柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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できることは、本当に少ない。
正直それはよく知っていた。
何かを成したいと思う意志だけで出来ることは皆無で
それに伴う数々の犠牲と受難を受け入れる覚悟がなければ
本当に欲しいものを手に入れることなど出来ない。

まして

本当に欲しいもの、というそれを
見つけだす資格などない。


それを自分はよく知っていた。
言葉だけの知識であっても
確かに知っていたはずなのに…………




もしもとだろうの祈り



 軽く弾んだ息を整え、弓に張った弦を取り外す。荷物とともに控えさせていた袋をたぐり寄せて弓をしまう。慣れた仕草は息をするのと同じほどに淀みなくそれを行っていた。
 後は軽く汗を拭って着替えるだけで終わりだ。後片付けは着替えるまでの間に済ませてくれることを知っていたから。
 「……………………〜〜っ」
 思いきり顔を顰め、睨むように自分の動作を追っている視線の持ち主をちらりと見遣る。そうすれば一気に紅潮するのは、いっそ小気味いいほどの癇癪からだ。
 多分声をかければそれは呆気無く爆発するだろうことは容易に知れていた。が、一応の礼儀として声をかけるべきだろうとも思う。
 さして面倒とも思わず極普通のいつもと同じ抑揚で、警戒心を剥き出しにした子供のような相手に声をかける。
 「着替えてくるから待ってろ」
 「偉そーに言うなっ!」
 一瞬の間も躊躇もなく待ち構えていたかのように返された返答は想像どおりだ。何故かよく解らないが彼はいつも自分に反発する。
 傍にいた方が彼にとっても楽だろうに、そうすることを拒むようにも見えるのだから、不思議だ。
 軽く息を吐いて飽きれた風に目をやり、そのまま無言で道場を後にする。一瞬、本当に一瞬だけ、彼はいつも後悔するような顔をこぼす瞬間もあるのだ。それは同情を引こうとかそういった類いではなく、相手どころか己自身にさえ気づかないように隠された部分。
 本当に不思議だった。
 自分は彼とは違いアヤカシというものは見えない。それどころかそういったものを祓う力があるということさえ無自覚だったのだ。彼に出会い、関わることで知った己の潜在能力。
 もっともそれがあったからどうということもなく、さして必要とも有り難いとも思わないのも事実だ。実際問題いままでの短い人生の中で、それがあったから良かったという経験がないのだ。感想の持ちようがなかった。
 だから、不思議だった。自分にとってそれがたいした重きを成さないと彼は知っている。それなのに彼は自分に反発し、傍に寄るなと言ってくる。近くにいることで得をするはずの彼自身が、それを拒む。
 自分を嫌いだから、と言うのはあまりたいした理由ではなかった。本気で嫌っているのならそれを自分が感じ取らないわけもないし、まして彼があんな風に後悔する顔を落とすこともない。
 それでも彼は厭なのだといい、逃れようとする。まるで陽炎のように。
 意地になっているわけではないけれど、そういった態度を取られればやはり理由を突き止めたくなる人情くらいは自分にもあった。関わることを面倒とは思わず、まして厭だと感じたことはなかったから。
 ………むしろ、どこか落ち着いた。真っ直ぐすぎるほど真っ直ぐな視線と言葉と態度。解りやすい喜怒哀楽。そのくせ、それらに包み隠された、救いようのないほどに深い、闇。
 チグハグでアンバランスな生き物だ。自分も歳の割にはとよくいわれるが、彼ほどではない。彼のような経験から獲得した深みを、自分は持っていない。持っているのは与えられた数々の言葉による知識だけだ。
 「……………」
 小さく、息を吐く。もっともっと色々と知っていれば、もう少し彼の役にも立つのかもしれないし、もう少し、あの警戒心も薄れるのかもしれない。
 部室のドアを開けてロッカーの前に立つ。待っている彼の元に戻る時間は少しでも早い方がいいだろう。暗くなったこの時間帯、彼にとっては出歩きたい頃合いからは遠く離れているはずだ。
 もう誰もいない室内は薄ら寒く暗かった。考えてみると時折カーテンが揺れるだけでも騒ぐ類いのものがいる。今はそういったことに最も向いた時間帯であり、シチュエーションだ。
 けれど彼にとってそれは笑いの種ではなく、現実に差し迫る危機だ。彼ならばこの空間の中にすら、アヤカシを見るのかもしれない。自分には見えない何かを、彼は確かに見つめ、それによって心身に傷を負っている。
 それでもきっと自分には言わないだろう。問いかければ事情を知っているという理由と迷惑をかけているという負い目から話はするだろうが、それは頼りとしているからでも信頼故でもない。
 …………思い至った瞬間、ちくりとなにかが痛んだ。はめていたボタンの調子がおかしいのかとのぞくが、別段おかしなところはない。軽く首を傾げ、ロッカーを閉める。
 鞄を肩にかけて部室を出た。鍵をかけ、通り道にある用務室に鍵を返す。居残りをする生徒の顔を覚えている相手は、早く帰りなよと優しい調子で声をかけて鍵をしまいに奥に入っていった。
 窓口から覗けた時計の針は、既に7時をとうに過ぎていた。おそらく生徒としては自分達が最後なのだろう。
 時間感覚が狂っていて、そんな時間になっているとは気づかなかった。遅くなればなるほど微かに震える腕を携えているくせに、彼は自分が練習を止めるまでは何一つ言葉を発しはしないから。
 もう帰ろうと一言いえば気づくというのに、それすらしない。…………どこかそれは粛々と罰を受けるような、そんな痛々しさ。
 傷は、痛む。当たり前だ。右腕の傷は治ってはおらず、無理をすれば痛みはぶり返す。それを伝えてはいないはずなのに、彼は何故か気づいてしまう。………痛みに、ひどく敏感なのは、己がその痛みを知っているからではないのか。
 アヤカシを見るが故に人と深く関われない。心も身体も傷ついてばかりで疲弊して、小さく小さく凝り固まっていく。まるでとろりとした蜜色の琥珀にゆっくりと封じられていくように。
 くだらない考えだとは解っていても、一瞬わいてしまう。
 摩訶不思議と言われるそれらがなければ。………あるいは、彼がそんなものに関わりなく生きることができたなら。
 もっと違う生き様があったのだろう。あんな寂しそうな笑顔を覚えることもなく、痛み故に深まる心を携えることもなく。
 自分と知り合うこともなく、互いにすれ違う程度で顔も知らないまま過ごしていたかもしれない。
 それは、おそらくは彼がいま最も望んでいること。
 アヤカシを見ず、それらが自身に惹かれてくることなく生活が出来る。そんな極当たり前のことを、彼はずっと祈って生きてきた。
 生きて、きたのだ。それこそ自分の傍でなくては安心してどこにも行けない、こんな不自由さを彼は望んではいない。
 自分は少しそれを嬉しく思うなど、彼に対して失礼なのだろう。
 なんの脅威も感じることなく生きてきた自分の、軽はずみな言葉も態度も彼には痛みでしかないだろうと思うから。
 足早になった歩調が少しでも早く彼の元に行こうとしている。
 おそらくは不安に包まれているだろう人。それでもそれを自分にだけは見せまいとする。
 だから自分が急がなくてはどうしようもない。
 角を曲がり道場の入り口に手をかける。…………彼は入り口近くにいた。真っ青な、顔で。
 また自分がいない間に何かが寄ってきたのだろうか。一点を凝視している。それはひどく苦しそうだというのに、悲しそうな瞳。
 見えるだけなのだと、幾度か聞いた。どうすることも出来ない、と。
 ……………それは裏を返せば、どうにかしたいと願っているということでは、ないのか。
 そんな真っ青な顔で、自分よりもずっとずっと細いその身体で、どれほどのものを背負う気でいるのだろうか。
 「………おい」
 可能性を願って祈ることは愚かだ。それを自分は知っている。
 可能性を信じて実行する覚悟なしに、それは実現することはない。
 それでも、と、思う……この愚かさ。
 小さく低い声にびくりと身体が震える。瞠目するような目の動きの後、脂汗の浮いた青い顔は微かに顰められ、目蓋を落とした。おそらく自分が近づいたせいで、そのアヤカシが消え失せたのだろう。自分には何も見えないし感じることも出来ないが、随分彼の反応で理解出来るようになってきた。
 溜め息に近い細い吐息を吐いた後、何事もなかったかのように彼はこちらを振り返った。
 「おせぇっ!」
 「……五月蝿い」
 怒鳴り声は微かに震えていた。けれどそれを敢えて問いかけず、耳を塞いでいつものような態度をとった。いまはそれが彼を安心させると、そう思ったから。
 もしも彼が何も見ることのない極普通の人間であったなら、こうして話すことはなかっただろう。
 もしも自分に邪を祓う力がなければ、こうして彼が自分を待つことも、罪悪感を抱くこともなかっただろう。
 彼にとっては望み続けた仮定の空言。
 けれど自分にとってはいま暫くは実現しないで欲しい、祈り。
 自分を待っている人。自分のために心砕いてくれる人。………自分を利用することを拒み、一人立ち向かいたいのだと健気に立ち上がる、人。
 自覚の有無などどうでもいい話だ。自分は見つけてしまった。ずっと欲しかった存在を。
 せめてそれを手放さずともよいだけの時間を共に過ごせるまで。
 いま暫くはそのままで。

 愚かで身勝手な願いを差し出す代わりに、君の傍らに鎮座する。
 この身一つで得られる安堵なら、傷など物の数にも数えはしないから。
 …………どうぞ、傍に。

 畏れることなく寄り添っていて。





 傍にいない「もしも」は嫌だな、と。
 そんな百目鬼の話。彼視点は書きやすいようでものすっごく難しいですよ。
 実はこの話は四月一日視点もセットなのです。
 これから書きます(オイ)

 四月一日視点→もしももだろうにも永久に交わる事はない

04.11.24