夢の中、小さく問いかけられた言葉。

『あなたはなんで逃げるの?』

逃げてなどいないと訝しんだなら、どこか悲しげに響く歌声。
眉を顰め、もう一度噛み締めるように逃げていないと、答えた。

逃げなんか、しない。
この背を晒して敵を目前に恐れるような、そんな自分は認めない。
だから……逃げることなんかない。

睨み付けるようにして虚空を見つめ、姿なき誰かを見上げる。
誰もいない。そして…なにもない。
空も闇もない。光も風も。
ただどこまで続く無の底……あるいは頂きからそれは最後の一言を取りこぼすように残していった。

『うそつき…ね…………』

何故かそれを否定する言葉が綴れなかった…………………






与えるコトと与えられるコト。



 軽く小さな溜め息が唇から落ちる。それを眺めた眼前の男がニッと笑ってからかうように声をかけた。
 「なんだぁ? 憂い顔、なんて……ダレ相手?」
 「………だから何故貴様はそう下賤な詮索を………………」
 物思うことを覚えたかとどこか豊かな声が好奇心に満ちて囁けば呆れたような老成した声音が深い溜め息とともに零れた。
 ……その容姿に似合わない、落ち着いた静かな声。余り語られることのない唇は、けれどその印象とは違い思いのほかよく開くことは多分親しいものしか知らない。
 かけた言葉を邪険に切り捨てることのない寡黙さ。切り捨てる、という言葉の意味さえ理解しない性根は綴る言葉の難しさと重さを知っている。
 それを滲ませるようにゆったりと笑んだ男は手の中のコップを軽く回して氷の音を響かせた。
 「ああ、やっぱまだか。いい加減与えられることに慣れろよな?」
 苦笑さえ込めて囁かれた言葉はどこか優しくて…不機嫌そうに少年は顔を背けて唇を引き結んだ。
 ………知っている。多分、だけれど。
 男の言葉の意味。そこに含まれている自分の…過去から持ち続けた歪みともいうべき欠陥。
 否……怯えであり弱点、というべきなのか………………………
 歳経たものは簡単に看破する。だから…苦手で、けれどだからこそその言葉に耳を傾けることを厭いわしないのだけれど。
 それでもまだ受け入れ難いから、躱すように少年は逸らした視線のまま小さくぼやくように呟いた。
 「………酔っ払いの戯れ言か?」
 「この程度で酔うわけないだろ? ガキにゃ判らんだろうがな?」
 間髪入れずにからからと明るく笑う男の瞳の奥は確かに冷めていて。
 感情さえも、はっきりと冷たい。
 …………時折この目で自分を見る。理由は…判るけれど。
 逃げたいと思えばそれを阻む。鋭利な視線は柔肌を切り裂く刃によく似た効果があるから。
 息を詰めて流す言葉を綴ろうかと開きかけた唇が音を形成するよりも僅かに早く、乱入者が現れた。
 引き戸を引く音とともに響く声は少年が過去に聞いていた頃よりも随分低く、少年から青年へと変化した彼の証のように感じられた。
 少しだけそれが羨ましく…同様に変化している自分の腕を気づかれない程度の自然な所作で視界に入れてみる。
 …………未だ小さく力弱く感じるのは、単に世界を知ったが故に無力感をより味わう事となった結果だろうか…………?
 自嘲げな笑みで鬱陶しげな思考を消そうと試みていれば、眼前では仲のいい師弟のじゃれあいのような言い合いが晒される。
 「仙人! 未成年者に晩酌の相手をさせないで下さい!」
 「………カイ、お前…師匠の頭に盆を置くなよ………」
 「おつまみです。まったく、我が侭いうから手間取りました!」
 少し不機嫌そうな物言いで、けれどどこか親に甘える子供のような声色で青年が座りながらいった。
 苦笑しながら文句を受け止めた男は少々乱暴に与えられた希望通りの一品料理をのせた盆を器用に頭の上から移動させ目の前のテーブルに置いた。
 それを確認しながら青年は隣に座る懐かしい友人に笑み、ようやくゆっくりと話せるとホッと息を吐く。
 子供は少年となり、少年は青年と変わる。流れた歳月は確実に個々の肌に積み重ねられ確実に一歩ずつ人を歩ませる。
 もう、誰ひとりとして時に捕われる事はない。
 同じようにみな、時の流れを感じて生きる世界を造り出した。………蘇らせた。
 壊れるはずだった世界を小さな腕が抱き締めるように守り抜いた。
 その指先はかつての自分のようにしなやかに伸び、成長を遂げている事を知らしめるように柔肌が日に焼け力強く変わろうと躍動していた。
 懐かしい……友人。
 いつどこにいるかもほとんど判らない、せわしなく世界を駆ける幼き覇王は変わらない不遜な姿で…けれど誰もを惹き付けるその圧倒的な存在感で唐突に現れた。
 逃げるように帰ろうとしていた背を見つけ、呼び止めたならどこか困った雰囲気を晒して……けれど少年は笑んで自分達の家まで歩んでくれた。
 それを喜ぶような視線が注がれ軽く少年の口元が笑みに染まる。
 突き刺すように感じる…もうひとつの視線を躱すように…………。
 ………逸らしていたはずの少年の視線が、ゆっくりと戻り……どこか不敵なままの意固地さで再びその視線は男と…青年に向けられた。
 受け止めた懐かしい気配に精悍な肢体に幼い笑みをのせ、青年は楽しげに声を紡ぐ。
 「お久し振りです、爆殿。一体何の話をされていたんですか?」
 何の悪気もない言葉は少しだけ少年の内に硬さを晒させる。………心理的な硬さは…多分過去からずっと持ち続けていたけれど。
 硬化しかけた肌をやんわりと防ぎ、少年は浮かべた笑みも崩さずに静かに息を吸い込んだ。
 ………耳に響く…ガラスにあたる氷に微かな音色。
 それを受け流しつつ少年はゆっくりと息を吐き出した。
 「いや…たいした事では…………」
 「前にお前にも話しただろ? 与えるタイプと与えられるタイプの話さ」
 濁そうとした少年の言葉を切り裂くようにはずみのついた男の声が響いた。
 割り込んできた言葉を睨み付けるように視線を向ければ戯けた調子で片目を瞑られる。気にも止められていない男の様子に溜め息に近い舌打ちを小さく落とした。
 そんな二人の様子を不思議そうに眺めながら思い出した師の説法に納得したように青年が頷いた。
 「ああ、ありましたね。…………随分手厳しい意見だった気がしますが」
 与えられるものは依存であり自堕落だといい、与えるものは傲慢であり身勝手だといった。
 その上で……自分はどっちだと問いかけられた。
 どちらをも否定された直後、それでも分類されるとしたなら、自分はどちらに当て嵌まると感じるかと…………
 判らなくて眉を顰め、泣きそうに必死になって考えた。
 難しくて…正直その説法自体を理解しきれなかった事も加わって困り果てていれば優しくその腕が頭を撫でてくれた。自分の強さを模索して、また一から積み重ねる事を決めた…旅の終止符が打たれた頃のこと。
 だったら……と、付け加えられた言葉。
 どこか切なそうに眇められた瞳は自分がその言葉に反応して思い描く結果を予期出来ていたからだなんて……その時は思いもしなかったけれど。
 ………眼前に浮かぶのは小さな背中。
 晒され続けたその小さな背は、けれど蹲る事も丸まる事もなく…いつだって綺麗に伸ばされ前を見つめていた。いっそ意固地な程、見つめ続けていた。
 ただ追い掛けていて。対等になりたくて。自分の強さを、知りたくて。
 師に言い渡される言葉を、待った。
 それが確かに自分を導いてくれる事を、よく知っていたから。
 クシャリと髪をかきまぜられ、その指先が離れながら小さく囁く。
 ………憂いを噛み締め、なにかに気付けと囁くもの悲しい声音が。
 誰かを想起し、考えてみろと言われて思い浮かんだ相手は…………………
 それはやっぱり、たったひとりの子供、だったけれど。
 与える者として思い浮かべたなら消える事なく色褪せない鮮やかな魂が浮かぶ。
 一切を振り切るような態度で、けれど何一つ取りこぼしたくないと噛み締めた唇が囁く。魂も血も傷も………命さえも惜しまない。奪う事も望む事もなく、ただ望まれ与える事を知っている人。
 瞬間襲った、空寒い悪寒がなんであるか……判らずに顔を顰めて虚空を見つめてみればその視線を遮るように師の指先が覆った。
 いまはまだ、最後の答えまで辿り着かなくてもいいのだと呟いたその真意さえ、判らないけれど…………
 この人もまた、与える人なのだと…………感じた。
 それはいまも変わる事のない不思議な、尊敬すべき二人への共通の印象。
 「お前は結局答えを見つけきれなかったな?」
 「………あれだけどっちも否定されたあとに分類出来ませんよ………」
 どこか呆れたようにからかう男の言葉に答えた青年はちらりと少年を見やった。
 そう……本当なら、分類出来るはずがない。
 言葉の与える印象など関係なく、あれほどどちらをも悪しき点を上げ列ねられた直後で、それでも敬愛すべき人を想起するなど…………
 それでも思い至ったのは、この少年。かつての子供はあまりにも痛々しく立ち上がる事しか知らなかったから。
 与えられる、という言葉にあまりに無縁であったから…………………
 ふと感じた違和感に一瞬眉を顰めれば、それに付け込むような、男の囁き声。
 「ふーん? じゃあ、いまは?」
 答えは見つけられたかと囁けば何故か揺れたのは少年の肩。
 違和感に、視線を向ける。
 噛み締めるような唇が痛々しく赤く熟れている。それでも…視線を逸らさない。
 久し振りに会った少年は、それでも変わらず不敵で堂々としていて、誰もを魅了する力強い笑みで会わなかった年月の重みさえ忘れさせる声音を紡いでくれた。
 そう……いつだって、まるで願う事を知っているように。
 一瞬晒した不都合を感じさせる態度さえ、霧散させる程の……………
 思い至った、言葉。
 …………願う事を知っているが故に、晒されるその祈りの具現。
 だから、か。決して少年は視線を逸らさない。
 逸らさないで欲しいと、青年が願っているから。そして………男の視線からは逃げる。
 何故ならそれは…………
 「……………ぁ…」
 掠れた吐息がこぼれる。
 …………困惑した眉が、迷子のような仕草で二人を窺った。
 そうしたなら初めて…逸らされた少年の視線。
 なぜだろう。あれほど長い時間を共に過ごした筈なのに……いま初めて少年に近付いた気がする。
 全身で感じる。恥じるほどにはっきりとした、少年の感情。
 繕う事なく晒される姿なんて、あり得るはずがないのに……それでもそうだと、感じる。
 少年は視線を逸らさない。それを願われる限り……絶対者である事をやめはしない。願われる事に慣れてしまった魂は、願いを叶える術を身につけている。
 そうあるベきだと、自身にかせてしまえるほどの愚かな慈愛が…歪みともいえる不具合を発生させてもなお誰もが気づかないほど完璧に…………
 気づけるのはそれと同質の者だけ。
 ………だから、気づいたのだと思い知る。
 あの過去の日に感じた。………師もまた子供と同じ部類なのだと。
 ゆったりと笑んだ男の仕草に自分の考えなど看破されている事は重々承知している。そしてそれならば確実に…隣に座るこの少年にも見透かされている事も……………
 コクリと飲み込んだ息が、異様に響いた気がする。
 それでも逸らせない。視線ではなく……この魂が。気づいてしまった答えを求めて…この場から立ち去りたいと感じる思い以上の切迫さでこの身を留める。
 ……一度落とされた瞼が、乞う事を必死で自制した音を紡いだ。
 「爆…殿…………?」
 震えてしまう事は許して欲しい。突然突き付けられた事実に冷静に対処出来るほど、まだ自分は自律が出来ていないから。
 …………でも、それでも。
 突き付けられる現実から逃げ出そうなど、考えはしないから。
 落とされたその感情を汲む事を承諾して欲しいと祈る音は心の奥底で眠る。
 晒したなら、きっと少年は拒まないだろうから……………
 「爆殿は…与える…側ですか…………?」
 脅えたように小さな声は震えている。どこか小動物を想起させる仕草に小さく笑い、少年はゆっくりと視線を返した。
 澄んだ視線。他の誰よりも遠くを知る瞳は澱む事さえないと誰もが疑わない。
 …………どれほどの負荷をかけても決して…彼は潰れはしないのだと身勝手にも思い込む。それが正しいか間違っているかなんて関係なく……………………
 泣きそうな青年の深く瞬く赤い瞳に少年は呆れたように呟く。
 「………与えられたくないなら、与える側にいくしかあるまい?」
 落とされた声音はあまりに深く切ない。
 ………こんな声を携えていたなんて、知らなかった。
 ずっと子供は弛む事なく真直ぐな音を自分達に与えてくれたから。
 悩む事も恐れる事もなく、誰も追いつけないほどの高処だって悠然と笑んで手をのばせる。不可能などないのだと……………
 それはけれど、確かにただの一面。
 それだけで形成された人間など、いるわけがないのだから……………
 では幾重にも巻かれたその防壁とさえもいえる殻を取り除いたなら?
 一体なにが……出てくるというのか。
 無為を、望む姿なんて知らない。………与えられたくないという事は、人を拒否している証でしかないから。
 飲み込んだ吐息を確認するように深く探る視線。
 未だあどけなさの残っている少年の瞳は、けれど師以上といえる程に底が知れない。
 その瞳が、微かに囁く。
 ………気づくなと、覆い被す毅然さの奥底に見隠れするそれ。
 言葉もぬくもりも指先も笑みも思いさえも。
 何も願いたくはない。
 ………望みたくはない。
 ひとり生きる事しか出来ない魂が、確かにあると自分は生きながら感じた。孤独を好むのではなく、同じ道を進む事のできない魂の本質的な軌道の違い。
 考え方の違い。感じ方の違い。物の見方の違い。行動の違い。思いの違い。
 誰だって1つすら合わさる筈はないと知っている。それでも……ここまでの差異がある事もまた少ないと、知っている。
 だから…人を見る目が養われてしまった。
 相手の願う事望む事。それに添うことは嫌いじゃなかった。
 だからといって流される事は出来なくて、やっぱり衝突だらけで、理解してくれる人だってほとんどいなくて………表面しか、知られる事もなかった。
 いっそ諦めてしまったなら楽なのかもしれない。そう思っても…諦めきれなかった。
 愛しくて愛しくて……違う地面にひとり立っている感覚が身を侵しても、それでも蹲る誰かを見つけたなら見過ごす事が出来ないくらい、焦がれていた。
 優しい言葉でただ甘やかし願うままに堕としていたならもっと違う楽な道があった気もする。
 それでも惰性には生きられないから、同じ道を歩めないまでも添っている間だけは…………
 傷を負う事くらい覚悟した。突き刺す言葉を吐く勇気ぐらいなくさないようにと………
 決めて…傍にいた。
 言ったなら傷めるだろう言葉は飲み込む。耐えられるだろう厳しさだけを晒して。
 そうして、毅然と。誰にも気づかせずに生きる事はできるだろうとどこか荒んだ自分は考えていたのに。
 出会ってしまう。自分を理解しようとする者たちに。
 途絶えない優しさ。戸惑って…離れようとしても晒される誠実さたち。
 怯えて逃げることも出来ない。向き合ったなら……きっと自分は彼らを悲しませると知っているのに。
 気づかないでいてくれるなら…隠し続けるつもりだった。
 無敵の子供を願うなら、そうある事は容易いから。
 ………それでも歳経た魂が見つけた捩れ。いまはこの星にいない同じ血を流す星の民たちの寂しい気遣い。
 一度綻び傷付けられた堤防は決壊する事しかないとわかっていてもなお、修繕しようかと躊躇った。
 あるいは…曝け出して本当に彼らとともに歩めるか…賭けようかと。
 どちらを選ぶにも幼過ぎて、結果を求めるにはあまりに自分は意固地だった。
 変わる事を怖れていた。止めていた時を動かしたのが自分なのだと、知っていてもなお脅えた。
 そして出せない答えを探すようにこの足は世界を駆ける事で答える時期を先延ばしにしたのだけれど………………
 近寄らなかったこの国。………男は確実に答えを要求するだろうと知っていたから。
 もうこの世界にたったひとり、自分の内に沈む白面の懊悩(おうのう) を知る彼がこの年月の間に出した答えを望まないわけがないから………。
未だ答えは定まらない。
 ただ増える苦悩と問責と……自虐的なまでの劣等感とそれを打ち消す己の才知。自身を否定するにはあまりに自分は世の中をうまく渡れる力を身につけてしまっていた。
 矛盾だらけで、それでも毅然と前を向く事だけはへこたれる事のない自分自身に幾度呆れたかも判らない。
 瞳の奥底、揺れる湖水に気づく者など……いないままでもいいのだと思っている癖に……………
 息苦しげに飲み込まれた吐息に、少年は困ったように顔を顰めて苦笑を落とす。
 いないままで、いい。自分の悩みも苦しみも、ひとり抱えて生きる事が出来ないわけではないから。
 誰かを巻き込んで、傷めるにはあまりに身勝手な思いだと思うから。
 ………飲み込み続けた言葉は、それでも溢れそうになる。
 真直ぐな視線。逸らされない、赤。
 開かれた瞼の底、水面に揺れる赤が掬いとられる事さえ望まない美しさでただ佇んでいる。
 まるで自分の代わりに流すかのような透明の涙は感情を灯さず、ただ傷めるままに溢れる。
 顰めた眉はそのままに、少年の指先が悲しい程優しく青年の頬を伝う軌道を受け止める。いまはもう、手袋によって包まれていない指先は無骨に男らしさを誇りはじめていた。
 それを携えるまでの長い月日の間、この少年はたったひとり鬱屈を零す事なく空を駆けていたのか。………誰かの夢や祈りを守り導くために。
 知らなかった。………気づかなかった。
 ただその背はいつまでも弛む事なく晒され、自分達が望んだなら勇気を灯らせてくれる笑みを与えてくれると知っていたから。
 ………知って、いたから。子供が……与えてくれるのだと。
 いまだってそう。子供の頃のまま、この少年はいたわりを気遣わせる事なく与えようとする。
 自分にはそれを与えなくていいからと、囁くように………………!
 気づこうとしなかった。そうすれば、きっと少年は気づかせなかった。
 男が囁く事で灯された疑惑。…………促す事で芽生えたそれは悲しく打ち震えながらもその花弁を見せた。
 それを見過ごして、安穏とできるわけがないのに。
 ………与えられ続けた事実を知っている。彼は与えられる事を恐れる…人だから。
 与えられる事なく歩むために、与える事を選んだ。

 いつか誰かが与える事を止める事を怖れて…………?
 いつか誰かが与える事を厭う事に…脅えて…………?

 何故かなんて判るわけもない。………自分は少年ではないのだから。
 全てが理解出来るなんて自惚れる事は浅はかだ。
 ………そう信じる事は無知でしかない。
 わかっていると囁く事は、傲慢で。何故男が与える者が傲慢だと自分に教えたのか今更ながらに理解した。
 誠実にあろうと…その痛みを理解しようと心寄せて、そして共感した結果わかったなどと言ったなら…………それは永遠にその信頼を裏切る結末しか導かないだろう。
 わかっていない癖にわかったと、思い込んで決めつけて………与える必要もないものを押し付ける事は確かに傲慢で身勝手だ。
 けれどそれならば一体…なにを呟けばいいのか。
 与えられるだけでは嫌なのだ。
 …………対等に、なりたかった。そしてなによりも。
 笑んで、欲しい。
 与えるための笑みではなく、自分自身のための笑み。
 誰もが当たり前に晒す豊かで幼く…心を軽やかにするそれを…………
 躊躇うような逡巡。………微かに硝子と氷のワルツの足音が耳に触れる。
 口を挟まない男。青年と少年だけに委ねられた問答の果てを…ただ見定めるように。
 コクリと小さく喉が鳴る。空気を求めてか…あるいは乾きを癒すためかさえ確認出来ない緊張。
 瞳にたまる雫さえも拭い取ってくれる指先を………………受け止めてみて、堅く目を瞑る。
 どこか祈りを捧げるもののようだと思っても変えられない。
 ………包んだ指先が一瞬揺らめく。
 逃げようか…それとも立ち止まろうかと悩むように。
 離れる事を厭うように力を込めて包み、微かに額をつければ…もう蠢く事さえない。
 ほっと吐息がもれる。それは第一の関門の突破を示す事だから。
 留まったという事は本心を晒す覚悟を持つ事。
 …………………痛む事も、痛ませる事も恐れず立ち向かう証。
 そして晒される青年の声。
 揺れる赤に懇願が滲まぬよう閉じられた瞼の底、それでも溢れそうな祈りを震える声が飲み込む事に努めていると知らしめた。
 「それなら私も…与えたい…です…………」
 与えられる事を願い続けていた過去の日。
 拙い指先では何も獲得出来なくて、願うものが欲しいのだと駄々をこねるように祈り続けていた。
 まるで…魔法使いのように欲しいと思うものを感知する子供は可能な限りただ与え……なにも願う事なく悠然とまた背を見せる。
 誰も近付く事の出来ない、孤独で…けれどそうと気づかせない程堂々とした弛まない背。
 どこかで憧れていた。この腕が高処を願う時、そこには必ずこの少年がいるであろうと………
 けれどそれこそが彼にこの笑みを灯らせる因であるというのなら………そんなもの、なくても構わない。
 ………対等に、なりたい。
 与えられるだけの存在など…一体どんな価値があるというのか。
 自分にも与える事ができるならと噛み締めた唇が赤く熟れる。
 長い睫が揺れ、湖水は止め処なく溢れる。
 それに浸るか浸るまいか…決めかねている幼い声音が静かに紡がれる。
 深く深い、捕らえる事のできない水の声音が……………
 「昔は……与えられて当然だった。が…いまはもう…………」
 与えられる事は怖い。………そう噛み締めるように呟けば身を射るのは青年の瞳ではなく男の瞳。
 微かな溜め息がもれる。
 わかっては…いるのだ。この少年がそうやすやすと人に自身を曝せるわけがない。
 それは育み続けてきた己の否定。
 …………どれほど不格好で不様であったとしても、それこそが最良なのだと選択し続けた儚い強さ故の歪曲。
 いっそ意固地なまでの城壁は亀裂を走らせながらも頑強だ。
 まるでそれこそが己を守る手段であるかのように……………
 向き合う事を恐れない態度。視線すら逸らさず、浮かべる笑みには一点の翳りすらなく。
 それでもずっと…自分は逃げていたのかも知れない。
 誠実に誰かと向き合いたいなら…真摯にかかわり合いたいと願ったなら。
 ……………喉の奥がいつだって蟠る。
 ふとした瞬間に気づいてしまうのだ。
 自分が…違う場所に立っている事実に。
 有能だとか、優れているとか……そんなくだらない価値観念の元ではない。

 純粋な異質。

 生まれた時を間違えたのか。……生まれる場所を間違えたのか。
 あるいは…元来的ななにかが違ったがためか。
 混じりあえなくて戸惑ってしまう。それを悟られたくなくて…浸っていたぬくもりを途絶えさせたくなくて。
 笑む事を覚えた。………言葉を失っていった。
 音は必ず人を縛る。
 語る事をどこか恐れ…頑な唇は重々しく開かれる事が増えてしまい……更に募る違和感に孤立する事さえ構わなかった。
 初めから独りであったなら、恐れる事も傷つく事もない。威風堂々としている事は容易かった。
 それでも…………
 噛み締めた唇がゆっくりと綻ぶ。
 知っている。気づいて…いるから。
 抱き締めるように青年の包む指先に腕を重ね、少年は微かな音を紡いだ。
 どこかはかなく震えた音に…恐れるように伏せられていた瞼が晒され、赤く澄んだ鉱石が瞬く。
 「だが…お前たちが…………………」
 教えたのだ、と。
 そう囁いた少年は……そのまま閉じた瞼を開かずに青年の肩へと崩れ落ちていく。








後編

 ごめんよう(汗)
 暗い…暗いっすね!?
 いや……ほらかなり昔に日記にURLだけ書いて見たい人だけ見てね☆というのやったでしょう?(知っている人が何人いるかは知らないが)
 その中での「与える側」の解釈。つうか………ごめん。本当にヤな奴になったな爆…………(汗)
 どうしても自分の感情を表すとしたら爆じゃないと無理なんだもん………
 パーパだと語り相手いないしね☆

 私は与えられること苦手です。泣きたくなるから。
 優しくされたり、労られたり………そういうの駄目。
 怖いとか悲しいとか辛いとか痛いとか。そういうのは我慢出来るし、泣かないでいられるんだけどね。
 気遣われると泣きたくなる。勝手に泣いているから止まらないし。どうしたらいいかわかんないから……苦手。
 これでせめて泣かないでいられるんなら嬉しいって素直に思って受け止められるのかもしれなけどね。
 だから優しくされているって自覚すると私は微妙に笑えなくなる。
 胸が苦しくて喉がじんじんして、視界がぼやけるから、必死でそれ飲み込んでる。
 いまはそこまでひどくないけど……数年前までは本気でひどかった(遠い目)
 堪えられないで泣くからね、本当に(笑) 目が潤むくらいは日常茶飯事だったし。
 いまは…笑えるようにするのです。
 ………少なくとも私が知る限りの面で私の好きな人たちが嫌いだと思うような真似しないし(血の繋がりは無視させていただきます)嬉しい事を嬉しいんだと伝えられる方が…やっぱりいいしね。
 笑ってもらえたら、嬉しいもん。それがやっぱ基本的な幸福感でしょう。
 与えるための笑顔じゃなくて。……与えられた事を喜べる、受け止めた証の笑顔。
 ………………ちゃんといまは出せている事を。