破壊衝動。
…………全てを無に帰したい、虚無感。
なにかが自分に囁きかける。
愛しい命を奪ったこの地に粛正を。
供物を捧げ、屠られた魂を取り戻せ。
………世界と引き換えに、その腕に愛しき命は戻るだろう。
耳を塞いでも塞いでも繰り返される戯れ言。
心が砕けそうなその時に降り注いだ。
………自分の愛しいその魂の片鱗たち………………
蒼天に眠る
「パーパー?どこいったんだ〜?」
いつものように日課の散歩にいった自分の父親を探し、ヒーローはジャングルの中を歩いていた。
空を駆けていれば風の流れで子供には感知出来る。そうでないのであれば、こうして自分と同じく地を歩んでいる証拠だった。………しかしかって知ったるジャングルとはいえその面積は広大だ。随分探しているのにまるで気配が感じられない。
溜め息とともに辺りを見回してみれば微かな風に探している人の匂いが漂ってきた。
パッと、ヒーローの顔が明るく彩られ手足が力強く地面を蹴りつける。
少し前もこうして探していた。1つの手がかりもなくて、どこの国にいってもどれほど探しても見つからなかったけれど。
小さな腕を精一杯伸ばして必死になって。ただひたすらにたったひとつの存在を追い求めていた。
それ以外、探したくなかった。大切な大切な自分の宝物。
駆けた足が鬱蒼とした木々を縫い草原を探し当てる。やわらかな風が、頬を撫でた。
その視界の先、緑に包まれて眠れる黒髪が風にたゆたっていた。………まるで、水面に揺れるように緩やかに。
音を立てないように注意して駆け寄れば、未だ眠っている父親は健やかな寝息を奏でながらしなやかな四肢を日に晒していた。傷もなにもない、ただ眠るだけのその姿にホッと息がもれる。
あまりに彼が優しくて、あまりに強くて……全てを背負うから。
この小さな腕では守れなかった過去が、幾度もあった。
守られてばかりで、ただ泣いた自分を抱き締めてくれる優しい腕。それがこの腕から消えることなんて考えもしなかった愚かな幼さが、ずっと彼を引き離していた。
やっと……帰ってきた。
長い長い時間をかけて、幾度も傷つき涙を溢れさせて。それでも、自分達の元に帰ってきた魂。
いっそ見限り転生でも果たしてしまったなら、もうこの身が痛む事もなかったかもしれないのに。心配性な父親は哀しみに染まった自分たちを見捨てることなんか、出来なかった。
「パーパ………? 起きないのかぁ……?」
小さく、囁きかける。起きて欲しいような……起きて欲しくないような。
あまりに静謐のなか幸せそうに微睡むこの姿を、自分が壊す事が忍びなくて……声が小さくなる。それでもその瞳を見せて欲しくて……声をかけて欲しくて。きちんとここにいると知らしめて欲しくて、ヒーローは堪えきれないようにその指先を伸ばした。
漆黒に指を絡めてみれば、引っ張られた感覚に気づいたのか長い睫が揺れる。
「……ヒーロー………?」
微かに掠れた声音が、それでも豊かに響いた。それに嬉しげに顔を綻ばせ、横になったシンタローの上にごろりと転がる。………いまだ小さな子供の肢体のままのヒーローが乗ったところでたいした衝撃でもなく、慣れた仕草で受け止めたシンタローはそのまま起き上がりヒーローを膝の上にのせて声をかけた。
「…………どうかしたか? 泣きそうな顔して…………」
「……………………? ヒーロー、悲しくないぞ?」
苦笑したシンタローの声にきょとんとヒーローが返す。悲しい事は、全部なくなってくれた。大切な…たったひとつのかけがえのない魂は舞い戻ったのだから。
そう囁けば大きな腕が優しく抱き締めてくれた。
「そうだな………俺のいない間に、ずっとお前は強くなったしな」
もう足元にも及ばないと苦笑してみれば、ぎゅっと腕を掴む小さな指先。
………まるで恐れるように震えながら………………………
震えているヒーローを見たのは……幾度目か。あまりに過酷な戦いを幾度も繰り返さなくてはいけない時に、この子供は生まれてしまったから。その悲しみを少しでも拭いたくて…いつもその頬を包み涙を拭いて、抱き締めていた。
俯く顔を確認など出来ない。小さな身体が震えている事は肌から伝わるけれど………
「ヒー……」
「パーパ、ヒーローね、昔話を知ってるんだ。赤い秘石が教えてくれた、ずっと昔のこの星のこと」
囁きはどこか震えたヒーローの声に刷り込まれ、紡がれた。息を飲む深い音が耳に響く。身体全部で必死で息をしているようなヒーローの仕草に訝しげに眉を寄せても囁きの意味は理解出来ない。
困惑した眉のままに抱き締める腕を強くしたなら、安堵を伝える溜め息が吐き出された。
「ヒーローと同じ力を持った奴が、世界を壊しちゃう話だったんだ。………その時は、わかんなかった。大切な人が死んじゃっても、他にも沢山大切な人がいるのになんで壊しちゃうんだろうって、思ったんだ」
たった一人しか大切な人がいないなんてあり得ない。世界はこんなにも優しく自分たちを包んでくれるのに。
同じ力を宿していたなら絶対に知っている筈なのに……それでも神話のその人は全てを破壊し無に帰した。………物語を聞いた時の胸の疼きを、いまも覚えている。
それでもただ信じ難かった。
自分の愛しむ人がそんな事望まないと知っていて……それでも断行することが、その人のためなんて思わなかった。
それなのに……あの瞬間に世界が爆ぜた。
………なにも考えられなくなる一瞬を、自分は覚えている。
捕われたくなくて、ヒーローは縋るように自分を抱き締める力強いその腕を抱き締めた。そのぬくもりを確かめるように……………
「でもね、パーパ………ヒーローもそうするところだったんだ。パーパが燃えて…なんにもなくなっちゃった時に」
恐ろしかった。大切で大切で……決して自分の前からいなくならないと愚かしくも信じていた。
戦いの最中でさえも優しく笑んでくれる腕が、なくなるなんて考えたくなかった。
…………あんな別れ方をして…一言の謝罪も出来なくて、笑いかけてもらう事も出来ないまま……亡くすなんて。
だから全部をなくしたくなった。自分の間違いも全部消して、もう一度やり直したかった。
笑顔が欲しくて……もう一度その腕を伸ばして欲しくて。
……………無の先に待っているわけがないのに、そんな空虚な願いを抱いてしまう。
「ヒー…ロー………」
戸惑うような、シンタローの声。………わかっては、いるのだ。優しい…世界を愛しむこの魂が、世界を傷つけた先で微笑んでくれるわけがない。
それでも止まらなかった破壊衝動。それを育むように鳴り続ける鼓動の先、苛立たしいほど甘い声で誘惑する青い光。
それでも見失わずにいられたのは……求めたそれが自分に注がれたから。
「だけどパーパ、ヒーローのこと心配して戻ってきてくれたでしょ? みんなのなかに入って………。だから…………」
怒りと憎しみのままに壊すつもりだった。シンタローを殺した相手も、それを操っていた青年も………あの青い秘石さえも。
そうして世界から音がなくなれば、少しはこの寂しい胸のなかで谺する音も消えてくれると思ったから。
でも……それが哀しみを引き起こす事を思い出させてくれた。
熱く燃えるたったひとつの愛しい魂が。
頬を流れる雫が情けなくて、ヒーローは更に俯き唇を噛む。………大切にされていて……愛されていて。その自覚があって我が侭ばかりだった。
それでも許してくれたその人が、初めて真っ向から叱りつけた。それが悔しくて……愛されていないんじゃないかなんて愚かな事を考えて反発した、幼い自分。
折角男として……一人前に見てくれるその初めの一歩を自分で台なしにした。あまりの馬鹿らしさに自分を嘲る気も起きない。
結果………なくした腕を嘆いて、どれほど後悔しても意味がない。神話の二人がどんな思いを別ったかなんてわかる身ではないけれど、それでもこの身は穿たれた。
自分を認めてくれる瞳。自分を抱き締めてくれる腕。……他の誰も代わりなど出来ず、亡くしたなら立っていられないほどの存在。
自分も見つけてしまった。守ろうと決めて……それでも力及ばず死を迎えさせた。その全てが自分の浅はかさ故で。
もう帰ってくれないかと思っていたのに、帰ってきてくれた優しい人。
「だから、ヒーローは強くなったんだぞ。パーパをもう、亡くしたく………」
綴りきる事のできなかった言葉は嗚咽に染まってしゃくり声に掻き消される。
それでも祈りのようなその言葉を知っているしなやかな腕が、大丈夫だと抱き締めた。
小さな小さな幼い肢体。丸みのいまだ抜けないこの身体で、誰よりも過酷な戦いを生き抜いた。
………父も兄弟も犠牲にして、それでも世界のために戦えなんて…どれほど残酷か知らない。それでも確かに生き抜いて…世界を守ったのはこの小さな子供。
ひどい事を願ったと思っている。幼い子供にあまりに非常な選択を迫った。けれど知っていたから。そこでもういいのだと抱き締めたなら、この子供が膝を折り立ち上がれなくなる事を。
前に進みたいと願うから、その手を離した。立ち上がれと囁いたなら、確かに返された真摯な瞳。
もう自分がいなくても大丈夫だと思ったのに……それでも心が突き動かされた。
自分はもう何の力にもなってやれない。足手纏いにこそなれ、それ以上のものにはなれない。
だから再び眠ろうかと思えば、誰かの腕に起こされた。
戻れと…囁かれる。何故かと問えばそれはどこか悲しげに笑んだ。
………傍にいる事が支えとなる。そんな絆もあるのだからと…………………
最強の力を持ちはしてもいまだ幼いままのその心は癒しを求めて彷徨っている。だから抱き締める腕が必要なのだと、わかったから。
「パーパも、ヒーローが呼んでいたから戻ってきたんだ。もう、いなくならないよ………」
この小さな腕が自分にぬくもりを教えてくれた。思い出させて、くれた。だから、この先ぬくもりを求めてその腕が伸ばされるのであれば自分がそれを抱き締めようと決めたから。
消えはしないと囁けば零れる涙の合間、確かな笑みの気配を感じた………………
この世にはもう語られない太古の物語。
それでもたったひとり知っている子供。
…………物語に宿る思いはその身に受け継がれ、血に染み渡り傷を思い出させる。
決してくり返すなと囁く、茨にも似た戒めの声。
彼は自分ではなく自分は彼ではないけれど。
せめてその夢だけはともに叶えたかった。
愛しい人とともに生きたい。ちっぽけなその夢だけは……………
キリリク56500HIT、「至空ノ墓石」の話を絡めたパプワかヒーローもの、でした!
今回のはヒーロー視点で。
というか言い訳させて下さい。悪いのですが………PAPUWAの存在はないものとして読んで下さい。
だってこれ書いた時点ではそんな話もなかったんです〜(涙) だから滅茶苦茶好き勝手な設定に(汗)
なんで今回読むにあたって決してPAPUWAの設定を頭に留めずにお読み下さい。話があわねぇよとか言わないで。
恋人とか家族とか、そういうものでは括れない絆はあると思います。
そういうもの以上に重く大切なものも。
パプワとシンタローは私にとってはまさにそれの代表の存在だったので、「至空ノ墓石」のような話が出来たわけです。
守れなかったっていう虚無感は、回り全部を憎しみに変えちゃうから。自分を攻撃するか相手を攻撃するかはその人それぞれだろうけど。
力があったら世界を壊しちゃう。それくらいのことができるのが人の感情でしょう。
ことの善し悪しの判断はしませんけどね。自分勝手なのが人間というものだから。
パプワたちの方の話を書こうかな〜と思っていたのですが、ちょっとキリ番の小説として書くには長くなる予感がしましたのでやめておきました。
機会があればいずれ書きます。多分きっと(オイ)
この小説はキリリクを下さった華鈴さんに捧げます。
……結局どちらもを絡めて、まではいききれませんでした(切腹)
至空ノ墓石はこちらからどうぞ。