柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
さらさらと落ちる砂時計を見る 砂時計 じっとカップの中身を見つめていた。 淡い琥珀色が揺れている。先程自分が飲んだ紅茶の色。 代わり映えのしないそれをただ見つめる。そんな自分の顔を窺うように視線がチラチラと落ちるのを感じた。 家主である御剣は招いたはずの客が微動たりともせずに紅茶を見つめ続ける様子に首を傾げている。成歩堂はそれに気づいているけれど、おそらく実際には気づいていなかった。 知覚は出来ても認識が追いつかない。何かに集中すると成歩堂はそんな不器用さを晒す事がある。 「……成歩堂」 眉を顰めて客の名を呼んでみれば、いつもならばすぐに返る返事は響かなかった。 それに眉間の皺を増やし、御剣はもう一度彼の名を呼ぶ。 「成歩堂。聞こえているだろうか」 トン、と指先でテーブルを叩く音も響かせる。が、真剣な眼差しをしたまま、相手はただカップを見つめるばかりで、反応を返しはしなかった。 それを見つめ、御剣は軽く息を吐き出す。………成歩堂にいま受け持ちの裁判はないはずだ。それは本人からも教えられたし、確実だろう。にも拘らず、彼の表情はまるで不利な証拠の中の矛盾を見つけ出そうとするかのようだ。 彼が何かに没頭する姿を見つめるのは嫌いではない。だからこそ御剣は文句を腹に収め、自身のいれた紅茶を一口啜った。 嫌いでは、ないのだ。成歩堂が一心に物事に打ち込むのは自身のためというよりは、誰かのためである事が多い。それは過去に送られ続けた手紙たちや、逆境でしかない条件の中でも真っすぐに信じ抜いてくれた現実が知らしめている。 それらを思い出させる彼の眼差しは、嫌いではない。………不満があるとすれば、それは自分を見てくれないという幼い独占欲だろう。 苦笑を浮かべ、御剣はカップをテーブルに戻す。その時響いた微かに高い音に、ぴくりと成歩堂の指先が反応する。 意識がこちらに向いてくれたかと期待を込めて御剣が見遣ってみると、成歩堂は目を瞬かせながら顔を上げていた。 視線が、重なる。それに気づいて御剣は柔和に目を細めて唇を和らげる。………微笑む仕草に、成歩堂は眩そうに僅かに睫毛を落とした。 「?成歩堂?」 どうかしたかと御剣が首を傾げれば、成歩堂は緩く首を振ってなんでもないのだと応える。 静かな音だ。決して偽りを言わない彼の音は、たとえ激昂したその時であっても御剣には静かに聞こえる。 けれど、それが少しだけ それは決して歪みではなく……言うなれば、反響、だろうか。 眉を顰め、御剣はそれを探るように成歩堂を見つめる。自身の感情を包み隠す事のうまい彼を相手には、少々分の悪い行為ではあったけれど。 じっと、見つめる。不躾だとよく成歩堂に注意されるそれは、けれど困ったような笑みを唇に乗せて彼は受け入れた。 それに、息を飲む。 ……………揺れたように、見えた。彼の瞳が、…………否、感情が、だろうか。 そっと包み隠して、自分からは見えない所でいつだって処理してしまう何かが、揺れて見えた。 「………成歩堂、………」 言葉を探し、彼の名を呟く。眉間の皺をより濃くし、どう告げたならいつだって躱してしまう彼を捕らえられるかと、悩む。 気づけない、から。いつだって自分は相手の感情には鈍感で、知らず傷つける事はあっても喜ばせる事が出来ない。癒される事はあっても、癒せる事がない。 そんな事はないのだとどれほど成歩堂がいっても、事実御剣には成歩堂の心情は彼自身が乗り越えた後にしか解らず、相手を追い詰める物言いや傷つける態度を取る事は珍しくもない。 だからこそ、気づけたその時はこの腕を伸ばしたいのだ。 頼っていいのだと……この腕の中、彼の安息を保証したいのだと、教えたい。自分が彼に与えられている心地よさを、自分とて与えたいのだから。 「触れても、いいか?」 なにを与えたなら癒せるのか、解らず。結局自身が与えられて安堵するものを告げてみる。 拒まれるだろうかと思いながら見つめた先、成歩堂は僅かに瞠目したあと、静かに頷いた。 逆に驚いた御剣が目を瞬かせれば、困ったように苦笑して、成歩堂の腕が伸びる。膝がテーブルに当たり、今更距離に気づいた成歩堂が、そっと身を躱して御剣に座るソファーへと歩み寄った。 キシリとソファーが揺れ、成歩堂が隣に腰を下ろした事を教える。その音にハッと意識を戻し、御剣はやっと目の前の成歩堂に視線を向けた。 真っすぐに自分を見る眼差しに目眩にも似た陶酔感が沸き起こる。甘いそれに酔うように、目の前の人を抱き締める。 普段であれば身を固くする癖が出るけれど、いまはそんな事はなく、成歩堂の腕は少しの躊躇いを孕みはしてもそっと御剣の背に回された。 それに応えるように、……彼の中の何かが彼自身を傷つけないように、そっと壊れ物を扱うように抱き締める。 いっそもっと強く抱き竦めてしまいたい。けれど、それでは自身の欲求を押し付けるだけにしかならない。どれほど普段我が侭を押し付けていても、彼のために在りたいと祈る思いで自制した。 それが伝わったわけでもないのだろうが、トン、と成歩堂の鼻先が御剣の肩に埋められる。心臓が、呼吸を邪魔するほどの強さで打たれた気が、した。 「御剣」 小さく呟く声。聞かせまいとするような、相手の肌へ直に染み込ませようとしているような、そんな音。 あたたかな体温。向けられる意識。まろみある声音。欲してやまない、成歩堂という存在の全てが、腕の中に佇んでいる現実。 満たされる喜びに、目眩がする。 ぎゅっと僅かに込められた腕の力が成歩堂の背を更に引き寄せた。成歩堂を真似るように御剣もまた、彼の肩に頬を寄せ擦り寄る。 「ごめん、ね………」 それに気づいてか、あるいは先程の言葉の続きだったのか。聞いているものの胸を抉るような、そんな声音で成歩堂は謝罪の言葉を口にする。 微かに首を動かして意図が解らない事を示せば、くすぐったかったのか、成歩堂の肩が少しだけ跳ねた。 けれどそれだけで、言葉は続かない。 腕の中の人は、同じように抱擁を返してくれるけれど、ひどくそれは……静寂だった。 「成歩堂…………?」 確かにある彼の存在が、まるであやふやになったような怯えに、腕の力が強まった。 触れるだけではなく、音も欲しい。願って問いかけた名には、頷きと共に埋められた唇が蠢めいた。小さ過ぎた音は吐息を漏らすように肩に吸い込まれてしまい御剣に聞こえはしなかったけれど、それが答えだと解った。 普段ならばあり得ない、飲み込むような彼の言葉に御剣は首を傾げる。 不器用な指先で辿々しく成歩堂の髪に触れながら、緩やかな吐息とともに音を紡ぐ。 「どうしたのだ、一体」 困惑に、御剣が問いかける。躊躇いではなく戸惑いの声。 それを聞き分けているかのような間を空けて、成歩堂は御剣の指先の好きに任せて肩に顔を埋めたままだった。 もう一度問いかけようかと御剣が悩んでいると、不意に成歩堂は腕の力を強めてから、顔を上げた。 「どうしたって…僕だってたまには甘えたい時くらいあってもいいだろ?」 もう大丈夫、と成歩堂は笑って答え、自分を抱き締めてくれた腕を解くように身体を離した。 突然空いたその隙間がひどく寒々しくて、御剣は無意識に顔を顰めて不満げに口を引き結ぶ。そっと、その頬に何かが触れて、御剣は目を瞬かせた。 顰めた顔が驚きの顔に変わる。………目の前には、愛しい人。ただひとりの、人。その人が微笑んでいる。 静かな………何かを覚悟したときの、静謐の笑み。 「成……っ」 「御剣。……ありがとう」 名を呼ぼうとした唇は、頬に触れた指先に閉ざされて綴れなかった。そうして笑んだ人は、謝意を示すのだ。 ………感謝の言葉でありながら、先程と同じ、謝罪の意識を滲ませて。 それをどう告げたなら、彼の中の真意に近づけるのかが解らなくて、途方に暮れたように御剣は成歩堂を見つめる。 揺れた瞳。享受された願い。伸ばされた腕。向けられた意識。与えられた、言葉。 おそらくは全てが同じ一本道の出来事だ。にも拘らず、決定的な証拠がなく、繋がらない。もっとも大事なピースは、確証はないけれど……成歩堂の中に沈め込まれていて、未だ自分の腕は届かない。 「私には……よく解らないのだが」 ありのままを告げて最後の証拠を強請ろうとすれば、成歩堂の瞳が細められ、微笑んだ。 …………何故、それが……涙を堪える仕草に見えたのかは、解らない。 ただ痛んだ胸が、強く目の前の人を抱き寄せる引き金には、なった。 驚いたように身を固めた相手は、けれどすぐにその力を弛緩させ、慰めるように髪を梳く。………御剣の腕の震えにいつだって成歩堂はすぐに気づいて、惜しみなくその腕を差し出した。 それは過去と現在だけではなく、御剣が願い続ける限り、未来までも確約された事。 「いつか……解るよ。絶対にね」 まるで縋るような抱擁に微笑みながら、成歩堂はそう告げて、そっと双眸を閉ざす。 「大丈夫。一緒に、いるんだからさ」 願うように口ずさみ、頬に触れる御剣の髪に成歩堂は唇を埋める。 吐息が触れて、それがさきほどと同様に大丈夫と綴ったのだろう事は、解った。 揺れた瞳。享受された願い。伸ばされた腕。向けられた意識。与えられた、言葉。 ゆらゆらと揺れるそれらを脳裏に浮かべながら、御剣は逃すまいとするように腕の力を強めた。何とはなしに、彼が祈る先が垣間見えた気が、した。 成歩堂と自身の意識の違いを知らないわけではないのだ。いつだって他者を思い全てを視野に入れられる成歩堂と違い、御剣は成歩堂しか思えない。 それを正しく認識しきれていない成歩堂の思いと御剣の願いがずれるのは、さして珍しい事でもなかった。 ただ、それでも重なるものがあるからこそ、絆は繋がり紡がれていく。 「ああ………私に手放す気はない」 一緒に……他の誰でもなく、この腕の中の人とともに生きるのだ。 真摯な呟きを彼の肌に告げながら、慈しみをもって髪を梳くその仕草に、目蓋を落とす。 手放しなど、しない。 たとえこの先、彼が身を引こうとしたとしても その意識が自分に向いているなら、手放せるわけがない 時が邪魔をするのなら 落ちる時の砂を倒して、止めてしまえばいい 腕の中の愛し人の頬に唇を寄せて 囁くように、思いを告げた 成歩堂サイド 時間制約のある関係性だった事にふと気づいた成歩堂。 だけど手放せない事も知っているから、どうやったら一緒にいられるのかも悩んでいるという。 御剣ばっかりが大好き!という状態が多いですが、成歩堂も同じは同じなのです。ただ御剣よりもずっと常識的で、当たり前の生活を御剣に味わってもらいたいと願っているし、些細な幸せに包まれて欲しい。 でもまあ、たとえ成歩堂が女性だったとしてもやっぱりすれ違いだらけなんだろうなぁ(遠い目) 強くあろうと思う人は、それを晒す事を自身に課すから、自覚のある弱さは包み隠して飲み込んじゃうからね。 それに気づいて腕を差し出せるほど、残念ながら聡くもなければ図々しくもなかった、肝心な所で鈍くて臆病な御剣も困ったものだ。 08.1.29 |
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