柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
さらさらと落ちる砂時計を見る 砂時計 御剣の家に呼ばれることは珍しくもなかった。 成歩堂の家よりもずっと広く居心地もいいし、物も揃っている。何より彼がいれた紅茶は優しく暖かく喉を潤し、あたためるように包んでくれる。 それが心地よく、成歩堂は好きだった。自身の部屋が狭い事を理由に二人で会う時によく彼の部屋に向かうのは、実際は単純な理由だ。 もっとも、それに相手は気づく気配もないけれど。 ぼんやりと彼のいれてくれた紅茶を飲む。味などよく解らないけれど、自分のためにといれてくれる、普段は不遜な顔を人々に晒す彼の思いが嬉しいから、美味しいと笑っていた。 喉を潤してくれた琥珀の液体は、思った通り香しく優しく、身体を抱き締めるように温めてくれる。 (なんで…気づかなかったかなぁ………) それに心地よく満たされながら、同じ重みでもって心中で息を落とす。 そっと目蓋を落として、目の前のソファーに座っている御剣の姿を思い浮かべる。法廷で雄々しく立ちはだかる、真実を追うためのパートナー。 法曹界において、彼は更に上を目指していくだろう。彼の能力ならそれは当然だし、そうあって欲しいと思う。この先の法廷で、勝利ではなく真実を見出すものが育たなくては、混沌とした闇しかあの空間には生まれないのだから。 だから、解っている。………知っている、はずだった。 彼はこの先進むべき道がある。ただ元来不器用な彼の、融通の利かない性格が時にそれを阻む事もあるだろう。 それを緩和する術を知り得てくれれば、彼の世界は広がると思う。それをずっと………願ってきた。 多分自分の感情は彼のそれと比べれば異質なのだろう。それを成歩堂自身、自覚はしていた。 再会後の失踪。あの、喪失感。また舞い戻った相手の、選択せざるを得なかった心境と情緒の拙さに途方に暮れた事は忘れようもない。 あの頃からずっと、自分は願う事を忘れてしまった。彼が同じ行為を繰り返さないように、その未だ辿々しい情のあり方を成長させてくれればと祈るばかりで、彼に求めるものは減る一方だ。 それが不満だと幾度言われても戸惑いしか生まれない。………与える事、許す事、許容すること。そればかりが、彼の傍に居て覚えた、彼と関わり続けるための術だったのだから。 短気な自分がそんな風に変わったという事実だけでも、彼を失えないというこの執着心とも言える情の証拠になるだろう。 歪みそうな苦笑は、けれど表情には現れなかった。沈んだ意識は表情筋を動かす事すら忘れて考えに没頭している。 世界が広がれば、彼は別の道を見出すだろう。いまは自分を起点とした関係にしか向かない情緒も、豊かに紡がれる。そうしたなら、…………愛しいと思う人もまた、現れるかも知れない。 (ずっと……選択肢がなかったしな) 自分一人で、比較すべき対象もいない。その執着や独占欲は幼くて、初めて得た理解者を手放したくないと駄々を捏ねる子供のようにすら見えるのだ。 狭義の世界が全てだと信じて生きてきた彼だから、それは仕方がないのかもしれないけれど。 それが寂しいのだと、眉を顰めて抱き寄せれば、彼はそれ以上に悲しんでしまう。きっとなにかが自分たちはすれ違っているか、組み間違っているのだろう。もっとも、それは所詮は別個の生き物なのだから、100%の理解などという夢想を信じるわけにもいかない。 押しつけの願いは壁に阻まれたとき、憎悪にすら変わるものだ。出来る事ならこの先二度と、失踪直後の御剣に投げつけた激情など、与えたくはない。 勝手に願って勝手に求めて勝手に失望して。………勝手に悲しんで、切り捨てようとした。 その果てで、それでも自分を求める事を諦めない彼を、受け入れた。所詮は、成歩堂の執着心は、御剣とはまた違う意味で、強固だっただけだ。 ………けれど成歩堂のそれは、御剣と同じ形でだけは、展開されなかった。 思考に沈んでいた聴覚に、不意にカップの音が響く。ぼんやりとし過ぎて零したかと、確かめるように指先を揺らした。が、それはなにも感触を伝える事はなく空気の中を泳いだ。 なんだったのだろうと目を瞬かせてみれば、視界の先にいた御剣が、ひどく優しく微笑んでいた。 見惚れるほど、優しい。………それが自分にしか向けられない、なんて。 優越感を得るより悲しみを思う。決して彼を軽んじているわけでも想っていないわけでもないけれど、自分以外を見る事を拒否するその仕草が、切なくて…怖い。 そんな揺らめきが看破されたのか、不意に名を呼ばれた。すぐに首を振って、それだけでは説得力に欠けると唇を開く。 「なんでもないよ。ちょっとぼーっとしてただけで」 出来るだけの笑みで彼を見つめ、成歩堂が答える。 怪訝そうな顔で御剣は成歩堂を見つめた。本人に自覚はないのだろうが、睨み据えるといっても過言ではない視線だ。 相変わらず不器用な男の心配の仕方に、クラリと何かが揺れた。多分……それは彼がよく求める、願いや情といった類いの何かだったのだろう。 軋む胸が、願いを訴える。相反した願い。 ずっと一緒にいたい。偽らざる願い。ただ、それは彼が望む関係性であればなんでもいいという、限りない譲歩と妥協の元の、祈り。 誰かを想う事を知って欲しい。彼の閉ざされた世界には、自分が差し出した腕しか写らず、なにも見ようとはしないから。 同性である自分が彼とともに居続けるには、いまの彼の感情にピリオドが落とされ、友人としての関係を構築する事が一番確実だろう。彼のこの先の道を想定したなら、それが一番妥当だ。 それでもきっと彼はそれを却下する。終わりなど欲しくはないというだろう。……成歩堂が他の誰かを愛したというならまだしも、互いが思いあっていながらの別離など、到底彼には理解が出来ない。 「………成歩堂」 目の前で、揺れる視線が自分の名を呼んだ。躊躇うような音は、何か伝えたいと訴えているけれど、それが言葉になることは滅多にない。 「触れても、いいか………?」 微かな怯えとともに告げられたのは、そんな言葉。拒まれる事を先に覚悟している声音は、打ち拉がれるように寂し気だ。自覚がないから困ると思いながら、同時に、見透かされているようで照れ臭かった。 軋んだ胸。揺れた意識。相反した願い。想定したくなどない未来。祈っている事。 それらを飲み込むように目蓋を落とし、小さく頷いた。胸裏で渦巻くそれらを処理しきるには、少しだけ寒かったから。あるいは、人肌が恋しかったのかも、しれない。 けれどいつもならばすぐに伸ばされる腕は驚いたように固まって動かなかった。珍しく自身も触れたいと思ったというのに、自分たちは相変わらずタイミングが合わないと成歩堂は苦笑する。 そうして、乞うように腕を伸ばした。が、半ば腰を上げた際に膝がテーブルに当たる。それでは抱き締められないかと立ち上がり、御剣の座るソファーへと足を進めた。 たかだか抱擁のためと言えど、衝動でも慰めでもない、純粋な欲求で伸ばす腕に与えられる間は、そうした欲求にすら慣れていない成歩堂には居心地が悪かった。 隣に座れば腕を伸ばしてくれるだろうかと、逃げ出したくなった心理を押さえ込んで御剣の横に座る。同時に動かなかった彼の視線が瞬き、自分を映した。 瞬間、御剣の白い肌に色が灯り、喜色に溶けた眼差しが優しく注がれる。そうして、求めたままに伸ばされた腕が包んでくれた。 腕を背に添えても驚かないだろうかと少しだけ思案しながら、成歩堂はそっと御剣の背中に腕を回す。 心地いいと、思う。多分、彼が求めるものはこうしたものなのだろうとも。 包むだけの抱擁は彼のいれてくれる紅茶のようだ。あたたかく優しく、潤すように満たしてくれる。 (でも、覚悟も、しないとな) 求め続けて裏切られ続けてようやく得たものは、いつ失ってもおかしくない場所で輝いている。いつかは彼の周囲でも女性の話が持ち上がるだろう。その中には彼が情を向ける存在も出るかもしれない。 束縛したいわけではないのだ。邪魔になりたいわけでも、足枷になりたいわけでも、ましてや重荷になどなりたくはない。 彼の肩に鼻先を押し付けて、そっと吐息を吐き出す。 「…………御剣」 (いつか、君が誰かを愛したとしたら………) 祝福しよう。………胸が、痛んだけれど。笑んで彼の肩を叩き、彼を選び愛してくれた人に、感謝しよう。 けれどその人が見つかるまでの、もう暫くの間は、自分が傍に居たい。 彼の情の幼さに付け込んだ卑怯な真似だと思うけれど、手放したくはないのだ。 「ごめん………ね」 (本当なら傍に居ない方が可能性が出るのにな) 傍にいればいるだけ、御剣は成歩堂にしか意識を向けない。そんな中で誰かを愛せなど、無茶な要求だろう。 それでも一緒がいい。少しでも長く、少しでも多く。 彼の可能性を潰していたとしても、願ってしまう愚かさが疎ましい。 御剣が首を傾げている。頬に触れる毛先の振動で解っていたけれど、言えるはずのない理由だった。 返されない返答に焦れたのか、彼が名を呼んだ。苦笑して、頷く。少しだけ強くなった抱擁に促されるように御剣の肩に唇を押し付けて、そっと囁く。 「ごめんね、でも、好きだよ」 口腔内でだけ響いた成歩堂の声は、吐息として御剣の肩に染み込んだ。吐露された感情は、けれど少しだけ悲しい響きだ。 それを知ったわけでもないのだろうけれど、それでも寂しさに気づいたのか、慰めるように御剣の指先が辿々しく成歩堂の髪を梳いた。 「どうしたのだ、一体」 困ったような声が響く。きっと途方に暮れた顔で自分を見遣っているのだろう。愛しい仕草を思い浮かべながら、成歩堂は目蓋を落とした。 優しい不器用な指先と声音。それに溶けるように笑んで………けれどその笑みを隠すように、また肩に顔を伏せた。 けれどこれ以上焦らせばこじれるだろう事も予想がつき、成歩堂はそっと息を吸い込んで唇に笑みを乗せると顔を上げた。 「どうしたって…僕だってたまには甘えたい時くらいあってもいいだろ?ありがとう、もう大丈夫だよ」 身体も起こして心地よいぬくもりから離れようとすると、御剣はそれを不満に思うように顔を顰めた。それに、小さく笑う。ついで、掠めるように彼の頬に唇を寄せた。 気づくかどうかというその短い口吻けに驚いたように御剣は目を瞬かせた。 それを見つめて、笑む。………与えられたぬくもりが、自身の祈り故に痛みに軋む思いを守ってくれる。だから大丈夫だと言い聞かせながら。 それに瞠目する御剣の様が少しだけ滑稽だった。それすら愛しいのだから、どうしようもない。 「御剣、ありがとう」 何かを言い募ろうとした彼の唇に指先を這わせて押さえ込み、そっと綴る。感謝の声音。 応えてくれた。思ってくれた。与えてくれた。求めてくれた。 限りない感謝を思い、別離の未来を思って告げれば、顔を顰めて苦しそうな声で御剣が言う。 「私には……よく解らないのだが」 誠実にあろうとしてくれる、知らない事を隠さずに伝えてくる彼の誠意に微笑むように目を眇める。 いつかはそれも自分ではない誰かに与えられ、それを自分は喜んで微笑む日が来るだろう。 愛しまれて欲しいのだ。まだ育ちきらない彼の情緒は、拙いが故に、澱む事なく相手に与えられるから。 きっと大丈夫と、軋む胸を飲み込んだなら、まるでそれを癒すように抱き締められる。驚きに身を固くしたあと、絆されるように力を抜き、震える御剣の髪を梳く。 いまはまだ、自分にしか差し出されない全て。それを愛おしみながら、抱き締める。 「いつか……解るよ。絶対にね」 まるで縋るような抱擁に微笑みながら、成歩堂はそう告げて、そっと双眸を閉ざす。 「大丈夫。一緒に、いるんだからさ」 願うように口ずさみ、頬に触れる御剣の髪に成歩堂は唇を埋めた。………傍に居たいと最初に願ったのは、紛れもなく自分だ。 だから、大丈夫。たとえ関係性が変化しても、諦めなければ一緒にいられる。 手放す事も失う事も出来ないから、彼の巣立ちを見送る時には、最後の我が侭を言わせてもらおう。 祈りとともに彼の髪に埋めた唇が、音には出来ない思いを吐息に綴る。 「………私に手放す気はない」 不満そうに彼は呟いて、それを如実に語るように腕の力を込める。 それに多少の息苦しさを感じながらも充足を思い、御剣の髪を愛おしみながら梳いた。 どこまで気づいているのか、いないのか。成歩堂の発言とは噛み合ない答えを返す御剣に、それでも成歩堂はその背に腕を回し、縋る腕の好きにさせた。 それに気をよくしたのか、そっとを顔を持ち上げた御剣が掠めるように頬に口づける。 目元に微かな朱を浮かべた成歩堂に満足そうに目を細めて、同じように染まった顔を見られぬように御剣は彼の耳元に唇を寄せて、告げた。 「私は、君がいいのだよ」 他のどんな選択肢が用意されていても、選び続けるだろう。そう教えるような声音に、目を瞬かせ、成歩堂は動きを止めてしまう。 その頬にもう一度口吻けて、御剣は晴れやかに笑った。 御剣サイド 成歩堂サイドでした。いやはや、この子は書きやすいけど、書きやすい分物凄く女性的な受容の精神に染まりやすくて困ります。 大事だよ。なくしたくないよ。傍にいたいさ。でもそれは特別になりたいという意識を超越しているだけさ。 期待したり求めたりすればしただけ、それが与えられなかったとき、失望と不満が募るからね。そういうのを重ねて離れる事が恐ろしい。 手放せないなら、努力をしないと。御剣は御剣で別の意味で凄く努力をしてくれるから、成歩堂も努力をしているのです。 が。………可哀想な事に二人の努力の方向性が重なることはないのですよ。 まあそれでも一緒にいたいという意識と相手を受容している事は同じなのだから、時間を掛けて歩み寄っておくれ。………まあ好きなものを好きだといえるのは勇気の一つだと思うけどね。 そして。たまには実のある話を書けよと言われたので、ラストをちょっと甲斐性あるような雰囲気にしてみたよ。でもやっぱり子供の我が侭に思えるのは私の脳内で御剣が幼児化しているせいですか?(困惑) 08.1.29 |
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