柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
彼は自分のことをひどく綺麗な生き物のようにいう 04:弱さを素直に見せれたら むくれたような顔で彼は目の前にいた。 首を傾げて、現状を顧みる。ここは……おそらく、否、確実に、彼の自室だ。そしてどうやら自分は、泊まりに来ると明け渡してくれるベッドで眠っていたらしい。 くるりと首ごと視線を回して周囲を見渡せば、きちんと畳んだ青いスーツとネクタイがテーブルの上に見える。 そのまま自分の身体を見てみれば、シャツとスウェットを着ていた。やはり彼が用意してくれている、泊まりにきた時の自分用の寝間着だ。 現状を理解し、もう一度首を傾げる。………何故このような状況に自分がいるのか、それが解らなかった。 「ねえ御剣、聞いてもいい?」 「………………………。なんだ」 彼は至極嫌な予感を覚えているように顔を引き攣らせながらも答えてくれた。ほんの少しその様に申し訳なさを感じたが、まさか何でもないと言えるわけもない。 怒るだろう彼の反応を予測しながら、それでも疑問を舌にのせた。 「………何で僕、君のベッドで寝ているの?」 確か事務所で矢張と一緒にいたはずだ。そこまでは、覚えている。途中何か騒がしかった気もするが、あまりにそれは朧げすぎて、若干夢と混じってしまっている。 返答を待つように彼を見遣れば、彼の眉間の皺が更に悪化した。やはり聞かない方が良かったかと一瞬思いながら、どうせ誤魔化せないことなのだから仕方がないと自分自身を宥めた。 「………それは、どこからの話だ?」 「えっと……君がいる時点から、かな?」 静かに問いかける言葉の端が棘ついている。怒っているらしいことは解るが、それ以上に拗ねている。明らかに不貞腐れた声だ。 同年代の男が拗ねたところで可愛くも何ともないが、かといって放っておくわけにもいかない。更に凹ませることにもなりかねないとは言え、きちんと話を聞かなくては対処のしようもない。 そう思い、確実に相手を落ち込ませる未来しか想定出来ない現実に蓋をして、彼の言葉の続きを待った。 「君がっ!熱を出して苦しそうだったので、送ろうとしたのだ!」 怒鳴るような声は少し悲痛だ。きっと自分がまた何かやらかしたのだろうことは予測出来るが、記憶がないのではどうしようもない。 困ったように笑って彼を見遣れば、自身が子供じみた態度であることを悟ったのだろう、小さく唇を噛むようにして噤んだ後、若干静かになった声で続けた。 「そうしたら………珍しく君が甘えて、私の家に来るというから看病も出来るしいいだろうと連れてきたというのに、だ」 ………………………そんな真似をしていたのかと、熱で曖昧な記憶しか持っていないその時の自分に少し辟易とした。 いい加減、人に甘える癖を治さないといけない。この年齢にもなって情けないことこの上ないと胸中で溜め息をつく。 昔から甘えることが好きで、つい子供のような応対をしてしまうことは、成人を越えてもあった。 なんとかそれを押し込めて毅然と立っていられるように頑張ったのは、ひとえに弁護士という職業に携わる決意をしたからだ。 にも関わらず、やはり意識が曖昧になるとどうしてもその癖は抜けきらないらしい。いっそ夢と思い込みたかった自尊心故か、既にそのときの記憶はほとんどなかったけれど。 「悪かったよ、迷惑かけて…………」 「違う!」 こっそりと溜め息を吐きながら告げた言葉には、短くも早い彼の否定の言葉が返された。まさかそれを否定されるとは思わなかったため、きょとんと目を瞬かせてしまう。 迷惑をかけたことを憤慨しているわけではないというのならば、一体何が彼を憤らせるというのか。首を傾げながら疑問を示せば、ふるふると彼が怒りに身体を震わせている。 怖くはないけれど厄介だな、と、彼に気付かれないようにそっと脳裏で呟きながら、否定された真相を問うように目で続きを促した。 「君は部屋に入るなり室内から鍵をかけたのだっ!」 「………………はぁ?」 それこそが怒りの原因だというように彼は叫び、自分が目を覚ます原因ともなったドアノブを取り外していた、その作業の結果であるドアを指差した。 確かに転がっているドアノブはしっかりと鍵をかけた状態のままだ。むしろその状態のドアノブを取り外せた彼が凄いと思い、妙な部分で感心してしまう。…………現実逃避でもあったけれど。 「億劫そうだったし私がちゃんと着替えさせて汗も拭き取って寝るまで添い寝の一つもしてやろうと思っていたのにだ!」 ついで叫ばれた、おそらくは隠しておこうと思っていたのだろう本音に、今日一番の目眩を感じた。 体調不良よりもよほど自分に目眩を覚えさせる彼の言動は、どうやら憤りのままに悪化しているようだった。 そして自分が熱を出していながらも即彼を排除する方向に動いた理由もようやく解った。なんてことはない、軽い恐怖と照れだろう。 純粋に世話をしようと思っている人間相手に少々やり過ぎな気もするけれど、その点は目を瞑った。実際、それくらいしなければ彼が諦めるわけがない。 ……………むしろ現状を見る限り、諦めてすらいないが。 「ああ……うん、解ったから。とりあえず、もう回復したから平気だよ」 あえて何もツッコムことなく流し、彼の希望は聞かなかったことにした。下手に刺激すると添い寝くらいは実行しようとしかねない。 軽い溜め息を交えて告げた言葉に彼は顔を向け、こちらの言葉の真偽を見極めるように睨み据えた。 信用がないと悲しむよりも、隠し過ぎていたのだから当然の行動だろうと納得している自分は、やはり少々変わっているのかもしれない。 「熱、計ってみようか?」 「む、そうだな」 信用しきれないというように顔を顰めている彼に提案してみれば、至極真面目そうな顔で頷かれた。 彼は若干、自分に過保護だ。苦笑とともに手を差し出して体温計をもらおうと待った。残念ながらこの部屋のどこにそれがあるか、自分は知らない。 歩み寄ってきた彼を見遣りながら、ベッド付近に常備しているのかと手を下ろす。首を巡らせてどこにあるのか問おうとした瞬間、頬を包まれた。 ……………瞬間的に呼吸が出来なくなったのは、仕方のないことだと思う。 予想もしていなかった体温に身体が竦んだ。硬直していた自分の額に何かが触れ、彼の前髪が自分の目に刺さりかねないほど間近に見えた。 「………ってなにしてんだー!!」 離せと慌てて叫んでみれば、彼が顔を顰めてぼそりと呟いた。 「まだ熱い」 告げられた言葉に、耳まで熱を持っている自覚のあるこちらとしてはなんと返せばいいのか悩む。明らかに、熱を上げたのは相手の行為だ。それを口にするのは物凄く憚られるけれど。 「薬を飲んだとは言え、無理をするな」 「いやいやいや、していないから、無理。というか、離してくれ、頼むからっ」 少なくとも今現在問題なのは、彼が頬を包んで間近で心配そうに話している、この状況だ。 これがなくなればとりあえず熱は下がる。心の中でだけツッコミを入れて、睨みつけるように相手を見た。 不可解なものを見るような目つきで自分を見た相手は、首を傾げながらまた顔を寄せる。 「しかし、顔が赤いぞ?」 「恥ずかしいんだよっ!解れよ、この鈍感検事!」 至極真面目に問いかけられた内容に思わず怒鳴ってしまう。これで熱がぶり返した場合、彼にしばらくの間の事務所立ち入り禁止を言い渡せるだろうかと、若干本気で考えてしまう。 惚けた顔で目を瞬かせた彼が、ひどく嬉しそうに笑うその様すら、居たたまれない。 いっそ逃げ出したい衝動に駆られるけれど、逃げ場すらない。視線だけでもと逸らされた視野の先、何故か彼の肩が見えた。 ………次の瞬間には抱き竦められていて、ひくりと喉が酸素を求めて鳴った。 声も出せない瞬間というものを、彼は知っているのだろうか。…………知っていたらこんな真似をしはしないかと、どこか冷静に考えた。 「全く……君という奴は」 小さく彼は溜め息を吐きながら、それでも不安を溶かしたような声で呟いた。 先ほどの笑みとは合わないチグハグな声音に首を傾げる。…………実際は身体は動かなかったので心中での行動だったけれど。 「具合が悪いというのに立て籠ったりして、こちらがどれだけ不安だったかなど、考えもしていないだろう」 危うくドアを破壊するところだったと半ば以上本気の声で彼が溜め息を吐く。普段以上に冷静さを欠いた彼の行動の理由が何となく解って、不覚にもまた顔に熱がのぼった。 きっと彼は、悲しかったのだろう。熱があって普段と行動も若干違っていて。明らかに誰かの目が必要な状態であるにもかかわらず、彼の自室に立て籠ってまでその腕を拒んでいれば当然といえば当然だ。 それでも落ち込むよりも先に自分の身を守ろうと、考えたのだろう。 もしも部屋に鍵をかけたまま状態が悪化すれば、最悪、肺炎くらいにはなってしまう。悪ければそこから死に至ることとてある。それくらいは自分だって知っていた。 彼はそれを咄嗟に考えて、一刻も早く自分の傍にと、あんな手段に出たのだろう。もう少し穏やかな方法もあるとは思うけれど、そんな余裕すらないほど切羽詰まって。 ………近付いても拒まれるかもと、思いながら。それ以上に、その相手のことを思うなんて、馬鹿だと思うけれど。 人間臭いその愚かさは、無敗といわれた天才検事にとっては恥じるべき弱さでさえ、あるのだろうけれど。 それでも彼はそれを恐れもせず、恥もせず、堂々と自分に晒す。それがどれくらい成し難いことかくらい、自分は知っている。 縋るように自分を抱きしめる、いっそ大きな子供のような彼の背中を見遣りながら、緩く長く息を吐き出す。呼吸自体を忘れていたせいか、それはさして続きはしなかったが。 数度深呼吸を繰り返して、頭痛のように痛む脳裏を押さえ込んだ。 そうして、おずおずと躊躇いがちに、彼の背中に腕を添える。………抱きしめるともいえない、その行為。それでも彼は嬉しそうに目を細めて擦り寄るから、怖いと思いながらも結局は甘やかしてしまう。 「ちゃんと、元気だよ?」 言い訳のようにそっと呟いて、赤い顔を隠すように俯ける。その先には彼の肩があって、仕方なさそうな素っ気なさで、顔を埋めた。 ……………自分は彼ほど素直ではない。真っすぐに感情を向けられるほど潔くもない。こうした意味での感情はどこか鋭利に思えて、自分には怖いものにしか思えない。 それでも彼は、それを理由に自分にだけ向けるものを、与えてくれるから。 いつか、もしも同じものを返せるようになったなら。 あるいはこうして嬉しそうな顔で、それでも悲しい声を紡ぐ彼を。 抱きしめる以外の方法で慰める術を見いだせるのだろうか。 弱さを晒せるほどの強さをいつになれば持てるのだろう。 小さく小さく思いながら、肩に埋めた瞳をそっと閉ざした。 3の続きですね。ちょっと暴走気味な御剣さん。いや、うちの成歩堂なら具合悪い時に鍵かけられる部屋にいたら鍵かけちゃうなーと思って。警戒心というよりも弱った姿を見られたくないだけです。 まあ実際そんな真似したら相手はさぞかし不安だろうて。動くのも億劫な状態なら素直に看病されておけ。 以前もどこかで書いたけれど、うちの成歩堂と御剣は相手へのイメージと自身へのイメージが見事に一致します。まあ見解の相違故とでも思っておいてあげて下さい。成歩堂に関しては幼少期の影響がかなり強かろうと思いますがね。 07.7.16 |
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