もうきっと君は
ずっとずっと
世界を巡り
多くの人に触れ
支えられて
あのちっぽけで偏屈な
可愛げの無いガキから
誰もが平伏す覇王と
そうなっていくだろう

君が望む望まない関係なく
世界は
君を必要としているのだから





05.消えゆく泡沫に祈る



 子供たちに囲まれた彼を見て、緩く唇がほころんだ。
 それを安堵と、そういった感情であると知ったのそれに気付いたシルバに声をかけられた瞬間だった。
 「随分嬉しそうだね。安心したのかい?」
 細めた瞳を柔らかくほころばせて笑んだ女性は、まだ姫の力が残っているのかGCであった頃の若い姿のままだ。孫娘によく似た整った顔は、けれど彼女はより鋭利さを濃く滲ませていた。
 それ故か、彼女がこんな風に柔らかく笑むことがあるとは思わなかった。驚いたように目を軽く丸めてみれば、それに気付いたのだろう、彼女は苦笑した。
 「まあ、あたしも同じだからねぇ」
 「……………シルバ?」
 「考えてもみなよ。この時代のGCで、大人たちの身勝手さで傷を負わなかった子が、どれだけいるんだい?」
 誰もが皆、傷を持って生きている。それは決して針の塔だけが与えたものではなかったはずだ。それは、彼女自身が一番痛感しているだろう。
 孫から両親を奪った。その元凶は針の塔の愚かさでも、それを与える原因は、やはり己だったと彼女はずっと悔やんでいた。
 最良の方法などなくて、………否、諦めていて、結局出来たことといえば、己の身にその呪いを移すという消極的な解決方法だけだった。
 根源を打ち壊すという、当たり前すぎる正当さを自分達大人は忘れていた。圧倒的な力を内包するあの塔を壊そうなど、思えなかった。思うことはあっても、実現できるなど信じてはしなかった。
 だから足は踏み出さなかった。留まり続けた。ずっと、何十年も、ずっと。
 けれど幼い命たちはそんなしがらみなど無関係に立ち上がったのだ。一人の意志が伝播し、正しい形で繋がった。それは、どんな時代にも現れなかったはずの理想、だ。
 ある種宗教じみた光景だった。一人の絶対者に跪(ひざまず)く使徒たちのように。もっとも、そんなこと、その中心にいる子供は望んでもいないのだろうけれど。
 傷だらけの子供を囲む、やはり子供たち。………視界に優しい、風景だ。
 誰もがいたわっている。傷を負った子供を。そして、互いを。覚醒されたこの世界は、ようやく独り立ちを始めたのだ。その、初めの世代の子供たち。
 最後のGCであり、初めてのこの惑星の、子供。
 なんという符号だろうか。……………なんという、世代だろうか。
 全てを背負うことを決めつけられてしまった、哀れな供物だ。守り、救いたかったはずの子供たちは、それとは逆の立場を獲得してしまった。
 それを笑んで受け入れ、立ち上がってしまった。
 「遣る瀬無いもんだね。あたしは安心出来るのに、あの子たちはこれからが、激動だよ」
 誰一人失うことなく、何一つ呪いが残ることなく、全ては正常と化した。それは幸だ。まごうことなく、幸なはずだ。
 ただ、それと引き換えに子供たちは変革せざるを得ないこの星を、またその背に背負って駆けなくてはいけない。この世界は子供たちが守り続けた、そういう理のもと動いてきたから。そればかりは、唐突に変わることはない。
 もしも変われるとすれば、それはやはり子供たちがその下積みをしなくてはいけないことは明白だ。
 まだ幼いはずの彼らの肩には、この星の未来が乗せられている。今までの全てとともに、この先の白紙の未来を築く権利と責任を担ってしまった。
 彼ら自身が望んだという形ではあるけれど、実際はそれ以外の選択肢のない、強制だ。
 ………いつか彼らが疲弊しなければいい。ただそれだけを祈るのは、年寄りの傲慢かもしれないけれど。
 「まあ……そういう宿命、何だろうな、あいつらは」
 眇めた視界に子供たちを映し、青年が呟く。噛み締めるような声は、どこか悔いているようでもあった。
 それに目を向け、シルバは訝しそうに眉を顰めた。彼が悔やむことはあまりないはずだ。彼が遺憾に思っていた魂は解き放たれ、空へと導かれたはずなのだから。
 そして親友との閉ざされた絆は、子供たちによって再び紡がれた。彼が悔やむことはもう、全てが清算されたようにシルバには見える。
 それが分かったのだろう青年は、小さく苦笑をこぼしてその視線をシルバに向けた。眩そうに子供たちを見ていたのとは違う、苦みをたたえた眼差し。
 「俺が……初めだったからな」
 「なにがだい?」
 「…………針の塔の不実を知って、反乱を起こしたのが、だよ」
 この場の誰よりも早くこの世界の歪みを知っていた。それだというのに、この悠久のときの中、自分がしてきたことは何だったのか。
 思えば、苦味が口腔内を支配する。全てが終わった今の瞬間、彼らを見て安堵を覚える権利など、本当はないというのに。
 自分はこの何百年という時間、悔やみ続け忌避し続け、後悔と懺悔を繰り返しただけ。
 生み出すものもなく、ただ腐敗し続ける。それだけの、無意味な時間。
 もしも自分と同じ立場にあの子供がいたら、どうしたかと。そんなことを思えば、悔やみばかりが湧く。
 「でも……それはもう、しかたのないことだろう?」
 そんなことを言い出したら自分も同罪だとシルバは困惑するように呟く。子供たちは誰も過去の人間を責めてはいないし、糾弾する気もない。過去に罪を犯したものさえ、受け入れた。それはまた自分もだ。変わりゆく世界とともに人もまた、変わった。凍り付いた自分達の性情が溶け、人としての感情がまた芽生えた。
 そしてそれ故に、子供たちは過去の過ちを許すのだ。悔恨を知り悔やんだものを裁きはしない。その思いを、自分もまた、指し示された。そしてそれに委ねた。全てをなかったことにするにはあまりに重い過去だけれど、憎しみだけを糧に生きることはもう、出来ない。
 …………誰もが傷を持っていて、それ故に、罪を犯した。それを知ったから、誰も責めはせず、食い違った時間をただ寂しく思うだけだ。
 そして二度とそんな悲しみが生まれないように、今のこの時間を紡ぐ。
 語り合いじゃれあう子供たちはそんな風にしか思っていない。自分達の愚かさなど、その脳裏に残ってはいないのだろう。あるいは、単独で戦ってきた先達だと、そう思っているかもしれない。
 優しく美しく、そう他者を見ることの出来る子供たちだ。だからこそ、己を貶めてはいけないとシルバは戒めるように青年を見遣った。………それは心を指し示してくれる子供たちをも貶める。
 「知っているさ。でも……だから、簡単に安堵なんざ感じた自分が情けないだけだって」
 にっと、青年は悪戯っぽく笑って両手を頭の後ろに組んだ。飄々とした笑みが楽しげに唇に乗せられている。
 その視線は子供たちへ。輪を作る彼らの、その中心へ。
 優しく美しく………僅かばかりの切なさを含んで、注がれる。
 「まだまだこれからだって知ってんだ。きっちり後始末くらいはしてやらねぇとな」
 楽しそうに笑う子供たちを見る瞳は、その生きた年月を凝縮したかのように複雑だ。あらゆる感情が綯い交ぜになったその瞳は、けれどひどく幸せそうな瞬きを添えていた。
 それに目を瞬かせ、言葉の意味に気付いたシルバがにっと唇を弧に変え、楽しげに青年を見遣った。
 「……なんだい、年寄りの冷や水かい?」
 「老兵は新兵に勝るもんだぜ?」
 からかうような彼女の言葉に青年は同じような声音で返し、お互い鏡写しのような笑みで笑った。
 自分達は似ていた。立場も同じで、憤りを感じた先も同じだった。そして、いま立つ位置すら同じだ。もう二度とこうして互いに顔を合わすことなどないと思っていたというのに。
 長く生きておきながら、清算できたこのなんと少ないことか。お互い、後悔ばかりだ。………だからこそ分かることがある。
 これからまた、始めよう。自分達の半分も生きていない、あの小さな子供たちと一緒に。
 自分たちをも守り戦った彼らと一緒に、まだまだやることがある。よかったと安穏と平和に浸れるわけではない。物語はハッピーエンドで終結しても、その現実はなお未来に続いているのだから。
 「まあそうだね。まだまだヒヨッコだからね」
 きっと子供たちだけでは手に余ることがある。そうシルバは笑み、少しだけ切なさを内包した瞳を眇めて己の孫娘を見遣った。
 できれば幸せだけを知り生きてほしかった。GCになどならず、針の塔になど関わらず、ただの女の子として戦うこともなく生きてほしかった。
 けれどそれは自分の望みであって彼女の望みではない。それを、随分と遠回りをして自分は知った。
 この世界もまた、同じだ。幼い依怙地さだけで統治されていたこの星は、己の望みを知らず他者の望みに沿うことだけを知っていた。強制的な覚醒で、星は目覚めた。………己に自我があり、願いがあり、望むべく姿があると、思い出したのだ。
 だからこそ、混乱が起こるだろう。今までとはまるで勝手が変わる。
 それはまだ経験の浅い子供たちだけでは到底処理しきれないはずだ。そんなときのために、きっと自分達は生きてきた。………無様であろうと無為であろうと、生き残ったことに、確かに意味はある。
 子供たちが、自分たちの生に意味を与え輝かせてくれるだろう。
 「これからが、忙しい、か」
 まだそのことを知らないだろう子供たち。………あるいは、その中心に座す子供だけは、気付いているかもしれない。それでもきっとまだ彼も口にはしないだろう。そう思い、シルバは淡く笑んだ。それは少し、不器用な笑み。
 あの子供は無茶苦茶で向こう見ずで、そのくせ、ひどく真摯だ。
 彼がいたからこそ、子供たちは団結し一つの意志を携えて繋がった。この時代が動くために、どうあっても必要だった子供は、どんな皮肉か………この惑星の生き物ではなかったけれど。
 それでも誰もそれを言及などしないだろう。この先も、きっと。
 世界が彼を望んだのだ。子供たちが彼を選んだのだ。たとえどんな出生であろうと、もう彼はこの星から離れることは出来ない。
 「………ま、俺ら以上にあいつが、だな。壊れねぇように見張んねぇとな」
 シルバの言葉の含む意味を知りながら、青年は躱すようにそっと囁いた。どちらにせよ、もう採決は下ったのだ。変更は効かない。そして、彼はもう覚悟も決めているだろう。
 彼は何よりもこの星を愛しているから、この星に寄り添って生き……いずれはこの星に還るのだ。
 「大丈夫だろ。なにせあの子は、この星の伴侶だよ」
 添い遂げる相手はきっと人ではなく、この星だ。そうシルバは囁き苦笑する。予言者ではないけれど、きっとこの言葉は正しいだろうと、そんなことを思いながら。
 出来ることなら子供たちに幸いが降ればいい。………そう、祈る。
 なによりも多くの痛みと傷と責を請け負い生きなければいけないこの時代の子供たち。
 ……………最後のGCたちに。
 とりとめのない話をしながら、未来を思い、老人たちは瞬く瞳でまばゆい子供たちを見遣った。

 遣る瀬無さが去来する。それでも。
 彼らが自ら選びその腕に掴んだこの星のために。
 自分達のわずかな人生を、捧げてみよう。

 

 子供たちと、ともに。

 








 シルバが書きたくなってんです。で、激と会話させていたらこんな話に。
 お互い気苦労ばっかな感じの引退組(せめてGSといえ) 素で雹をスルーしていたのに今気付きました。GSと書いて思い出された雹って一体。

 爆の子孫がこの惑星に繁栄するか、と考えると、正直ないんじゃないかな、と思う。シルバは出来ることならピンクととも思うけど、それが無理だろうとも思ってる。
 異星人である爆がこの星に残ったのは、この星が望んだからと、そう思うのは野暮ですが。
 きっと血を残すのではなく、意志を残すことを選ぶと思う。どこまでも純粋に、自分の生まれ育った星を思っているから。星が、爆の伴侶になるのだろうと。
 そんなことをふと思うときがあるのです。今回はそんな視点で。
 激の話というよりシルバの方が目立っていたのはご愛嬌と思っておいて下さい。女性キャラ大好きだ。

06.11.18