柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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花咲くことを夢見て、駆けた。
あの、日々。


ねえ、どんな花を、咲かせたかったの?





人知れずと……  7


 間延びした日差しが、影を器用に操って同じように間延びした長さを作り上げる。そんな、昼下がり。
 考えてみれば飯も食べていなかった。ぼんやりとそんなことを考えるが、さして問題もない。職務柄、そうしたことはよくあった。さして多くない組の人数で、それでも対テロ組織としての活動は間断(かんだん)なく繰り広げられているのだ。自然、過労働となることとてある。
 口元で灯された火に燻る煙。嗜好品に過ぎないこれも、いざ事に当たれば断たなければいけない。余裕のない時に扱えるものは、数に限りがある。そうしたことは、よく身についていた。
 解っているからこそ、選んでいる。いつだって。
 紫煙を吐き出し見上げた先には、昨日訪れた、家。妙に静かな気がする。僅かに眉を顰めて階段を上がり引き戸を前にすると、目に入ったのは『休業中』の札。
 まさかとは思うが今日また来ると思ってこれを出したのか。それともたまたま偶然だったのか。
 少なくとも昨日、彼を前にしたその最後の瞬間、確かにまた明日来ようと思っていた。………本当に、彼は油断ならず予想も効かないと溜め息を吐く。
 試しにと、開くわけもないだろうその引き戸を引いてみる。がたりと音が響いて………開いてしまった。
 「………………」
 これは……どう考えるべきなのか。一瞬の目眩に襲われるが、気を取り直してもう一度力を込めて引き戸を引く。
 自分の身体が入るに十分なだけのスペースを確保し、無言のまま、室内に入り込んだ。
 昨日と何一つ変わっていない空間がそこにはあった。当然といえば、当然だ。たった一日で様変わりはしないだろう。
 後ろ手に引き戸を閉め、室内を見回す。静かな、空間だった。
 怪訝そうに眉を顰め、一歩前に乗り出してみれば、人の気配。………否、寝息というべきか。
 そちらを見遣ってみれば、呑気そうにこの家の主がソファーに横たわって眠っている。昼下がりの日差しがその髪に射し掛かっていた。
 規則正しく続く寝息。一瞬狸寝入りかと疑うが、それを看破するのは難しかった。
 もし気づいているとすれば、それはどうせ自分がここに入り込もうとした時からであることは確実で、彼が演技をするには十分すぎる時間を与えてしまっている。
 一歩、奥へ。ソファーに眠る彼に近付く。彼は動かず、寝息も乱れはしなかった。
 本当に眠っているのだろうか。一瞬思いかけた時、牽制するかのような、声。
 「警察が不法侵入はないんじゃないか?」
 一応それ犯罪よ?と呆れたようにいう、閉ざされたままの目蓋の人。
 飲み込まれそうになった自分を奮い立たせ、顰めた息を吐き出しながら、答える。テーブルに置かれている灰皿に煙草を押し付けながら。
 「……防犯対策がなっちゃいねぇ。鍵くらい閉めんだな」
 「うわ、開き直ったよこの人。やだねぇ」
 起き上がりながらいう銀時は、どこからも寝起きらしい様子は見られなかった。やはり狸寝入りだったかと舌打ちをしながら、ソファーの前にまで足を運んだ。
 特にそれを静止するでもなく、彼はぼんやりと近付く足下を見つめながら座ったままだ。
 どう、とるべきか。………この状況を。この、空気を。
 どちらとも思え、どちらでもないような、そんな感覚が身を浸す。どこか超然とした、彼自身のような、今の空気。
 「で、なんなわけ?今日は休業なんですけど」
 依頼ならお断りと気怠げにいうと首をまわし、ひどく疲れたような素振りを見せた。
 「…なんだ、随分疲れているな」
 「ババアに家賃分働けってさっきまでこき使われてたんだよ。こんな時に限ってガキどもは物見遊山に行っちまうし」
 妙が客からもらったチケットがあると誘いにきたが、いまさら遊園地にいく年でもなかった。
 子守りから解放されてたまには惰眠を貪ろうと断ったが、こんなことならいっそついて行けばよかったと溜め息が漏れる。
 ………そうすれば少なくともこき使われることも、こうしてこの男を目の前にすることもなかったのだから。
 話を聞けばあからさまに好都合と、彼の眉が開かれる。
 それは微細な変化で、おそらく端から見ればその仏頂面に変化など見えなかったかもしれない、その程度だった。が、解ってしまうものは解ってしまうのだ。それがどんな意味を持つかなど考える気もない。
 知っているから。抱えられるものの少なさ。壊さぬように抱きしめて、そうして守れるもののちっぽけさを。
 これ以上など、無理だ。どちらもを抱えられなくなるくらいなら、増やさない方がいい。それが正しいとかそんな正当性は求めない。もう、亡くして慟哭(なく)のは、嫌なのだ。

 「なら、ちょうどいい。俺に付き合え」
 「あのね…多串君、昨日言わなかった?お子様に付き合っていられるほど銀さん暇じゃないのよ?」
 素っ気なく返して、視線を逸らす。話はないと、言外に突き付けて。
 外は鮮やかな青空。まだ夕日の翳りもない。子供たちが帰ってくるまで時間はあり、おそらくはそれまでは粘るのだろうこの男をどう扱えばいいのか、思い悩む。
 桂など、昔の仲間はまだいい。扱い方も心得ているし、互いに通ずるものがある分、深入りさせずに弾く部分を知っている。
 けれどこの男は駄目だ。………予感ではなく確信で、そう思う。
 弾くその壁さえ邪魔だと蹴破る。そういう、タイプだ。
 厄介なのに見初められたと、思う。ついでにそんなものに情を移す自分もどうかしている。
 気配がまた近付いた。ギシリと音がして、彼がソファーに膝をかけたことが解った。さすがに突然襲われるようなことはないだろうが、とりあえずいつでも抵抗できるようにと心を落ち着かせた。
 微かな沈黙。言葉を探す、と言うよりは言葉を受け入れる隙を探るような、間。
 小さな溜め息を落とし、銀時は振り返った。
 日差しが差し込む窓に背を向けた。昨日と同じように、その面は逆光に入る。
 それを嫌うように土方がその肩を押さえ、ぐいっと引いてソファーに背を押し付けた。その体勢であれば、顔が見える。日差しを受けて、表情の差異まで見渡せた。
 「………悪趣味」
 「こっちは尋問が仕事なんだ。顔も見ねぇで話が出来るか」
 「いや、俺犯人じゃないし。善良な一般市民よ?」
 この扱いはないんじゃないかと揶揄してみれば、思いの外真剣な眼差しが、目を射た。
 ひくりと、喉が鳴りそうになる。まずいと、一瞬で思った。なにか地雷を踏んだ。それが彼にとってのか、自分にとってのかは解らない。
 ただ、直感する。どちらかが、諸手を挙げて降参しなければいけない、そんなリングを作ってしまった。
 「多串君……とりあえず、離れてくんない?ちょっと話し合いには距離が近すぎるでしょ」
 「離れたら逃げるだろうが。動くんじゃねぇよ」
 土方の両腕は枷のように、銀時の耳のすぐ横に縫い付けられている。はっきり言って、嬉しくもなんともない状況だ。
 本気で逃げ出そうとすれば逃げられるだろうが、そうしてしまえば彼に答えを与えるようなものだ。…………捉えられそうで怖いのだと、いうようなものだ。
 切れ長の瞳が物思いに揺れている。これは…やはり色が違う。自分に向ける子供たちの目の輝きとも、慕い傍にいることを願う桂とも。…………厄介なことこの上ない、色だ。
 「…………」
 「目、逸らすな。………ちゃんと話を聞け」
 日差しが目に染みるふりをして目蓋を落とせば、すぐに勘付かれる。
 本当に、いちいち忌ま忌ましい。むっと顔を顰めてわざと顔を逸らしてみれば、すぐ耳元で、低い声。
 「………聞け。これでも、考えたんだからな」
 ゾクリと、背筋が粟立つ。深く深い、その音。まずいと警鐘が響く。
 桂に言われなくとも、自分が情に篤いことくらい自覚している。抱えてしまえば手放せないことくらい、解っている。
 解っているからこそ、独りで生きようと離れたのに、そうすることでまた別のものを抱えていく。とんだ悪循環だ。そして最後の最後、こんな厄介なものまで抱えて………自分の馬鹿さ加減を恨みたくも、なる。
 本当に、馬鹿だ。手放すと決めたくせに、やはりその声が間近で響けば甘い、なんて。
 「テメェは…『善良な一般市民』なんだろう。守りたいもんだって、堅気だろ」
 「………………」
 「テメェにとって俺と守りたいもんはまるで違う位置にいるかもしれねぇが、俺には同じだ」
 真選組は、何よりもかけがえのない存在。それでも、それは弱者を守るためにある組織だ。
 この町を、そこに住む者を、テロリストから守るためにある特殊部隊なのだ。それがどれほど過激な活動で眉を顰められようと、根源は変わらない。守りたいと、そう思ったからこその組織だ。
 声が心地いい。耳に沁みて、胸に響く。情が移れば、手放せない。自分のその性情が、嫌いだった。守れるだけの力もないくせに守れると思い込んでいた愚かさが、嫌いだった。
 必死の音はあまりにも稚拙だ。おそらくは、それは傲慢さを潜めた、独り善がりだ。
 解っている。現実の厳しさも、酷薄さも、自分は彼よりもずっと肌身に感じて生きてきたのだから。
 それでもあまりにその音は清らかだ。一点の曇りもなく、今もまだ、武士道を思い生きる侍がいる。
 …………そんな奇跡を、僅かでも誇らしいと思いながら見つめた瞬間から、多分もう、手遅れだ。
 「テメェが…潰えたとしたって、いつか俺が手にかけることがあったとしても…………」
 そんな暗い未来は想像もしたくはないが、それでも元攘夷志士である以上、念頭に置かなければいけない現実。震えもしない低い声音の覚悟は、心地いい。
 逸らした視線を彼へ向ければ、滑稽なほど真摯な瞳。………男の自分に向けるにはあまりに過ぎた情だ。
 馬鹿だな、と思う。そうして、彼をそうした自分を少し、恨む。
 かつて自分も歩んだ鮮やかな道。たった一つの正義は、清らかで守るためにある花道と思っていた、過去。………それは血に塗れ汚濁を啜った、泥道だったけれど。
 今もまだ、そんな道を確かに歩もうとする生き物がいる。微笑ましく見ていればいいものを、関わってしまったから、歪ませてしまう。
 切なく眉を顰めて、笑いかけた。ゆるやかに、いつものように。
 言葉の続きを、待っている。彼にとっての真実。自分にとっての虚実。
 その、音を。
 「テメェが守りたかったもんは、俺が守っていける」
 その言葉がどれほど偽善で満ちているか、彼は知らない。
 その言葉がどれほど自分本位か、彼は知らない。
 知らないからこその真摯さで、幼い音は綴られる。ただひたすらに捧げられる、情。
 解ってなどいない。それはまるで根源を癒してはいない。自分が、彼を抱えられないその理由を摺り替えたに過ぎない。
 互いが対峙するそのとき、自分に斬られろと、そう言っているに過ぎない横暴さ。
 彼はきっと、死ぬその時まで鮮やかに駆けるのだろう。決して自分のように一歩退き別の道を歩もうとはせず、己を貫くために散る、生き物だ。
 「………お前って、馬鹿だろ」
 色々な感情とともに、そう呟く。寄せられた眉は、憐憫で染まる。
 そうして彼は、全てを背負って生きるという。自分を斬れば自分の命も、それが故に対峙するのであろう、自分が守ろうと思ったものさえも。
 そうしてその肩には背負いきれぬほどの荷を、抱えていくのか。
 哀れで鮮やかな、生き物だ。
 「………知るか」
 どれに対しての言葉か計りかね、吐き捨てた音をすくいとるように重ねられたぬくもりに、ぎょっと目を見開く。
 日差しに染められた色は、昨日とは違い、鮮やかに彼を浮きだたせる。銀の髪に、日差しに照らされて薄く見える、面。
 そうして離れたぬくもりは子供をあやすように自分の髪を撫で、囁いた。
 「仕方ねぇから、そん時までなら、付き合ってやるよ」
 静かに捧げられる音は、どこか厳粛だ。
 遠い未来すら見定めた人の音は、どこか遠く聞こえる気がする。

 そう思いながら、重ねた唇。

 …………僅かに苦いのは、煙草のせいだと目を瞑る。











 ようやく完結です。完結なの、これで。
 一応当初の目標どおりに内容はまとまりました。やれば出来るじゃん、自分!
 まあなんだか結局、大人な銀さんと子供な土方の話でしたな。でもその癖どっかでやっぱりリンクする部分がある。そんなイメージ。

 土方の答えはずるいと思いますよ。必死すぎてそれに彼が気づいていないだけで。
 だって、自分はそう出来るから一緒にいろって、相手の都合おかまいなしかよ、と。思ってしまう。
 でもよーく考えれば、その覚悟を持つのはかなり重いのですよ。
 守るもののためにくらいしか刀を振るわない銀さんが、警察である土方と対峙することがあれば、それは守るもののために戦うってわけで。ある種攘夷戦争の再現ですな、これ。
 それを知っている上で、彼を切り捨てて、その上でそうまでして守りたかったものも守るというのは……私は出来ん。
 ので、馬鹿だな……と思いつつ容認する方向でまとめました。
 自分には出来ない覚悟をもてる人間はちょっとくらいそれが歪んでいても、すごいな、と苦笑してしまうのはどうも癖のようです。

05.2.3