め息を交えて幾度彼が否定してくれても、こればかりは仕方がない。それこそ彼が触れることに怯えるように、自分は彼に拒まれることが怖い。 小さく吐き出した息が霧散した頃、彼がマグカップを持って戻ってきた。そっとテーブルに置かれたそれは濃い赤茶色をたたえている。 正面に座った彼がじっと自分を見ているその様に、心中苦笑を浮かべながらそれを口に含めば、濃厚な滋味が広がって、大分彼の腕が上達したことを知った。 「アッサムか。大分うまくなったな」 「…………なんで飲んだだけで解るんだよ」 自分には絶対に無理だという顔でそんなことをいう彼は、それでも褒められたことが嬉しいのか、笑んでいた。 …………こんな些細なことを喜べる彼だから、幾度傷付いても人の善性を疑わないのだろうか。 ふと思った苦味を交える思考を瞬きの中で押し殺した。 「でも、面倒ではあるけど、面白いものだよね、こういうのも」 日本茶も紅茶もさしてこだわりがあるわけではない彼は、それでも周囲の人間が望めばそれを知ろうとする。面倒だといいながらも、相手の気持ちを汲み取ってしまうのだろう。 思いながら、結局は我が侭につき合わせているのかと、少しだけ自虐的なことを考えた。 そんな矢先に、彼の声が、響く。 「誰かのために時間を使えるの、僕は好きだよ」 楽しそうに笑んで、そっとマグカップを傾ける彼は、自分の目にはひどく清艶に見える。 彼の容姿云々ではなく、その生き方が……思いのあり方が、自分にはあり得ないほど尊くて、触れることすら烏滸がましいほどだ。 自分の我が侭に仕方なしにつき合っているとか、そんな風に考える自分の浅慮さが身に染みる。………彼は誰かと共有する時間こそを愛しんでいて、それを与えてくれる相手に感謝すら、しているのに。 ホッと息を吐き出してマグカップをテーブルに戻した彼が、不思議そうにこちらを見遣った。目を瞬かせて、首を傾げて、それでも答えない自分をじっと見つめたまま、困ったように笑う。 「御剣、眉間」 トンっと、自身の眉間を指差しながら言われた言葉に、自分が険しい顔をしていたことを知る。 「なんで泣き出しそうになるかなー……」 そうして告げられたのは、表出した表情とはまるで違うものを指し示す言葉で、息を飲む。 ………何故彼は、すぐに解ってしまうのか。何一つ自分は解らないのに、彼は容易く看破する。 自分が器用な類いではない自覚はあるけれど、それでも表情一つで心情を汲み取らせるほど素直な人間ではない。 「………君の気のせいだろう」 強がりと解る響きを滲ませた自身の声に舌打ちをしたい。もっともそんな真似をしたらより明確に彼に伝わってしまうだけなのだから、今はそれが彼に気付かれないことだけを祈った。 彼は困ったように笑って、首を傾げて、告げるべきかどうかを考えるような間をあけた後、そっと唇を開く。 「そうだといいな、とは……思うよ?」 そうして告げられた言葉は、こちらに選択を委ねる言葉。望むなら踏み込みはしないと、彼はいう。 おおまかな感情の流れが理解出来るからこそ、彼はその先に痛みがある可能性がある時、踏み込むことを躊躇いこちらの意志に従う旨を指し示す。 暴きたいわけではないと、彼はいう。………それでもそれを晒し共有したいなら、痛みも請け負うことを承諾するように。 廉潔な、意志だろう。他の誰にも真似出来ない、それは彼だけの持つ至純の意志だ。 目を細め、尊いものを見つめるような面持ちで、緩やかに息を吐き出す。陥落を指し示すそれを、彼は困ったような笑みをたたえて見つめた。 「君は……強いな」 そう思っただけなのだと、噛み締めるように告げた言葉に、彼はきょとんとした眼差しを向けるばかりだ。言葉が少なすぎたかと思い口を開くより先に、彼は緩やかに首を振った。 否定の意を示すそれに、こちらが目を瞬かせる。 ………彼が強いのは明白だ。多くの人間の思いを背負ってなお、彼は堂々と立ち続ける。それは断続的に続く痛みと傷を背負う覚悟を定めたが故の、尊き強さだ。 「僕は、自分が弱いことを知っているよ?」 「……………?」 「強くなりたいと思って、そうなろうと決めて、努力はするけどね」 それでも元来の自分は弱いのだと、彼は苦笑していった。だからこそ強くありたいのだと、意志を溶かした純乎な眼差しが煌めく。 息を、飲む。…………自分は確かに彼が弱い人であったことを知る、数少ない人間だ。 そうでありながらも彼はそれを覆い隠せるほど毅然と自身を律しているというならば、それはどれほどの負荷なのだろうか。 「………いっておくけど、辛くはないからね?僕は、僕を信じてくれた人たちに見合うだけの人間で、ありたいんだよ」 顰められた顔に気付いた彼がそっと付け加えた言葉の先、この事務所に漂う彼以外の人間の気配が、唐突に眼前に差し迫る思いがした。 彼の、弁護士像というものを自分はよくは知らない。ただその意志の先には、おそらくは彼の師がたたずんでいることは、容易に察せる。 ……………それは静謐な、情だろう。何も求めず何も願わず、ただ与えあうだけの、意志。 もう既に失われた腕だからこその清らかさだなど、自分はいえない。…………いえるわけが、ない。 吐き出せない呼気の先、彼は苦笑して、困ったような響きを滲ませながら、そっと囁いた。 「もちろん、君だっているんだからね?」 だからちゃんと支えてくれているのだ、と。静かに静かに彼はいう。 それを見つめながら、不器用に笑んで、ただ……享受するように、頷いた。 喉に蟠るものを飲み下すように流し込んだマグカップの中のアッサムは微かに苦く、遣りきれない。 彼の強さのもとを思いながら、そっとマグカップをテーブルに置く。 微かに響く硝子の音が、寂しく鳴く鳥の鳴き声に、思えた。 ………その音の先、彼はその音に見合うような笑みを、たたえていた。 強い人間は元は弱いと思うのです。初めから強い人間は肉体的強固さだけしかないと思う。 傷を知らずに強いと自惚れる人より、傷を負った弱い人の方がよほど強い。 自我の強い人間より優しさを重視する人間の方がよりしなやかであるのと同じように。 まあ、個人的見解ですけれど。 3を未プレーな身なので未だ書けずにいる話がいくつかあるのですが、それとおそらくリンクするんじゃないかなぁと思います。いや、21歳→26歳→33歳と性格というか表出形変化し過ぎだよ、成歩堂。 しかし、今回のお題は自分にしては頑張ってカップリング的になったような気がする。 ええ、普段どのジャンルでもカップリング表記はするものの&で十分まかなえるものしか書きませんからね!嫌悪感抱かれると困るからカップリングと銘打っているだけともいいますし!(オイ) でもやはり接触云々よりも精神論説いている方が全然書きやすい。こればっかりは仕方がないと思うのですがね。やれやれ。 07.7.17 |
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