柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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約束を交わそうか

口にはしない、約束を
心の中で呟いて
君にそっと差し出そう

約束を交わそうか

言葉にはならない、約束を
君を見つめる瞳の中に
そっと溶かして沈めよう

約束を、交わそうか?



約束は、宙に浮いたまま、気づかれもしなかったけれど………





目に映らぬままの約束(前編)



 「ねえ、待ってよ!」
 少しだけ焦った声で目の前の人の腕を掴む。
 それに驚いたように彼は振り返り、目を瞬かせた。少しだけ、無防備なその顔にホッと息を吐く。嫌がられたわけではないのだと、そう思って。
 「お腹空かないか?ご飯食べにいこうよ」
 「……ム、構わないが………」
 困惑したように眉を顰めて、それでも彼は承諾してくれた。それが嬉しくて破顔する。そんな成歩堂を怪訝そうに御剣は見遣り、その視線を掴まれたままの腕にやった。
 それに気づいて、慌てて成歩堂が腕を解いた。
 「君は、人を掴むのは癖か?」
 皺が寄るかと思うほどしっかりと掴まれた肘を見遣りながら、不思議そうな声が告げる。嫌悪ではなく、純粋な疑問の音。
 それに苦笑しながら、小さく成歩堂が笑った、微かな揺らめきを讃えた瞳は柔和な笑みの中に溶けて、御剣には気づかれない。
 「自分じゃ解らないなー。そうなのかも知れないね」
 そっと告げられた答えに特に否を唱えるでもなく御剣は頷き、子供の頃のままだと小さく揶揄した。それに成歩堂は拗ねたように唇を尖らせながら、話題を変えるように夕飯の店の選定にかかった。

 それは、彼を解放したと思っていた頃の記憶。
 また思い出していると、夢だと解りながらも唇を噛み締めた。
 人を掴む癖なんてあるわけがない。ただ、寂しくて腕を伸ばしただけだ。
 彼が未だ孤独である事が。自分に言葉を与えてくれない事が。伸ばした腕に気づいてくれない事が。
 ただ少しばかり寂しくて、自分が居る事を教えたかっただけだ。
 それでも彼は気づかない。気づかないまま、理解しないまま、ただ不思議そうな眼差しで自分を見るばかりだ。
 回り続けるテープのように、記憶は色褪せずに繰り返される。自分の心情に偏った、都合のいい夢。


 「なあ、少し腹ごなしに歩かないか?……明日、早いか、御剣は」
 「特にそういったわけではないから構わない」
 「じゃあさ、こっち、この道でいいかな」
 駅に向かうには一番遠回りになる道を敢えて選んで告げる。顔を顰めるかな、と思った相手は特に気にしていないのか、軽く頷いて歩き始める。その背中を少しだけ見たあと、小走りで隣まで駆け寄った。
 彼と一緒にいたかった。少しでもいいから、一緒に。
 鬱陶しいとその目に映ったら引こうと思って、幾度か綱渡りのように間合いを詰めた。その度に彼は不思議そうな視線で見遣るだけで、特に咎めず受け入れてくれる。
 それが嬉しくて、つい我が侭を繰り返している自覚はあるけれど、彼は受け入れてくれる。
 同じくらいの背中に肩幅。それと一緒に並んで歩くのが嬉しいなんて、我ながらおかしなものだ。それでも、彼は自分が求め続けて追いかけ続けた人だ。
 その人がこんな間近で、自分の声にちゃんと受け答えしてくれるなんて、夢のようだ。
 「ねえ御剣。最近どう?」
 仕事でもプライベートでも、少しは落ち着いてきたかと問うように彼を見遣る。と、同時に硬直した空気。
 それを肌で感じ、成歩堂は月を見上げる振りをして視線を逸らし、言葉を続けた。
 「僕の方はさ、真宵ちゃんが帰っちゃって凄く静かだよ。でもその代わりみたいに矢張がうるさいかな。その内君の方にも行くかもしれないね」
 「御免被るな。………あいつは騒がしすぎる」
 軽い溜め息とともに御剣は答えた。成歩堂の言葉がそれを伝えたいが故の導入に過ぎないと判断したのだろう。緊張した空気もまた、消えた。
 それに微かに笑う。………寂しいと、思いながら。
 彼は未だ何かに捕われていて、腕を伸ばそうとすると途端に殻に篭ってしまう。それは仕方のない事かもしれないけれど、それでもどうしようもなく寂しい。
 だから、言葉を贈る。幾度も幾度も、繰り返し。
 「はは、そう言うなよ。あれで悪気はないんだよ」
 「当然だ」
 軽口で応酬しながら、ふとした沈黙の中、また成歩堂は空を見上げた。………半月が、浮かんでいる。それをなぞるように見上げながら、ぽつりと言葉を落とす。
 「ねえ、御剣。僕は君とこうしていられるの、嬉しいよ」
 ゆっくりと、噛み締めるように告げる。
 今もまだ踞り、どこか怯えを孕んで揺れている人。その痛みは自分の知る痛みと種類は違うだろうけれど、自分も痛みに揺れた事はある。
 だから一人耐えずに寄りかかっていいのだと、そう教えるように、幾度も幾度も言葉を贈る。
 「……………」
 彼は、答えない。難しい顔をして、どこかを睨むような目つきで虚空を見つめている。それが単に癖なだけで、不機嫌なわけではないと解ってはいるけれど、夜の闇の中ではその判別すら難しい。
 「僕は君の事、好きだよ。だから、君に何かあればいつだって力になるからね」
 純粋に、単純に、ただひたすらに言葉を贈る。一方的に、見返りなんて考えもしないで。………彼は、いつだって答えてはくれないから。
 ただ数度開閉する唇と更に深まった眉間の皺が、彼が何かしらの解答を口にしようと努力している事が解る。
 プラスでもマイナスでもいい。彼が答えてくれるなら、いい。そう思って受容の思いを讃えた眼差しを向ければ、彼はいつだって息を飲み、唇を閉ざしてしまう。
 二人、歩く。夜道の中。風も緩やかで阻むものはなにもない。遠回りしたはずの道も、すぐに終わってしまう。
 視界の先には駅の明るい光が見え始めた。少しだけ歩みを遅くすると、それに合わせるように御剣も遅くなる。それが嬉しくて、……まるで、答えてもらえなかった解答をもらえたようで、無邪気に笑んだ。
 すぐ傍の腕を掴んで、その顔を覗く。
 片眉を上げて疑問を示す彼の顔に笑って、軽やかに肩を叩いた。
 「また、一緒にご飯食べような」
 「ム、君の予定さえ合えば」
 「はは、君の方が忙しそうだけどね。暇があったら教えてよ」
 「…………解った」
 「うん、待っているからな。君といるの、楽しいしね」
 だから義理でも社交辞令でもなく待っている、と。言下に告げて成歩堂が立ち止まる。
 道は調度分かれ道。成歩堂は駅に、御剣はパーキングに向かう。そのための分かれ道。
 一歩、成歩堂が先に進み、振り返りながら今日の礼と、連絡を待つ旨をもう一度念を押して、手を振った。
 それに子供のようだと内心思いながら、御剣も応じるように片手を上げる。
 嬉しそうに成歩堂は笑い、光の溢れる方向へと、歩んでいく。眩い様に、微かに目を細め、御剣はその背中を見送った。
 ちらりと成歩堂が振り返り、彼の姿を探した頃には、もう御剣も踵を返し歩を進めている。重ならなかった視線を少しだけ残念に思いながら、それでも次の約束を待つために、成歩堂は駅に向かう。
 幾度でも幾度でも、彼に言おう。
 未だ彼はどこか暗い淵に踞る時がある。一人立ち上がらなくてはいけないと、弱味を見せまいと、必死になりながら、傷だらけの足で立てない自分に驚いている。
 ゆっくりしなよ。誰かに寄りかかって、休みなよ。一人でいる事が強さじゃないんだよ。そう、いくら言葉にしてもきっと彼は解らない。
 だから、解るように実行する。一緒にいて、自分も弱音を口にして。彼とともにいる事が嬉しいと告げて、彼の存在を好んでいる事を教えて。居るべき場所があると、知らしめる。
 彼は意固地で頑だ。未だ自分に寄りかかってはくれない。
 だけど………せめて、知ってくれればいいと、思う。
 「……………」
 月を見上げる。半月は、丸い曲線と一本の線を繋げてそこに浮いている。
 傷は誰もが負う。失う事もある。裏切られる事もある。それでも、差し伸べられる腕は、あるのだ。暗む視野を見開いて、厭いそうになる現実を見つめれば、優しい腕はそこにある。
 この腕の無力さは知っているけれど、せめて独りではない事を教えられればいいと、願っている。


 夢は巡る。夢は繰り返される。
 ああ、また、自分は眼前に絶望を突きつけられるのか。

 幾度も幾度も告げていた。
 惜しむ事なく告げていた。

 けれどその言葉は何一つ、届いてはいなかったのだ。
 彼の殻の中、染み渡らせる事など出来なかったのだ。
 ああ、だから、だから。


 ………彼は、また、消えた。

 一言の相談だって、しないで…………………







 最近甘めの話(当社比)ばかりだったので、たまには初心に返って擦れ違う二人でも、と。
 そして、まあ、たまには成歩堂が空回ってみるか〜とか思ってみました。
 ………………この時期くらいしか成歩堂が空回れる頃がなかったのです。仕方がないのです、うん。本当に……仕方がない(遠い目)
 物凄く献身的に尽くしていたのにあっさり居なくなられちゃなぁ。再会したとき罵声の1つも浴びせたくなるだろうさ。
 それでも諦めないのなら、また別の道が開かれるのだろうけれど。

08.4.18