いつだって腕を差し伸べ笑んでくれた人。
人が伯爵の仲間のように見えるのだと言った癖に
屈託なく誰とでも関わり仲良くなる人
不思議な人だと思って
笑んで見た先で
彼はやっぱり嬉しそうに隻眼を細めて笑ってくれる
そうして名を呼んでくれるその瞬間が
とても
とても愛おしいのだ、と
どうしたなら、知ってもらえるのだろうか
指先のもう半分
さらさらと髪の流れる音が耳の傍でした。
くすぐったい感触にむずがるように肩を竦めると、その音が止んでしまう。
優しくてあたたかいぬくもりと音だったのに、それを惜しんで頬を揺らせば、そっと、そのぬくもりがあやすように頬を撫でた。
あたたかい、と。綻んだ唇。
このぬくもりを知っている。指先に籠る微かな怯えも、少しだけかさついた肌も、そこから香る彼の匂いすら、知っている。
スキンシップの大好きな相手は、思いを告げてくれる以前から、戯れるように肩を組み腕で引き、時にはハグもした。
それらの中、時折零れ落ちるように竦むように震える指先を知ったのは、多分、彼に告げられるよりも一月くらいは前だ。
目を瞬かせて、それでも喜びに満ちて受け入れた言葉と腕の中、やはり怯えるような指先に首を傾げたのは記憶に新しい。
その腕を許された筈、なのに。彼はやはり怯えるのだ。むしろ以前よりいっそう、という方が正しいかも知れない。
…………何か間違えただろうか。自分はおかしな事をしただろうか。
誰かを特別に好き、なんて。彼が初めてで。………そんな思いを捧げてくれた人だって、彼が初めてで。何もかもが自分にとって解らない事だらけだ。
傍にいて安堵する気配。名を呼ばれて心地いいと笑みが生まれる声。ぬくもりに愛おしさを覚える指先。屈託なく笑んでくれる眼差しの色さえ、愛おしいのに。
時折生まれる寂しそうな仕草が、悲しくて。どうしたらそれを掬い取れるか解らない自分が情けなかった。
同じ任務に就けるわけでもないエクソシストという立場上、一緒にいられる時間だって少ない。
少しでも彼に教えたいと頑張ってみても、どうも空回りが多いらしく、少女に教わった編み物も、料理長に教わったお菓子も、失敗してしまった。それならせめてと、彼の好きな本を探してみたけれど、見つけるより先に何故か青年に見つけられてしまって、付き合ってくれた老人が溜め息を吐いてしまうくらい、彼の為の本探しは成果がなかった。
あと何が出来るだろう。何も持ち得ない自分に、彼が喜ぶ何が出来るだろう。
生来の不器用さが恨めしい。そつなく何でもこなす事は出来る癖に、いざ気合いを入れて向き合うと緊張に動かない腕は、己の心の脆弱さ故だろうか。
…………初めて、だったから。
誰かの笑顔の為に何かが出来ると、そう祈った事が。
養父のように、壊れてしまったその心を支え、彼とともに生きる決意をしたのとはまた違う。これは多分、守りたいとか支えたいとかその為に生きなくてはとか、義務の混じらない、我が侭なものだ。
もっとずっと自分は無欲で、求めるとか祈るとか、そんなものとは無縁だと思っていたのに。
どうやら隠して押さえ込んで、撫でてくれる養父の手のひらだけに必死になっていたせいで顧みなかっただけで、貪欲な欲求が眠っていたらしい。
傍にいて欲しい、とか。触れたいとか、触れて欲しいとか。誰かの気配が近くにある事を祈るなんて、もう二度とないと思っていたのに。
このぬくもりが消える事だけは耐えられないと、また思ってしまった懲りない自分の心。
…………せめて後悔しないように、と。自分に出来る事を探して奔走して、空回って。
任務から帰ってきてて、せめてただいまだけでも言ってから眠ろうと思っていたのに。その人は調度書庫にでも行っているのか、部屋の中は空っぽで寒かった。
また、空回りだ。そう思ったら寂しくて、つい、いい事ではないと解っていたのに、その部屋の中に足を踏み入れてしまった。
すぐに戻ってくるつもりだったのか、ベッドの上、クッションの替りにされた枕が変な位置に置いてけぼりになっていた。
くすりと、それを見て笑ったのはきっと、寂しい微笑みだった。泣きたい気持ちになるくらい、その枕は自分のようだ。
変梃で奇怪で歪な自分。…………愛しい人の為にもちゃんと喜んでもらえる事を捧げられないヘタクソな自分。
なんだか寂しくなって、その枕を手に取り顔を埋めた。
それは彼が使っていたのだから、彼の匂いがして当たり前だけれど。ぬくもりのない枕が悲しくて、そのままベッドの上、必死に泣くのを堪えて目を瞑った。
どのみちこの部屋は情報に溢れていて、自分が見てはいけない記述も多い。だから、こうして枕に顔を埋めて待っていればいい。そうすれば、たとえ涙が溢れても、きっと誤摩化せる。
自分勝手にそんな事を思い、目を閉じた。彼の匂いは沢山あっても、あたたかくなくて、凍えそうで。丸く丸くなった身体。
………ふと、そこまでを思い出し、違和感を覚えた。
あたたかい、のだ。頬が包まれている。肩がぬくもりに抱かれている。頭の天辺、つむじの近くに微かな呼気のぬくもりも、ある気がする。
試しに、すうと、静かに呼気を飲み込んでみた。鼻孔の奥、くすぐるように濃くあたたかく枕と同じ匂いがする。彼の、匂いだ。
「……ラァ…ビ………?」
夢現つに、問い掛けるようにその名を呼んだ。
上手く舌が動かず、眠りの中の声は舌っ足らずで幼い。それに小さく苦笑する気配。ああ、彼だ、と。………満ち足りたように微笑んで、そっと頬をすり寄せた。
それに答えるように抱き締める腕がしっかりと背に回る。微かに触れた呼気が、彼が額に掠める口吻けをくれたのを教えてくれた。
「待って、て、下さい……ね」
嬉しくて、小さく告げる。
本当は全部秘密で、驚かせたかったけれど。でもこんなに嬉しい事をくれるなら、ほんの少しだけ、教えてもいい。
「………何を?」
不思議そうに問う低い声。小さく掠れるそれは、きっと眠りから覚まさないように気遣ってくれている。
それでも問い掛けてしまうのは、きっと気になるからだ。気に掛けてくれているからだ。そう思えば、ほっこり温まる胸がくすぐったいくらいに弾んだ。
「嬉しい事、沢山。……見つけて、ラビに、あげるんです」
頑張って告げた言葉は、きっと半分以上が口の中、籠って彼には伝わらなかった。
それでもいい。それでいい。ただ自分が彼の為、笑顔を咲かして喜ばせたいだけだ。
彼が自分にくれるくらい、沢山の喜びと嬉しさを捧げられればいい。
「まだヘタで、駄目だけど。待ってて………」
小さく小さく祈りを告げて。
………嬉しそうに、微笑んで。
少年の唇はまた、寝息を刻む。
その背を抱き締めて、打ち震えるように青年は息を飲む。
…………ああ、なんて滑稽な一人劇。
鏡写しに同じ事、祈って願って捧げてた。
彼が目を覚ましたなら、何から告げよう。
もう溢れる程に沢山、貰っていると。
どうしたなら伝わるだろう。
…………それでもまずは。
きっとお腹を空かせた彼の為、食堂に行かなくては。
愛しい身体を抱き締めて、その魂に抱き締められながら。
…………青年は、ただ幸せそうに、その隻眼を細め、微笑んだ。
キリリク『ラビアレ+ブックマンで、付き合い始めたばかりの初々しい二人』でしたv
ブックマン入れていいんだー!!とか思ったので喜び勇んで書き始めました。ら。…………………初々しくなかったので(オイ)
ラビ編の方でブックマン、書かせていただきました(涙)こちらはこちらとしまして、みたいな感じで申し訳ないですが。
どうぞkikoさん、どちらでもお好きな方を……というか、むしろセットの方がリク通りなので、セットでどうぞな感じです(汗)ちゃんとまとめられない書き手で申し訳ないです………。
素敵なリクありがとうございました。これからも頑張ります♪
11.2.11